Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

映画『ガーデンアパート』あらすじと感想レビュー。《世界》なる青年は二人の女性の生を描き出す|シニンは映画に生かされて6

  • Writer :
  • 河合のび

連載コラム『シニンは映画に生かされて』第6回

はじめましての方は、はじめまして。河合のびです。

今日も今日とて、映画に生かされているシニンです。

第6回でご紹介する作品は、「UMMMI.」として制作したヴィデオ作品が数々の映像祭で高く評価され、本作が初の長編となる石原海監督の映画『ガーデンアパート』。

孤独と絶望に満ちた現実を彷徨する、「恋人」というつながりを失ってゆく若い男女と、狂気に生きることを選び年老いていった女の物語です。

【連載コラム】『シニンは映画に生かされて』記事一覧はこちら

映画『ガーデンアパート』の作品情報

【公開】
2019年(日本映画)

【監督】
石原海

【脚本】
石原海、金子遊

【キャスト】
篠宮由香利、竹下かおり、石田清志郎、鈴村悠、石原もも子、稲葉あみ、彩戸惠理香、Sac、Alma、森雅裕、奥田悠介、塚野達大

【作品概要】
その関係が崩壊がすでに崩壊しつつある若い男女のカップルと、狂気に生きる中年の女性の感情が交錯したある一夜を描くメロドラマ。

イメージフォーラムフェスティバル、ポンピドゥーセンターが主催する映像祭・オールピスト東京など、国内外の様々な映像祭で作品を発表し高い評価を獲得してきたヴィデオ・アーティストの「UMMMI.」=石原海監督の長編デビュー作です。

本作は、2019年のロッテルダム国際映画祭「輝く未来」部門に選出され、その前年に開催された大阪アジアン映画祭2018でも正式出品されました。

映画『ガーデンアパート』のあらすじ

ひかり(篠宮由香利)は同棲している恋人・太郎(鈴村悠)との子どもを妊娠しました。しかしながら、定職に就くことなくバイトで生活してきた二人の金銭的な問題、そしてそのような現実の中でも頼りない太郎の態度に対し、彼女は不安を抱いていました。

ある日ひかりは、太郎の叔母・京子(竹下かおり)と遭遇します。京子は若い頃に夫を亡くしてからは酒に溺れ、夫が遺した多額の資産、そして見ず知らずの若者たちとともに暮らしていました。

太郎が彼女から借金をし続けていたことを知ったひかりは、その後、京子に誘われて彼女の家を訪れます。パーティーが始まり、京子と若者たちが歌い踊る中で、ひかりは京子のお気に入りである青年・世界(石田清志郎)と出会います。

やがて、ひかりと世界が二人でパーティーを抜け出したことで、事態は大きく変化してゆきます。

二人の女性と戯れる《世界》

主人公のひかりと、彼女の恋人・太郎の叔母である京子。映画『ガーデンアパート』はこの二人の女性の姿を比較するように描いています。

そして、ひかりと京子の間に立ち、まるで戯れるかのように、或いは見守るかのように彼女らと接し、本作の物語を展開させてゆくトリガーの役割を担っているのが、京子の元で暮らしている青年・世界です。

なぜ、彼の名は《世界》なのか。

その疑問に決定的な答えはないのかもしれませんが、その一つの答えとして、ひかりと京子にとっての『世界』観を知るための象徴的存在、《世界》という概念から来訪し、《世界》の名そのものを冠する使者が必要だったからであることは間違いないでしょう。

唯一無二の《世界》に囚われる

劇中にて、京子は青年・世界に対し強烈な執着を示しています。彼がひかりとともにパーティーを抜け出し彼女の元から姿を晦ませた際には、「世界は……」「世界は……」と繰り返しその名を呼び続け、周囲の人々に対しても、世界の不在に対する苛立ちを露わにします。

