連載コラム「銀幕の月光遊戯」第52回
1980年代、サイゴンで孤独を抱えた2人の男が出会う一。
伝統芸能「カイルオン」を背景に、2人の男性の出逢いと感情の芽生えを描いたベトナム映画『ソン・ランの響き』が2020年2月22日(土)より新宿K’s cinema他にて全国順次ロードショーされます。
民族楽器「ソン・ラン」の響きにのせて綴られるボーイ・ミーツ・ボーイの物語です。
CONTENTS
映画『ソン・ランの響き』の作品情報
【公開】
2020年公開(ベトナム映画 2018年度作品)
【監督】
レオン・レ
【キャスト】
リエン・ビン・ファット、アイザック、ミン・フーン、スアン・ヒエップ
【作品概要】
80年代のサイゴンを舞台に、孤独なふたりの男性の出逢いと交流をベトナム伝統芸能「カイルオン」を背景に描く。
取り立て屋の主人公を演じたリエン・ビン・ファットは第31回東京国際映画祭にてジェムストーン賞(新人俳優賞)を受賞。「カイルオン」役者のリン・フンには元ベトナムのトップアイドルグループ365dabandのリーダーで、グループ解散後は俳優として活躍しているアイザックが扮している。
ベトナム映画協会最優秀作品賞、北京国際映画祭最優秀監督賞、サンディエゴ・アジアン映画祭観客賞など国内外の映画祭で数々の賞を受賞し、高い評価を得た。
監督は本作で長編監督デビューを飾ったレオン・レ。
映画『ソン・ランの響き』のあらすじ
1980年代、サイゴン(現・ホーチミン市)。
ユンは借金の取り立てを正業とし、周囲からは“雷のユン兄貴”と恐れられていました。
ある日、借金の取り立てでカイルオンの劇場にやってきたユンは、団長が払えないと見るや、舞台衣装にガソリンをふりかけ始めました。ライターで火をつけようとした時、劇団の若きスター、リン・フンがやってきて彼の前に立ちはだかりました。
リン・フンは腕時計をはずし、金の鎖と共に差し出すますが、ユンは受け取らず無言のまま立ち去ります。
次の日の夜、ユンは「ミー・チャウとチョン・トゥイー」というカイルオンの芝居を客席で見ていました。
敵対する国の王子と王女が、婚姻の契を結びますが、戦に巻き込まれ引き裂かれてしまう悲恋物語です。
ユンは、主役のチョン・トゥイーを演じるリン・フンの妖しい美貌と歌声に次第に魅せられていきました。
町の食堂で一人食事をしていたリン・フンは、食堂からデザートをサービスされます。
「俺達にはないのか」とかみついたのは、直ぐ側に座っていた四人組の酔っぱらいです。
酔っぱらいはリン・フンに近づくと顔にビールを浴びせました。怒ったリン・フンが男に殴りかかり、乱闘となりますが、たまたま居合わせたユンが加勢し、酔っぱらいを追い払います。
リン・フンは、酔いが回ったのと、殴られたせいで、大の字にのびていました。
ユンの家で目覚めたリン・フンは時計を見てあわてて起き上がろうとします。「もう、芝居が終わるころだ」とユンに言われ、「どうして起こしてくれなかった!?」と口走ります。
「勝手に加勢した俺がおせっかいだったな」とユンは皮肉を言い、リン・フンは急いで出ていきますが、部屋の鍵をなくしていた事に気付き、再びユンのところに戻ってきます。
どこを探しても鍵は見つかりません。店で落としたのではないかとユンは言い、今日はここに泊まっていけとリン・フンに声をかけました。
リン・フンは警戒心をなかなか解きませんでしたが、ファミコンに興じるうちに次第に打ち解け始めます。
停電になり、外に出たふたりが屋台で麺を食べていると、流しの老人が哀しい歌を歌っていました。
リン・フンはその歌詞に聞き入ります。それはまるで自分の人生を歌ったかのようでした。リン・フンは、良い俳優になるためにはもっと人生経験を積まなくてはいけないと座長に言われているとユンに語ります。
2人は自身の境遇を打ち明け合います。共に悲しい過去を持つふたりは、孤独な心を埋め合わせるように共鳴しあいます。
劇場で再び会うことを誓い別れた2人でしたが、思わぬことが待ち受けていました・・・。
映画『ソン・ランの響き』の感想と評価
ベトナム伝統芸能「カイルオン」の魅力
「ソン・ラン」は、ベトナムの民族楽器です。冒頭、主人公のユンが持っている、木の円筒と小さな丸い木が曲がった金属品でつながった不思議な形のものがアップで映し出されますが、これが「ソン・ラン」です。
床に置き、足で踏むことで音を鳴らす「ソン・ラン」は、演奏者、役者のどちらにとってもリズムの基礎となるもので、ベトナム大衆歌舞劇「カイルオン」の本質をなすものと考えられています。
大衆芸能「カイルオン」は、20世紀初頭、南ベトナムで誕生しました。歴史的には100年ほどですが、「伝統」と表現しても間違いはないでしょう。
