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Entry 2019/02/19
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細野辰興の連載小説 戯作評伝【スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~】②

  • Writer :
  • 細野辰興

細野辰興の連載小説
戯作評伝【スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~】(2019年2月下旬掲載)

【細野辰興の連載小説】『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』の一覧はこちら

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第一章「舞台『スタニスラフスキー探偵団~日本侠客伝・外伝~』は失敗作だったのか」

第一節 映画監督が演劇に興味を持つ日・後篇


これまで『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』の一覧はこちら

 私、高井明が日本映画学校細野ゼミ出身者だと判ると、モデルは誰なんですか、と云う問い合わせが編集部を賑やかしたらしい。

 おかしなことを訊く人も居るものだ。「前語り」でもお断りした様に、ここに記しているのはドキュメントでもルポルタージュでもなく小説なのだ。私は、あくまでこの小説の中でのみ高井明として存在するキャラクターだと云うことを忘れて貰っては困る。勿論、「作者」である細野辰興監督の中では明確なモデルが居たり、色々な教え子の複合体であったりするのだろう。しかし、一人一人を具体的に説明することほど愚かなことはない。只の「語り手」である私にも解ることだ。

 とまれ、危惧していた「横書き」には炎上どころか苦情すら無く、肩透かしを喰らった様な気持ちで3カ月がアッと云う間に過ぎてしまった。新聞や書籍離れが進み過ぎ、スマホ時代の人達には「縦書き」などは死語どころか最初から存在すらしていない言葉なのだろう。何より「作者」である細野辰興監督が臍(ほぞ)を固めたのだから私ごとき一介の「語り手」がシャシャリ出る幕ではないのだが。

 と云うことで、「横書き」用の語りは無視したまま、映画作家である細野監督が、何故、舞台演出に興味を持ったのかをもう少しだけ話しておきたい。

 と、意を新たにしたところで背後から袈裟懸けにバッサリとばかり「号外」が飛び込んで来てしまった。

「明石スタジオ 本年を以って閉館!? 」

4年前に『スタニスラフスキー探偵団RETURNS』を、昨年の9月には『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』を上演し、『貌斬りKAOKIRI~戯曲【スタニスラフスキー探偵団】より』では撮影現場ともなった高円寺の「明石スタジオ」が、平成30年12月一杯を以って閉館の運びとなってしまったのだ。

「明石スタジオ」は、日本初の新劇女優と謳われる松井須磨子の弟子として島村抱月の「芸術座」で活動した明石澄子が、夫の財力を頼りに最晩年の1980年に創設した由緒ある小劇場だった。

 これからも上演を考えていた細野監督の青天の霹靂振りは尋常ではなく、直ぐに支配人の浅間さんに緊急コールしたり、スタジオ常連の劇団の人たちに閉館決定までの経緯を聴いて歩いたりした。結果、藪の中からは少し抜け出せた様だが整理が付かない情報も多いらしく、未だ話せる状況ではなさそうだ。

 一つだけ云えることは、「明石スタジオ」の地階から4階の隅から隅までを使って撮影した『貌斬りKAOKIRI~戯曲【スタニスラフスキー探偵団】より』が、映像資料としても貴重な作品に成ってしまったと云うことだろう。


『貌斬り KAOKIRI 戯曲「スタニスラフスキー探偵団」より』ポスター

 本題に戻らせて頂く。

細野監督が演劇実習の台本に選んだのは、1985年度「城戸賞」受賞作『助監督』と云う劇場用映画の脚本だった。題名通り主人公は「映画の助監督」。作者は、現在は映画監督、CM演出家である旦雄二さん。未だ助監督だった細野監督は、受賞直後に映画雑誌に載った『助監督』を一読、直ぐに旦さんに連絡を取った。

「何としても、映画化権を下さいッ。」

旦さんは、自分が監督して映画化したいと考えており、丁寧に断られた様だ。その時のことを御自身のfacebookで次の様に記されている。

「~。細野さんとは、その城戸賞受賞ののち、日本映画監督協会に入会した際に はじめてお会いした。驚いたことに、講師をされている日本映画学校で、私のその城戸賞シナリオを授業の教材として使っておられるという。そして。面食らう私に細野監督は、そのシナリオ『助監督』映画化のお申し出をされたのだった。しかし、そのときすでに自分自身の監督による映画化準備を進めていたため、感謝しつつ丁重にお断りしたのだが、そこまで『助監督』を愛してくださっている細野さんに私は感動したのだった。」
 
