こんにちは、映画ライターの金田まこちゃです。
このコラムでは、毎回サスペンス映画を1本取り上げて、作品の面白さや手法について考察していきます。
今回、取り上げる作品は2000年に公開された『アンブレイカブル』の続編で、2016年公開の『スプリット』と世界観を共有する、3部作の完結編『ミスター・ガラス』です。
CONTENTS
『アンブレイカブル』と『スプリット』
『ミスター・ガラス』は、『アンブレイカブル』のその後を描きながら、『スプリット』の世界観を共有しています。
まずは、この2作品を振り返りましょう。
『アンブレイカブル』
フィラデルフィアで、131名もの死者を出した悲劇的な列車事故が発生します。
列車事故の、たった1人の生存者デヴィッド・ダンは、コミックのコレクターで、コミック関連の画商をしているイライジャと出会います。
イライジャは難病を患っており、人生で何十回も骨折を経験している男でした。
イライジャは、自分とは逆の存在である屈強な男を探し求めており、ダンこそ自身が探し求めていたヒーローだと主張します。
当初はイライジャの考えを否定していたダンでしたが、次第に自分の超人的な能力を自覚するようになり、ヒーローとして目覚めていきます。
しかし全ては、「ミスター・ガラス」こと、イライジャの陰謀でした。
『アンブレイカブル』の面白い所は、悪に対抗する為の正義の存在ではなく、悪を存在させる為の正義、つまりイライジャがコミックの世界を、現実世界に持ち込もうとした所です。
今でこそ、アメコミのヒーローは「マーベル」や「DCコミック」のキャラクターが映画化され、エンターテイメントの中心になっています。
ですが『アンブレイカブル』がアメリカで公開された2000年は、アメコミのヒーローはまだまだ下火でした。
そして、そんな時代に、かなりの変化球でスーパーヒーロー映画を製作したシャマラン監督。
『アンブレイカブル』は公開当時、作品の評価があまりよくなく、シャマラン監督は3部作の構想を持ちながらも「次に進む事にした」と語っています。
少し早すぎた作品だったのかもしれません。
『スプリット』
父親を亡くし、叔父に引き取られた女子高生ケーシー。
しかし、叔父には性的な虐待を受けており、次第に周囲に心を閉ざすようになります。
ある日ケーシーは、2人のクラスメイトと共に誘拐され、生活に必要な最低限の設備し整っていない建物に監禁されます。
3人の前に姿を現した誘拐犯ケヴィンは、23もの人格を持つ男でした。
建物の中から脱出しようとするケーシー達の前に、ケヴィンの24番目の人格で、獣のような強さを持つ「ビースト」が現れます。
本作のラストでは、ケヴィンは「群れ」と呼ばれる殺人鬼として報道されるようになります。
そのニュースをダンが見た事から、今作『ミスター・ガラス』の物語は始まります。
公開から年月が経ち『アンブレイカブル』が、カルト的な人気作となった事で『スプリット』は『アンブレイカブル』と『ミスター・ガラス』を繋ぐ物語として製作されました。
多重人格の殺人鬼ケヴィンは、元々は悪の存在として『アンブレイカブル』に登場する予定でしたが、シャマラン監督がダンとイライジャの物語に集中する為に、削られたという過去があります。
『ミスター・ガラス』は、シャマラン監督が18年越しで放つ、『スプリット』を経由した『アンブレイカブル』の完結編となります。
『ミスター・ガラス』観賞前に、前2作はチェックしておいた方が良いでしょう。
映画『ミスター・ガラス』のあらすじ
多重人格の殺人鬼「群れ」を捕まえる為に、独自に捜査を行うデヴィッド・ダン。
ダンは唯一の弱点である水から、自分の体を守る為に、常にレインコートに身を包んでおり、ネット上では「監視人」と呼ばれるようになりました。
ダンは「群れ」の行動パターンから、潜伏エリアを割り出し、「群れ」と呼ばれる多重人格者、ケヴィンを探し出します。
ケヴィンのアジトに監禁されていた女性達を救出したダンの前に、ケヴィンの24番目の人格、獣のような強さを誇る「ビースト」が現れます。
激しい戦いを繰り広げるダンとビーストですが、ケヴィンのアジトを包囲した警官隊に拘束され、フィラデルフィアの精神病院に送り込まれます。
精神病院内では、ダンの弱点である水や、ケヴィンの弱点である強力な照明が設置されており、2人の超人的な能力は封じられてしまいます。
2人の前に現れた精神科医のステイプルは、超人的な能力を全否定し「妄想だ」と主張。
ステイプルは自身の主張を明確にする為に、ダンとケヴィンにカウンセリングを行います。
そして、ステイプルのカウンセリングを受ける男がもう1人、フィラデルフィアでの列車事故の首謀者「ミスター・ガラス」こと、イライジャでした。
戸惑うダンですが、ステイプルはカウンセリングを続けます。
ステイプルの主張通り、3人の能力は妄想なのか?
事態はやがて、思わぬ方向へ進んでいきます。
サスペンスを構築する要素①「『アンブレイカブル』の逆を進む内容」
本作の主軸は「特殊能力を持った超人は、本当に存在するのか?」という点です。
精神科医のステイプルは、ダンの悪を察知する能力や、ビーストの持つ強靭な肉体など、超人的な能力を全て否定します。
理論的に全てを否定するステイプルを前に、ダンやケヴィンは困惑し、超人としての自信を失い始めます。
アメコミヒーローが下火の時代に『アンブレイカブル』で超人に覚醒するダンを描きながら、アメコミ・ヒーローの映画が世界的なブームになった今、「ヒーローなんていない」というスタンスの作品を製作する、シャマラン監督の作家性が光ります。
『アンブレイカブル』の逆を進む展開を見せる、本作の着地点は何処なのか?