世界に対する強烈な執着は、若い頃に夫を亡くしているという京子の過去から生じているとも考えられます。

しかしながら、彼女がその執着を向ける対象である若い青年が《世界》という名を冠しているという点から、ある別の理由が浮かび上がってきます。

京子は世界、すなわち《世界》を象徴する存在と時に戯れ、縋り、囚われる。その様は、彼女が《世界》という概念、言葉はあれど実体/実態はないモノなくしては自身の生を成立させることができないことを表しています。

悪態をつきながらも、それでも自身にとっては唯一無二の存在だった夫を失い、孤独と絶望に満ちた現実を徹底的に思い知らされた彼女は、孤独と絶望が原因である苦痛を和らげてくれる、そしてかつての夫同様に唯一無二のモノだと信じ込んでいる青年・世界=《世界》に執着するのです。

そしてそんな彼女の姿は、概念であるはずの《世界》の存在、或いは《自己の世界》の存在をひたすらに盲信し、孤独と絶望に満ちた現実をやり過ごそうと考えている全ての人々の姿そのものでもあるのです。

二つの《世界》から《世界》を否定する

一方、劇中におけるひかりもまた、孤独と絶望に満ちた現実を思い知らされた女性であり、今後の自身の生について悩み、選択しなければならない分岐点に立たされている状況にあります。

大学を卒業したものの就職できず、恋人の太郎との二人暮らしすら経済的に厳しい中で妊娠し、その重大な問題に直面したことで明白になった、自身の抱える孤独。劇中にて彼女が経験する「若き日に思い知らされる孤独と絶望に満ちた現実」は、そのまま京子の過去と境遇に重なります。

しかしながら、そのような共通点が見出せる中でも、ひかりにとっての生の在り方は京子のそれとは全く様相が異なります。その最大の相違点こそが、彼女が妊娠しており、その胎内に子どもを宿っているという点なのです。

京子にとって、《世界》或いは《自己の世界》は唯一無二のモノであり、だからこそ彼女は《世界》=青年・世界に強烈な執着を抱きます。

けれどもひかりにとって、《世界》とは唯一無二のモノなどではありません。なぜなら、彼女は自身がそれまで信じ込んでいた《世界》とは別に、その胎内に宿った子どもの《世界》を、無意識的に、或いは肉体的に感じ取っているからなのです。

「《世界》は唯一無二のモノとして存在し、それは《自己の世界》でもある」。そう信じ込んでいたにも関わらず、胎内に宿った子どもの《世界》という《自己の世界》とは全く異なる《世界》が、自身の肉体の中に生じてしまった。

それは、「《世界》は唯一無二のモノとして存在し、それは《自己の世界》でもある」という、彼女に植え付けられていたドグマを呆気なく破壊するには十分な出来事だったのです。

「妊娠し、胎内に新たな生命が宿っている」という実感よりも先に、ひかりは《世界》の不確かさ、よりネガティブな言葉に言い換えれば、虚無性や無意味さを知り、《世界》が決して生を成立させられるモノなどではないことを知りました。

それこそが《世界》に執着する京子との決定的な差であり、それゆえに、彼女は《世界》への依存を拒絶し、否定したのです。

石原海監督とは

参考映像:-WEGO PRESENTS“PASSION FOR”-「映像作家・UMMMI」

石原監督は、東京藝術大学先端芸術表現科に2019年現在も在学しています。

監督は16歳の時に初じて短編映画を制作し、その作品は2011年のイメージフォーラムフェスティバル・ヤングパースペクティブ部門に入選しました。その後、2013年にパリ・ポンピドゥーセンターが主催する映像祭・オールピスト東京でも入選を果たします。

代表作にあたる短編映画『デスクトップトレジャー』は、オールピスト東京2014、台北オーディオヴィジュアルメディアフェスティバル2015、オールピストサンパウロ2015、第7回カイロヴィデオフェスティバルなど世界各地の映画館・美術館で上映され、高い評価を獲得しました。

