連載コラム「銀幕の月光遊戯」第28回
突然妻が何も言わず家を出ていき、仕事と育児に悪銭苦闘することとなった夫とその子どもたち。ベルギー・フランス合作映画『パパは奮闘中!』は現代の様々な問題を内包しつつ、暖かくも力強い家族の愛を描いたヒューマンドラマです。
長編デビュー作が多くの映画祭に招待され、20以上の賞を獲得した、新鋭ギョーム・セネズの長編第二作目にあたり、『タイピスト!』などで知られるロマン・デュリスが父親を熱演しています。
『パパは奮闘中!』は、2019年4月27日(土)より、新宿武蔵野館他全国順次公開されます!
映画『パパは奮闘中!』のあらすじ
オンライン販売の倉庫で管理職と労働者の橋渡しとして働き、組合の活動もこなすオリヴィエは、朝はまだ暗いうちから家を出て、夜遅く帰る毎日を送っていました。
その日、妻のローラは幼い息子を医者に見せていました。息子は胸に火傷を負い、何度目かの通院でしたが、すっかり良くなっていると医師に言われ、ローラは安堵し、涙ぐみます。
家では、オリヴィエの母親が幼い娘の面倒を見てくれていました。火傷がよくなったことを報告するローラ。姑とはうまくいっているようです。
ローラは婦人服のショップの店員として働いています。ある日、女性が買い物をしようとしてカードが使えないことが判明します。何度も試みてみますが、支払えません。
女性は泣き出し、商品をキャンセルしました。彼女を慰めようとして、ローラも涙が止まらなくなってしまいました。そしてその場で彼女は気を失って倒れてしまいます。
オリヴィエの職場では毎日のように誰かが理由をつけられては辞めさせられていました。オリヴィエが抗議をしても、もう上で決められたことだからと取り合ってもらえません
そんな中、解雇された従業員が自殺したという知らせが入ってきました。自分も解雇の話は知っていたけれど、話をする時間がなかったし、どう伝えていいかわからなかった、もし僕が自分の言葉で伝えていたら、自殺は防げたかもしれないとオリヴィエは悔やみます。
翌朝、いつもは眠っているローラが起きていました。眠らなかったのでは?と心配するオリヴィエでしたが、時間がなく、ローラが入れてくれたコーヒーを慌てて飲み、仕事に出かけていきました。
彼が出ていったあと、ローラは鏡に向かいながら泣き始めました。
仕事の最中、オリヴィエは子どもたちの学校から連絡を受けます。あわてて駆けつけ、子供を引き取るオリヴィエ。
「どうして遅かったの?」と息子に尋ねられたオリヴィエは「お母さんが迎えに行っていると思ってたんだよ」と応えました。
一体、ローラはどうしたんだろう?と彼女の職場に行ってみますが、彼女は朝から来ていないといいます。
「昨日の今日だから、休んでいるんだと思っていたわ」という店主。昨日あったことをオリヴィエは聞いていませんでした。
ローラは何も告げず、家を出てしまったのです。
朝は子供たちに服を着せようとしても、それはいや、あれはいやとダダをこねられ、料理もできず夕食にシリアルを出す始末。大変な毎日が始まりました。
母親や妹に手伝いに来てもらいながら、ローラを捜し続けるオリヴィエですが、彼にはなぜ彼女が家を出ていってしまったのか理解できずにいました。冷たく接した覚えもありません。
そんな折、妻の生まれ故郷ヴィッサンから一通のハガキが届きます。子どもたちはお母さんから手紙が来たと大喜びですが…。
映画『パパは奮闘中!』の感想と評価
夫婦の問題
タイトルの響きからすると、コメディタッチの軽い物語を想像しがちですが、夫婦間の問題、労働問題、子育ての問題と現代の都市生活者が抱えた多くの問題を含んだ見ごたえのある作品になっています。
まずは夫婦の問題に焦点をあててみましょう。
何かにつけて涙ぐんでしまう描写から妻が精神的に苦しい状態にあることは、観るものには提示されるのですが、オリヴィエにはそれがわかりません。
母や姉たちが、彼の暮らしぶりを、夫(父親)とそっくりだと批判する場面があります。オリヴィエの父は、組合活動に熱心で家庭を顧みなかった人のようです。
仕事に一生懸命なら家庭はないがしろにしてもいい、あるいは、家庭を守るのは妻の仕事だと考える人の例としては、クリント・イーストウッド監督の『運び屋』が思い出されます。
世間から名士として称賛されることを好み、社交を重んじるあまり、娘の結婚式まで平気で欠席するような人物をクリント・イーストウッドが演じていました。
この老人が麻薬カルテルの運び屋となるのが映画のメインストーリーですが、今までイーストウッドが演じてきたヒーロー作品とは一線を画す作品になっています。
90歳になった老人は、娘からはもう長い間口をきいてもらえず、妻からも三行半をつきつけられています。老人は最後に、家族の大切さを知り、これまでのことを心から後悔し詫びるのです。”反ヒーロー映画“となっていたところにこの映画の面白さがありました。
けれども、オリヴィエの場合、『運び屋』の主人公とは違い、家庭をないがしろにしているという自覚はなかったでしょう。
朝早くから夜遅くまで一生懸命仕事をしているのは、家族を養うため。組合活動に力を入れるのは、少しでも仲間たちを救いたいという正義感のため。
