こんにちは、映画ライターの金田まこちゃです。
このコラムでは、毎回サスペンス映画を1本取り上げて、作品の面白さや手法について考察していきます。
今回ピックアップする作品は、 実話を題材にした切ない恋愛ファンタジー映画『シシリアン・ゴースト・ストーリー』です。
明確に言うとサスペンスとは違うのですが、現実と虚構が入り交じる、非常に不思議な世界観を持った映画で、本作を構築する要素について、考察していきます。
CONTENTS
映画『シシリアン・ゴースト・ストーリー』のあらすじ
シチリアの小さな村で暮らす少女、ルナ。
ルナは同級生の少年、ジュゼッペに片思いを抱いており、自身の気持ちを綴った手紙をジュゼッペに渡します。
しかし、ルナの母親は、ジュゼッペの父親の仕事を理由に、ルナがジュゼッペに想いを寄せている事を良く思っていませんでした。
ある日、ジュゼッペが行方不明になります。
周囲の大人達は、失踪したジュゼッペの事に触れず、ルナがジュゼッペの両親を訪ねても父親に追い返されてしまいます。
ルナは去り際に、ジュゼッペの母親が泣き叫んでいる声を聞きます。
独自にジュゼッペの捜索を開始したルナは、髪を青く染め、ジュゼッペが行方不明になった事を知らせるチラシを作成し、街中に配ります。
しかし、一向にジュゼッペに関する情報は得られず、ルナの行動を知った母親に嫌味を言われるようになり、焦りと苛立ちを募らせたルナは、クラスメイトとトラブルを起こすようになります。
一方、何者かに誘拐され、監禁されたジュゼッペは、恐怖心を紛らわす為に、ルナから受け取った手紙を読みます。
ルナの想いを知り、ルナに会う事を懇願するようになったジュゼッペ。
ルナも、次第にジュゼッペの存在を感じるようになりますが、それは悲しい物語の幕開けでした…。
作品の世界を構築する要素①「残酷さと幻想の融合」
本作は1993年に、シチリアで実際に発生した誘拐事件を題材にしています。
事件の内容は非常に残酷で、マフィアだったジュゼッペの父親は、検察に内部告発をしようとしていました。
マフィアはジュゼッペの父親に脅しをかける為、ジュゼッペを誘拐、マフィア側には「息子を誘拐すれば内部告発を止めるだろう」という目論見がありましたが、ジュゼッペの父親は考えを変えませんでした。
ジュゼッペは779日間監禁された後、1996年1月11日に絞殺され酸で溶かされるという、最悪の結末を迎えました。
本作の監督、アントニオ・ピアッツァとファビオ・グラッサドニアは、ジュゼッペの苦しみを想像し「憑き物のようにこびりついた」と語っています。
本作の主人公ルナは架空の人物ですが、モデルとなる人物はいます。
アントニオ・ピアッツァは、シチリアの新聞に掲載された、ジュゼッペの同級生達が、アンチマフィアのデモを行っている写真に写っていた、大きな旗を持ち、デモの先頭に立っていた女の子から、ルナという人物の着想を得たと明かしています。
本作の描き方は、いくつかあったと思います。
誘拐事件の事実だけを追求する方法、ジュゼッペの視点からマフィアの恐怖を描く方法、ジュゼッペの両親視点で描く方法。
しかし本作では、ジュゼッペを愛したルナの視点にこだわり、10代の少女が遭遇する、悲しくも不思議な物語として描いています。
実際の誘拐事件にファンタジー要素を加える事で、独自の世界観を生み出しています。
作品の世界を構築する要素②「虚構と現実が入り乱れた世界」
本作で物語の核となる部分は、監禁されたジュゼッペと、彼を必死で探すルナが「如何にして繋がるか?」という点です。
ジュゼッペはルナから受け取った手紙から、ルナが自身に抱いている想いを知り、ルナへの気持ちが強くなります。
ルナも湖の中にある暗い洞窟に遭遇して以降、ジュゼッペの存在を感じるようになります。
2人は虚構と現実が入り乱れた、まさに2人だけの世界とも言える場所に足を踏み入れますが、それは決して美しい話ではありません。
この奇跡とも呼べる展開は、辛く苦しい3年間を過ごした、2人に与えられた「最後の救済」にも感じますし、この世を去る者と残る者を分かつ、決定的な悲劇のようにも感じます。
作品の世界を構築する要素③「大人への反発心」
本作はルナの視点にこだわり制作されており、周囲の大人たちも、10代の女の子目線で描かれています。
10代の女の子というと反抗期、大人への反発心が強い時期ですが、ルナが最も反発する存在として描かれているのが母親でしょう。
見た目は美しく、上品な雰囲気を醸し出していますが、父親と結婚した事を後悔しており、ルナの前でも平気で愚痴り、異常なまでの潔癖症で、自身に適した環境のみを作り上げようとしています。
反対に、父親はルナの良い理解者になろうとしますが、母親に頭が上がらず頼りない為、ルナは心を開きません。
ジュゼッペが行方不明になった事で、精神的に不安定になったルナと、両親の溝は深まるばかりです。
ジュゼッペがいない世界に耐えられなくなったルナは、次第に幻想とも思える世界に足を踏み入れます。
本作は、多感で不安定な感覚を持った、10代特有の視点で描かれる為、切なく不思議な世界が成立していると言えます。
映画『シシリアン・ゴースト・ストーリー』まとめ
実際の事件をファンタジー映画として描いた本作は、不謹慎に感じる方がいるかもしれません。
しかし、この作品に込められているのは、残酷な世の中への怒りであり、ジュゼッペの亡霊を「何とか救済したい」と願う、制作陣の強い想いです。
本作の主人公であるルナは架空の人物ですが、ジュゼッペが殺害された後に、同級生が立ち上がり、アンチマフィアのデモを開始したのは事実です。
ジュゼッペは、確実に誰かの心の中に生き続けていますし、この作品が作られた事が何よりの証明でしょう。
そして、本作はイタリアで長期上映され、学校でも上映会が開催されている「語られるべき物語」として話題になっています。
本作では、何も知らなかった10代の少女が、物語が進む事により、大人社会の残酷さや痛みを味わい、苦しんでいく構成となっています。
純粋な若者を表現する為、本作でルナを演じたユリア・イェドリコブスカや、ジュゼッペを演じたガエターノ・フェルナンデスなど、主要キャストは演技未経験者で、本作が初出演の若者達です。
監督のアントニオ・ピアッツァとファビオ・グラッサドニアは、2ヶ月間、シチリアの片田舎にある2軒の農家で若者達と過ごし、それぞれの個性に合わせて、脚本のキャラクター達を変更し、融合させるという方法で作り上げています。
2人の監督による徹底的に作り上げられた世界で、実際の事件にファンタジー要素を加え「永遠に残る話」として昇華した映画『シシリアン・ゴースト・ストーリー』は、12月22日より新宿シネマカリテほかで、全国順次ロードショーとなっています。
次回のサスペンスの神様の鼓動は…
2018年12月7日に公開の映画『来る!』を原作と映画で比較しながら考察していきます。