連載コラム「銀幕の月光遊戯」第56回
映画『ナイチンゲール』が2020年3月20日(金・祝)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国公開されます。
『ナイチンゲール』は、19世紀、英国植民地時代のオーストラリア・タスマニアにおける英国の犯罪行為の数々を、目をそむけることなく描写し、ヒロイン・クレアの復讐への旅を様々な感情の旅として描いた作品です。
ヴェネチア国際映画祭やシドニー映画祭での上映の際、暴力描写に耐えきれず途中退場する人もいたという衝撃の話題作です。
CONTENTS
映画『ナイチンゲール』の作品情報
【公開】
2020年公開(オーストラリア、カナダ、アメリカ合作映画)
【監督】
ジェニファー・ケント
【キャスト】
アイスリング・フランシオシ、サム・クラフリン、バイカリ・ガナンバル、デイモン・ヘリバン、チャーリー・ショットウェル、ハリー・グリンウッド
【作品概要】
19世紀、英国植民地時代のオーストラリアを舞台に、夫と子どもの命を残虐な将校たちに奪われた女囚の復讐の旅を描く。
監督は『ババドック ~暗闇の魔物~』のジェニファー・ケント。ヒロインの女囚役にケン・ローチ監督作品『ジミー、野をかける伝説』や、ドラマで活躍しているアイスリング・フランシオシが扮し、『あと1センチの恋』のサム・クラフリンが非道な英国将校を演じている。
第75回ヴェネチア国際映画祭で審査員特別賞とマルチェロ・マストロヤンニ賞(最優秀新人賞)に輝いた。
2020年「第九回オーストラリア・アカデミー賞」では作品賞、主演女優賞をはじめ最多6部門を受賞。米アカデミー賞の前哨戦となるナショナル・ボード・オブ・レビューのトップ10映画に選出された。
映画『ナイチンゲール』のあらすじ
19世紀のオーストラリア・タスマニア地方。
盗みを働いたことから流刑囚となったアイルランド人のクレアは、一帯を支配するイギリス軍将校ホーキンスに囲われ、刑期を終えても釈放されることなく拘束されていました。
クレアの夫エイデンは、ホーキンスに約束の書類を書いて開放してくれるように頼みに行きますが、にべもなく追い払われます。
エイデンはまったく耳を貸さないホーキンスに腹をたて殴りかかります。乱闘騒ぎを聞きつけて現場に現れたのは、ホーキンスが率いる隊の様子を視察しにやってきた大尉でした。
彼はホーキンスを呼びつけ、昇進を認めないと通告します。逆上したホーキンスは仲間たちと共にクレアをレイプし、さらに彼女の目の前でエイデンと子どもを殺害してしまいます。
クレアは愛する者と尊厳を奪ったホーキンスへの復讐を誓いますが、出世を目論むホーキンスは、ローンセストンに駐屯するベクスリー大佐に昇進を直訴するために旅立った後でした。
クレアは先住民アボリジニのビリーに道案内を依頼し、将校らを追跡する旅に出ます。
映画『ナイチンゲール』の感想と評価
映画祭を二分した衝撃作
オーストラリアの映画監督ジェニファー・ケントは、『パラサイト』が世界中で大ヒットしている韓国のポン・ジュノ監督が英国映画協会(BFI)発行の『サイト&サウンド』誌に発表した「2020年代に注目すべき監督20人」に、アリ・アスターやビー・ガンらと共に選ばれています。
彼女の長編デビュー作の『ババドック 暗闇の魔物』は、本当に恐ろしいホラーとして話題となり、インディーズ映画ながらヒットを記録し、ニューヨーク批評家協会賞をはじめ、50以上の賞を受賞し一躍注目を集めました。
彼女が二作目に選んだ本作は、要約だけを観れば、DVDスルー作品やジャンル映画ばかりを揃えた映画祭などで披露されそうな“レイプ・リベンジ”もののように思われます。しかし、この作品はそうしたものとは一線を画しています。
『ナイチンゲール』は、実際に19世紀、英国植民地時代のオーストラリア・タスマニアで行われた数々の非人道的行為を、目をそむけることなく描写し、その蛮行に対して怒りを顕にします。
