映画『ハケンアニメ!』は2022年5月20日(金)に全国ロードショー!
直木賞作家・辻村深月の人気同名小説が原作の映画『ハケンアニメ!』は、アニメ業界で最も成功した作品の称号=「覇権(ハケン)」を手にするべく奮闘する人々の姿を描いた作品です。
普通ではなかなか見られないアニメの制作現場がリアルに描き出されるほか、「覇権」を争う2作品として登場する劇中アニメーションのクオリティの高さも話題になっています。
監督は『水曜日が消えた』で長編映画デビューを果たした吉野耕平。CGクリエイターとして新海誠監督作『君の名は。』(2016)にも参加し、次世代を担う映像クリエイター選出プロジェクト「映像作家100人2019」の一人にも選ばれています。
このたび、吉野耕平監督にインタビュー。「幼い頃からずっと憧れてきたアニメの世界と、この作品を通じて関わることができたのは、本当に一生の幸運でした」と語る本作に対する思い、本作の制作を経て実感した映画にとって大切なものをうかがいました。
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わかりやすい表現へと置き換える
──本作は吉野監督ご自身が原作小説を映画化したいと企画を考えられていたところ、逆にプロデューサー陣から映画化にあたっての監督オファーをされたとお聞きしました。
吉野耕平監督(以下、吉野):アニメーション監督たちの生活がリアリティをもって描かれているのが珍しかったですし、アニメーション業界の日常を描いた群像劇として話題になったテレビアニメ『SHIROBAKO』(2014〜2015)ともまた異なる視点でアニメーション業界を捉えていたところにも魅かれて、映像化してみたいと考えていたんです。
監督オファーをいただけたのは、以前撮った『エンドローラーズ』(2014)という短編がきっかけではないかと思います。その作品はお葬式がテーマでしたが、アニメーションを取り入れてカラフルに見やすくし「エモーショナルでドラマ性や心情が伝わる」と言われました。今回の『ハケンアニメ!』にもそうした演出を期待されたのだと思います。
──瞳と王子がそれぞれ監督したテレビアニメ『サウンドバック 奏の石』『運命戦線リデルライト』の視聴率や評判も視覚的に表現されていました。
吉野:自分はCM演出の仕事をしていますが、CMでは直感的にわかりやすい表現に置き換えることをよくやります。例えば(映画でもある手法ですが)「ボクシングの試合でチャンピオンが挑戦者と戦う」という情報を伝えるなら、輪転印刷機が回って新聞が刷られていく様子を背景に「チャンピオン、初防衛戦勝利」といった文字が出る表現を用いるといった具合にです。
本作では視聴率やSNSの盛り上がりなど、世の中の注目をトータルで見せたいと感じました。そこで「吹き出し」を用いたり、「走るバイク」といったイメージに置き換えたりしました。
“新人アニメーション監督の1シーズン”という旅へ
──斎藤瞳役の吉岡里帆さんは吉野監督について「微妙な差みたいなものを、きちんとすくい取ってくれる」とコメントされていました。
吉野:吉岡さんと初めて会ったのは本読みの時でしたが、とてもまじめなという印象の方でした。今回の脚本自体はコメディにもリアルにも受け取れてしまう部分があるため、まず「演出の軸はどこですか?」と聞かれたのです。自分なりにそれをお伝えしたところ「ひたむきさ」という言葉をご自身で見つけられたようで、現場に入ってからテイクを何度も重ねることはありませんでした。
観客には瞳と一緒に「アニメーション監督の1シーズン」を経験してほしかった。そして大げさなリアクションをとらなくても、視点が瞳と寄り添っていればちゃんと伝わるはずだと感じましたし、「周りのドタバタを瞳が受け止めている」という構図がわかりやすいのではないかと考えていました。
──本作は瞳のアニメーション監督としての成長が物語のベースとして描かれています。
吉野:原作は王子と香屋子が中心で、瞳は王子・香屋子と対比される「別の種類の天才」として描かれていますが、映画ではあえて瞳を中心に描きました。その上で、原作小説における無数の作品の中での覇権を争っていた物語を、王子と瞳の一騎打ちという形に絞っていったんです。
また原作小説の第二章は瞳の一人称的視点で書かれていて、アニメの制作現場を知らない一般の方には共感しにくいのではと思っていたんですが、脚本の政池洋佑さんが書かれた構成を読んで「新人監督の目線も、観客の「入り口」として有効かも」と思い直しました。監督になったばかりの瞳の視点で追っていけば、一般の方も一緒にアニメ作りを旅していける。「こういうまとめ方もあったんだ!」と感じられました。
王子の繊細さは中村倫也そのもの
──瞳のライバル・王子千晴を演じられた中村倫也さんは、吉野監督の長編映画デビュー作『水曜日が消えた』でもお仕事をご一緒されています。