先が読めない展開が続きます。
サスペンスを構築する要素②「何故タイトルが『ミスター・ガラス』なのか?」
ステイプルのカウンセリングにより、超人としての自信を失っていくダンとケヴィンですが、驚異的な頭脳を持つイライジャはどうなのでしょうか?
映画前半、イライジャは鎮静剤の効果により、意識が朦朧としている状態が続きます。
精神病院のスタッフは、意識が無いイライジャに油断し、弄ぶように接したり、精神病院内のセキュリティを説明し「脱出不可能である」事を強調します。
しかし、本作のタイトルは『ミスター・ガラス』、物語を動かすのはイライジャなのです。
イライジャは収集した数々の情報を組み合わせ、ミスター・ガラスとしての新たな陰謀を計画します。
ミスター・ガラスが再び動き出す時、全ては彼の掌の上となり、何もかもがコントロールされていきます。
ミスター・ガラスの計画に必要な情報は、映画前半に全て出てきます。
何がどう組み合わさって計画が進むのか?
ミスター・ガラスの目的は何なのか?
ここが映画中盤の見どころとなっており、是非、悪の天才に弄ばれる快感を味わっていただきたいです。
サスペンスを構築する要素③「メッセージの込められた衝撃のどんでん返し」
シャマラン監督作品の持ち味は、ラストのどんでん返しにあります。
本作でも、どんでん返しは巻き起こりますが、そこには熱いメッセージが込められています。
ここからは、ネタバレを含む考察をしていきます。
3人の超人的な能力を否定していたステイプルは、精神科医ではなく、ある組織から派遣されていました。
その組織の目的は、超人の存在を世の中から隠す事。
ミスター・ガラスの計画により、病棟から抜け出したダンと「ビースト」と化したケヴィンは、精神病院の庭で激突していました。
全てはミスター・ガラスの手引きです。
2人の戦いを止める為にSWATが派遣され、その中には、ステイプルが所属する組織のメンバーが紛れており、超人の消去に動きます。
ダンは水中に顔を押し付けられ窒息死、ケヴィンも元の人格に戻った所を狙撃されます。
また、ミスター・ガラスは18年前に起こした列車事故により、乗車していたケヴィンの父親が死亡した事が判明し、怒り狂った「ビースト」の攻撃により絶命します。
世界の脅威になる可能性のあった3人の超人は、絶対的な正義も悪も必要としない、ステイプルの組織により存在を消されてしまいます。
この展開は、アメコミ・ヒーローに否定的な目を持っていて「現実離れしていて、共感できない」と言う人達への、シャマラン監督の答えとも言えます。
超人的な力を持つヒーローや悪役は、現実に存在するが、それを表に出さない何らかの力が働いていると。
ステイプルは、アメコミを読んで、超人の情報を探っていました。
アメコミの内容は作り話ではなく「実在した超人達を記録した文献」という解釈ができ、シャマラン監督のアメコミ愛を強く感じます。
では、本作はアメコミ・ヒーローへの愛が溢れただけの作品なのかと言うと、それは違います。
ここから、更に話が展開していきます。
精神病院でのダンと、ケヴィンの戦いはカメラに記録されており、全世界に配信されます。
これは、超人の存在を世に示そうとした、ミスター・ガラス最後の仕掛けでした。
ステイプルの組織は、ミスター・ガラスの頭脳に敗北した事になります。
超人の存在が世界に知れ渡った事で、人々は「常識」という概念を超えた、自らの力を信じるようになるでしょう。
ここには、人間という存在が持つ未知の可能性と、それを信じる重要さ、つまりは自分を信じる事の素晴らしさが込められています。
本作で、ダンの息子ジョセフは、ネットを駆使して「群れ」の捜索を手伝い、かつてケヴィンに誘拐されたケイシーは、ケヴィンに寄り添う事で、人格をコントロールし救い出そうとしました。
イライジャの母親は、最後まで母の優しさでイライジャを包み、驚異的な頭脳が暴走する事の抑止力となっていました。
これらは全て、立派な特殊能力であり、誰もが超人となる事ができるのです。
『アンブレイカブル』と『スプリット』は、自分の能力を信じ覚醒させる話です。
『ミスター・ガラス』のラストにより、前2作の完成度は上がり、間違いなく作品の輝きは増しました。
どこまで計算されていたかは分かりませんが、シャマラン監督恐るべしです。
映画『ミスター・ガラス』まとめ
シャマラン監督は、1999年の映画『シックス・センス』が大ヒットし、一躍世界にその名を轟かせますが、2006年の映画『レディ・イン・ザ・ウォーター』の失敗を受けて、人気監督の地位から転落し、長らく不遇の時期を味わいました。
それでも、不屈の闘志で作り上げた『ミスター・ガラス』は、作品に込められたメッセージに、今のシャマラン監督だからこその説得力があります。
『ミスター・ガラス』は日米同時公開され、シャマラン監督作品の中でも、最高のオープニング記録となりました。
批評家の評判は悪かったと言われているので、まさに最大のどんでん返しと言えるでしょう。
本作で完全復活を果たしたシャマラン監督の次回作は、テレビシリーズとも言われています。
今後、何を仕掛けてくるのか?非常に楽しみですね。
次回のサスペンスの神様の鼓動は…
山下智久さんの初海外進出作品としても話題の、タイミリミットサスペンス『サイバー・ミッション』を、ご紹介します。