「あの時、応えていたら、何が違ったのか」
巨匠ダルデンヌ兄弟が挑んだサスペンス映画『午後8時の訪問者』をご紹介します。
CONTENTS
映画『午後8時の訪問者』の作品情報
【公開】
2016年(ベルギー・フランス合作)
【原題】
La fille inconnue
【監督】
ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
【キャスト】
アデル・エネル、オリヴィエ・ボノー 、ジェレミー・レニエ、ルカ・ミネラ、オリヴィエ・グルメ、ファブリツィオ・ロンジォーネ、トマ・ドレ、モルガン・マリアンヌ
【作品概要】
『ロゼッタ』、『ある子供』でカンヌ国際映画祭パルム・ドールを獲得するなど、世界的巨匠ベルギーのジャン=ピエールとリュック・ダルデンヌ兄弟が監督を務めたサスペンス映画。
主演にセザール賞受賞女優(『スザンヌ』、『ミリタリーな彼女』)のアデル・エネル、共演にダルデンヌ兄弟作品でおなじみのジェレミー・レニエ、オリヴィエ・グルメ、ファブリツィオ・ロンジォーネらが脇を固めている。
映画『午後8時の訪問者』のキャスト一覧
ジェニー / アデル・エネル
2002年に『クロエの棲む夢』でヒロイン役として映画デビューを果たしたフランス人女優アデル・エネル。
2007年にはセリーヌ・シアマ監督のデビュー作『水の中のつぼみ』で思春期の少女を瑞々しく演じ、第33回セザール賞有望女優賞にノミネートされ、一躍注目を集めました。
その後、ベルトラン・ボネロ監督の『メゾンある娼館の記憶』(2011)でヨーロッパ・フィルム・プロモーションのシューティングスター・アワードを受賞、第37回セザール賞有望女優賞では再びノミネートされることに。
さらに2013年の『スザンヌ』で第39回セザール賞助演女優賞、翌年の『ミリタリーな彼女』(2014)で第40回セザール賞主演女優賞に輝くなど、現在のフランス映画界を代表する女優としてその名を世界中に轟かせています。
そんなアデル・エネルが『午後8時の訪問者』で演じているのは、主人公の女医ジェニー。このキャラクター像について…
彼女はごく普通のヒロインで、私はそこが気に入っています。彼女の私生活はほとんど分かりません。私にとってこの映画は、ジェニーが他人に出会うことによって、自分の生活、自分自身に生まれ直す物語なのです。彼女は共感をもって人の話を聞く人で、誰に対しても優越感を持つことがありません。(公式サイトより)
…と、アデル・エネルは語っています。ある少女が亡くなってしまう原因を自分が作ってしまったと思い悩む姿をどう表現してるのかに注目です!
ジュリアン / オリヴィエ・ボノー
本作が長編映画デビューとなるオリヴィエ・ボノーは、大学で映画を学んだ後も王立音楽院(ソルボンヌ、リエージュ)などでさらに研鑽を積んだのだそう。
俳優として舞台に立つ傍ら、監督や脚本家としても活動しており、2015年には『TANT PIS POUR LES VICTOIRES』という作品を手掛けた(監督・出演)いるとのことで、非常に将来が嘱望されている俳優の一人ですね。
本作『午後8時の訪問者』でオリヴィエ・ボノーは、ジェニーの下に付く若い研修医ジュリアンを演じています。
彼が診療所の扉を開けなかったこと(ジェニーの指示があったとはいえ)で、一人の少女の死を招いてしまったことへの葛藤などに苛まれる姿や、その表情をどのように演じているのか注目が集まっています。
ヴァンサン / ジェレミー・レニエ
ベルギー人俳優のジェレミー・レニエが映画デビューを飾ったのは、本作でも監督を務めるダルデンヌ兄弟の作品『イゴールの約束』(1996)。
元々、10歳の頃からテレビや舞台の世界で活躍(地元ベルギーで)していたジェレミー・レニエが『イゴールの約束』の時若干14歳だったというのですから、驚きもひとしおですね。
