第10回ちば映画祭「清原惟監督特集」
2018年に東京藝術大学大学院の修了制作として手がけた初長編作品『わたしたちの家』が劇場公開され、鮮烈な映像感覚が大きな注目を集めている清原惟(きよはらゆい)監督。
2018年の目覚ましい活躍から引き続き、ちば映画祭2019では特集上映が組まれました。
今回は、その中から清原監督が蔵野美術大学映像学科の卒業制作として手がけた『ひとつのバガテル』を取りあげます。
【連載コラム】『ちば映画祭2019初期衝動ピーナッツ便り』記事一覧はこちら
映画『ひとつのバガテル』の作品情報
【製作】
2015年(日本映画)
【脚本・監督・撮影・編集】
清原惟
【キャスト】
青木悠里、原浩子、加藤周生、中島あかね、菊沢将憲、立原学、櫻井知佳、林暢彦、大高文人、小島智史、森曠士朗、古川美祥、橋本日香里、坂藤加菜、岩崎友哉
【作品概要】
2018年に『わたしたちの家』が劇場公開された新鋭・清原惟監督が、武蔵野美術大学映像学科の卒業制作として手がけた作品。
PFFアワード2015 入選、第16回 TAMA NEW WAVEコンペティション ノミネート。
タイトルにある「バガテル」は、小品のピアノ曲を意味し、本作の全編ではベートーベンの「6つのバガテル」が使われ、作品のトーンを決定付けています。
映画『ひとつのバガテル』のあらすじ
古い団地の一室を間借りしているアキ。
アキは時々、大家である老女マリのピアノを弾き鳴らします。
マリはあまりよい顔をしませんが、アキにとってはその時間だけが何にも代え難いもの。
ベートーベンの「6つのバガテル」ただ1曲を10年間も弾き続けています。
ある日、アキの元に1通の手紙が届きます。
ピアノを譲るという内容で、団地の住所が記されています。
早速、探しにいくアキですが、記された住所はこの団地のどこにもない場所でした。
それでも彼女はピアノを見つけようとするのですが……。
清原惟監督のプロフィール
ちば映画祭のトークショーで来場者に作品の想いを伝える清原惟
1992年生まれ。東京都出身。
武蔵野美術大学映像学科卒業、東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻監督領域修了。黒沢清監督、諏訪敦彦監督に師事。
東京藝術大学大学院の修了制作として手がけた初長編作品『わたしたちの家』が、ぴあフィルムフェスティバル2017でグランプリを受賞し、2018年には渋谷ユーロスペース他、全国各地で上映されました。
今、最も注目を集めるインディーズ作家の1人です。
映画『ひとつのバガテル』の感想と評価
参考映像:アルフレッド・ブレンデル演奏「6のバガテル」
武蔵野美術大学の卒業制作として撮られた本作は、一見難解な作品です。
しかし理解しようとする必要などありません。
目の前のスクリーンで起きている現実をそのままの形で、ただありのままに受け入れるだけでよいのです。
これが所謂、シネフィリーな快楽を誘発するものであるとか、あるいは映画的素養・リテラシーがないとみられないと言っているのでは捉えられない“衝撃”がこの作品には間違いなくあります。
本作の場合、意味付け自体が無意味になってしまうのです。
ではどのように接するべきなのでしょうか。
まずは、緻密な音の世界にじっと耳を傾けることからはじめ、物語ならざる物語が織りなす映像の奔流に身を委ねましょう。
はじめゆったりと流れは快適ですが、次第に激しさを増し、突如激流が現れ顔面にスプラッシュする荒々しさに、面食らってしまいます。
例えば、主人公のアキがいつも学校をさぼっている友人と自転車を2人乗りする場面。
それまで潜んでいた内部温度が一気に沸点に達し、異常な数値の映画的熱量を放出していました。
そうした衝撃は、見る者の心を激しく掻き乱しにかかりながらも、不思議と心地よい風通しのよさを感じてしまいます。
今まで鬱屈としたものを感じ続けていた主人公が最後に自己を発現させようとするラストは圧巻です。
どこからともなく静かなざわめきが聞こえてくるいつもの居間。アキは観客とともに時空を超えていきます。
この映像空間に息づく清原惟監督の“初期衝動”を体感してしまった観客は、もう他には日本映画をみられなくなってしまうかもしれません。
まとめ
ちば映画祭がおわり帰路についています。特集上映に足をお運びくださったみなさま、ちば映画祭スタッフのみなさま、りさちゃん、ゆりちゃん、気にかけてくださったすべての方に感謝の気持ち。今までやってきたことを大きく振り返り、続いていくものを実感できた2日間。たのしかったです。 pic.twitter.com/HBuuvQaNaT
— 清原惟 YuiKiyohara (@kiyoshikoyui) 2019年3月31日
清原監督の唯一無二の映像感覚は何にも例えようのないものです。
シュミット、フェリーニ、ベルイマン、溝口…。
本作の衝撃を過去の作家たちの作品に依拠して語ろうとすることは容易ですが、かえって作品の魅力を取りこぼしてしまいます。
これは東京藝術大学大学院の修了制作として手がけた『わたしたちの家』にもほとんど同じことが言え、『ひとつのバガテル』からさらに磨きがかかり、宇宙のように拡がる映像・音響世界の衝撃はさらに激しく心を揺さぶるでしょう。