連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第95回
今回紹介するのは、2026年6月6日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開の『わたしの聖なるインド』。
2019年12月に起こった、インドのモディ政権へのムスリム女性たちの100日以上にわたる平和的な抵抗運動を追います。
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映画『わたしの聖なるインド』の作品情報

(C)2023 Nausheen Khan
【日本公開】
2026年(インド映画)
【原題】
Land of My Dreams
【監督・撮影・編集】
ノウシーン・ハーン
【音楽】
クシュ・アシェール
【作品概要】
2019年、インド・ニューデリー南部のイスラム教徒居住区のシャヒーン・バーグで行われた、ムスリム女性たちが中心となった平和的運動を追った、2023年製作のドキュメンタリー。
ムスリム女性のノウシーン・ハーンが監督兼カメラマンとして現場に密着し、自身の半生を綴るとともに解放と変革の物語を活写しました。
2023年山形国際ドキュメンタリー映画祭では『我が理想の国』の邦題で上映され、市民賞(観客賞)を受賞しています。
映画『わたしの聖なるインド』のあらすじ

(C)2023 Nausheen Khan
2019年12月、インドのナレンドラ・モディ政権はイスラム教徒を意図的に排除した市民権改正法(CAA)を制定し、イスラム教徒の間で市民権を剥奪される危機感が高まりました。
CAAに対する批判の声が増す中、反対運動の拠点となった大学に警察が乱入し、200人もの負傷者と多くの逮捕者を出します。この暴力的な対応と差別的な法案への抗議として、ニューデリー南部のイスラム教徒居住区のシャヒーン・バーグで、大規模な座り込みが開始。
その座り込みの中心にいたのは、ムスリムの女性たちでした…。
ヒンドゥー至上主義に異を唱えるイスラム教徒

(C)2023 Nausheen Khan
14億(2025年国連統計)という世界第1位の人口数を誇るインド。その中でヒンドゥー教が約80%を占め、以下イスラム教徒が約14%、キリスト教徒約2.3%、シク教徒約1.7%といったように宗派が細分化しています。
2014年5月にナレンドラ・モディ首相率いるインド人民党(BJP)政権が発足。このBJPは1925年に創立された、モディを含む政府・与党の現主要人物の出身である民族奉仕団(RSS)の政治部門とされています。
表向きはヒンドゥー教徒の団結を掲げるRSSですが、その実はインド全体における上位カーストの特権的地位を維持することが目的と云われています。これがいわゆる、“インドはヒンドゥー国家である”という思想、「ヒンドゥー至上主義」です。
2019年12月12日、BJPにより市民権改正法(CAA)が成立。これは、14年12月31日以前に近隣国からインドに入国したヒンドゥー、シク、仏、キリストといった宗教的少数派難民に市民権の申請手続きを緩和するというものですが、なぜかイスラム教徒のみが対象外に。これはつまり、イスラム教徒排除の正当化を意味します。
このCAAに異を唱えるイスラム教徒の反対運動が高まった翌13日に、運動の拠点だったジャミア・ミリア・イスラミア大学構内に警察が乱入。運動参加者の学生たちが逮捕・暴行されました。
前置きが長くなりましたが、本作『わたしの聖なるインド』は、その大学での事件に端を発し、イスラム教徒が居住区のシャヒーン・バーグで起こったムーブメント、通称「シャヒーン・バーグ抗議運動」に密着したものです。
愛国心が生む分断

(C)2023 Nausheen Khan
監督のノウシーン・ハーンは、ジャミア・ミリア・イスラミア大学在籍時に映画制作を学んでおり、母校で起きた暴行事件を機に、市民権法の詳細や、市民たちがなぜ抗議の声を上げたのかなどについて興味を持ったのが製作のきっかけと語ります。
特に惹かれたのが、シャヒーン・バーグ抗議運動の中心にいたのがムスリム女性たちという点。インドで暮らす女性は出生や教育、または社会的地位の面で軽視されがちで、自己証明用文書類をほとんど持たない人も多いとされます。
CAA=ヒンドゥー至上主義により、公式書類の提示が必須である国民登録ができなければ、最悪の場合は市民権を失う可能性がある――立場の弱いムスリム女性たちが法改正を叫ぶのは当然でした。
イスラム教徒もヒンドゥー教徒も、インドという国を愛する心は共通のはず。それなのに国内で“分断”してしまう――ムスリム女性でありながら、それまで信仰に関心を寄せていなかったというハーン監督は、同胞たちの姿を直視することで、自身の在り方をも問いていきます。

(C)2023 Nausheen Khan
本作が製作されたのは2023年。その翌年には第三次モディ政権が始まり、イスラモフォビア(イスラム教やムスリムへの憎悪、宗教的偏見)化はさらに深刻化。インドではドキュメンタリー映画が劇場公開される機会は極めて少なく、内容的に現政権への問題提起が込められた本作は、国内での大規模公開が難しい状況にあります。
「わたしの聖なるインド」という邦題、そして原題『Land of My Dreams(わたしの理想の国)』には、母国の現状をカメラで捉えた監督の皮肉が込められているのは確かでしょう。
しかしながら、本作で活写される女性たちは総じて機知に富んでおり、男性より劣っているとは到底思えません。座り込みという無抵抗手段で、100日以上もの反対運動を行った彼女たちの姿は、マハトマ・ガンジーと重なります(実際に、ガンジーの肖像画を象徴的に映す編集がされている)。
ガンジーが非暴力不服従を貫いてインド独立を勝ち取ったように、そう遠くない将来、声を上げた女性たちの信念で、インドが“聖なる理想の国”となる日が訪れるかもしれません。
次回の連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』もお楽しみに。
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松平光冬プロフィール
テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。
ウェブニュースのライターとしても活動し、『fumufumu news(フムニュー)』等で執筆。Cinemarcheでは新作レビューのほか、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219)


































