ドキュメンタリー映画『ヒューマン・フロー 大地漂流』は、2019年1月12日(土)よりシアター・イメージフォーラムほかで公開。
現代美術家にして社会運動家のアイ・ウェイウェイが、23カ国40カ所もの難民キャンプと国境地帯を追ったドキュメンタリー『ヒューマン・フロー 大地漂流』は、彼自身も祖国・中国を追われた身であるウェイウェイが、難民問題に鋭いメスを入れます。
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CONTENTS
映画『ヒューマン・フロー 大地漂流』の作品情報
【公開】
2019年(ドイツ映画)
【原題】
Human Flow
【監督】
アイ・ウェイウェイ
【キャスト】
アイ・ウェイウェイ
【作品概要】
2008年の北京五輪でメイン会場となった北京国家体育場(通称「鳥の巣」)のデザインに携わった現代美術家アイ・ウェイウェイが、難民問題を追ったドキュメンタリー。
年々増え続ける難民たちを通して、彼らが直面する公になりにくい事情に迫ります。
映画『ヒューマン・フロー 大地漂流』のあらすじ
祖国を離れ、国外へと逃れる難民たち。
彼らが逃れる理由としては、貧困や戦争、宗教・政治的立場などがあります。
2018年には、世界中の難民の数が過去最高の6850万人にもなり、この数は今後も増えると見込まれています。
中国出身で、北京五輪のメインスタジアム「鳥の巣」の設計に携わった現代美術家のアイ・ウェイウェイ。
わけあって現在ヨーロッパで暮らす彼は、この世界の難民問題について関心を持ち、23カ国40カ所もの難民キャンプを巡ってカメラに収めていきます。
例えば本編冒頭では、大量の難民を満載したゴムボートが映し出されます。
彼らはイラクに逃がれたシリアの難民たちで、「ミサイルが雨のように首都ダマスカスから降ってきた」と、その戦況を語ります。
しかも難民の中には産気づいた妊婦もおり、“ノアの方舟”のゴムボートでの逃亡が、まさに決死の覚悟ゆえの行動であったことが窺えます。
そのほか、1979年のソ連(現ロシア)のアフガン侵攻によって、パキスタンへと逃れた200万人を超えるアフガン難民や、仏教徒が多数派を占めるミャンマーでの迫害と軍事弾圧を逃れた約24万のイスラム教徒ロヒンギャ難民などに密着。
ウェイウェイは美術家として、あるいは社会運動家として、祖国を追われ逃げ惑う人々の日常に迫ります。
祖国の地を踏めない監督アイ・ウェイウェイ
映画『ヒューマン・フロー 大地漂流』アイ・ウェイウェイ監督インタビュー
本作を観る前に必ず頭に入れておいてほしいのは、監督であるアイ・ウェイウェイの経歴です。
彼は1957年、中国で著名な詩人の両親の元に産まれましたが、父親が中国共産党員だったために、1966年の文化大革命で弾劾され、一家全員で新疆ウイグル自治区の強制労働改造所に追放されてしまいます。
劣悪な環境ゆえに、幼少期のウェイウェイはまともな教育を受けられず、辞書を使って独学で教養を身に付けました。
76年に中国に戻ったウェイウェイは、すぐに芸術の道を模索し、北京電影学院に入学。
その後は現代美術家として、2008年開催の北京五輪のメインスタジアム「鳥の巣」の設計に携わり、一躍その名が知られることに。
しかし、五輪の開催が政治的プロパガンダによるものと悟ったウェイウェイは、それ以降は一切の協力を拒否し、ライフワークとする人権活動に力を注いでいきます。
そして、同年5月に発生したの四川大地震で死亡した児童たちへの中国政府の対応を批判したことで、決定的な対立を生みます。
これにより、翌09年に警察の暴行を受けてケガを負ったり、11年には「反社会的人物」として、北京の自宅で軟禁されたりもしました。
参考映像:『アイ・ウェイウェイは謝らない』(2013)
それでもウェイウェイは、政府の監視下に置かれながらも、自分の受けた仕打ちを白日の下に晒したドキュメンタリー『アイ・ウェイウェイは謝らない』を発表します。
