映画『フラグタイム』は、2019年11月22日により期間限定劇場公開。
女の子同士の恋愛を描いた『あさがおと加瀬さん。』のスタッフが贈る最新作、『フラグタイム』を紹介します。
2013年「もっと! Vol.2」(秋田書店)にて連載が開始、その後はWEBコミックサイト「Champion タップ!」(同社)に移籍し連載が継続された漫画『フラグタイム』(単行本全2巻)。
内気な女子高生とクラスの中心的美少女との関係を描いたちょっと不思議な物語を、『あさがおと加瀬さん。』で百合漫画の世界を瑞々しく描き出した佐藤卓哉が映像化しました。
映画『フラグタイム』の作品情報
【日本公開】
2019年(日本映画)
【原作】
さと
【監督】
佐藤卓哉
【キャスト】
伊藤美来、宮本侑芽、安済知佳、島袋美由利、拝師みほ、梅原裕一郎、田所あずさ、高橋未奈美、佐倉綾音ほか
【作品概要】
“もしも、3分だけ時間が止められたら、あなたは何をしますか?”
時間を止めることができる、人間関係に不器用な森谷美鈴と、美人で成績も良くてみんなに好かれている村上遥。
一見接点のなさそうなふたりの不思議な関係を、効果的な心象風景を交えつつ描き出したのは佐藤卓哉監督です。
『STEINS;GATE』『selector infected WIXOSS』などで知られる佐藤監督は、美少女もの、特に近年では百合もの作品(女の子同士の恋愛を描く作品)を次々と送り出しています。
前作『あさがおと加瀬さん。』では、ボーイッシュで人気者の加瀬と、植物を愛する緑化委員の山田のキュンキュンする日常を、甘くふんわりと紡ぎ出しました。
今回の『フラグタイム』では、思春期に誰もが感じる人との距離のとり方の難しさ、ちょっと苦しくなるようなその感覚を、対照的なふたりの女子高生を通して見せてくれています。
映画『フラグタイム』のあらすじとネタバレ
高校2年生の森谷美鈴は、クラスでも目立たないコミュ障の女の子。
今日もおしゃべりなクラスメイトに話しかけられ、逃げ出すために時間を止めてしまいます。
人付き合いの苦手な森谷は小学生のころから、人間関係の面倒な場面になると時間を止めてその場から逃げ出していたのです。
止まっている3分の間に外に出た森谷は、ベンチで読書をしているクラス一の美少女、村上遥に近づきます。
遥がどんな下着をはいているのか興味をもった森谷は、スカートをめくって中を確かめます。
すると突然遥が口を開き、森谷が時間を止めていることがバレてしまいます。
まだ3分経っていないのになぜ遥が動けるのか、森谷は動揺します。
変態扱いされてしまった森谷は、何でもするから、と遥に口止めを懇願するのでした。
翌日。昨日話しかけてきたクラスメイトの小林がまた声をかけてきました。
困惑した森谷がまた時間を止めて教室から逃げ出すと、自分が動けるのは森谷さんが自分のことを好きだからだ、と遥が追ってきて言いました。
次の日曜日。遥に誘われて森谷が待ち合わせ場所で待っていると、遥がナンパ男を振り切ってやってきました。
人目を引くその美しさにちょっと居心地の悪さを感じる森谷。
でも、いっしょに洋服や下着を見て回るうちに楽しくなってきました。
やがて、こういう女子っぽいことを避けてきた自分がこの状況を楽しんでいいのか森谷は悩み始めます。
そんなとき、遥が無表情で見つめる先に同じクラスの男子、玉木と別のクラスの女子がデートしている姿が見えました。
遥は冷静に、彼とつき合っていると言い、でももうどうでもいいという顔でその場を離れようとします。
遥の気持ちを思って時間を止めた森谷は、遥に買ってもらった下着を玉木の頭にかぶせ、せめてもの仕返しをするのでした。
その夜森谷は、玉木にかぶせてしまったあの下着と同じものを、思い切ってネットで購入しました。
それはあの日遥がはいていたのと同じもので、自分には似合わないと思いながらもドキドキしながら買ったのでした。
それからふたりは毎日のように、時間を止めては他人の秘密をのぞき見ています。
毎日3分間秘密を共有し、美しく聡明で妖しい魅力を放つ遥に惹かれていく森谷。
みんなに好かれている人気者の遥は常に誰かに囲まれていて、森谷はジェラシーを感じると無意識に時間を止めるようになってしまいます。
ですが遥から「わざとやってるんだとしたらやめた方がいいよ」と言われ、彼女に嫌われてしまうのではないかと怖くなった森谷は、時間を止めることをやめて遥と距離を置きます。
保健室に逃げた森谷のもとに遥がやってきて、私のせいにしないで自分のしたいことをすればいい、と言います。
意を決して森谷が遥の頬にキスした瞬間、保健室の先生がカーテンを開けました。森谷は驚いて時間を止めてしまいます。