第75回ヴェネチア国際映画祭では、上映中に席を立つ人も出るなど、鑑賞者に大きな衝撃を与えました。とりわけ前半30分はハードな描写で、観るのにそれなりの覚悟が必要かもしれません。
賛否両論がとびかう中、ヴェネチア国際映画祭は、本作に、審査員特別賞とマルチェロ・マストロヤンニ賞(最優秀新人賞)をもたらしました。
映画の中の唯一の救い
クレアはローンセストンという町に向かったイギリス軍将校ホーキンスに復讐するため、彼を追跡しようとしますが、案内人がなければ荒野の中を進むことができません。クレアはビリーという原住民の黒人青年を紹介されますが、当初、彼女は彼と一緒にいくことを拒み、仕方なく受け入れたあとも高圧的な態度を取り続けます。
彼女も当時の白人女性であるため、彼女が憎むイギリス将校たちと同じく、差別主義に陥っているのです。
しかし、危険で過酷な荒野の旅を続けるうちに、ビリーに対する見方は変化し、彼に対する信頼感と友情のようなものが芽生えてきます。何よりも注目すべきは、クレアがビリーたちの文化や風習を受け入れていく過程でしょう。
また、彼女を導くのは“ビリーたちの鳥”で、森の中の幻想的なシーンは非常に美しく描写されています。
過酷な道程において、不遇なアイルランド人の女性と原住民の男性が心を分かち合い、助け合う姿はこの暴力的な映画の中の唯一といってもよい救いとなって、心打たれます。
現代に通じる物語
イギリス軍将校ホーキンスは、自身の立場を利用して囚人という立場の弱い人間を弄び、女、子どもといわず殺害し、先住民の生活を踏みにじっていく極悪非道の男です。
ホーキンスは、特殊な一個人というより、英国が放任する虐殺者の象徴であり、英国の悪しき帝国主義の実態として描かれています。
こうしたイギリスの帝国主義は原住民の命を奪い、女性をレイプし、彼ら、彼女たちの尊厳を粉々にし、伝統を破壊し、故郷を奪い去りました。
それは今もなお、世界中の紛争地域で繰り広げられている光景でもあります。
ジェニファー・ケント監督自身もこの作品を「現代の物語」と語っています。女性の視点から見た、世界の“暴力”についての物語だと。
しかし一方で、『ナイチンゲール』は暴力だけの映画ではありません。恐怖と絶望を味わい復讐心に囚われた女性の感情の旅の映画でもあるのです。観客にとっても言葉では言い表せない彼女の心の変遷を見つめる136分の旅だと言ってもよいでしょう。
まとめ
ヒロインのクレアを演じるアイスリング・フランシオシは、アイルランド出身。ケン・ローチ監督作品『ジミー、野をかける伝説』や、大人気テレビドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』の出演などで知られています。オペラ歌手でもあり、劇中でも美しい歌声を披露しています。その歌は、クレアの心の吐露でもあり、しみじみと心に染み込んできます。
非道な将校ホーキンスに扮したのは、『あと1センチの恋』や『ヘル・フロント地獄の最前線』などで知られる英国出身の若手俳優です。今回はこれ以上無いほどの憎々しい演技を見せています。
原住民のビリーを演じたバイカリ・ガナンバルはオーストラリア・アーネムランド半島のエルコ島出身。『ナイチンゲール』での演技が初の演技だったというから驚きです。非常に重要な役を清浄な様で演じ、感動を呼びおこします。
また、チャーリー・ショットウェルが演じた孤児のエディの懸命に生きようとする姿も大変印象に残りました。
映画『ナイチンゲール』は、2020年3月20日(金・祝)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国公開されます。
次回の銀幕の月光遊戯は…
中国のビー・ガン監督の『凱里ブルース』を取り上げる予定です。
お楽しみに。