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Entry 2019/06/01
Update

映画『氷上の王、ジョン・カリー』感想と評価解説。英国人スケーターの栄光と苦悩|だからドキュメンタリー映画は面白い18

  • Writer :
  • 松平光冬

連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第18回

世界を魅了した名フィギュアスケーターの、栄光と孤独とは。

今回取り上げるのは、2019年5月31日から新宿ピカデリー、東劇、アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺ほかで全国順次公開の『氷上の王、ジョン・カリー』。

44歳で夭折したイギリス人五輪フィギュアスケーター、ジョン・カリーの生涯を、貴重な映像や関係者のインタビューでひも解いていきます。

【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら

映画『氷上の王、ジョン・カリー』の作品情報


(C)New Black Films Skating Limited 2018

【日本公開】
2019年(イギリス映画)

【原題】
The Ice King

【監督】
ジェイムス・エルスキン

【キャスト】
ジョン・カリー、ディック・バトン、ロビン・カズンズ、ジョニー・ウィアー、イアン・ロレッロ

【作品概要】
アイススケートを芸術の領域にまで昇華させることで、メジャースポーツへと押し上げた立役者とされるイギリス人スケーター、ジョン・カリーの生涯を追ったドキュメンタリー。

栄光の裏にあった孤独や、自ら設立したカンパニーでの新たな挑戦、そしてエイズとの闘いを、生前のパフォーマンス映像を織り交ぜつつ、家族や友人、スケート関係者へのインタビューでひも解いていきます。

ナレーションを、『パレードへようこそ』(2014)、『キング・アーサー』(2017)などに出演する俳優フレディ・フォックスが担当。

監督のジェイムス・エルスキンは、早逝したロードレーサー、マルコ・パンターニを追った『パンターニ/海賊と呼ばれたサイクリスト』(2014)をはじめ、スポーツや芸術が絡んだ社会・政治問題をテーマとするドキュメンタリー映画製作に定評があります。

映画『氷上の王、ジョン・カリー』のあらすじ


(C)New Black Films Skating Limited 2018

バレエのメソッドを取り入れた演技を導入し、フィギュアスケート界に革命をもたらしたと云われる、イギリスの男子フィギュアスケート選手のジョン・カリー。

旧ソ連の天才バレエダンサー、ルドルフ・ヌレエフにあやかり、「氷上のヌレエフ」と評された彼のパフォーマンスは、瞬く間に世界を魅了。

1976年のオーストリア・インスブルック冬季五輪では、フィギュアスケート男子シングルで金メダルを獲得し、「氷上の王」の称号を欲しいままとします。

しかし当時のマスコミは、そうした偉業よりも、彼のセクシャリティに関しての報道に終始。

まだ同性愛に対する偏見や差別の目が強かったことから、ゲイであることが明らかになったカリーは、世間を騒がせることとなります。

本作は、そうした好奇の目に晒され、なおかつ病魔に侵されながらも、一人のアスリートとしてアイススケートに情熱を注いだカリーの姿を、貴重なアーカイブ映像や関係者へのインタビューなどを通して明かしていきます。

「氷上の王」、ジョン・カリーとは


(C)New Black Films Skating Limited 2018

1949年9月9日、イギリス・バーミンガムに生まれたカリーは、7歳からアイススケートを習い始めます。

その才能は瞬く間に開花し、1971年、及び1973年から76年まで全英チャンピオンに輝いたのを皮切りに、その後も数々の選手権で優秀な成績を収めます。

さらには、1976年のインスブルックで行われた冬季五輪で金メダルを獲得。

同年の世界選手権のあとにプロに転向し、自身のツアー・カンパニーを起ち上げ、世界中を回るツアー活動に専念しつつ、振付師としても活躍します。

しかし、1987年にHIVと診断され、1991年にエイズを発症したことで同年に引退。

1994年4月15日、エイズによる心臓発作により44歳という若さで亡くなっています。

躍動するカリーの貴重な映像を堪能!


(C)New Black Films Skating Limited 2018

本作では、クロード・ドビュッシーの『「牧神の午後」への前奏曲』や、ニコライ・リムスキー=コルサコフの『シェヘラザード』といった、カリーによる演目が使用されています。

とにかく、ソロや男女混合、カルテットといった種目別で披露する彼のパフォーマンスが圧倒的です。

時には力強く、時には美しく幻想的に舞うその姿は、フィギュアスケートをよく知らない方が見ても、凄いと思うに違いないでしょう。

実は、現存するカリー本人のパフォーマンス映像はあまり残されておらず、そこで監督のジェイムス・エルスキンは、世界中の関係者に映像がないか調査を依頼したとのこと。

そうした努力が実り、1984年に国立代々木競技場体育館で開催された「シンフォニー・オン・アイス」の映像といった、貴重なアーカイブを観ることができます。

また、映像に付く音楽についても、オリジナルの譜面を元に、フルオーケストラによる演奏で再録音した音楽を使用。

それにより、本当にスケート会場にいるかのような体験が味わえます。

参考映像:ジェイムス・エルスキン監督インタビュー

スケーターや経営者として抱える苦悩


(C)New Black Films Skating Limited 2018

1976年の冬季五輪で金メダリストとなったカリーですが、本作では彼のセクシャリティについても触れていきます。

同性愛が公的にも差別されていた時代に、ゲイであることを公表した初めてのメダリストとして、カリーの存在は社会的にも政治的にも論争を巻き起こすことに。

加えてツアー・カンパニーを運営するようになってからは、経営者としての苦労も抱えます。

前述の日本公演では、日本のスタッフ側との意思疎通が上手くいかず、演出面で不備が発生するなどのトラブルに見舞われます。

それでもなお、氷上では素晴らしいパフォーマンスを披露し続けるカリー。

彼にとっては氷上こそが、性差のしがらみも世間の喧騒も忘れ、ありのままの自分を出せる場だったのです。

王の訓示は後世に残る


(C)New Black Films Skating Limited 2018

本作の冒頭と終盤に、現役スケーターのジョニー・ウィアーのインタビューが流れます。

日本では「ジョニ子」なるニックネームで人気を博している彼も、カリーと同じくゲイであることをカミングアウトした人物。

それにより、「男性なのに男性らしい演技をしてない」といった理由で、不本意なジャッジを受けたりもしています。

そうした状況にも屈することなく、自身が輝くパフォーマンスを追求するジョニーの、「カリーが今の僕を創った」という言葉からも、カリーがフィギュアスケート界にもたらした功績の大きさが図り知れます。

カリーが亡くなって約四半世紀経ち、LGBTという言葉も一般的となった昨今。

『ムーンライト』(2016)や『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』(2018)、『ボヘミアン・ラプソディ』(2018)といった、根底にLGBTをテーマとする映画も数多く製作されています。

今後も、カリーと同じイギリス人で、やはりゲイをカミングアウトしたミュージシャン、エルトン・ジョンの半生を描く『ロケットマン』(2019)が控えます(日本公開は8月23日)。

参考映像:『ロケットマン』予告

なお、エルスキン監督によると、カリーを主人公とした劇映画の製作も進められているとのこと。

ドキュメンタリーとはまた違ったアプローチで、氷上の王の実像をどう描くのか。

今後の続報に期待したいところです。

次回の連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』もお楽しみに。

【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら

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