その後、フランソワ・オゾン監督の『クリミナル・ラヴァーズ』(1999)、クリストフ・ガンス監督の『ジェヴォ―ダンの獣』(2002)と次々と話題作へ出演を重ね、2002年には第52回ベルリン国際映画祭でシューティング・スター賞を受賞。
2005年にはダルデンヌ兄弟にとって2度目のパルム・ドール受賞となった『ある子供』で主演を果たし、俳優として世界的な地位を確立します。
ダルデンヌ兄弟の作品には欠かせない存在で、『ロルナの祈り』(2009)ではヤク中の男を熱演、『少年と自転車』(2012)では子供を捨てた父親役を演じ、最高の評価を得ました。
そんなジェレミー・レニエは、事件について何かを知っているブリアンの父ヴァンサン。息子に近づいてくるジェニーに敵意を向ける人物のようですが、果たして物語にどう関わってくるのか…注目して見ていきましょう。
ブリアン / ルカ・ミネラ
ジェレミー・レニエ同様ベルギー人俳優のルカ・ミネラ。本作『午後8時の訪問者』が長編映画デビューとなっています。
元々はベルギーでテレビドラマや、ロックバンドPAUL GRAYのミュージックビデオなどに出演していたという経歴の持ち主なんだとか。
そんなまだまだ俳優としてはキャリアをスタートさせたばかりのルカ・ミネラは、ジェニーの患者であり、本作で何らかの鍵を握っているかもしれない人物ブリアンを演じています。
彼が何かを知っているのか?事件と何らかの関りがあるのか?に注目しつつ、ルカ・ミネラという俳優がどういった演技を見せてくれるのかに注目が集まっていますね。
オリヴィエ・グルメ
こちらもダルデンヌ兄弟作品には常連のベルギー人俳優オリヴィエ・グルメ。
『イゴールの約束』で長編映画デビューを飾って以来、『ロゼッタ』、『息子のまなざし』、『ある子供』、『ロルナの祈り』、『少年と自転車』とダルデンヌ兄弟作品のほぼ全てに名を連ねています。
2002年の『息子のまなざし』では初主演を果たすとともに、カンヌ国際映画祭で男優賞を獲得するなど、世界的にも注目を浴びることに。
他にもジャック・オーディアール監督の『リード・マイ・リップス』(2001)、ベルトラン・タヴェルニエ監督の『レセ・パセ 自由への通行許可証』(2002)、ミヒャエル・ハネケ監督の『タイム・オブ・ウルフ』(2003)、レジス・ヴァルニエ監督の『サイン・オブ・デス』(2007)など、名だたる映画監督からこぞって起用されていることが良く分かると思います。
2016年には黒沢清監督の『ダゲレオタイプの女』で写真家のステファンを演じたことでも有名ですね。
そんな名優オリヴィエ・グルメが『午後8時の訪問者』でどんな役どころなのか、詳細はまだ明らかになっていません。どうやらジェニーが事件についての聞き回る患者の一人のようですが、一体どんな形での出演になるのでしょうか?非常に楽しみですね!
ファブリツィオ・ロンジォーネ
イタリア人の両親のもとに生まれたファブリツィオ・ロンジォーネは、ベルギーのブリュッセル生まれなのだそう。
そのためにベルギー、フランス、イタリアの各国で映画や舞台テレビの世界で活躍をしています。
『ロゼッタ』以降ダルデンヌ兄弟作品の常連となり、『ある子供』、『ロルナの祈り』、『少年と自転車』、『サンドラの週末』と立て続けに出演することに。
2013年にはギョーム・ニクルー監督の『The Nun』(原題:Lareligieuse)、2016年には國村隼さん主演の『KOKORO–心』にも出演しています。
本作『午後8時の訪問者』でファブリツィオ・ロンジォーネがどんな役を演じるのかはまだ明らかになっていません(ドクターだそうですが詳細は不明…)。
役柄も興味深いところではありますが、日本ではまだまだ知名度の低いファブリツィオ・ロンジォーネという俳優がどんな演技を見せてくれるのか注目です!
