SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2020エントリー・パトリック・エークルンド監督作品『カムバック』がオンラインにて映画祭上映
埼玉県・川口市にある映像拠点の一つ、SKIPシティにて行われるデジタルシネマの祭典が、2020年も開幕。今年はオンラインによる開催で、第17回を迎えました。
そこで上映された作品の一つが、スウェーデンのパトリック・エークルンド監督が手掛けたコメディー映画『カムバック』。
栄光の日々にある日訪れた絶望に囚われた一人の元アスリートが、積年のわだかまりを晴らすべく奮闘する姿をコミカルに描いた、笑いと感動の物語です。
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映画『カムバック』の作品情報
【上映】
2020年(スウェーデン映画)
【英題】
The Comeback(原題:Revansch)
【監督】
パトリック・エークルンド
【キャスト】
アンキ・ラーション、オッレ・サッリ、ジミー・リンドストローム、ベングト・C・W・カールソン、ピア・ハルヴォルセン、アルビン・グレンホルム
【作品概要】
原題「Revansch」とは、スウェーデン語で「復讐」の意味。このタイトルからはシリアスな復讐ドラマが想像されますが、そのイメージに反し作品はシニカルなコメディ。負け犬たちが人生における自身の復活を目指して闘志を燃やす姿には笑わされる一方で、時に涙させられる場面もあります。
監督、脚本を務めたパトリック・エークルンド監督は、2008年に短編映画『Instead of Abracadabra』でアカデミー賞短編映画賞にノミネーションされた実力者です。
また主役のアン=ブリットを演じたアンキ・ラーションは、近年話題作『ミッドサマー』にも出演した名バイプレーヤー。またアンのダメ息子マティアスを『サーミの血』、『ブリット=マリーの幸せなひとりだち』など映画、TVを問わず活躍するオッレ・サッリが担当、ラーションとの絶妙な掛け合いが物語を盛り上げます。
パトリック・エークルンド監督のプロフィール
スウェーデン出身。脚本家・監督であるパトリック・エークルンドの作品は、各国から評価を受け、『Seeds of the Fall』(2009)がカンヌ映画祭批評家週間の最優秀短編映画賞を受賞。また『Instead of Abracadabra』(2008)では、アカデミー賞短編実写映画賞にノミネートされました。
主にTVジャンルで活躍している一方で、長編デビュー作『フリッカー』(12)はスウェーデン映画祭や日本の沖縄国際映画祭で上映。
映画『カムバック』のあらすじ
かつて将来を嘱望される優秀なバドミントン選手だったアン=ブリットでしたが、彼女は1983年、スウェーデン選手権決勝の試合に敗れた瞬間から、奈落の底に突き落されることに。
試合の敗戦が審判のミスジャッジによるものだと確信している彼女にとって、35年が経った現在でもその敗戦は忘れ難く、決して許すことのできないトラウマとなって彼女を酒とともに最悪の人生を歩ませていました。
しかしアンの精神科医に妻を寝取られ仕返しに明け暮れる一方のダメ息子マティアスは、そんな母を裏で気づかい、1983年の試合で判定を下した元審判員ボッセとの対面をセッティング。そこでアンが耳にしたのは……。
映画『カムバック』の感想と評価
スポーツに対する向き合い方を考えさせる物語
この物語は、1983年という時代におけるスポーツのある一場面に対するわだかまりへの挑戦を描いた物語です。
近年のプロスポーツ至上主義は、オリンピックの在り方などと合わせてさまざまな問題、課題が多く取り上げられている部分でもあります。
その意味で今人々はスポーツに対してどのように向き合っていくべきかを考えさせられる物語であり、さらに時代が人々の人生を飲み込んでいく危惧を改めて叫んでいる作品でもあります。
一方で近年、世界ではアメリカと中国の対立が大きく騒がれているところでありますが、そういった部分はまさしくかつての東西分断という面にオーバーラップするようにも見え、物語のテーマ事態としても現在、非常に響いてくるテーマでもあります。
作品が発表された2019年は、ドイツの「ベルリンの壁」崩壊後30周年となる記念すべき年でありました。