印象的な衣装やメイクは京劇のようでもあり、思わずチェン・カイコーの『さらば、我が愛/覇王別姫』(1933)を連想してしまいますが、その一方で、巡業に失敗し、本拠地に戻って巻き返しを図る劇団の姿は、小津安二郎監督の『浮草』(1959)の旅芸人一座のような儚さも併せ持っています。
「ミー・チャウとチョン・トゥイー」という芝居の看板をかかげた1980年代の劇場の再現度が素晴らしく、この看板を中心にカメラは自在に動き、見上げたり、見下ろしたりしながら、魅惑的な空間を演出します。
狭くて長い楽屋など映画プロダクトの鮮やかさとともに、芝居に魅入られた人々の生き生きとした息遣いがリアルに伝わってきます。
カイルオンの若きスターとして売出し中のリン・フンを演じているのは、アイドルグループ「365daband」のリーダーとしてデビューし、グループ解散後は俳優として幅広い活躍を見せているアイザックです。カイルオンの歌と踊りも見事にこなしています。
ボーイ・ミーツ・ボーイの物語
借金の取り立てを正業としているヤクザ者・ユン役のリエン・ビン・ファットは、本作が映画初出演とは思えないほど、心の奥深くに怒りと哀しみを宿した孤独な青年を好演しています。
ユンとリン・フンは借金の取り立てという最悪の場面で出逢い、酒場での乱闘にユンが加勢することで、決定的な出逢いを果たします。
その乱闘がちょっとした肉弾戦となっているのにも注目です。本作のプロデューサーを務めたゴ・タイン・バンは、『The Rebel 反逆者』(2007/チャーリー・グエン)などの作品でアクション女優としても知られており、第14回大阪アジアン映画祭で上映された『ハイ・フォン』(2019/レ・ヴァン・キエ)でも、一人娘をさらわれ、決死の覚悟で敵に挑んでいく母親を演じていました。
本作でのアクションシーンが傑出しているのも当然といえるでしょう。序盤に、ユンがお灸をしている男性客を脅す場面では、動物の角のようなものを使い急所をつく手際の良さに目を見張りました。そういえば、『ハイ・フォン』でゴ・タイン・バンが演じていた女性も借金取りでした。
そんないざこざの中で出逢った2人ですが、いつしか互いに心を開きはじめます。停電の中行われる夜の散歩、月あかりだけの屋上での会話、そして歌がつなげる共同作業。この眠らない夜の何時間かは、彼らにとってどれほど尊い時間だったことでしょう。
彼らが何を思い、互いをどのように感じたのか、作品はそれをくどくど説明したりはしません。このあとに見せる彼らの行動に全てが現れています。とりわけ、「ミー・チャウとチョン・トゥイー」の舞台で、真のスターとなっていくリン・フンの姿は一瞬たりとも見逃せないものになっています。
光と影が織りなす世界
本作は映像的にも物語的にも光と影が重要な役割を担っています。それは3つのパートに分けることができるでしょう。
1つは昼間の薄暗い部屋の中に降り注ぐ陽の光と、それが織りなす影です。格子模様に染まる壁や床や階段の幾何学的な世界は思わず息を呑むほどの形式美を形成しています。
2つ目は夜の風景における光と影です。家々の窓からこぼれ出る光と微かな街灯の光が、ユンとリン・フンの姿を浮かび上がらせます。停電の夜、月明かりだけが照らし出す2人のショットの美しさは、このまま夜が明けなければよいのにと思わせますが、夜明けの黄金色に染まる空の麗しさもまた、この映画の美を象徴するものです。
3つ目は人生の光と影です。役者として生きるリン・フン、取り立て人として生きてきたユン、2人の人生もまた光と影を宿し、2人が出会うことで、さらなる光と影が生まれます。
喜びと哀しみが交錯する人生を映画は静かに、クールに、それでいてセンシティブに映し出し、観るものの心を揺れ動かし続けるのです。
まとめ
『ソン・ランの響き』は、ゴ・タイン・バンがプロデユースしたStudio68の制作作品です。同じくStudio68が製作した作品といえば、グエン・ケイ監督の『サイゴン・クチュール』が思い出されます。
『サイゴン・クチュール』はアオザイというベトナムの民族衣装をめぐるチャーミングでハートフルな作品でしたが、ベトナムの伝統文化を主題にしているという点で2作は共通しています。
古き良き時代の文化を描くことでノスタルジックな懐かしい味わいが沸き起こるのも魅力のひとつですが、同時に若い世代には、古きものが逆に新しい発見ともなりえます。
『ソン・ランの響き』もまた、そうしたノスタルジーたっぷりでありながら新しい感性も持ち合わせた作品として、絶妙な輝きを放っているのです。
映画『ソン・ランの響き』は2020年2月22日(土)より新宿K’s cinema他にて全国順次ロードショーされます。
次回の銀幕の月光遊戯は…
2020年2月14日(金)より新宿シネマカリテ&YEBISU GARDEN CINEMA他にて全国ロードショーされる『ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏』を取り上げる予定です。
お楽しみに。