 細野監督と旦さんが日本映画監督協会で出遇ったのならば『助監督』を読んだのが未だ助監督の時だった、と云うのは思い込みの強い細野監督の勘違いなのかも知れない。

 とまれ、そんな歴史があっての日本映画学校演劇実習での舞台化だった。

何故、細野監督はそれほど『助監督』と云う脚本に惚れ込んだのだろうか。2011年11月15日に監督が自分のブログに書いた文章が一端を明らかにしてくれていて興味深い。

「私が20年以上前に映画化したかった企画に、1985年度「城戸賞」受賞作品『助監督』(作・旦 雄二)と云うオリジナル脚本がある。

 舞台は、70年代後半から80年代前半のピンク映画界。助監督見習いとして入った主人公の成長譚なのだが、素晴らしく人間臭い青春ドラマになっており、あ、こんな先輩助監督、俺の周りにも居た!?こんな同輩も! と云う驚きの連続だった。

あまりの辛さから脱落していく同輩、先輩。嘗てベネチアでグランプリを受賞した傑作作品のプロデューサーだった人の落ちぶれた姿。

兎に角、ビビッドな登場人物満載で、読みながら慟哭したことは一度や二度ではなかった。

中でも、鬼才と呼ばれていた新進気鋭の監督が主人公に言う台詞が、今でも鮮明に脳裏に刻みついている。

『俺を感動させろよ』

一本の作品を作っていく過程で、助監督としての仕事で監督の自分を感動させろッ、と言っているのだ。対して主人公はこう答える、

『僕は、監督を感動させていませんか?』

『ああ、感動させてくれてないね』。

私は、実は、『感動』と云う言葉が大嫌いだ。安易に感動、感動と便利に使うことも大嫌いだ。小泉元首相が相撲観戦の折に使い流行語になる以前から大嫌いだったのだ。

それは置いておくとして、未だ、助監督だった私は考えた。ここで云う『感動』とは何だろう? 解かったようであり、そうでないようでもあり・・・。

しかし、それは監督になった途端に解かった。監督に取って自分を感動させてくれる助監督とは、先ず自分と同じ情熱で作品に向き合ってくれている、と云うことだ。自分と同じ立場になって作品と対峙してくれる、と云うことだ。もう少し親切に書くとルーティン・ワーク(決まりきった仕事)を軽く超越し、『ここまでやるのか?!』と監督に感心させる仕事っぷりのことだ。(『私の叔父さん』[制作・アイエス・フィールド 配給・マジカル`12 3月公開 原作・連城三紀彦 脚本・細野辰興/中井邦彦 監督・細野辰興 主演・高橋克典/寺島咲]ではチーフ助監督に久々にそれに近いものを感じ、少し『感動』した。)


『私の叔父さん』ポスター

自分の助監督時代が全てそうだったか、と云うとそうであろう筈がない。しかし、監督を感動させた作品の方が多かったことは間違いない。具体まで覚えている。

このことは、助監督のみに当て嵌まることではない。全ての職業、役割に関しても言えることだと思う。俳優に対しても勿論、同じことが言える。

私は、幸福なことに新作『私の叔父さん』に到るまでの自己作品(映画、演劇を問わず)で何度もこの『感動』に出遇っている。」
(細野監督のブログ『映画が、挑発するッ。』 2011年11月15日公開記事より)

 「助監督として監督の自分を感動させろ。」助監督生活に挫折し業界を去った私には、耳が痛いどころか三半規管まで破壊される様な激痛を伴う言葉であり恥じ入るしかない。とは云え、映画監督を志す助監督経験を持つ者には魂を撃たれる脚本であることは間違いない。遅ればせながら拝読した私も、ヤラレテしまった。8年前のブログの文章からも当時の『助監督』に入れ込む細野監督の熱意が伝わってくる様ではないか。

『助監督』の舞台となるのは、70年代後半から80年代前半のピンク映画界。助監督見習いとして入った主人公の成長譚なのだが、細野監督が映画界に入ったのもその頃だったので尚更、自分の助監督時代とオーバーラップするものがあったのだろう。オリジナルの『スタニスラフスキー探偵団』にも助監督を二人も登場させているし、今回の『~日本侠客伝・外伝~』にも勿論、助監督は登場している。

