連載コラム「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第1回
かつてお昼や深夜のテレビ放送で、レンタルビデオ店で目にする機会があった、よく判らないけど気になるB級映画の数々。
それと知らずに見て強烈に記憶に残ったり、期待に胸を膨らませて見てガッカリしたり…、こんな体験も映画の楽しみの一つでしょう。
現在は新作・旧作含めたB級映画の数々を、動画配信サービス【U-NEXT】で見ることも可能です。そんな気になる映画の数々を、Cinemarcheにて紹介させて頂きます。
第1回で紹介する映画が、伝説の残虐ウエスタン映画『カットスロート・ナイン』。
かつてヨーロッパ各国でも作られた西部劇。数が増えると作品質は玉石混交、1970年代に入ると人気も下火になりました。
ならばより過激な内容で勝負と、ホラー映画顔負けの残酷描写を売りにした作品が登場します。
その代表というべき作品が本作。あのクエンティン・タランティーノ監督を狂喜させた、伝説の映画を紹介いたします。
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CONTENTS
映画『カットスロート・ナイン』の作品情報
【製作】
1972年(スペイン・イタリア合作映画)
【原題】
Cut-Throats Nine / Condenados a vivir
【監督・脚本】
ホアキン・ロメロ・マルチェント
【出演】
ロバート・ハンダー、エマ・コーエン、アルベルト・ダルベス、アントニオ・イランゾ、マヌエル・テハダ、リカルド・ディアズ、ホセ・マヌエル・マルタン、カルロス・ロメロ・マルチェント、ラファエル・ヘルナンデス、エドュアルド・カルボ
【作品概要】
マカロニ(スパゲティ)ウェスタンと呼ばれるイタリア製西部劇。その世界にスペインの映画人も参入し、低予算でも刺激的な描写が売りのB級映画が誕生します。
1970年代、このような作品がヨーロッパ各国で誕生し、後に”ユーロ・トラッシュ・シネマ”と呼ばれます。その代表となる1本が『カットスロート・ナイン』です。
監督は『砂漠の10万ドル』(1966)や『セックス・トライアングル 地下監禁人妻の異常体験』(1973)などを手掛けたホアキン・ロメロ・マルチェント(J・R・マーチェント)。彼の作品は日本ではTV放送で紹介された物もあります。
『砂漠の10万ドル』に主演し、”ユーロ・トラッシュ・シネマ”で主に悪役として活躍したロバート・ハンダー、『黒騎士のえじき』(1973)のエマ・コーエンらが出演した作品です。
映画『カットスロート・ナイン』のあらすじとネタバレ
金鉱の町から、騎兵隊と共に囚人護送の任務に就いたブラウン軍曹(ロバート・ハンダー)。この地を離れたい彼は、娘のサラ=キャッシー(エマ・コーエン)を同行していました。
護送する囚人は7名。病で余命僅かの重罪犯のディック(ラファエル・ヘルナンデス)、残虐な行為で終身刑となった密売人のジョー(リカルド・ディアズ)。
陰険で人を陥れる男スリム(カルロス・ロメロ・マルチェント)に、放火と窃盗を犯したレイ(アントニオ・イランゾ)。
ダンディ・トムと呼ばれるギャンブラーのトーマス(アルベルト・ダルベス)に、強盗に強姦を行った異常者のジョン(ホセ・マヌエル・マルタン)、皆が殺人犯でした。
ディーン(マヌエル・テハダ)の罪状は不明ですが、彼も終身刑の罪人。足を鎖でつながれた7名を監視するのが、ブラウンの役割です。
騎兵隊に守られた馬車は雪に覆われた山道を進み、金塊を輸送していると勘違いした盗賊一家に襲撃されます。護衛の兵士は降伏するしかありません。
目当ての金が手に入らなかった盗賊は兵士を残虐に殺し、囚人たちの乗る馬車を暴走させます。ブラウン軍曹とキャッシーは止めようとしますが、馬車は道を外れ転がり落ちます。
囚人たちは壊れた馬車から出ますが、スリムは足を骨折していました。移動手段が無くなり囚人たちは解放を求めますが、刑務所まで歩けと命じたブラウン軍曹。
