連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第71回
今回取り上げるのは、2022年8月13日(土)からユーロスペースほかにて全国順次公開の『時代革命』。
2019年の香港で起きた約180日に及ぶ民主化を求める運動のうねりと、警察と激しく衝突しながら抗議を続ける若者たちの様子を生々しく捉えます。
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『時代革命』の作品情報
【日本公開】
2022年(香港映画)
【原題】
時代革命(英題:Revolution of Our Times)
【監督】
キウィ・チョウ
【作品概要】
2019年の香港で起きた、約180日に及ぶ民主化を求めるデモ運動のうねりと、警察と激しく衝突しながら抗議を続ける様子を、7人の登場人物を中心に多面的に活写。
監督はオムニバス映画『十年』(2017)の1エピソード「焼身自殺者」を手がけたキウィ・チョウで、その他スタッフは検閲により拘束される恐れを考慮し、ノンクレジットで参加。
台湾のアカデミー賞とも称される「金馬奨」で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞するも、東京フィルメックス2021では、直前までタイトルおよび内容を伏せた状態でチケット販売・上映され、カンヌ国際映画祭でもサプライズとして上映。
本作に先だって日本公開された『Blue Island 憂鬱之島』(2022)同様、香港では上映ができない状況にあります。
『時代革命』のあらすじ
2019年6月、香港で民主化を求める大規模デモが発生。発端は、犯罪容疑者の中国本土引き渡しを可能にする「逃亡犯条例改正案」が立法会に提出されたことでした。
本作は、10代の若者たちに飛び交う催涙弾、ゴム弾、火炎瓶……混沌としたこの最前線を中心に、壮絶な運動の約180日間を多面的に描写。
運動が勃発した2019年6月からの動きを追っていきます。
荒ぶる香港の若者たちによる民主化運動
2010年代に入り、香港では若者たちを中心とする民主化を求める激しい波が次々と起こりました。
愛国教育の必修化に反対した若者が政府前の広場を占拠した2012年の「班国民教育運動」、民主化を求める高校生や大学生らが雨傘を手に中心街でデモを行った2014年の「雨傘運動」。
2016年2月の繁華街の旺角(モンコック)にて投石や放火を伴う暴動「旺角騒乱」に関与していた政治活動家のエドワード・レオンは、〈光復香港、時代革命(香港を取り戻せ、時代の革命だ)〉、〈以武抗暴(武力をもって暴政に抵抗する)〉といったスローガンを提唱。
これらのスローガンは民主化を求める若者たちを鼓舞させ、ついには2019年6月9日、香港が中国本土など犯罪容疑者の引き渡し協定を締結しない国や地域への引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」の改定を巡る抗議運動、「2019年-2020年香港民主化デモ」へとつながります。
デモ参加者たちは、同案の完全撤回や普通選挙の導入を含む5大要求として掲げ、16日には香港の人口の約3割を占める約200万人にまで参加者数が増加。
本作『時代革命』は、この19年の民主化デモを起こした若者たちと警察との衝突の最前線を、メディアでは伝えきれない真実と共に映し出します。
シミュレーション化された“流水革命”
この19年のデモが過去の運動と一線を画すのは、明確なリーダーがいないという点。
ネット上での呼びかけに呼応した者が香港立法会(中華人民共和国香港特別行政区の立法機関)に突入すれば、デモ参加者はテレグラムと呼ばれる通信アプリを使い、匿名や偽名を使って連絡。
火炎瓶を扱う「魔術師」、車両で道路を封鎖する「家長車」、デモ前線から人を誘導する「送迎人」、負傷者を助ける「救護人」といったように臨機応変に参加者の役割を決めて動くあたりなどは、戦略を立ててプレイするシミュレーションゲームに慣れ親しんだ現代の若者を象徴します。
リーダー不在で型式を変えるこのデモのやり方を、参加者たちは“Be Water”(流水革命)と呼びました。言うまでもなくこの言葉は、香港が生んだアクションスターのブルース・リーの言葉「Be Water(水になれ)」が語源。
実態を掴ませず、時として洪水や津波のように破壊的な力となる水のように、時には押したり、時には引いたりするデモ活動で警察をかく乱させる――ドローン空撮による市街地を占拠する参加者たちの動きは、まさに水そのものです。
リーダーと参加者の対立により弱体化した14年の雨傘運動の教訓を踏まえつつ、シミュレーション化した流水革命。当然ながら警察も黙ってはいません。
洪水となったデモ隊に躊躇なく催涙弾・ゴム弾を撃ち込めば、抵抗する者には容赦なく警棒を振り下ろし、顔面を蹴り上げ、実弾を発砲する事態にまで発展。老人だろうと妊婦だろうと、デモに参加した者は問答無用に沈静されれば、自死を以て革命成就を訴える若者も…。
さらには、香港の犯罪組織「三合会(トライアド)」と思しき白い服を着た覆面集団が参加者らをバットや鉄パイプで襲撃する事件が起こった際は(トライアドをテーマにした作品に、ジョニー・トー監督の『エレクション』などがある)、集団を逮捕しなかった警察の対応に非難が殺到するなど、市民と公僕の断絶は根深いものとなっていきます。
香港ではなく、香港人のため
本作は、強まる検閲で拘束される恐れを考慮して、監督のキウィ・チョウ以外のスタッフ名は伏せられ、「制作:香港人」とだけクレジットされます。
そのチョウ監督は本作で、台湾最大の映画祭「金馬奨」で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞。スピーチで、「この作品が良心と正義を持ち、香港に涙を流したすべての香港人のものであることを強く願う」と語りました。
この授賞式は中国のポータルサイトや映画専門サイトでリアルタイムで中継され、中国最大のSNS「微博(WEIBO:ウェイボー)」では「#金馬奨」がトレンド入りを果たしました。
ところが、本作の受賞が発表された約数分後にトレンドからワードが消え、さらに他のサイトからも、金馬奨に関する投稿が一斉削除されたとか。
2022年7月現在、先立って日本公開された『Blue Island 憂鬱之島』同様に、『時代革命』の香港での公開目途は立っていません。
『Blue Island 憂鬱之島』(2022)
劇中で、デモ参加者の1人が言います。「僕が尽くした相手は香港ではなく、香港人だ」
デモ参加者の中には、顔を隠して武装した11歳の少年も映ります。
ディストピア的世界観を醸しだした今の香港は、11歳の香港人が大人になる頃には、ユートピアとなっているのでしょうか。
次回の連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』もお楽しみに。
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松平光冬プロフィール
テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。主に『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。
2010年代からは映画ライターとしても活動。Cinemarcheでは新作レビューの他、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219)