誰に見られてもかまわない、と遥は言い、つき合おうと提案してきました。
自分はもうほかの誰かとふたりきりで話したりしない、と遥は約束し、そのかわり時間を止める力は遥のためだけに使うよう森谷に言うのでした。
遥とその友達といっしょにお昼のお弁当を食べる羽目になってしまった森谷。うまく会話に参加できず、どっと気疲れした森谷はトイレにこもります。
するとその外で、さっきの友達が自分のことや遥のことまで悪く言っているのを聞いてしまいます。
(こういうのが苦手だったんだ、私)。改めてそう思った森谷は、自分より遥の方がもっとつらいのではないかと思い至ります。
そして午後のテスト中、遥に見とれていた森谷は思わず時間を止めてしまいます。
気づいた遥は小悪魔のように服を脱ぎ始め、上半身ブラだけの姿に。遥はその姿を写真に撮るよう頼み、森谷はスマホで何枚も撮影します。
誰もみてないから好きなことしていいよ、と誘われた森谷はやわらかい遥の胸に触れ、そしてふたりはキスを交わします。
数日後。また小林が話しかけてきましたが、時間を止める力は遥のためにとっておきたい森谷はガマンして話をきいていました。
すると小林はとても喜び、結局その日の昼食は小林たちのグループと食べることに。
森谷の飲み物を一口ちょーだい!と誰かが飲んだり、おかずを交換したり。女子同士の距離のとり方が久しぶりすぎて森谷は戸惑います。
そして、お互い意識しながら相手の様子を伺う遥と森谷。ついに放課後、そのまま下校しそうな遥を引き止めるかのように森谷は時間を止めます。
この前撮った写真のデータを送ろうとするのを断り、遥はそれを森谷に持っていてほしいと言います。それが本当にあったと忘れないように、と。
映画『フラグタイム』の感想と評価
百合をまとった普遍の物語
原作漫画『フラグタイム』は、原作者さとにとって初めての百合作品。そのせいか百合色(ゆりしょく)はそれほど強くなく、初心者にも入りやすい内容になっています。
本作『フラグタイム』は恋愛というより、他者との関わりを通して人間として成長していく、そんなストーリーになっています。
時間を止めるというファンタジー要素や女の子同士の恋愛というちょっと変わった物語ですが、誰にでもありそうな思春期の悩みを受け止め、克服していく姿は王道の成長ストーリーです。
主人公のふたり、森谷美鈴と村上遥は正反対のキャラクターです。でも、他者との関係性において相当こじらせてしまっている点では共通しています。
煩わしい人間関係から逃れるために他人との接触を避け、時間まで止められるようになった森谷と、小さい頃からほめられて育ち、嫌われないように優等生を演じ続けてきた遥。
学校生活を送ったことのある人なら、どちらにも共感できるところはあるでしょう。おそらく女子ならなおさら、です。
そんなふたりが自分のもつツール(時間を止める力や、人を惹きつける魅力)を利用して学校生活を乗り切ろうとして挫折して、次の成長段階を迎えたところがこの作品のクライマックスになっています。
まっすぐ本気で向き合ってぶつからなければ本当の友情、あるいは愛情は手に入らない。
この作品にそう教えてもらったような気がします。
砂が象徴する時間経過
この作品では砂が重要な役割を担っています。
3分という時間の経過を表す砂時計。森谷が時間を止めるとき、サラサラと砂が落ちるように光がこぼれていきます。
また、森谷や遥が子供のころを思い出すとき、それは公園の砂場だったり、海辺の砂浜だったりします。
砂というモチーフが時間の象徴として、ノスタルジックに美しく描かれているのです。
そして、その砂を引き立たせているのが海や空の青さです。
ポスタービジュアルでも描かれている、浜辺を歩くふたりの姿。
本編にはない場面ですが、この秘密の時間が永遠に続けばいいのに、と願うシーンではふたりは空を飛び、その姿は青白く輝いています。
対照的なふたり。過去から未来への時間の流れ。
砂時計のフォルムはそれらの象徴として、効果的に使われているのです。
まとめ
学校生活において、人間関係で悩まなかった人はほとんどいないと思います。
遥の立場だったかもしれないし、森谷だったかもしれない。もしかしたら無責任なうわさ話をしていた方だったかもしれない。
でも、悪いことは(そして、いいことも)ずっとは続かない。勇気を出して自分から動き出せば、きっと事態は変わっていく。
これは、そんな前向きな気持ちにさせてくれる作品です。
百合はよくわからない、ちょっと苦手、と尻込みせずに一度体験してみてください。
百合であって百合でない。これは誰にでもあてはまる普遍的な物語なのです。