映画『トラフィック』は第37回東京国際映画祭で主演女優賞受賞!
2021年の第34回東京国際映画祭で審査員特別賞を受賞した『市民』(邦題『母の聖戦』)のテオドラ・アナ・ミハイ監督の新作『トラフィック』が、第38回東京国際映画祭コンペティション部門で上映されました。
©2024 TIFF
2012年にオランダのロッテルダムで起きた美術品窃盗事件に基づき、西欧と東欧との経済格差の問題に鋭く切り込んだ社会派ドラマのレビューします。
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映画『トラフィック』の作品情報
Mindset Productions, Lunanime, Les Films du Fleuve, Bastide Films, FilmGate Films, Film i Väst, Avanpost, Mobra Films (C)2024
【日本上映】
2024年(ルーマニア・ベルギー・オランダ合作映画)
【原題】
Traffic(別題:Reostat)
【監督】
テオドラ・アナ・ミハイ
【製作】
チューダー・レウ、クリスティアン・ムンジウ、アネミー・ドゥグリーズ、デルフィーヌ・トムソン、ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ、イエルーン・ベーカー、ショーン・ウィーラン、クリスティーナ・ベルジェソン
【脚本】
クリスティアン・ムンジウ
【撮影】
マリウス・パンドゥル
【編集】
カタリーナ・ワルテナ、ロベルト・ビタイ
【キャスト】
アナマリア・ヴァルトロメイ、イオヌツ・ニクラエ、ラレシュ・アンドリッチ、トーマス・リケワート、アリス・ベアトリス・ムニョス・ミハイ
【作品概要】
第34回東京国際映画祭で審査員特別賞を受賞した長編デビュー作『母の聖戦』(2023)のテオドラ・アナ・ミハイ監督の最新作。
オランダで実際に発生した絵画窃盗事件をベースに、困窮に喘ぐ若いルーマニア人夫婦が犯罪に加担するさまを描きます。
主演は、『あのこと』(2021)の演技が注目を集めたアナマリア・ヴァルトロメイ。ミハイ監督の『母の聖戦』でもプロデュースを担当したルーマニアを代表する映画作家クリスティアン・ムンジウが、脚本を手がけました。
2024年の第37回東京国際映画祭においてコンペティション部門上映され、ヴァルトロメイが主演女優賞を受賞しました。
映画『トラフィック』のあらすじ
Mindset Productions, Lunanime, Les Films du Fleuve, Bastide Films, FilmGate Films, Film i Väst, Avanpost, Mobra Films (C)2024
若いルーマニア人のナタリア(ナティ)とジネルの夫婦は、より良い生活を求めてオランダに移住。しかし、その夢は厳しい現実の前に破れることに。
困窮生活を強いられる2人は、ナティがとある事件に巻き込まれたのを機に、美術館の絵画を強盗する企みに加担することになり…。
映画『トラフィック』の感想と評価
Mindset Productions, Lunanime, Les Films du Fleuve, Bastide Films, FilmGate Films, Film i Väst, Avanpost, Mobra Films (C)2024
メキシコを舞台に、娘を誘拐された組織と対峙する母親の姿をドキュメンタリータッチで捉えた長編デビュー作『母の聖戦』が高く評価されたテオドラ・アナ・ミハイ監督。本作『トラフィック』は彼女の第2作目となります。
2012年にルーマニアの小さな村出身のギャング少年たちが、オランダのロッテルダム美術館から7点の絵画を盗んだという事件に脚本家のクリスティアン・ムンジウが着目し、製作がスタート。
故郷ルーマニアの村に住む義母に幼い娘を預けて、オランダに出稼ぎに来ているナティとその夫ジゼルですが、賃金の低い仕事を掛け持ちし、住居アパートも借りれない生活を余儀なくされています。
そんなある日、ナティはナイトクラブで開かれる富裕層が集う仮面パーティのウエイトレスのバイトをすることに。彼女はそこで美術館のキュレーターと思しき男に口説かれ、それをやんわりと拒むも、パーティ関係者に捕らえられ暴行されてしまいます。
加害者側からわずかな慰謝料で不問にされたナティは、同じく移民仲間で廃品回収業をしているイツァに相談。イツァはキュレーターの男を特定し、ジゼルも巻き込んでの絵画強奪を目論みます。
本作で特に描かれているのは、ヨーロッパとして一括りにされるも、東と西の間にある経済格差の実態。経済事情がひっ迫する地元を離れ、西欧で人並みな生活を望む東欧人は少なくありませんが、満足な職を得られる移民者はごくわずか。
野菜の仕分けの仕事をしているナティが、臨時のバイトを求める東欧人たちに英語で説明するも、その待遇の悪さに彼らに不満をぶつけられる冒頭のシーンは、共産国移民の彼女にはあまりにも皮肉で酷な描写です。
いくら働けど貧困からは抜け出せない状況を脱けだそうと、悪事に手を染めていく――その象徴であるイツァが絵画を強奪しようとするのは、東欧人を見下す西欧人への復讐。イツァやジゼルたちが、盗もうとしている絵画の作者が誰なのか、絵画にどれだけの価値があるのかをまったく理解していないという点も、事件の哀しさに拍車をかけています。
また、窃盗犯を追うオランダと容疑者特定に動き出したルーマニア両警察の忖度を取り合っての捜査も、東西の微妙な関係を表しており興味深いです。
まとめ
Mindset Productions, Lunanime, Les Films du Fleuve, Bastide Films, FilmGate Films, Film i Väst, Avanpost, Mobra Films (C)2024
気弱な性格ゆえにイツァの窃盗計画に関わらざるを得なくなっていくジゼルに対し、自分を見失いたくないとして距離を置きはじめるナティ。そんな2人に待ち受ける結末とは…。
前作の『母の聖戦』同様、劇伴を使わず、観る者の感情を揺さぶる演出を極力排除している本作。そのため、観ていて分かりにくい描写もあるかと思います。
しかしながら、自身もルーマニアからベルギーにやってきた移民出身であるミハイ監督ならではの、社会への不正や身分差別、貧困事情を鋭く突いた作品となっています。
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松平光冬プロフィール
テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。
ウェブニュースのライターとしても活動し、『fumufumu news(フムニュー)』等で執筆。Cinemarcheでは新作レビューの他、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219)