現代美術の分野でも制作を行っており、2016年に現代芸術振興財団主催のCAF賞で発表したヴィデオ・インスタレーション作品『どんぞこの庭』は、『美術手帖』編集長である岩渕貞哉から審査員賞(岩渕貞哉賞)を授与されました。また同年には、ゲーテの小説を元にした短編映画『永遠に関する悩み』でイメージフォーラムフェスティバル・ヤングパースペクティブ部門に入選、SKIPシティ・彩の国ビジュアルプラザが開催する映像ミュージアム公募展「MEC Award」でも佳作を受賞しました。

そして映画『ガーデンアパート』は、石原監督初の長編作品にあたります。

まとめ

《世界》の名を冠した青年、そして彼が戯れる二人の女性を通して、生を成立させる脊髄としての《世界》というモノを徹底的に否定した映画『ガーデンアパート』。

狂気に慰めを求め、その存在を認識できたと錯覚している《世界》に囚われ続ける京子。そして、孤独と絶望に満ちた現実を生きなくてはならない中、それでもその生が《世界》に依存することを否定し、「ゼロ」へと辿り着いた主人公ひかりの姿を、石原監督は自らが追求し続ける映像の美学と哲学によって映し出しました。

そして、「世界を変えたいという気持ちが抑えられなくなった」才能溢れる若きアーティストが完成させた《世界》と生の映画によって、劇場に訪れた観客たちは「小さな革命」を体験するのです。

映画『ガーデンアパート』は、2019年6月7日(金)から6月13日(木)にかけて、テアトル新宿にて公開されます。

次回の『シニンは映画に生かされて』は…


(C)吉本興業

次回の『シニンは映画に生かされて』は、2019年5月24日(金)より公開の映画『バイオレンス・ボイジャー』をご紹介します。

もう少しだけ映画に生かされたいと感じている方は、ぜひお待ち下さい。

【連載コラム】『シニンは映画に生かされて』記事一覧はこちら

関連記事

連載コラム

『ブルーカラーエスパーズ』あらすじ感想と評価解説。キャストに加藤千尚や髙橋雄祐らを起用し日本を舞台にSF映画を巧みに仕立てる|2022SKIPシティ映画祭【国際Dシネマ】厳選特集1

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2022国内コンペティション長編部門エントリー/小林大輝監督作品『ブルーカラーエスパーズ』 2004年に埼玉県川口市で誕生した「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」は、映 …

連載コラム

クローネンバーグの名作『戦慄の絆』ラストの考察。実話をもとに悲しくも美しいハッピーエンド|偏愛洋画劇場4

連載コラム「偏愛洋画劇場」第4幕 2人の登場人物の片方がもう1人の隠れた自我であり、最後は1人に統合されるといった物語はよく映画、小説で見受けられます。 自分とは完璧に違うもう1人の自分、異なる存在無 …

連載コラム

映画『3つの鍵』あらすじ感想と解説評価。モレッティが歪んでいく‟三家族の素顔”を巧みに描き出す|映画という星空を知るひとよ109

連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第109回 イタリアが世界に誇る名匠ナンニ・モレッティ監督待望の最新作『3つの鍵』。 第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式上映され、「モレッティの大 …

連載コラム

映画『阿吽』あらすじと感想レビュー。吸血鬼ノスフェラトゥにリスペクトさせながら3.11の見えざる恐怖を描く|シニンは映画に生かされて2

連載コラム『シニンは映画に生かされて』第2回 はじめましての方は、はじめまして。河合のびです。 今日も今日とて、映画に生かされているシニンです。 第2回でご紹介する作品は、「大災害を経た後の社会」とい …

連載コラム

映画『調査屋マオさんの恋文』感想レビューと評価。認知症の妻を記録する夫に密着|だからドキュメンタリー映画は面白い33

連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第33回 映画『調査屋マオさんの恋文』は、京都みなみ会館にて2019年12月20より公開中。また神戸元町映画館(2019年12月21日~27日まで公開、 …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学