無事だった2頭の馬に荷物を積み、スリムを交代で運び歩く囚人たち。娘のキャッシーが囚人護送は無理と訴えても、ブラウンは任務を果たそうとします。
乏しい食料を分け合い進む一行。しかしスリムは囚人たちの負担になっていました。野宿して夜が明けた時、スリムは何者かに殺害されていました。
問われても誰が殺したか答えぬ囚人たちに、殺害犯が名乗り出るまで遺体を運べと命じたブラウン。
雪に覆われた道で1頭の馬を失います。過酷な状況に囚人たちが不満を口にしても、ブラウンは任務に忠実でした。しかし雪の降る険しい山道は、一行の体力を奪います。
険しい山道で残る馬も失いました。進めなくなったキャッシーの手を、ディーンが掴んで助けます。彼女を人質にしようとする、仲間の囚人の前に立ちふさがるディーン。
ブラウン軍曹は娘に、囚人に近づくなと命じます。彼は護送中の囚人の中に、妻を殺害した犯人がいると考えていました。
夜を明かし朝が訪れた時、スリムの遺体が焼かれていました。事故だとあざ笑う囚人に遺体の足を鉈で切断させ、鎖から外したブラウン。
食事の時に囚人たちは、足をつなぐ鎖が金で出来ていると気付きます。彼らはブラウンに目的は自分たちの移送ではなく、密かに金を運ぶことかと問い詰めます。
金を運ぶのに自分たちが必要だ言う囚人に、殺して埋めて後で取りに来ることも出来ると言うブラウン。囚人たちも仲間の誰かが、彼の妻を殺したと知っていました。
囚人たちが移動を拒むとブラウンはジョンの顔を銃で撃って殺し、足を切断し鎖から外しました。残る5人の囚人は彼に従い歩きます。
父の振る舞いを非難するキャッシーに、金鉱の町を出るにはこうするしか無い、と告げるブラウン。
しかし過酷な雪道で、最初に消耗したのはキャッシーでした。ブラウンと娘の歩みは囚人から遅れます。
無人の家を発見した囚人たちはそこに入ります。酒と食料があり一息つくことが出来ました。
ところが娘を運んでいたブラウン軍曹は、家の前で力尽きて倒れます。囚人たちはトーマスの指示で彼を捕らえて銃を奪い、家の中で縛って吊るし拷問を加えます。
キャッシーに迫る仲間から、同じ囚人のディーンが守ろうと抵抗を試みますが、多勢に無勢でした。
ディーンを倒すと、キャッシーをレイプするディックとジョーとレイ。ブラウンはそれを見守るしかありません。この行為に加わわらず、何かを思案しているトーマス。
囚人たちは鎖を外せずにいました。吊るされたブラウンに、この中にお前の妻を殺した奴がいると挑発する放火殺人犯のレイ。
お前は真犯人を知ることなく死ぬ、とレイは告げます。火が放たれて焼け落ちる家の中で、崩れゆくブラウン軍曹の遺体…。
映画『カットスロート・ナイン』の感想と評価
娯楽の中心が映画からTVに移りつつある1960年代。映画業界は時代の変化に追いつけず、どんな作品を作るべきか迷走していました。
そんな状況のイタリアで、1964年に『荒野の用心棒』が作られ世界的大ヒットを果たします。
アメリカで”スパゲティウエスタン”、日本で”マカロニウエスタン”と呼ばれ揶揄されながらも、この後イタリア製西部劇は続々と誕生。
その作品にアメリカだけでなくヨーロッパ各国の俳優も出演、スペインなど他の国も西部劇を作り始めます。
西側が作るなら我々も、とばかりに東ドイツでも”インディアン映画”と呼ばれる西部劇が誕生する、トンデモない時代が到来しました。
この状況を笑ってはいけません。日本はそれに先立ち、1960年に”和製ウエスタン”と呼ばれる映画が日活で製作されています。
ともかく世界中がなりふり構わず、商売になりそうなジャンルの映画を作る時代でした。
低予算の”マカロニウエスタン”は大量に作られた結果、1970年代に入ると飽きられ始めます。ならば観客の関心を得ようと、あの手この手を尽くした映画が登場します。
同じ1960年代以降は、かつての映画の表現規制が緩み、より残酷な描写や性的描写を描く作品が登場していました。
まだ大手スタジオはそれに控えめでしたが、俗に言うB級映画を作る小さなプロダクションは刺激的な作品を手がけ始めます。
こういった経緯を解説しつつ、60年代・70年代のホラー映画を紹介した記事もあるのでぜひお読み下さい。
