連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第13回
電動車椅子を“足”とする者たちが、フィールドを駆け回る――障がいを抱えながらも、彼らはなぜ、そうまでしてボールを追い続けるのか?
『だからドキュメンタリー映画は面白い』第13回は、2019年3月23日(土)より、ポレポレ東中野を皮切りに全国順次公開中の、『蹴る』。
障がい者スポーツがテーマのドキュメンタリーを多数発表してきた中村和彦監督が、電動車椅子サッカー選手たちに密着。
重度の障がいを抱えながらも、電動車椅子サッカーワールドカップ優勝を目指す選手たちを、6年という長期に渡って追った一作です。
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CONTENTS
映画『蹴る』の作品情報
【日本公開】
2019年(日本映画)
【監督】
中村和彦
【キャスト】
永岡真理、東武範、北沢洋平、吉沢祐輔、竹田敦史、三上勇輝、有田正行、飯島洸洋、内橋翠、内海恭平、塩入新也、北澤豪
【作品概要】
重度の障がいを抱えながらも、電動車椅子サッカーワールドカップ出場に向けて取り組む選手たちに密着。
日々の闘いや意気込み、または各々の生活や恋愛といった彼らのパーソナルな面も交えつつ、電動車椅子サッカーにかける情熱を映します。
『プライド in ブルー』(2007)、『アイコンタクト』(2010)など、障がい者スポーツを題材としたドキュメンタリーをライフワークとする、中村和彦監督による渾身作です。
映画『蹴る』のあらすじ
重度の障がいを抱えながらも、電動車椅子サッカーに人生を懸ける日本選手たち。
彼らの目下の目標は、2017年にアメリカで開催される、第3回FIPFAワールドカップ大会への出場及び優勝です。
生まれながらにして、体幹や四肢などに筋力低下と筋委縮を示す難病SMA(脊髄性筋萎縮症)を患いながらも、屈指のエースストライカーとして活躍する永岡真理。
筋ジストロフィーのため呼吸器が手放せないものの、フィールドでは巧みなドリブルさばきを見せる東武範。
本作は、ワールドカップ出場に向けて調整をする両選手を中心に、その他選手の日常などを含めた、6年間の軌跡をたどります。
電動車椅子サッカーとはどういったスポーツ?
電動車椅子サッカーは、SMAや筋ジストロフィー、脳性麻痺、脊髄損傷などの難病を抱える選手が行う競技。
1チーム4名で構成された選手(男女混合)が、フットガードを付けた電動車椅子を“足”として、主にバスケットコートを使用したフィールドでプレイします。
選手はジョイスティック型のコントローラーを手や顎などで巧みに操り、ドリブルやパスで相手チームを翻弄しつつ、回転シュートでゴールを狙います。
車椅子のスピードこそ制限速度が決められているものの、シュートを放つ際の回転速度には制限がありません。
そのため、選手は自身の体調を考慮した上で車椅子の回転速度調整を行うなど、緻密な戦略が求められる競技でもあります。
競技大会は、国内では日本一を競う年一回の選手権のほか、全国各地で競技イベントや健常者が参加できる大会などが開催。
そしてワールドカップも、2007年に東京で第1回大会が開催されており、本作で選手たちが最終目標とするのが、2017年の第3回アメリカ大会です。
公開まで8年もの歳月をかけた監督の情熱
監督の中村和彦は、これまでにも知的障がい者サッカーに迫った『プライド in ブルー』や、聴覚障がい者サッカー女子日本代表に密着した『アイ・コンタクト』など、障がい者サッカーをテーマにしたドキュメンタリーを発表。
また、東日本大震災で被害を受けた福島県南相馬市のマーチングバンド部が、Jリーグの試合で演奏するに至るまでの経緯をたどった『MARCH』(2017)も手がけています。
そんな中村は本作を撮影するにあたり、自身も介護の資格を取得して介護職に就くなど、障がいとは、介護とは何たるかを体感した上で、選手たちの日常生活にも密着。
撮影自体は2011年7月から開始し、当初は4年で完成する予定だったはずが、ワールドカップ開催の延期や製作資金不足といった問題により、最終的に公開まで8年にも及ぶ難産となりました。
なお本作では、場面説明や選手の心情を代弁するようなナレーションや、観る者に感動を起こさせるような効果音は使っていません。
映し出されるありのままの映像を、そのまま観て感じて欲しいという意図が感じられます。