これ以後、「東西」と表現された社会主義、資本主義の対立は終焉を迎え、社会主義は崩壊していきました。
崩壊以前においてスポーツは、ある意味対立のための武器でもあります。東側では先進的なスポーツ科学で競技力の発展を進め、西側はこれに対応すべく職業アスリート、いわゆるプロスポーツという思想を進めていきました。
その意味で当時のアスリートには、現在のプロアスリートとはまた違うプライドを持ち、それぞれの競技に向き合っていました。特にヨーロッパではそういった傾向が強く見られたようです。
この作品ではそんな激動の選手時代を送り、後にその生活から解放されながらも目標を見失い、落ちぶれてしまった一人の女性の姿をユーモアとともに描いています。
スポーツという一つの大きな渦に巻き込まれ、過去のわだかまりやその試合に関係した人々を憎み続け、絶望の人生を歩んだアン。
その姿は単に自身の苦い過去というだけでなく、時代の波に飲み込まれ、自分の人生を台無しにされたという情景も見えてきます。
またアンと過去に対戦した選手も、勝ちはしたもののダメ息子とともにパッとしない人生を送った様子が浮かんできます。
こういった面は、かつて日本の女子バレーボールの栄光を描いた漫画『アタックNo.1』などの物語とは180度異なる視点でもあり、非常に興味深いところです。
パトリック・エークルンド監督インタビュー動画
「バドミントンは世界中で最速のスポーツと考えられていますが、これまでこのスポーツをテーマにした映画は作られていませんでした。この作品は、1983年のスウェーデン選手権の決勝によって人生を狂わせたアン=ブリット・ラーションが、30年以上が過ぎてから壮大な復讐を計画する物語です。このロッキー・バルボアの魂を持ったダーク・コメディーが、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭で上映されることを嬉しく思います。このような時代に、オンラインという方法によって映画祭の魂を絶やさなかったのはとても素晴らしいことです。」
テレビドラマ的効果を生かしたシンプルで鮮烈なイメージ
またこの作品は2019年に作られた作品ですが、本国スウェーデンでは同時期に10本の短編で構成された同キャストによる同タイトルのテレビドラマシリーズが発表されています。
この作品との関連性に関して言及されている資料はありませんが、ストーリーの構成や作品のボリューム感からは、この作品自体がテレビドラマ版からの再構成、あるいはこの作品をもとにテレビドラマ版へ再構成を行ったものと思われます。
もともとこの作品も5つの章で構成されたもので、物語自体には起承転結のように明確な境目が感じられます。
その意味では展開としてここに短いテーマの小作品を直列つなぎにしたような構成ででもあり、非常にシンプルで理解しやすいものとなっています。
そういった構成の中でたとえばアンが酒に飲んだくれ酔いつぶれている姿や、奮闘し走りまわるモンタージュ的な映像の構成に、エークルンド監督ならではの個性を感じさせるユニークな画をうまくちりばめその印象を強くしており、表現に対してテレビドラマを多く手掛けている監督ならではのキャリアやセンスが感じられます。
まとめ
インタビューでもエークルンド監督ご自身が明かされていますが、シルベスター・スタローン主演の映画『ロッキー』やミッキー・ローク主演の『レスラー』の影響を多分に受けたという本作。
物語中では『ロッキー』の“あの”有名なシーンをパロディーにした、思わずクスっと笑ってしまう場面もある一方で、ユーモアを感じさせながらもなかなかおゲレツ感もふんだんに盛り込まれ、スウェーデン、北欧のコメディーらしさをうかがわせます。
半面、単に物語をパロディーで終わらせず、展開に『ロッキー』や『レスラー』への敬意を表した、あるいはその物語に共感した様子もみられました。
ハッピーエンドという格好ではなく、ちょっと残念な結末としていますが、何かホロっと微笑ましく感じさせる部分には、競技に人生を賭けるアスリートたちへのエールも感じさせます。
そういった意味では、今年コロナウィルス感染拡大の影響で中止になったオリンピック東京大会2020、その晴れ舞台を目指しながらも出鼻を挫かれた数々のアスリートたちのように、複雑な状況に置かれた人たちへ、何か明日への希望になるようなメッセージも受け取れることでしょう。