この状況で残酷映画の本場、イタリアとスペインが手を組んで製作した映画が『カットスロート・ナイン』です。
残酷描写のために生まれた映画
かつての名作西部劇は、撃たれた人は腹を押さえて倒れるのがお約束。しかし”マカロニウエスタン”には流血や、激しいリンチなどの暴力描写が登場します。
この描写が過激化の道を歩みます。本作では囚人どころか護送役の主人公まで残虐行為を披露し、その主人公すら途中退場して、えげつない死体に変貌する有様。
ともかく残酷な死、無残な死体を見せるために展開する物語。辻褄が合わないとか説明不足とか、激しく雪の降る次のシーンは全く雪が積もって無いとか、細かい事を気にしてはいけません。
現在見ると残虐シーンの特殊メイクは素朴ですが、その雑さが生々しい迫力を生みます。
主人公の娘の強かんシーンも、今の映画に比べれば可愛らしいもの。しかし状況の生々しさが嫌悪感を与えてくれる、実にいやらしい描写です。
ちなみにこのヒロイン、役名はサラのはずが、なぜか劇中でキャッシーと呼ばれます。
この頃のイタリア・スペイン製B級映画は、様々な言語への吹替を前提にいいかげんに作っていますから、こんな事もあると納得して下さい。
気にし始めるとツッコミ所が満載、そしてエグい描写の迫力に圧倒される本作。
これが当時イタリアやスペインなどで作られた、西部劇や犯罪映画にホラー映画。後に”ユーロ・トラッシュ・シネマ”と呼ばれる作品です。
この奇妙で愉快な映画に興味を持った方には、『ユーロクライム!70年代イタリア犯罪アクション映画の世界』(2012)というドキュメンタリー映画をお薦めします。
タランティーノが本作をスケールアップ
参考映像:『ヘイトフル・エイト』(2015)
こんなトンデモ残酷映画が大好きな映画監督がいます。そう、お馴染みのクエンティン・タランティーノです。
『カットスロート・ナイン』の設定を頂戴し、様々な映画の要素を加えた、自身8作目となる映画『ヘイトフル・エイト』。
それは65mmフィルムで撮影され、70mmフィルムで上映可能な作品でした。
贅を尽くした映画『ヘイトフル・エイト』は、本作が置き去りにした辻褄の合わない部分を、登場人物の会話劇で見応えある映画に変貌させました。
『ヘイトフル・エイト』は製作前に脚本が流出・公開され、タランティーノが新たに書き直し映画が製作されました。当初の脚本と本作がどの程度似ていたか、検証したいものです。
多額の予算をかけ、フィルムでの撮影・上映にこだわった作品でも、タランティーノは『カットスロート・ナイン』の持つ、残酷描写の再現にも尽くします。
そして『ヘイトフル・エイト』の音楽を担当したのは、”マカロニウエスタン”音楽の巨匠、エンニオ・モリコーネ。
彼はこの仕事で、初のアカデミー作曲賞を受賞します(それ以前にアカデミー名誉賞を受賞)。
タランティーノの”マカロニウエスタン”への愛情は、このような形で実を結びました。
まとめ
様々な意味で強烈な、悪趣味ウエスタン映画『カットスロート・ナイン』。チープで観客を突き放すラストまで、じっくりお楽しみ下さい。
出演者は”ユーロ・トラッシュ・シネマ”の常連俳優たち。最初に退場する囚人スリムを演じたカルロス・ロメロ・マルチェントは、ホアキン・ロメロ・マルチェント監督の息子です。
他の息子ラファエル・ロメロ・マルチェントも監督・俳優・脚本家として活躍、娘のアナ・ロメロ・マルチェントは編集者として、一家でスペイン映画界を支えました。
“ユーロ・トラッシュ・シネマ”で活躍した人物に注目すると、B級映画の持つ新たな魅力が発見できるでしょう。
本作のヒロイン、エマ・コーエンが出演の『黒騎士のえじき』は、スペインの怪奇スターで監督・脚本家としても活躍した、ポール・ナッシー主演作です。
彼は”ユーロ・トラッシュ・シネマ”の世界で、スペインを代表する著名な人物。B級映画の奥深い世界は、まだまだ尽きることがありません。
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