身を削ってても勝ちに行く執念
本作を始めて観る方は、冒頭でいきなりショッキングな映像を目にするでしょう。
それは、プレイ中の永岡真里が相手選手と接触し転倒、救急車で運ばれる様子です。
車椅子サッカーといえども、プレイ中の衝突は避けられません。
しかも筋力低下などの障がいを抱える選手は、転倒しても健常者のように瞬時に腕で衝撃を和らげることができないため、頭部を直に床に叩きつけてしまいます。
プレイ時に体と車椅子をガッチリ固定する必要がある永岡も、したたかに頭部を打ちつけて、記憶を一時失ってしまいます。
しかし回復するやいなや会場へ戻り、再び試合に復帰。
彼女は、華麗なゴールを決めて大会のMVPを貰っても、「こんなプレイではワールドカップでは通用しない」と、喜びを見せません。
さらには、「ワールドカップに出るには、転倒しても死ぬ覚悟がいる」とまで言ってのけます。
言動一つとっても、永岡が己に厳しい性格の持ち主であることがうかがえます。
一方で、筋ジストロフィーを患い、呼吸器をつけたままプレイする東武範。
巧みなドリブルや様々なフェイントで相手を翻弄するテクニックを持つ彼ですが、食事の際は飲み込むのに苦労する困難を抱えています。
しかし、サッカーをするのが何よりも楽しみな東にとって、食事はサッカーをするための体力維持と捉え、苦しみながらも耐えます。
その他の選手たちも、シュートを決めるためのポジショニングの精度が甘いとして、チーム内で辛辣な意見を闘わせる場面も。
試合に出る以上は勝ちに行く――障がい者である以前に、プレイに貪欲なスポーツ選手たちの姿が映し出されます。
日々の生活模様や恋愛事情、挫折にも深く踏み込む
一方でカメラは、選手たちの日常も捉えます。
彼らの傍らには、常にヘルパーや家族といった健常者の姿があり、中には交際相手がいる者も。
永岡には、同じ車椅子サッカー選手の恋人がいます。
公園やカラオケボックスで2人きりのデートを楽しむ関係ですが、待ち合わせの場所までは互いのヘルパーの付き添いを要します。
また、ワールドカップで得点王に輝いたこともある有田正行には健常者の妻がおり、生活面はもちろんサッカーの練習においても、彼女がサポートを行います。
そして東にも健常者の恋人がおり、同じように日常の介護を恋人に委ねています。
選手たちが出場を目指すワールドカップアメリカ大会。
選抜選手になるには、テクニックはもちろんのこと、飛行機での移動に耐えられることが条件となります。
そのため気胸を持っている選手は飛行機に乗るリスクが高くなり、医者からの許可が下りずに出場を見送るケースも出てきます。
テクニックはあるのに、自身の障がいによって晴れの舞台に出られないという厳しい現実。
さらに6年間の歳月に生じた変化も、カメラは追います。
東もまた、サッカーとプライベートの両方において、大きな転機を迎えることに。
そうした苦闘や挫折を乗り越えつつ、選手たちは決戦の地アメリカへと向かいます。
実存を示すからこそ「蹴る」
参考映像:『マーダーボール』予告
車椅子スポーツに密着した他のドキュメンタリー映画に、車椅子ラグビーのアメリカ代表チームを被写体とした『マーダーボール』(2005)があります。
この作品では、車椅子を小型戦車のごとく操る荒くれ選手たちが、度重なるケガや、時には生死を彷徨う事態に見舞われながらも、「障がいなど知ったこっちゃねぇ」とばかりに、闘志をむき出しにしてぶつかり合います。
障がいの程度や境遇、競技など違いは多々あれど、『蹴る』と『マーダーボール』の車椅子選手たちには相通じるものがあります。
「『生きていることが当たり前』と思わない生活をしている」と永岡が劇中で語るように、車椅子が手放せない彼らは、日常においても健常者以上に命に関わる事態を想定して生きています。
にもかかわらず、下手すれば取り返しのつかないことになりかねないスポーツに心血を注ぐのは矛盾行為だ、と思うかもしれません。
しかし、日々の生活においては人の手を借りる必要があるも、サッカーをしている時だけは自分の意のままにフィールドを駆けることができる。
フィールドでボールを「蹴る」事こそが、彼らが実存する証しであり、定型を超えた彼らの生き様でもあるのです。
次回の「だからドキュメンタリー映画は面白い」は…
次回は、2004年公開の『スーパーサイズ・ミー』。
ハンバーガーが肥満の原因になるのかを証明すべく、監督のモーガン・スパーロック自ら、1か月間ファストフードだけを食べ続けるという、驚きの実験生活に密着します。