連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第1回
第69回ベルリン国際映画祭パノラマ部門でドキュメンタリー賞と、観客賞を受賞した、スハイブ・ガスメルバリ監督の映画『ようこそ、革命シネマへ』をご紹介いたします。
映画『ようこそ、革命シネマへ』は、2020年6月1日(月)よりユーロスペースにて再上映 他全国順次公開
海外で映画を学んだ4人の映画製作者たちは、1956年にスーダンが独立すると、帰国して「スーダン・フィルム・グループ」を設立させ、映画活動をおこなってきました。
けれども、1989年にスーダンに軍事独裁政権が誕生し、映画は発禁処分になってしまいます。彼らは国外逃亡や軍に拘禁され、暫くの間離れ離れになっていました。
2015年、スーダンで再会を果たした4人は、映画を母国の人々に観てもらおうと、映画館の復活を目指して動き出します。還暦世代の4人がほろ苦い思いをかみしめて映画館復興に向けて動き出しますが…。
CONTENTS
映画『ようこそ、革命シネマへ』の作品情報
【日本公開】
2020年(フランス、スーダン、ドイツ、チャド、カタール合作映画)
【監督】
スハイブ・ガスメルバリ
【キャスト】
イブラヒム・シャダッド エルタイブ・マフディ スレイマン・イブラヒム マナル・アルヒロ
【作品概要】
スーダン出身のスハイブ・ガスメルバリ監督初の長編デビュー作。スハイブ・ガスメルバリ監督は映像アーカイブの専門家でもあり、スーダン映画の発掘や保護、デジタル化にも従事しています。
本作にでてくる、イブラヒム・シャダット、スレイマン・イブラヒム、エルタイブ・マフディ、マナル・アルヒロという4人は、スーダンが誇る映画監督や映画製作者たちです。映画産業が崩壊したスーダンに、映画館を復興させて映画を観てもらおうとする4人のベテランたちの奮闘を描き出します。2019年ベルリン国際映画祭パノラマ部門ドキュメンタリー賞・観客賞受賞作。
映画『ようこそ、革命シネマへ』のあらすじ
2015年、スーダンの首都ハルツーム近くの街では、度重なる停電により、何日も電気は復旧しないままでした。
ベテラン映画製作者のイブラヒム・シャダット、スレイマン・イブラヒム、エルタイブ・マフディ、マナル・アルヒロの4人は、暗がりの中、アメリカ映画の傑作『サンセット大通り』のラストシーンのマネをして停電期間を過ごしていました。
還暦を過ぎているこの4人は、スーダンで映画作家として活躍していた45年前からの友人です。彼らの過去には戦争の暗い影がありました。
1989年、彼らは映画製作集団「スーダン・フィルム・グループ」を設立しますが、同年軍事独裁政権もスーダンに誕生しました。これによって、言論の自由をはじめ様々な表現の自由が奪われることになってしまいます。
かつて彼らが作った映画も発禁処分となり、思想犯として軍に拘禁されたり、エジプトやカナダなど国外へ亡命したりと、仲の良かった彼らは離れ離れになりました。
時が流れ再会を果たした今、彼らは離れ離れになっていた時の辛い思いを乗り越え、映画について語ること、映画を観ることはとても楽しいと改めて悟ります。
「映画を再びスーダンの人々のもとに取り戻したい」。4人はあふれるような熱意を抱えて、長年放置されていた屋外の大きな映画館の復活を目指して動き出しました。
映画館主や機材会社との交渉、街の老若男女に観たい映画のアンケートを採ったり、映画館の修復作業をしたりと、準備を進めていきます。
1回目の上映会は『チャップリン』。上映に先駆けて舞台挨拶をするイブラヒム・シャダッドですが、挨拶の途中で礼拝時刻を告げるモスクの放送が鳴り響きます。土地柄仕方がないこととはいえ、あまりのタイミングの良さに絶句するイブラヒム。それでも上映会は行われ、無事に終了しました。
順調に進んでいると思われた映画館開催ですが、政府からの正式な許可はなかなかおりず、4人はじれったく思いながら吉報を待ち続けていました。
映画『ようこそ、革命シネマへ』の感想と評価
アフリカ大陸でエジプトと隣り合わせるスーダン。1956年の独立以来、常に国内に紛争が起こっていました。独立当時には、スーダンに映画を広めようとして独裁政権に阻まれ、逃亡した4人の映画人たちがいます。
2015年に再びスーダンで再会した彼ら。荒れ果てた野外劇場をリフォームして映画館の再生に力を尽くす還暦を過ぎた4人の姿が自然体で描かれています。
イブラヒム・シャダッド監督が何ともチャーミング!
