こんにちは、映画ライターの金田まこちゃです。
このコラムでは、毎回サスペンス映画を1本取り上げて、作品の面白さや手法について考察していきます。
今回ピックアップする作品は、香港返還に揺れる激動の中国を舞台に、殺人事件の捜査に執着する男の執念を描いた映画『迫り来る嵐』です。
監督のドン・ユエが「世界中にあふれるどんな探偵モノや刑事モノともまったく違う映画にしたかった」と語っている通り、サスペンス映画としては変わった作品に仕上がりました。
そしてそこには中国ならではの「時代の空気」と「それによる恐怖」が詰まっています。
それでは『迫り来る嵐』の、作品内の謎を含めた考察をしていきます。
CONTENTS
映画『迫り来る嵐』のあらすじ
1997年の中国。
香港返還が迫ってきている事から、中国社会が変わろうとする時代でした。
小さな町にある国営製鋼所の、警備員ユィ・グオウェイは、近所で多発している若い女性を狙った連続殺人事件の捜査に加わろうとします。
捜査に協力しようとするユィを、担当のジャン警部は、最初は好意的に受け止めていましたが、次第に冷たくなり「立場をわきまえろ」と、ユィを突き放します。
それでもユィは、保安部の部下でユィを「師匠」と慕うリゥと共に、独自に調査を始めます。
犯人が判明しないまま数日が経ち、再び、同一の犯人と思われる殺人事件が発生します。
ユィは工場内に犯人がいると推測し、リゥと共に工場前を張り込みます。
張り込みを開始して数日が経過したある日、ユィは工場前に佇む、雨合羽姿の男に気が付きます。
雨合羽姿の男にユィが近づくと、気付いた男は製鉄所内に逃げ出します。
リゥと共に男を追いかけるユィでしたが、リゥが電線に感電し、高所から落下し動けなくなってしまいました。
ユィはリゥを置いて男を追跡しますが、あと一歩の所で男を逃し、残されたのは男の履いていた靴の片方だけ。
ユィはリゥを車に乗せて移動しますが、リゥは動かなくなり、そのまま亡くなります。
自身の判断ミスでリゥを救えなかったユィは、更に犯人探しにのめり込み、真実を追い求めるようになります。
ですが、それは愛する人をも裏切る事になる、悲劇への入り口でした。
【↓結末までのあらすじはコチラ↓】
サスペンスを構築する要素①「激動の中国による社会的な不安」
本作『迫り来る嵐』は、1997年の香港返還に揺れる中国を舞台にしています。
これまでの工場文化が廃れていき、人々が変わりゆく中国の中で、希望よりも不安を感じていた時代でした。
作中でも、妻を殺した男のエピソードがあり、捜査にあたったジャン警部は「なぜ今年はこんなに連続殺人事件が起こるのか」と愚痴をこぼします。
このエピソードは、話の本筋とは関係ないのですが、ジャン警部の心情を通して、中国の変化に不安と焦りを感じていた、当時の空気を表現しています。
また、ユィが勤めていた工場で、大規模なリストラが行われるシーン。
ここでは工場の門に入れる者と、入れずに解雇される者の未来を描いており、時代の流れに取り残された者の不安と焦りを表現し、この後、ユィが殺人事件の解明に異常な執着を見せる事への伏線にもなっています。
サスペンスを構築する要素②「ユィの異常な執着心」
殺人事件の解明に、異常とも言える執念を見せるユィ。
作中では、その動機について明確な説明はされていませんが、ドン・ユエ監督は「彼が欲しがったのは、尊敬と特権」と語っています。
警備課長としての特権を持っていたユィは、犯人を捕まえて人々の尊敬を得ようとしていました。
ドン・ユエ監督によると、当時の中国では、誰もが特権を欲しがったそうです。
しかし、部下のリゥは自身の判断ミスで命を落とし、その後悔の念から、ユィは殺人事件の深みにハマっていきます。
作品前半では、明るく好青年といったユィのキャラクターですが、後半では無表情で、その目からは生気が感じられない、別人のようになってしまいます。
そして、加速する悲劇の連鎖。
「人が一線を超えてしまう時の心理と状況」実は、ここがドン・ユエ監督の描きたかった部分でもあり、本作の主軸となっています。
サスペンスを構築する要素③「不吉さを告げる雨」
本作では雨のシーンが多く、変化してゆく中国の不安さを、ここでも表現している事が、ジャン警部のセリフからも分かります。
それだけではなく、本作における雨は、不吉な事が起きる予兆となっており、殺人事件が発生したシーンや、ユィが犯人を追跡するシーンなどは、必ず雨が降っています。
また、模範工員に選ばれ表彰されたユィが、仲間と祝杯をあげているシーンがあるんですが、ここでも雨が降っています。
果たして、このシーンの何が不吉なのか?
ドン・ユエ監督は、この作品に「謎を残した」と語っています。
この作品の核心は、この雨の日の祝杯シーンにあるため、この後のまとめの章で、ネタバレを含む考察をしていきます。
映画『迫り来る嵐』まとめ
本作の中盤で、ユィが模範工員に選ばれ祝福されるシーンがありますが、その11年後に再び工場を訪れたユィの事を、長年勤めていた工員が覚えていないという、シーンがあります。
この事から、ユィが模範工員として表彰された事と、その後の雨の日の祝杯は「人々の尊敬を得たい」と考えるユィの妄想だった可能性があります。
そもそも、警備課長であるユィの仕事は、工員が盗みを働かないように見張る事で、同じ工場の工員からすると疎ましい存在のはずです。
雨の日の祝杯シーンで、ユィは「皆といたい、皆といる事が楽しい」と言いますが、ユィが友人と楽しく過ごしているシーンはそこだけです。
ユィは工場内で「ユィ名探偵」と呼ばれていますが、それも嫌味の可能性があります。
つまりはユィに友人と呼べる人間はおらず、工場の警備課長という立場で殺人事件を解決する事で、人々の尊敬を勝ち取ろうとしたんではないでしょうか?
雨の日の祝杯シーンは、ユィの願望であり、犯人探しに執着するユィの精神的な動機を描いていると考えられます。
映画のラストでは、ユィが乗ったバスがエンストを起こし、全く前に進まないまま終わります。
これは、時代に取り残されてしまったユィという男の悲劇を強調しています。
本作で描かれている恐怖とは「誰が殺人鬼だったか?」という事より「欲求を満たす為に、一線を超えてしまった男」が、時代に翻弄され、やがて直面する人生の終わりという、抗えない悲しみのことでした。
ドン・ユエ監督も、当初は犯人と動機をしっかりと書いた脚本にしていたようですが、悲劇の部分を強調する為に「犯人はどうでもよくなった」と語っています。
『迫り来る嵐』で、ドン・ユエ監督は、ユィを中国だけで通用するキャラクターにしようと考え、世界公開を考えていなかったそうです。
しかし、結果的にユィの抱える不安や願望は、日本人でも理解できるものとなっており、この辺りが第30回東京国際映画祭コンペティション部門で、最優秀芸術貢献賞と最優秀男優賞を獲得する高い評価を得た部分ではないでしょうか。
中国人向けに制作した初長編作品が、海外で評価されたドン・ユエ監督。
今後が楽しみな監督でもありますね。
次回のサスペンスの神様の鼓動は…
2019年1月18日に公開の映画『ミスター・ガラス』を『アンブレイカブル』と『スプリット』の世界観考察も含めて、ご紹介します。