連載コラム「銀幕の月光遊戯」第9回
こんにちは、西川ちょりです。
今回取り上げる作品は、11月17日(土)より、ユーロスペースほかにて全国順次ロードショーされる『MAKI マキ』です。
イランの名匠アミール・ナデリに師事する新鋭女性監督ナグメ・シルハンの長編第二作である本作は、孤独な愛と欲望がゆらめくニューヨークで生きる日本人女性たちを描く日米合作映画です。
主人公のマキ役のサンドバーグ直美とトミー役のジュリアンの二人が、恋人同士として美しいシルエットを見せ、日本を代表する女優・原田美枝子がクラブオーナーのミカを圧倒的な存在感で演じています。
CONTENTS
映画『MAKI マキ』のあらすじ
英語も話せないままアメリカ人の恋人を追って日本を飛び出したマキは、ミカという女性が経営するニューヨークの日本人高級クラブでホステスとして働いています。
源氏名は“エヴァ”。東京の家族にはたまにスカイプなどで連絡をとっていますが、母の病気の具合はあまりよくなさそうです。
マキは、密かにボーイのトミーと愛をはぐくみ、彼の部屋で暮らしていました。クラブ内は恋愛禁止で、ミカにこのことがバレれば大変なことになるかもしれません。でも、マキはトミーを愛しており、このニューヨークの街で彼だけが頼りでした。
お店に出ると最近、体調が悪い事が多く、ホステス仲間からは「風邪じゃない?」と尋ねられます。マキには心当たりがありましたが、まだ誰にも相談出来ずにいました。
仕事が終わったあと、マキはトミーと他の何人かのホステスたちと一緒に夜の街に繰り出しました。ところが、あるお店でユミコという女性と遭遇すると、トミーは皆に出ようと声をかけ、出ていこうとします。
ユミコは「挨拶ぐらいしたっていいじゃない」と絡んできましたが、トミーは彼女に詰め寄ると「こっちは見過ごそうとしてやってるんだぞ。お前は金を選んだんだろ? あいつらがミカにちくったらお前は終わりだ」と強い口調で言うのでした。
ホステスたちが言うには、ユミコは金を盗んでいるところを見つかってミカに首にされたのだそうです。マキはトミーが彼女と何かあったのではないかと胸騒ぎを覚えました。
マキはユミコの家をつきとめ、訪ねていきますが、ユミコはトミーとの関係を匂わせながらも、何も語ろうとしません。
マキは吐き気を覚え、トイレに駆け込みました。出てきたマキにユミコは尋ねました。「病院に行った?」マキが首を振ると、「トラブルに巻き込まれたくなかったらここに来たことを誰にも言わないで」と言うのでした。
マキがシャワーを浴びている最中、トミーは彼女のバッグを開けていました。取り出したのは彼女のパスポートでした。
クラブに出勤したマキにミカが声をかけてきました。「お医者さんに見てもらいなさい」そういうと、ミカはマキに医師の名刺を渡すのでした。
マキが向かった先は産婦人科でした。
トミーからマキのパスポートを受け取ったミカは、「これで出国できなくなったわね。計画通りに進んでいるからミスしないでね」と言うのでした。
トミーの子を妊娠したマキに、ミカは優しく母親のように接し、トミーはユミコも妊娠させて捨てたのだ、あなたにも同じことをするだろうと言うと、子供の将来のために生まれてくる子を養子にだすことを提案します。
親身になってくれるミカにマキは問いかけました。「なぜそんなに優しいのですか?」
全てはミカが計画したことでした。トミーとホステスを付き合わせ、ホステスが妊娠すると、その子を養子縁組しては金を儲けていたのです。ユミコもその計画に巻き込まれた一人だったのです。
何も知らないマキは、ミカがすすめる方法が一番の選択だと結論を出すのですが…。
映画『MAKI マキ』のキャスト紹介
マキ役のサンドバーグ直美とは
1989年東京生まれ。『SPUR』、『anan』、『Jille』などの女性誌や広告、テレビCMなどでモデルとして活躍。
女優としては2016年にアマゾンプライムドラマ『東京女子図鑑』(タナダユキ監督)に出演。
『MAKI マキ』で映画初出演にして初主演を果たします。
モデル、女優業の他に、アートディレクター、デザイナーとしても活躍中。
トミー役のジュリアンとは
1987年東京生まれ。ニューヨーク在住。ブラウン大学で演劇を専攻。ニューヨーク大学大学院芸術学部で演劇と国際関係学を学びました。
ブロードウェイの『ドクトル・ジバコ』、オフ・ブロードウェイの『ロミオとジュリエット』や『RENT』、『お気に召すまま』などの舞台に出演。
TVドラマ『Mr.Robot』(USA)、『Gypsy』(Netflix)、『The Outpost』(CW)、『Crashing』(HBO)、『The Tick』(Amazon Prime)などにも出演しています。
ミカ役の原田美枝子とは
言わずと知れた日本映画を代表する女優。
『MAKI マキ』には俳優を夢見てニューヨークに渡った人々がシルハン監督により、キャスティングされているのですが、原田美枝子の出演が決まった時、皆、一緒の現場に立てることを喜んだそうです。
1974年、『恋は緑の風の中で』(1974/家城巳代治監督)でデビュー。その後、『大地の子守歌』(1976/増村保造監督)、『青春の殺人者』(1976/長谷川和彦監督)で主演し、十代で数々の賞を授賞し、高く評価されました。
その後も『ミスター・ミセス・ミス・ロンリー』(1980/神代辰巳監督)、『乱』(1985/黒澤明監督)、『火宅の人』(1986/深作欣二監督)、『絵の中のぼくの村』(1996/東陽一監督)、『愛を乞うひと』(1998/平山秀幸監督)、『雨あがる』(2000/小泉堯史監督)など多くの作品に出演。
近年の出演作品に『蜩ノ記』(2014/小泉堯史監督)、『海辺のリア』(2017/小林政広監督)、『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』(2018/前田哲監督)などがあります。
ナグメ・シルハン監督とは
イラン生まれ。イラン革命の前年に家族とアメリカへ移住。父親はテヘランへ戻りましたが、イランイラク戦争の影響で母親とともにアメリカに残ることになりました。
こうした移住や家族との別離が、シルハン監督の作品の主なテーマとなっています。
西島秀俊主演の『CUT』(2011)や『駆ける少年』(1985)などの作品で知られるアミール・ナデリ監督に師事.
