連載コラム「銀幕の月光遊戯」第31回
何かが起こる日を俺たちは待っていた!
大学図書館が所蔵する時価12億円を超えるヴィンテージ本を狙った、 普通の大学生が起こした普通じゃない強盗事件を描く『アメリカン・アニマルズ』。
本作は“実話に基づく物語”ではなく、ずばり“実話”で、 実際に事件を起こした本人も登場します。
映画『アメリカン・アニマルズ』は、2019年5月17日(金)から新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開されます。
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映画『アメリカン・アニマルズ』のあらすじ
スペンサーは美術の才能を評価され、ケンタッキー州のトランシルヴァニア大学に進学しますが、大学生活は期待していたものとは違っていました。
こんなはずじゃなかったのに…という気持ちが彼の心に芽生え、広がっていきます。
スペンサーの友人、ウォーレンは、スポーツの特待生としてケンタッキー大学に進学しますが、練習に打ち込めず試合もろくに出なくなり、大学側から警告を受けていました。
久しぶりに会ったふたりは、以前ウォーレンがアルバイトしたことがあるというレストランに忍び込みました。
どうせ大部分は廃棄されるんだと食材の肉を大量に持ち出していると、すぐに見つかってしまい、あわてて車に乗り込みます。
「I’m alive!!」 とジョニー・サンダーを歌いながら、スペンサーとウォーレンは夜の町を車で駆け抜けます。こんな悪ふざけが唯一の憂さ晴らしの方法でした。
ある日、スペンサーがウォーレンの家で食事をごちそうになっていると、突然ウォーレンの母親が彼の前に立ち「離婚する!」と告げます。
ショックを受けたウォーレンは酒場で浴びるほど酒を飲み、気持ち悪くなって嘔吐します。スペンサーは心配そうに見守るしかありません。
そんな中、スペンサーは授業の一環で、大学の図書館の特別室に入る機会を得ます。そこにはジョン・ジェームス・オーデュポンの画集『アメリカの鳥類』を始め、ダーウィンの『種の起源』の初版本など、貴重な書物が展示されていました。
オーデュポンの本は時価1200万ドル(およそ12億円)もするそうです。
ウォーレンにそのことを話すと、彼はそれを盗み出そうと提案。うまく行くわけがないと始めは相手にしていなかったスペンサーですが、まったく違った世界が現れるぞというウォーレンの言葉に心動かされ、図書館の見取り図を描き始めます。
ウォーレンの提案で新たに仲間を増やすことになりました。
一人はウォーレンと同じ大学に通うFBI志願の秀才エリック。ウォーレンと喧嘩してしばらく口をきいていなかった彼は、何より彼と仲直りしたくて、その話を受けることにします。
もう一人、車を自由に用意できる人間が必要ということで、スペンサーの高校時代の知人チャズを引き込みます。彼は若くして実業家として成功を収めており、金を持っていました。
部屋には一人司書がいるだけ。画集を盗み出すことはたやすいように思えました。
四人は老人に変装し、トランシルヴァニア大学の図書館へと足を踏み入れます。果たして彼らの運命は!?