映画『午後8時の訪問者』の監督紹介
映画『午後8時の訪問者』の監督を務めるのはジャン=ピエール・ダルデンヌとリュック・ダルデンヌ兄弟です。
1951年生まれの兄ジャン=ピエールと1954年生まれの弟リュックが生まれたのは、ベルギーのリエージュ近郊の街。
舞台演出家を目指していた兄はブリュッセルへ移り、そこアルマン・ガッティと出会ったことが大きな転機となったようです。
兄弟で演劇界や映画界でも活躍していたアルマン・ガッティの下で暮らすことで、彼から様々な影響を受け、映画製作にも携わるようになったんだとか。
1974年頃からは都市計画問題などを題材にしたドキュメンタリー作品の製作に着手し始め、その後もレジスタンスやポーランド移民といったものをテーマに作品を作り続けます。
1996年には『イゴールの約束』を発表し、カンヌ国際映画祭で国際芸術映画評論連盟賞など世界中の賞レースを席巻し、一躍脚光を浴びることに。
次作『ロゼッタ』(1999)では見事パルム・ドールを獲得、2002年には『息子のまなざし』で主演男優賞(オリヴィエ・グルメ)、2005年の『ある子供』でも史上5組目となる2度目のパルムドール大賞受賞者になるなど、もはや世界的名監督と肩を並べる存在にまで辿り着きました。
しかし、これでまだ終わらないのがダルデンヌ兄弟の凄い所でしょう。オムニバス映画『それぞれのシネマ』を挟んだ次作『ロルナの祈り』(2008)でカンヌ国際映画祭脚本賞を受賞。
さらにさらに『少年と自転車』(2011)では審査員特別グランプリを受賞し、なんと5作連続でカンヌ国際映画祭の主要な賞を受賞するという史上初の快挙を成し遂げてしまったのです!
その上2014年の『サンドラの週末』では主演のマリオン・コティヤールがアカデミー主演女優賞にノミネートされたというのですから、本当にダルデンヌ兄弟の勢いは凄まじい!
そんなダルデンヌ兄弟の新作が『午後8時の訪問者』ですから、もう注目しないわけにはいきません!!!
映画『午後8時の訪問者』のあらすじ
若き女医のジェニーは、まもなく大きな病院に好待遇で移る予定。
その間、知人の老いた医者の代わりに小さな診療所に勤めていました。
そんなある日の午後8時過ぎ…
ジェニーが新しい病院から歓迎パーティーの電話連絡を受けていると、突然ドアホンが鳴り響きます。
研修医のジュリアンは一瞬応じようとしましたが、診療時間もとっくに過ぎていたため、ジェニーは無視するようにと彼を制止しました。
翌日、診療所を警察が訪れます。なんでもこの近くで身元不明の少女の遺体が見つかったのだとか。
診療所の監視カメラを調べると、あの時ドアホンを押した少女が、遺体となって発見されたのだという事が判明します。
罪悪感にかられるジェニー。「あの時、応えていたら、何が違ったのか」
ジェニーは監視カメラに映っていた少女の姿を写真に収め、周辺に彼女のことを知っている者がいないかと聞いて回ります。
あの時なぜ診療所のドアホンを押したのか?なぜ死んでしまったのか?…そして…少女の名前は何というのか?
様々な疑問がジェニーの頭の中を駆け巡ります。
ある日診察中の患者に少女の写真を見せた時、急激に脈が早まっていくのを感じ取ったジェニー。
そのことで徐々に少女の全貌に迫っていける突破口になりそうだと感じていたジェニーは突然襲われ、この件から手を引くよう脅迫されました。
その後、警察から少女の名前が判明したという情報が入り、ジェニーは安堵したのですが…。
果たして事件の真相はいかに…?!