正しいことをしているのに、なぜ? そう自問する彼は、わけがわからず、妻に怒りさえ覚えます。子どもたちが妻から来た手紙を喜んで見せに来た時、それを破いてしまうというエピソードも描かれています。
経済的にも時間的にもぎりぎりの生活が続き、余裕を失っていくオリヴィエを支えるのは母や妹といった女たちです。
困った時に力になってくれるのはやはり家族です。時間を作って手助けにやってきてくれる妹や母とのたわいない会話がオリヴィエを元気づけます。
こうした場合、我が子可愛さ、家族の身びいきで、女たちが、出ていった妻を批判することも珍しくないように思われますが、決して彼女を責めない母や妹の姿はこの一家の誠実で優しい人柄を表していて、温かい気持ちにさせられます。
オリヴィエも、もう長い間、こんなふうに妻と話をしていなかったことに気づいていくのです。
労働問題について
どこの国でも労働は過酷です。血も涙もないように見える会社の上層部に反発し、なんとか労働者のためになるよう努めたいと普通の労働者以上の時間をさいている主人公。
組合活動に一生懸命なのも、皆の役に立ちたいためです。にもかかわらず、労働者の大部分は、自分が労働組合側であることを雇い主たちに知られるのを恐れて、ビラも受け取ってくれません。
金と権力がものをいう時代、誠実でいようとする人ほど、生きづらい世の中になってしまっているのです。
なんともやりきれませんが、オリヴィエたち労働組合に関わる人々は仲間のためにという信念を持っています。
そんな彼らの姿は清々しく、魂を売らない姿は猛々しくもあります。彼らの不器用だけれど、芯の通った生き様に、勇気をもらうことでしょう。
仕事に関しては、もう一つ、妹と些細な言い争いになった時、妹が売り言葉に買い言葉で、思わず彼の仕事を批判する場面があります。演奏家になりたいという夢を持っている妹は、兄の仕事をくだらない仕事と非難するのです。
「くだらない仕事なんかじゃない!」とオリヴィエは言い、妹が傷つくようなこと言い返してしまうのですが、妹の言葉は図星でもあり、またそうではないともいえるでしょう。
確かに彼の仕事内容は、社会的に称賛されるような類のものではないかもしれません。しかし、彼は今の仕事に一生懸命ですし、誰もがそのことを認めています。胸をはれる仕事を彼はしているのです。
妻だってそのことに異論はないでしょう。もっとも、そこに彼女の苦しみがあるのですが。
子育ての問題
いきなり、これまですべて妻にまかせていた子育てをオリヴィエがすることになるてんやわんやぶりが、映画のひとつのみどころになっています。
子どもたちにはお気に入りの服がありますが、それがどこに入っているかすら彼にはわかりません。
そんな中、子どもたちも、自分たちでやれることをやろうと成長していきます。兄は妹の面倒を見て、翌日着ていく服を選ばせ、卵を焼いて朝食の準備まで始めます。祖母に聞かれて、母親の手伝いをしていたからと答えています。
家庭の事情で、子供が早く大人びてしまうことには問題も多くあるのですが、彼らの場合は、その健気な可愛さが感動的ですらあります。可愛い子には旅をさせよという言葉もあるように、親がなんでもかんでも面倒をみなくても子供は一人で成長する力を持っているのです。
ただし、学校を休んで父親に内緒で母親を探しに行くのは少々、旅をしすぎでした。それだけ子どもたちにとって母親は大事な存在だということなのですが、オリヴィエはこのことでいささか傷ついてしまいます。
それにしてもこの二人の子供を演じている子役の素晴らしいこと! 演技をしているとは思えないほど自然な存在感で、しっかり者の兄とマイペースな妹に目が釘付けになってしまいます。
終盤、オリヴィエは、ある決断を迫られた時、子どもたちに”民主主義“を教えます。これはさすがフランスと言わざるを得ません。
”民主主義“という大切な事柄をきっちり子どもたちに伝え実践する、オリヴィエの信念のある生き方とその選択に共感を覚える方は多いのではないでしょうか。
母親は果たして帰ってくるのか? 家族は新たなスタートを切ることが出来るのか? 是非映画館で確かめてみてください!
まとめ
オリヴィエには『スパニッシュ・アパートメント』(2002/セドリック・クラッピッシュ)、『真夜中のピアニスト』(2005/ジャック・オーディアール)、『タイピスト!』(2012/レジス・ロワンサル)などで知られるロマン・デュリスが扮し、思わぬ事態の中で成長していく父親を熱演しています。
監督のギョーム・セネズはベルギー出身。2016年に公開された長編デビュー作『Keeper』は、トロントやロカルノなど70を超える映画祭に招待され、アンジェ映画祭ではグランプリを受賞するなど、多くの賞を獲得しました。本作が長編第二作にあたる期待の新鋭です。
本作は監督自身の経験が基になっているそうです。登場人物に見せる優しい視点と、物語に流れる確かな信念が心を打つ素敵な作品に仕上がっています。
『パパは奮闘中!』は、4月27日(土)より、新宿武蔵野館他全国順次公開されます。
次回の銀幕の月光遊戯は…
「大阪アジアン映画祭2019」のコンペティション部門で上映され好評を博し、このたび劇場公開される日本映画『浜辺のゲーム』をお届けいたします。
お楽しみに!