4人の中でも注目すべきは、映画監督のイブラヒム・シャダッドでしょう。彼は亡命生活を送ったのちに帰国しています。帰国の目的は1つ。
“愛する映画を再びスーダンの人々のもとに取り戻すこと”。大きな目標を持っているのに、彼のもたらす雰囲気は、とても温かでまったりとしたものです。
本作の冒頭、暗がりでの1950年公開のビリー・ワイルダー監督の『サンセット大通り』のワンシーンを、スカーフを頭に巻いて裏声を出し、みごとに女性ノーマ役をこなしていたイブラヒム・シャダッド。女性にもなりきれる演技力を見せてくれます。
劇場リフォームの合間には、ラクダを連れて映画再開の構想を練ります。彼の風貌がラクダとマッチしているのが面白いです。
そして極めつけは、上映会の挨拶時の礼拝時刻を告げるモスクの放送。予想していたとはいえ、ジャストタイムでの横やりに苦笑いする場面が笑えます。
人当たりのよいイブラヒム・シャダッドとその仲間たちですが、映画館開館の話になると様子は一変します。スーダンでなぜ映画が上映されなくなったのか。
国の歴史を知る老映画人たちは、悲しみとも怒りともつかない思いを抱えています。
ポツリポツリと戦争体験を語り出しますが、あまり言葉にならないその重い空気がかえって、戦争で失ったものの重さを想像させられる場面でした。
映画の主人公たちと監督の共通する想い
軍事政権は平和だけでなく、映画を始めとする“表現の自由”も奪い去りました。
内乱など将来が不安な時に、気持ちが明るくなるような楽しい娯楽を人々は待ち望みます。スーダンの暗い歴史を淡々と語る4人の映画人だからこそ、何としても国民が楽しめる映画を上映したいという気持ちが強くなるのでしょう。
彼らはスーダン政府に対して、怒りをぶつけたり罵倒したりしていません。映画上映許可がなかなか下りなくても辛抱強く待っています。その様子は、政府の弾圧に耐える市民の怒りがいつか革命に通じていくのに似ています。
スハイブ・ガスメルバリ監督は、スーダン映画の発掘や保護、デジタル化にも従事しています。スーダン映画を愛する監督は、本作品の映画人たちの表面に出せない“怒り”を感じ取り、穏やかなタッチで物語や作品に盛り込んでいました。
まとめ
スーダンは、1899年にイギリス・エジプトの統治下に置かれて以来1956年に独立するまで、常に国内に紛争が起こっています。
そんな中でスーダンに映画を広めようとして独裁政権に阻まれ逃亡した映画人たちの、映画館復活に向けてのアツい闘いが描かれています。
黄色一色の砂漠の町ハルツーム。この町の人々はどんな映画が観たいのでしょうか。4人が一生懸命に採ったアンケートに町の人々は笑顔で答えます。
「インド映画やイギリス映画」「アクション映画」。長い間映画など観ていないからぜひとも観たいという人々の思いにふれ、4人の映画人たちは奮い立ちます。
ボロボロになった映画館を、少しずつ丁寧に修理していく彼ら。途方もなく大変な作業の終わりには、映画を観て喜ぶ人々の笑顔が待っています。
生涯かけて映画好きな映画人である4人には、それが大切な使命だと思われたのでした。
荒れ果てた野外劇場はそのまま軍事政権の弾圧の証でもあります。ここを再建して映画を上映することは、新しいスーダンの復興でもあったのでしょう。
武力で国民を押さえつけようとしても、いつの日か“自由”を求めて立ち上がる人々が出てきます。
国家という巨大な力の制圧に屈することなく、自分の人生をユーモアたっぷりに語り、未来に向けて希望を忘れずにいる本作品の主人公たちのように……。
これは、ひとつの国家が消し去ろうとしていた事実を克明に訴えかける映画でもあるのです。
映画『ようこそ、革命シネマへ』は、2020年6月1日(月)よりユーロスペースにて再上映 他全国順次公開。