映画『アメリカン・アニマルズ』の解説と感想
フィクションとノンフィクションのはざまで
2004年にケンタッキー州トランシルヴァニア大学で実際に起きた強盗事件を、ドキュメンタリー映画出身のバート・レイトン監督が映画化。映画の冒頭に、“真実に基づいた物語”ではなく、“実話”であるといった字幕が出ます。
バート・レイトン監督のドキュメンタリー作品『The Imposter』(2012)は、1997年にアメリカで実際にあった少年の行方不明事件に絡んだ驚くべき事実を追った作品で、英国アカデミー賞最優秀デビュー賞を受賞しています。
奇妙で不思議な事件を掘り当てる天才ではないかと思わせるくらい、題材の選び方が抜群のレイトン監督。本作に関しては、何一つ不自由のない中流階級出身の大学生がなぜこのような事件を起こしたのかというところに焦点を当て、彼らの心理を浮かび上がらせていきます。
バート・レイトン監督の初の長編劇映画となる本作は、冒頭からドキュメンタリー風のタッチが続くかと思いきや、なんと事件を起こした本人たちが劇中に登場し驚かされます。
フィクションの中に、本人たちの証言が飛び込んでくるという構成なのですが、フィクションとノンフィクションのつなぎ目はごく自然で、フィクションで暴走する車を本人が見送るような編集があったりと、実にユニークな作りになっています。
画面にタイトルが出るまでのイントロダクション的な部分の展開も鮮やかで、一気に作品に引き込まれます。
スリルとサスペンスに満ちた強盗シーン
画集を盗むと決めて、まずウォーレンがすることはネットで強盗の方法を検索すること。
次に行ったのは、『オーシャンズ11』やタランティーノの『レザボア・ドッグス』、『華麗なる賭け』などの強盗映画のDVDを借りてくること(スペンサーとウォーレンが実際観ているのはスタンリー・キューブリックの1956年の作品『現金に体を張れ』)。
さらに『レザボア・ドッグス』のように、四人の仲間に色を使った呼び名をつけます。
“Mr.ピンク”と名付けられたことがいかに嫌だったかを語る本物のチャズ。
これほどのことを起こしておいて、え?そこなの?とずっごけそうになるコメントを引き出しているバート・レイトン監督。映画全体に独特のユーモアが漂っています。
『レザボア・ドッグス』はあまり参考になりそうにないし、むしろ縁起が悪いのでは?と真面目に返してしまいそうになるくらいに、どこか浮かれているかのようなふわふわした脱力感が立ち込める中、いざ犯行が開始されるや、映画のムードは一変。
入念にリサーチしたはずが、なんでそんな大事な点を確認していないんだと叫びたくなるほど計画は穴だらけ。
完全無欠の『オーシャンズ8』は無理としても、もうちょっとなんとかならなかったのかと地団駄を踏みたくなりますが、だからこそ尋常でない緊張感が漂うのです。
手に汗握る上質のサスペンス映画となっています。
痛々しい青春映画の一つの形
事実だけ追えば、これが大学生のやることだろうかと疑問を抱くほど、彼らの行動は稚拙で、信じられないくらいの浅はかさ。
しかし、映画を観ていくうちに、これに至った彼らの心理が徐々に理解でき、ヒリヒリとした痛々しい青春映画の一つの形が浮かび上がってきます。
大学生活は期待していたものとは違い、失望と幻滅の中で、未来もたいして変わりそうにないという漠然とした不安と閉塞感。それらは多くの若者が持つ普遍的な心理でもあります。
また、芸術家志望のスペンサーは、偉大な画家が経験した困難な出来事=何か大きな経験を必要としていました。早く何者かにならなければならないという強迫観念、他人に流されたり、他人に依存したり、空気を読んだり、そんな人間の些細で微妙な心理が突拍子もない行動に移っていく様をバート・レイトン監督は巧みに描いています。
オーデュボンの画集『アメリカの鳥類』のように、“アメリカン・アニマルズ”の姿を本作は記していくのです。
ちなみに『アメリカン・アニマルズ』というタイトルは、ダーウィンの『種の起源』の一説から取られています。
彼らの計画がどのような運命を辿ったのか、是非映画館で確かめてください。
まとめ
ウォーレンを演じたのは、TVシリーズの『アメリカン・ホラー・ストーリー』で注目され、「X-MEN」シリーズのクイック・シルバー役で知られるエヴァン・ピーターズです。エネルギーに満ち溢れ、妙に行動力のある青年を好演しています。
スペンサーを演じたバリー・コーガンはヨルゴス・ランティモス監督の『聖なる鹿殺し』(2017)で見せた強烈な印象が忘れがたい俳優ですが、本作でも、常識家でありながらどこか夢見がちな青年を見事に演じています。
エリックに扮したジャレッド・アブラハムソンは、プロの総合格闘技家だったという経歴の持ち主。
チャズに扮したのは、リチャード・リンクレイター監督の『エブリバディ・ウォンツ・サム!!世界は僕らの手の中に』(2016)の野球青年や『スウィート17モンスター』(2016)の優秀な兄役が記憶に新しいブレイク・ジェナー。
そして、実際のウォーレン、スペンサー、エリック、チャズも本物の俳優に劣らない強烈な印象を残します。
映画『アメリカン・アニマルズ』は、2019年5月17日(金)から新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開されます。
次回の銀幕の月光遊戯は…
テアトル新宿にて5月31日(金)~6月6日(木)公開、以降全国順次公開予定の映画『オーファンズ・ブルース』を取り上げる予定です。
お楽しみに!