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Entry 2021/03/26
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映画『ハウス・イン・ザ・フィールズ』感想評価レビュー。モロッコの田舎に生きるアマズィーグ人の少女がカサブランカの都会へ嫁入りする“心柄”|映画という星空を知るひとよ59

  • Writer :
  • 星野しげみ

連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第59回

アトラス山脈の四季折々の自然風景と、モロッコの山奥で暮らすアマズィーグ人の姉妹の慎ましくも美しい日々の営みを記録したドキュメンタリー映画『ハウス・イン・ザ・フィールズ』。

世界的建築家ザハ・ハディドを叔母に持ち、写真家としても活躍するタラ・ハディド監督が、本作の製作にあたり、7 年にわたって現地に通い、彼らと寝食をともにして作り上げた作品です。

映画『ハウス・イン・ザ・フィールズ』は、2021年4月9日(金)アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開。

本作は、モロッコを舞台にアトラス山脈から旅を始め、モロッコ国内の大都市カサブランカを通り、国境を超えるという3部作の第一弾。アトラス山脈の南西地域でアマズィーグ人の暮らしを、四季折々の自然と共に記録しています。

監督の撮る被写体に寄り添った親密な映像は、アマズィーグ人の失われつつある生活様式や文化、そして人々の内なる想いをも映し出します。

【連載コラム】『映画という星空を知るひとよ』一覧はこちら

映画『ハウス・イン・ザ・フィールズ』の作品情報

【日本公開】
2021年公開(モロッコ、カタール合作映画)

【原題】
Tigmi Nigren

【監督・撮影】
タラ・ハディド

【キャスト】
ハディージャ・エルグナド、ファーティマ・エルグナドほか

【作品概要】
『ハウス・イン・ザ・フィールズ』は、アフリカ大陸に根付くアトラス山脈の四季折々の自然風景と、山奥で暮らすアマズィーグ人の姉妹の慎ましくも美しい日々の営みを記録したドキュメンタリー映画です。

タラ・ハディド監督が手掛け、弁護士になりたい妹と、結婚のため19歳で学校を辞める姉というアマズィーグ人の姉妹の姿を追った作品。

監督自らアマズィーグ人の村で暮らし、人々の日々の営みと姉妹のゆれる心を詳細に描いています。

モロッコが抱える社会の現状と格差もありのまま映し出されています。第67回ベルリン国際映画祭フォーラム部門最優秀ドキュメンタリー賞にノミネート他、世界の映画祭に出品され話題を呼びました。

映画『ハウス・イン・ザ・フィールズ』のあらすじ

アフリカ北西部に広大に走るアトラス山脈の一部、モロッコのアトラス南西地域。

そこには、アトラス山脈の自然の恩恵を受け、数百年もの間ほとんど変わらない生活を送り続けてきたアマズィーグ人たちが住んでいます。

弁護士を夢見る少女ハディージャとその姉のファーティマも、そんなアマズィーグ人の姉妹です。

とても仲の良い姉妹ですが、姉のファーティマが学校を辞めて、夏に結婚することになりました。

「結婚するのが怖い。だけど義務だから」と胸のうちを語るファーティマ。

ハディージャは、大好きな姉と離ればなれになってしまう寂しさ、そして自分も姉のように学校を卒業できないかもしれないという不安を募らせていきます。

そんな中でも時は流れてゆきます。

秋の収穫の季節は畑仕事。冬は厳しい寒さの中、人々は火の周りで身を寄せ合って過ごします。

春になると、いちじくやアーモンド、りんごの花が咲き、世界がふたたび色づき始めました。

そして夏。緑と太陽の光あふれる美しい季節が到来。

ヒンズー教の聖なる儀式ラマダンが明け、2人の揺れ動く想いをよそに、その日はやって来ました。

つつましい村の生活が一変し、婚礼の準備と婚礼の盛大な宴が始まりました。

映画『ハウス・イン・ザ・フィールズ』の感想と評価

姉妹が直面する「伝統」と「現代」

『ハウス・イン・ザ・フィールズ』は、アトラス山脈の四季折々の自然風景と、モロッコの山奥で暮らすアマズィーグ人姉妹の慎ましくも美しい日々の営みを記録した作品です。

まず驚くのは、アマズィーグの人々の自然に寄り添った生活ぶりではないでしょうか。

一家の母親は、朝早く日が昇るとともに起き出して、家事を始めます。家畜の餌となる草刈り、家畜への餌をやり、牛の搾乳。そして粉をねり、パンのようなものを焼きます。寒い季節は家の中で、暖かくなれば外へ出て畑仕事。