2010年の『The Neighbor (Hamsayeh)』が映画祭で評価され、『MAKI マキ』が長編第二作となります。
黒澤明、小林正樹、溝口健二などの日本の映画監督や、村上春樹、三島由紀夫、小川洋子といった日本の小説家の作品を愛好し、日本文化にずっと興味があったというシルハン監督。
ニューヨークの日本人コミュニティーとも関わりがあったシルハン監督は、2年間、ニューヨークと東京のナイトクラブを取材し、ニューヨークの日本人裏社会コミュニティーとも言うべきスタイリッシュな世界を見事に作り上げ、そこに生きる人々を確かな目で見つめています。
映画『MAKI マキ』の感想
黄金に輝くニューヨークを車が通り抜けていきます。車窓からニューヨークを捉えた映像はこれまでに何度も映画の中で見てきましたが、これほど静謐で、蠱惑的なニューヨークはほとんど記憶にありません。
美しく、きらびやかで、どこか実態のない、まるで夢の世界のような都市の光景にすっかり魅了されてしまいました。多くの人を引きつけては惑わすファム・ファタールのようにすら見えてきます。
この街に憧れてやってきた日本人の面々の生活が綴られていきます。クラブでボーイをやっているトミーは俳優になりたいという明確な目的がありますが、チャンスを失いかけています。
一方、マキは、恋人を追ってきたという過去が言葉で語られるものの、現在はその積極性も垣間見られず、英語もほとんど話せず、日本人コミュニティの中に取り敢えずの居場所を見つけてはいるものの、たよりなげに浮遊している儚い人物に見えます。
ニューヨークという大都会で立ち往生していながら、故郷にも戻れない、この不安定さが、彼らだけに特有なものでなく、現代社会で誰もが持ちうる不安とシンクロしてくるところが、本作の魅力の一つです。
異国の地で迷子になったような人生を送っている女性が、辿り着く先はどんな世界なのか? 同胞の集まるコミュニティーは、本当の居場所なのか?
トミーに扮するジュリアンと、マキを演じるサンドバーグ直美の組み合わせは、実にエレガントで、トミーがマキに執着するのも説得力があります。
いつまでも眺めていたくなるような二人の優れたビジュアル。これ、映画的にはとても大切な要素です。
それにしてもこのクラブのような日本人裏コミュニティーともいえる世界を垣間見てしまったことに興奮を抑えきれません。
なんといってもクラブのママを演じた原田美枝子には畏怖すら感じてしまいます。
和やかな雰囲気で登場したと思ったらふいに凄みを見せ、ただならぬ存在感が画面に漲ります。
マキに優しい言葉をかける際の彼女は、どんどん言葉が溢れて、饒舌になっていき、純真な若者を騙すことに躊躇しません。
一体どんな人生を彼女は歩んできたのか!? 『MAKI マキ』は原田美枝子の代表作の一つとなることでしょう。
これほどまでの魅力的な悪を演じてくれるとは! しばらくこの路線を突き進んでいただきたいくらいです。
まとめ
『MAKI マキ』の世界では“愛”と“金”が人々を翻弄します。
漂流者の夢を埋め合わせるものは“愛”か“金”か?
愛を求めれば金にそっぽを向かれ、金を求めれば愛を失ってしまう。
そんな中、マキはどのような選択をするのでしょうか?
映画『MAKI マキ』は、11月17日(土)より、ユーロスペースほかにて全国順次ロードショーされます!
次回の銀幕の月光遊戯は…
次回の銀幕の月光遊戯は、11月10日(土)より公開の日本、ポルトガル、アメリカの3か国による合作映画『ポルトの恋人たち 時の記憶』をご紹介いたします。
お楽しみに。