SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2020「国際コンペティション部門」エントリー作品
アナトール・シュースター監督の『シュテルン、過激な90歳』がオンラインにて映画祭上映
2020年9月26日(土)~10月4日(日)にオンラインで開催されたSKIPシティ国際Dシネマ映画祭。
上映された『シュテルン、過激な90歳』は、ホロコーストを生き抜いてきた90歳のユダヤ人女性の姿を描いています。
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CONTENTS
映画『シュテルン、過激な90歳』の作品情報
【公開】
2020年(ドイツ映画)
【監督】
アナトール・シュースター
【キャスト】
アフーヴァ・ゾンマーフェルト、カーラ・シュレーダー
【作品概要】
ホロコースト生還者の物語はこれまでにもたくさん作られてきましたが、主人公が死にたがっているおばあさん、しかもその言動は周りを驚愕させるほど過激という設定は、初めてかもしれません。
本作を監督したアナトール・シュースターは現在35歳。短編『A Perfect Place』(2015)が第65回ベルリン国際映画祭ドイツ映画部門の作品賞を受賞。長編デビュー作となった『Air』(2017)はミュンヘン映画祭やロンドンLGBT映画祭で上映されています。
長編第2作となる本作は、今年のドイツ映画批評家賞で作品賞、主演女優賞にノミネートされ、本映画祭の上映はアジアン・プレミアとなります。
映画『シュテルン、過激な90歳』のあらすじ
ベルリンに住む90歳のユダヤ人シュテルンは、死の訪れを願う日々を送っていました。
ホロコーストを生き抜いた彼女ですが、今は自ら命を絶つべく、様々なことを試そうとする生活。
そんな不条理な毎日の中、天真爛漫な孫娘のエリーと彼女の一風変わった友人たちと過ごす時間は、彼女にとって生きる喜びを実感できるものでした。
映画『シュテルン、過激な90歳』の感想と評価
笑わないヒロイン、シュテルン
本作の主人公は、ベルリンに住む90歳のユダヤ人女性・シュテルンです。いつも不愉快そうな表情でたばこをくゆらせ、「早くこの世とおさらばしたい」というのが口癖に。会う人会う人に「銃は持っていないか」と尋ねる生活をしています。
90歳のおばあさんに真顔で「銃を持っていないか」と聞かれる人々は、一様にびっくりした表情をみせるのですが、「そんな物騒なものを持たないほうがいい」とシュテルンに対して、まるで子どもをなだめるように諭します。
その瞬間「私の気持ちを全く分かっていない」と言わんばかりにシュテルンはウンザリし、ただでさえ不愉快そうなのに、ますます苦虫を嚙み潰したような表情を見せます。
物語の中で、時折笑顔や皮肉っぽい笑いを見せることがあるシュテルンですが、ここまで笑わないヒロインを見る映画はそんなに多くないのではないでしょうか。
笑わないのになぜか楽しそうなシュテルン
ブスッとした表情で、これからの人生に楽しいことなんてあるわけがないといった風のシュテルン。それなのに、毎日のように、いろいろなところを出歩いています。
そんな様子を見ていると、なぜ彼女が一刻も早く世の中を去りたいと考えているのか、不思議に思えてきます。
なぜならば、ブツブツ言いながらも、シュテルンはそれなりに毎日を楽しんでいるように見えるからです。
行きつけのバーで酒を飲みながらバーテンダーと他愛もない話をし、気の合う孫娘と恋愛について語り合ったり、孫娘の友達と一緒に酒を飲んだり歌ったり、定期的に髪をカットに来てくれる若い美容師を誘惑してみたり…。
「この世を去りたい」と思っている人とは思えないほど、いろいろな人とつながりを持っているのです。
そして90歳のおばあさんとは思えないほど活動的で、浮かない表情とは裏腹に、充実した毎日を過ごしているように見えます。
時には「僕を助けてください」と懇願するホームレスの青年に対して「それがあなたの運命よ」というきつい言葉を放つシュテルン。
きっと苦労を経験しながら90歳まで生きたのだから、もう我慢なんかしない、思ったまま行動し思ったことを言葉にする生活をするのだと決意しているのでしょう。
このように活動的で、本能のままに生きているシュテルン。「自分の人生は自分で終わらせる」を口癖にしているだけあって、自分なりにいろいろと試みようとしますが、ことごとく邪魔が入り、うまくいきません。
線路の上に寝そべって電車にひかれてしまおうとしていても、親切な人が助けてくれる始末です。
本来であれば笑ってしまう場面ではないのかもしれませんが、線路に寝そべっているシュテルンが助け出される光景に、思わずクスッと笑ってしまいます。どうして可笑しいのだろう…と考えてみると、どこかシュテルンにはユーモラスな雰囲気があるからなのです。
ベルリンの街を悠々と闊歩するシュテルンの姿を見ていると、90歳の老婆が抱えている孤独や寂しさというのはあまり感じられません。自由に生きていて、なんだかとてもうらやましい気持ちになってくるのです。
シュテルンが歌う名曲「サマータイム」
本作では、90歳のシュテルンが好き勝手に毎日の生活を送っている姿を追っているのですが、映像とともに使用されている音楽が独特です。
ドイツ語の音楽ばかりですが、耳に馴染み、思わず身体を揺らしてしまうようなノリの良いリズムの曲が多く、心地よい気持ちにさせてくれます。
そして音楽といえば、孫娘エリーと友人たちに誘われて、カラオケへ行ったシュテルンが名曲「サマータイム」を歌うシーンが大きな見どころとなります。
「おばあちゃんも歌いなよ」と促され、渋々ながらもマイクを受け取るシュテルン。
「サマータイム」は、もともとはジョージ・ガーシュウィンが作曲したオペラ『ポギーとベス』で歌われるアリアですが、ジャンルを問わず多くのミュージシャンに愛されている曲です。
シュテルンもこの曲には思い入れがあるとのこと。彼女が歌うと、酸いも甘いも噛分けた彼女の人生そのものが曲に乗ってくるような気がします。
「孤独とは友達にならなくちゃ」と物語の中で語るシュテルンですが、そのような名言を放つだけあって、彼女が歌う「サマータイム」は、味があり、心にグッと入り込んでくる歌声なのです。
まとめ
「主人公はベルリンに住む死を願っている90歳のユダヤ人女性」という物語のアイデアは、監督のアナトール・シュースターが、シュテルンを演じるアフーヴァ・ゾンマーフェルトに出会った時に思いついたといいます。
背中が丸まったどこにでもいそうなおばあさんですが、ハスキーな声、力強く射るように見つめる目、そしてなんといっても醸し出す堂々としたオーラを見ているとなるほど…とうなずけるエピソードです。
ホロコーストから生還したユダヤ人を描くのであれば、命を失った仲間たちの分まで、懸命に生き抜く話…というのを求めてしまいがちですが、そういう意味でこの作品は全く違う趣を醸し出しています。
「変わったおばあさんだなあ」と思いながら、シュテルンの自由奔放な行動と言動を見ることで、どこか気分がスッキリしている自分に気付くと思います。