大自然の中で何百年も変わらない日々を送る彼らには、自分たち独自の儀式や仕来りがあり、それは永遠に紡いでいくものと、カメラは雄弁に観客語りかけてきます。

19歳で嫁ぐことになった姉は、地元の学校をやめて、カサブランカという都会に住む、ろくに顔も知らない男性が夫となることに不安を隠せません。

「でも仕方がない、義務だから」と妹に語り掛けるその顔は‟幸せ”ではないのに、やけにさっぱりとしており、伝統を継ぐことを素直に受け入れている人の姿といえるでしょう。

一方、妹の夢は弁護士になること。友人に「女性は男性と同等に働く権利があるのよ」と話し、女の子だって学校を卒業したいということを主張していました。

そこには、国王が男女平等や男女同権の法律を制定したことがあり、自分たちの暮らしの中にもテレビや携帯電話が普及してきたという背景も存在します。

閉鎖的な村で生まれ育った彼女たちですが、その生き方はまるで正反対。「伝統」と「現代」という対比を連想させます。

先進国と言われる国々においても、「伝統」と「現代」は存在するでしょうが、果たして自分の生き方はどちらなのかと、考えさせられます。

カメラに映る「静」と「動」

写真家としても活躍するタラ・ハディド監督のカメラが捉えたのものは、演出的というよりも、ありのままに生きるアマズィーグの人々の顔と表情でした。

監督には7年もの歳月を寝食を彼らと共にしたという事実があり、仲間として、あるいは親友として受け入られ、素顔をレンズ越しにタラ監督に見せてくれたのに違いありません。

映像には、家畜とともに自然に溶け込む静かな人々の暮らしが映し出されますが、その後には、村をあげての一大儀式、お祀り騒ぎをする婚礼シークエンスへと続きます。

つつましい生活をしていた村人たちが、精魂込めて育てた羊を殺し、祝宴のご馳走を作ります。太鼓や民族楽器が鳴り響き、古長老は天まで届けとばかりに声を張り上げで歌い、民族衣装に身を包んだ女性集団の歌と踊りも始まります。

部族としての伝統儀礼で行われる婚礼は、現代の日本社会では既に無くなってしまった“村社会のコミュニティ”を活写したもので、アマズィーグ人の暮らしを映像に残した貴重な民族資料と言っても過言ではないでしょう。

婚礼場面を始め、美しい大自然の風景のショットには、アマズィーグ人の人々の生きていく逞しさと優しさ、部族の誇りすら盛り込まれています。

その反面、女性の地位の向上を願う妹のような女性も育ってきているモロッコにおいて、男女平等政策や女性の切実な願いもあるというのに、現実の生活とは大きな乖離が色濃い映像でもあります。

失われつつある生活様式や文化を丁寧に記録した本作ですが、近代化された社会に生きる人たちへ“生きることで原風景”という課題を投げかけています。

まとめ

監督のタラ・ハディドは、日本の新国立競技場のデザイン案でも話題となった女性建築家のザハ・ハディッドを叔母に持っています。

優れた芸術家のDNAは本作でも健在で、監督が撮影したアトラス山脈の自然風景は目を見張るほど美しいものでした。

雄大な自然と伝統の中で生きる姉妹ですが、着実に伝統の殻から脱皮しようとする姿が見られ、“ひとりの女性”が生きていく力強さと、無力さすらも感じさせてくれる作品となっています。

本作の冒頭と終わりには、アマズィーグ語の文字での表記があります。

モロッコの下院でアマズィーグ語の公用語としての地位を確認する法案が可決されていますが、実際には教育やメディアでの使用は十分でないとされているそうです。

言葉を無くすことは、土地(故郷)を奪われることでもあります。言葉は土地と共に生き、人々に宿ります。本作ではアマズィーグの母語を支援したいという思いが込められているので、お見逃しのないようご覧ください。

映画『ハウス・イン・ザ・フィールズ』は、2021年4月9日(金)アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

次回の連載コラム『映画という星空を知るひとよ』もお楽しみに。

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