映画『午後8時の訪問者』感想と評価
ダルデンヌ兄弟の最新作ということで観に行ったというよりは、あのとても面白そうだった予告編に惹かれてしまいました。本当にあの予告編よく出来ていると思います。
この物語を前に進める推進力は、サスペンスの要素ですね。
少女を死に至らしめたのはいったい誰なのか?
ジェニーと共に事件の真相に迫っていくわけです。
しかし、見終わった時には、そこはあまり重要ではないのだということに気付かされるでしょう。必ず社会的なメッセージを作品内に盛り込むダルデンヌ兄弟ですが、今回はインタビュー等でも答えていて明らかなように、移民問題です。
インターフォンを無視したジェニーは受け入れを拒否した国で、無視され亡くなってしまった少女は移民です。私は移民問題について語るほどの知識は持ち合わせていないので、ここではもう一つのテーマについて書きます。
それは、人間の良心です。人の痛みを理解することと置き換えてもいいかもしれません。主人公のジェニーを医者という職業にしたのもそのためでしょう。冒頭での聴診器で他人を聴くという行為が象徴するように、医者は他人の痛みを理解し、それを和らげる仕事です。
私は前々から、医者という職業は本当にすごいなと思っていましたが、この映画を観てその考えに対する答えを提示してもらったような気がしています。冒頭の一連のシーン(ここが本当に上質で素晴らしい!)でジェニーは研修医のジュリアンに対し、あなたは患者の痛みに対して共感しすぎると批判をしますが、この物語のジェニーはまさにその状態です。
名前もなく知っている人のいない土地で一人亡くなった少女の痛みに恐怖に強く共感します。もちろん人命を救うという「ヒポクラテスの誓い」に則った医者の役割に反し、自らが間接的に死に関与してしまった責任と罪悪感、そして贖罪の意識があるわけですが。
ちょっとした優しさや気遣い、それがほんの些細なことでもいいんです。ジェニーに歌を歌ってくれたあの少年の笑顔(このシーンも本当に素晴らしい)、手作りの料理を手土産にくれたり、忘れたものを窓から投げてくれたり。こういった他人を思いやった小さな行動の一つひとつがその人の人生を確かに豊かなものに形作ってくれるのです。
それはもちろんジェニーという医者の過去の素晴らしい行いがあるからです。ですが、心理学でいう「返報性の原理」なんかを飛び越えた優しさがこの映画には確かに刻まれていると思います。
厳しいこの現実世界では、本当にくだらない理由で人が傷つき死に追いやられています。そんな時代でも、お金や地位といった価値観とは違ったものに目を向けるジェニーのような存在の尊さ。
気遣いの国であるここ日本では、優しすぎるや偽善なんて表現がありますが、それでもいいんじゃないでしょうか。傷ついた人を側で支えるジェニーの力強さを観ていたら、人を傷つける側ではなく癒す側でいたいと誰しもが思うでしょう。
人間の強さの根底は優しさにあると思えただけでも、本当に素晴らしい映画体験でした。
もちろんサスペンス映画としても十分に面白いので、気になった方はぜひ劇場に足を運んでください!
まとめ
世界的に有名な巨匠ダルデンヌ兄弟ですが、日本では(なぜか?!)そこまで知名度が高くないように思われます。
公開日の4月8日(土)に上映が開始されるのが、全国でたった5館しかないという現状がそのことを如実に表していますね。
その後順次拡大していくにしても関東地域で最終的に5館にしかならないというのは、非常に憂うべき状況でしょう…。あまりヨーロッパ映画(特にフランス)は好まれない風潮があることは否定できないにしても、ダルデンヌ兄弟作品ですらこの扱いというのはちょっといかがなものかと…。
さてそんな『午後8時の訪問者』ですが、劇場公開は2017年4月8日(土)からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国ロードショーが順次始まります!ぜひ劇場にて事件の真相を見届けましょう!