お気づきの方も居るかも知れないが、演劇実習の6年後、2003年に発表した『竜二Forever』が同じ映画界に材を取った青春物だったと云うことも興味深い。

最新舞台、『スタニスラフスキー探偵団〜日本俠客伝・外伝〜』は元より、その直前に作・演出した独り芝居『レプリカントは芝居ができない?』(創作ユニット【スタニスラフスキー探偵団】`18 2月 ニュー・ベリーにて上演 主演・田山由起)にまで至る細野監督にとっての「核」とも云える「創作過程の不条理」への熱情を最初にぶっつけたのが演劇実習『助監督』だったと私は考えている。

 何より、ひと月以上に亘り毎日稽古が出来ると云うことに感激していた様だ。映画の場合も勿論「本読み」はあるが、キャスティングが決まってからクランクインまでの間に精々2日間ぐらいしか出来るものではない。しかも全員揃えることは至難の業。後はクランクインしてから撮影現場でのリハーサル、テストになってしまう。

 勿論、『大阪極道戦争しのいだれ』(大映`94 5月公開公開 監督・細野辰興 脚本・成島出/秀島康夫 主演・役所広司/阿部寛)や『シャブ極道』に限らず撮影現場では粘りに粘ってリハやテストをする細野監督だが、演劇実習での稽古は全員揃えて毎日出来る。授業だからではなく、それが「演劇の習い」なのだ。たとえ演者たちが役所広司や阿部寛、早乙女愛、本田博太郎ではなくてもテスト好き、リハ好きの細野監督には堪らなかったことだろう。しかもギリギリまで演者を追い込むことが出来たのだから。


『大阪極道戦争 しのいだれ』DVD

 学生演者を追い込む一つの方法として監督は、こんなこともした。中々「立ち稽古」には入らず「本読み」をしつこく繰り返す。のみならず配役を本番ギリギリまで決めず代わる代わるに色々な役を演じさせて行ったのだ。理由は、20名近いゼミ生の演者としての資質を探るためと、一人一人に全ての役の台詞を覚えさせるためだと云う。
 
 とまれ、この演劇実習で映画と違い好きな稽古がタップリ出来る演劇に細野監督が味を占めたことは確認するまでもなかった。
 
それともう一つ、発表会までの三か月で「舞台の自由奔放さ」を体感したことも大きかった。具体的には「方法論の自由さ」「表現の自由さ」だ。

例えば細野監督は、「舞台表現の自由奔放さ」を活かすべく敢えて『助監督』の脚本を戯曲化せず、映画の脚本のままの形で台本とした。
通常の小演劇などの戯曲は一幕一場(ひとまくいちじょう)。「場」を一つにしてそこに「寄せ玉」として集まって来る人たちの台詞の遣り取り=「対話」で物語を進めて行く。
登場人物たちの「出入り」がないと「ドラマのウネリ」を起こし難いので、「場」は誰でもが「出入り」出来る「パブリックな場所」か、そうでない場合は「パブリックな時間」を設定しリアリティある「出入り」を可能にしておく。

しかし、映画の脚本が一場面(ワンシーン)しかないなど超低予算のインディーズ映画なら知らず、普通の商業映画では滅多にあることではない。『助監督』も超低予算映画用の脚本ではなかったのでシーン数も100を超えていた筈だ。細野監督はそれを逆手に取った。

幕が開くと、大教室での上演なので幕などないのだが、演者の一人である学生がシーンの「柱」と「ト書き」をどこまでも牧歌的に読み上げて行く。

「シーン① 新宿スバル・ビル前 早朝 撮影に出発する前の色々な組のマイクロバスが大胆に停車違反を競っている。眠たそうに三々五々集まって来る各組の色々なスタッフたち。その人たちに誰それ構わず嬉しそうに元気よく、おはようございます! と声を掛けている主人公、云々…」

と云った具合だ。

勿論、新宿スバル・ビル前に見立てる美術装置や照明、効果音もない。シーン②が海か山に、否、宇宙に変わろうとも美術などの装置を変えはしない。ゼミ室から持って来たパイプ椅子を色々な物に見立て、舞台を海とし、黒バックを山とし、或いは宇宙として迷うことなく物語を展開して行くのだ。その自由さッ、奔放さッ。リアリティを重視する映画とは180度違う見事なほどいい加減で魅力的な「演劇の約束事」だった。

