自身のセクシュアリティを隠すため、期間限定で恋人のふりをすることになった2人の男女高校生の物語
1995年のアイルランドの田舎町を舞台に、男性に恋するエディと女性を愛するアンバーという2人のクィアな高校生が、差別と偏見の多い学園生活を卒業まで乗り切るためにカップルのふりをするが・・・。
自分らしく生きるためにもがき苦しむ10代の男女を暖かなタッチで見つめる映画『恋人はアンバー』は、「EUフィルムデーズ2022」にラインナップされ大好評を博し、2022年、秋、全国公開を果たしました。
当時のアイルランドの空気をとらえ、社会的テーマを主題に、ユーモアを交えた爽やかな視点で描く青春映画の秀作です。
映画『恋人はアンバー』の作品情報
【日本公開】
2022年公開(アイルランド映画)
【原題】
Dating Amber
【監督・脚本】
デビッド・フレイン
【キャスト】
フィン・オシェイ、ローラ・ペティクルー、シャロン・ホーガン、バリー・ウォード、シモーヌ・カービー
【作品概要】
1990年代半ば。アイルランドの保守的な田舎町を舞台に、理解のない周囲から自身のセクシュアリティを隠すため、期間限定で恋人のふりをすることになった2人の高校生男女を描いた青春映画。
監督を務めたのは前作『CURED キュアード』が第42回トロント国際映画祭でプレミア上映され注目されたアイルランド人監督、デビッド・フレイン。
映画『恋人はアンバー』あらすじとネタバレ
1995年、アイルランドの保守的な田舎町。
高校生のエディは、子供のころから父の後を継いで軍隊に入るよう育てられてきましたが、次第に自身が同性愛者であることに気が付き始めていました。
偏見と差別が根強いこの街では誰にも伝えられず、エディは密かに悩んでいました。キスの経験がないことをからかわれ、好きでもない女子生徒とキスをしますが、ときめきはありません。
アンバーは自身がレズビアンであることを自覚していました。みかけが女らしくないとからかわれるこんな田舎町は早く出て、大都会ロンドンに引っ越したいと夢見ていました。
アンバーはエディが自分と同じ同性愛者だと気付き、映画に行こうと彼を誘います。周囲にセクシュアリティを悟られないよう、一定の期間だけカップルのフリをしようとアンバーはエディに持ちかけ、エディもその提案を受け入れます。
ふたりでいれば、周りは、からかってこないので、とても楽でした。誰にも話せなかった将来への不安や、家庭のことなども打ち明け合い、ふたりの絆は深まっていきました。
ある日ふたりは一緒にダブリンに出かけ、一軒のバーに入ります。エディはステージで堂々と歌を歌っているドラァグクイーンに魅せられ、アンバーは年上の女性サラと知り合います。
終電の時間になったので、帰ろうとしていると、アンバーは女性から、次の土曜日にはここにいるからとチラシを渡されました。
土曜日となり、エディとアンバーは演劇の勉強に出かけるとそれぞれの親に嘘をついて、車でダブリンへ出かけていきました。
目的のバーに入るとあの時の女性がすぐにアンバーを見つけてくれました。エディは、近づいてきた男性とキスし始めます。
ここには誰も知っている人はいないし、自由だと感じていたエディでしたが、クラスメイトのキアンがバーに来ていて、目撃されてしまいます。
彼もまたセクシュアリティを隠していたひとりだったのですが、エディにとっては青天の霹靂。知られてしまった、もうだめだとパニックになり、アンバーは彼を落ち着かせようと説得を試みます。
疲れ切ったふたりは、車の中で眠ってしまい、帰宅は朝になってしまいました。親たちはかんかんです。
エディのおませな弟が「ちゃんと避妊した?」と尋ねてきたので、エデイは「うん、ちゃんとしたよ」と応えました。
弟は、もし子供が出来たら、この歳で結婚して、ずっと喧嘩し続けて、結局離婚だといい、ふたりは自分たちの両親のことを思い浮かべ、心配になりました。案の定、階下からは両親が激しく口論している声が聞こえていました。
一方、アンバーは母親から「お父さんならなんと言ったか」と言われ、もういないよと応えました。アンバーの父親は何らかの理由で自殺し、母は、まだ立ち直っていませんでした。
映画『恋人はアンバー』解説と評価
1995年のアイルランドは、同性愛が違法でなくなってから2年、そして離婚法が成立した年です。カトリックの教えが中心のこの国では長い間、同性愛は犯罪として扱われ、重い懲役がくだされていました。違法でなくなってから2年が経っているといえども、小さな田舎町ではまだまだ偏見や差別が根強かった時代です。
フィン・オシェイ扮するエディとローラ・ペティクルー扮するアンバーという 2 人のクィアなティーンエイジャーは、日常生活をなんとか切り抜けるために異性愛者のカップルのふりをする契約を交わします。
ただのカモフラージュのはずが、徐々に2人の間に信頼関係が築かれ、確かな友情が芽生えます。この友情がとにかく素晴らしく、2人が“デート”するシーンは活き活きとした律動感にあふれています。
アンバーが暮らすトレーラーハウスを、金を払ってラブホテル代わりに使う同級生たちが疲れた中年のように見えるのが、よりエディとアンバーのピュアさを際立たせます。
ふたりはタブリンに繰り出しますが、たまたま入ったバーでの体験により、アンバーは、自己のセクシュアリティの肯定へと向かうのに対して、エディはさらなる苦しみを味わうことになります。
彼は、軍人の父の影響で、自らも将来は軍人になることを信じて疑っていません。しかし、果たしてそれが自分自身の本当に進む道なのかという疑問が湧き上がってきます。
それは、ティーンエイジャーが少なからず出会う大きな命題のひとつですが、彼は幼児期から「男らしく」生きるよう教育を受けていて、自身のセクシュアリティと「男らしさ」という概念との間でアンビバレンツに引き裂かれています。この複雑なエディの内面をフィン・オシェイが絶妙に演じています。
アンバーと本当の恋人になることで、何もかも解決させようとするエディにアンバーはノーと言い、ふたりの“恋人関係”は解消されます。
拠り所を失ったエディはアンバーに暴言を吐き、彼女を傷つけますが、一度固い友情で結ばれたふたりの関係は簡単には崩れず、説得と決断へと向かう清々しいラストへと向かいます。
家庭の事情もありこの地に残るアンバーと、新たな世界へ、勇気を振り絞って歩みだすエディ。ふたりの門出に祈るような気持ちにさせられます。
全編、ユーモアに溢れた暖かなタッチが貫かれているのは、エディとアンバーへのエールの現れでしょう。アイルランドの緑あふれる風景も、美しく、輝いて見えます。
まとめ
監督のデビッド・フレインは本作には監督の実体験が大いに反映されていると述べています。彼はこの物語を自身の地元アイルランドのキルデアで撮影しました。
エディを演じたフィン・オシェイは、2017年にトロント国際映画祭のライジングスターとスクリーン・インターナルショル誌のスター・オブ・トゥモローに選ばれ、英国やアイルランドで抜群の知名度を持つ若手俳優です。
アンバー役のローラ・ペティクルーは、本作が初の本格的な映画出演となった新鋭ですが、演劇界でも実力を発揮するなど今後の活躍が大いに期待されます。
2人は息もぴったりで、厚い絆と友情に結ばれたエディとアンバーを鮮やかに演じ、観る者の心をがっちりと捕まえます。
本国では2020年に封切られ、アイルランド版アカデミー賞と評される「アイリシュ映画&テレビ賞」で8部門にノミネートされ、2部門で受賞しています。