15年に、今後一切の政府批判をしない等の条件付きでパスポートを返されたとされるウェイウェイは、すぐさまベルリンに移住して以来、一度も故郷へ帰っていません。
つまり、本作で描かれる難民たちとウェイウェイは、形は違えど、簡単に祖国に戻れない者たちなのです。
中国を離れてもなお、全世界に対し常に問題提起をするウェイウェイを支持する者も多く、その中には女優のメリル・ストリープやアンジェリーナ・ジョリー、男優のジャレッド・レトといった著名人も名を連ねます。
「無事に逃れた」では終わらない難民たちの状況
迫害から逃れる難民に密着すると同時に、本作では彼らを受け入れる国にもカメラを向けます。
そこで映し出されるのは、受け入れ先で生じるさまざまな難題です。
たとえば、ロヒンギャ難民を受け入れているバングラデシュでは、難民の数が増えすぎてキャンプ設備が乏しくなり、救援物資も満足に行き渡らない上に、彼らは移動も労働の権利も持つことができません。
また、2015年に難民申請者を率先して受け入れることを表明したドイツですが、それに反対するネオナチなどの右派による難民への攻撃・弾圧が過激化し、かえって難民の身の安全が危険に晒されています。
ハンガリーに至っては、ヨーロッパに来る難民に対して有刺鉄線で国境を遮断し、保護を求める者を拘留したことで、非難の的となりました。
食糧を受け取るために2時間も並んだり、電気も通っていない、ぬかるみの土地の上に張った簡易テントでの生活を余儀なくされる。
避難に成功しただけでは終わらない難民事情を、本作では余すところなく伝えます。
ドローンやスマホ撮影で難民目線を“体感”
本作でアイ・ウェイウェイは、ドローンカメラによる空撮を多用します。
はるか上空から難民キャンプ地を俯瞰で映したり、または人の目線位置にドローンを飛ばすことで、リアルな難民の生活を映していきます。
さらには、ウェイウェイ自らスマートフォンで撮影することで、観客に難民たちが置かれている状況を“体感”させます。
一方で、大量のスマホが接続された充電器や山のように積まれた救命ジャケット、空気の抜けたゴムボートやタイヤなどを、一種のアートとして見立てていきます。
2008年の四川大地震でも、倒壊した手抜き工事の建物に使われた鉄筋を買い集め、それを美術品としてイギリスで発表するなど、「私にとっての芸術表現は社会運動のための手段」とするウェイウェイのアプローチは、本作でも際立っています。
映画『ヒューマン・フロー 大地漂流』は現代の「出エジプト記」
上映時間2時間20分の本編中、アイ・ウェイウェイが難民キャンプを訪れて、彼らと会話を交わす光景が何度か見られます。
その中で、難民とウェイウェイが、冗談交じりに「ある物」を交換し合うシーンがあります。
それは、両者にとっては大事な物のはずなのに、共に祖国に戻れない現状では、持っていても全く意味のない物です。
自分は監督、美術家である以前に難民である――ウェイウェイのさりげない主張が見え隠れしています。
アイ・ウェイウェイが映しだす、海を越え、山を登り、川を渡っていく大量の難民たち。
その光景は、エジプトで奴隷状態だったユダヤ人民がモーゼの導きにより脱出するという、旧約聖書の「出エジプト記」を思わせます。
モーゼ自身がユダヤ人であったように、ウェイウェイも祖国を追われた身。
ですが彼は、この映画でさまざまな問題を提示こそすれど、自らが考える具体的な結論や解決策などは出していません。
難民を取り巻く状況についての結論は、モーゼでもウェイウェイでもなく、映画を観た観客自身に委ねられるのです。
次回の「だからドキュメンタリー映画は面白い」…
次回の「だからドキュメンタリー映画は面白い」は、イランで難民生活を過ごすアフガニスタン出身の少女がラッパーになることを夢見るドキュメンタリー映画『ソニータ』をご紹介します。
お楽しみに。