もう一年早く入学していたら私も演技実習を直に体験できたのにと思うと自分のタイミングの悪さを呪いたくなってしまう。

それにしても、授業の合間に垣間見た「魔法使いの帽子」を被ったミッキー・マウスの様に嬉々として演出する細野監督の姿は、20余年経った今でも忘れられるものではない。

 幾ら自由奔放な表現を許される演劇でも流石に映画の脚本その侭で上演したケースはなかったらしい。半年後、日本映画学校俳優科の実習発表会の折、俳優科のボスであり劇団【1980】の主宰でもあった劇作家の藤田傳氏に
「細野の『助監督』の方法論でやらせて貰ったワ。アレは映画監督でなければ思い付かんやり方だからな。」
と照れ臭そうに云われ、細野監督も初めて気づいた様だ。

映画の脚本のまま上演することが、演劇界の異才・藤田傳さんでもやったことがない方法論だったのか、と細野監督は「ビギナーズ・ラック」に苦笑いせざるを得なかった。

 因みに藤田傳さんとは、『シャブ極道』で役所広司演じる主人公・真壁五味と対立する巨大暴力団神崎組組長・神崎辰巳として出演している、あの御仁のことだ。


『シャブ極道』DVD

細野監督と傳さんは、横浜放送映画専門学院時代に、監督と同期の俳優科生で現在は劇団【1980】の代表となっている柴田義之氏を介し、講師と学生と云う関係に囚われない何んとなき出遇いをしていた。

古くは『神々の深き欲望』のチーフ助監督として勇名を馳せた元祖・今村組の主要メンバーでもあった藤田傳さん。79歳で肺に進行癌が発見されるも、手術をすれば仕事が出来なくなると拒み続け、2年後の2014年3月16日に最期の作・演出となる『天下御免 想定外』(きなせ企画`14 4月武蔵野芸能劇場にて上演 出演・紀奈瀬衣緒 斉藤晴彦)を手掛けながら「大往生」を遂げ、見事に劇作家人生を全うされた。

とまれ、演劇実習『助監督』での実験的な方法論は想定外の成功を収め、味を占めた細野監督の創作脳に演劇演出の醍醐味が鮮やかにインプットされた。亦、その経験から細野監督は、舞台でリアリティを必要とするシリアスな題材を上演するのは違うのではないか、と考えるようになる。

しかし、それは未だ少し先の話だ。

そろそろ舞台『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』の一筋縄ではいかない内容について語る覚悟をしなければいけなくなって来た様だ。

【この節】了

【細野辰興の連載小説】『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』の一覧はこちら

*この小説に登場する個人名、作品名、企業名などは実在のものとは一切関係がありません。作家による創作物の表現の一つであり、フィクションの読み物としてご留意いただきお楽しみください。

細野辰興のプロフィール


©︎Cinemarche

細野辰興(ほそのたつおき)映画監督

神奈川県出身。今村プロダクション映像企画、ディレクターズ・カンパニーで助監督として、今村昌平、長谷川和彦、相米慎二、根岸吉太郎の4監督に師事。

1991年『激走 トラッカー伝説』で監督デビューの後、1996年に伝説的傑作『シャブ極道』を発表。キネマ旬報ベストテン等各種ベストテンと主演・役所広司の主演男優賞各賞独占と、センセーションを巻き起こしました。

2006年に行なわれた日本映画監督協会創立70周年記念式典において『シャブ極道』は大島渚監督『愛のコリーダ』、鈴木清順監督『殺しの烙印』、若松孝二監督『天使の恍惚』と共に「映画史に名を残す問題作」として特別上映されました。

その後も『竜二 Forever』『燃ゆるとき』等、骨太な作品をコンスタントに発表。 2012年『私の叔父さん』(連城三紀彦原作)では『竜二 Forever』の高橋克典を再び主演に迎え、純愛映画として高い評価を得ます。

2016年には初めての監督&プロデュースで『貌斬り KAOKIRI~戯曲【スタニスラフスキー探偵団】より』。舞台と映画を融合させる多重構造に挑んだ野心作として話題を呼びました。

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