吉野:『水曜日が消えた』を撮っていた時、王子役の俳優はまだ決まっていませんでした。そんな状況で中村さんを見ていたら、カメラが回っていないときの彼の性格も含めて、王子役にぴったりではと思ったんです。それを東映さんにお伝えすると、東映さん側もキャスト候補として考えられていたのが分かり、オファーをさせていただいたところ、運良くスケジュールが空いていたこともあり出演が実現しました。
中村さんは期待通りどころか、期待以上でした。みんなを振り回しながらも引きつけてしまう、王子のトップとしてのオーラを中村さんがきちっと脚本を読み込み演じてくれました。僕はその姿を切り取っていくことに徹し、新しく伝えることは何もありませんでした。
──王子は一見わがままに振舞っているように見えますが、内面では強い葛藤を抱えているがゆえに、時には悩めるライバル・瞳にもアドバイスをするという優しさも垣間見せます。
吉野:王子が見せる繊細さや気遣いは、中村倫也さんそのものなのではと感じる時もありました。作り手に対するリスペクトがあるし、現場でも自分だけでなく、現場全体がうまく回っているかを気にしてくれるんです。
例えば王子と瞳の対談の場面では、王子のある発言で会場を盛り上がるところで締めくくられるんですが、録音を気にして現場では観客の声を出さずにいたんです。すると中村さんが「ファンなら、王子のパフォーマンスを喜ぶのが自然では」と指摘してくれて、観客役のエキストラさんたちにも「声を出して笑ってもらって構わないですよ」と和ませて、会場の空気を作ってくれました。おかげでとても熱のある良いカットになりました。
映画を支えた“プロデューサー”キャスト
──自身の信じる「仕事」のため、時にはヒール役になることも躊躇わない行城理を、柄本佑さんがとても魅力的に演じられていました。
吉野:柄本さんの行城を現場で見せてもらう中で「行城って、こういう人なんだ」と改めて気がついたところがいくつもありました。
劇中、雑誌「アニメゾン」の表紙をめぐって揉める場面でも、行城がボソリと「星、入れちゃえ」とつぶやきながら紙に「サウンド☆バック」と書くんですが、それは脚本にはない芝居だったんです。行城が少し人を茶化す一面をうまく描けたのも、柄本さんが脚本を読み込んできてくれたからとしか言いようがありません。そしてラストも、素敵な終わり方にしてくれました。
──有料香屋子役の尾野真千子さんも、王子の監督としての才能を信じ続けるチーフプロデューサーの姿を見事に表現されていました。
吉野:尾野さんはキャリアが長く、さまざまな引き出しを持っている職人のような方です。そんな方が自分の目の前にいるとか思うと緊張してしまうこともありました。
現場では「監督が何を望んでいるか」ということを常に意識してくださり、とても頼れる方でした。また王子と香屋子が作品の最終回について話す場面では、ほとんど2人以外何もないような空間でしたが、王子に対する信頼を「空気」で作っていただきました。自分は監督としてそれを目にしましたが、非常にカッコよかったです。
アニメーション作品の制作現場に思いをはせる
──劇中で「覇権」を争う2作のアニメーションのクオリティの高さも本作の大きな見どころになっています。
吉野:アニメーションの魅力は、現実がデフォルメされて動くことで生まれる躍動感だったり、逆に実写のカメラにも映らないような繊細な情感を描いたりと、非常に多面的なものだと感じています。『ハケンアニメ!』でも劇中アニメーションを通じてそんなアニメの様々な良さを少しでも描きたいと考えていました。
ただ、アニメ業界はものすごく忙しい。「映画劇中のみで使用されるアニメ」を作ってくれる会社があるだろうかと案じていたところ、こんなに贅沢でいいのかと思うほど豪華なスタッフさんが集まってくださいました。また辻村さんも劇中アニメーションの制作のため、単独で作品にできるほど完成度が高いプロットを各12話分、映画では登場しないエピソードも含め自ら書き下ろしてくださいました。2作とも1話から全部観てみたいぐらいです。
──瞳と香屋子は「あるアニメーション作品」との出会いが、自身の現在の仕事に大きな影響を与えていることが劇中で明かされます。吉野監督ご自身にもそうした作品はありますか。
吉野:小学生の頃、『天空の城ラピュタ』(1986)などの宮崎駿監督の作品や『機動戦士ガンダム』(1979〜1980)などの再放送でアニメーション作品に目覚めました。中高生になり「そろそろアニメは卒業かな」と思っていたところに『新世紀エヴァンゲリオン』(1995〜1996)が始まったんです。「やっぱり、アニメってすごいんだ」と実感し「大人になってもアニメからは離れられないな」と感じられました。
原作者の辻村さんの場合は、それが『少女革命ウテナ』(1997)だったそうです。『少女革命ウテナ』は『新世紀エヴァンゲリオン』の少し後に放映されていましたから、自分と辻村さんは世代的にはほぼ同じだと思います。
──2022年5月20日(金)に全国ロードショー公開を迎える中、現在の吉野監督のお気持ちを改めてお聞かせください。
吉野:これまでもアニメーション制作に関するドキュメンタリーがあれば見るようにしていましたが、『ハケンアニメ!』の制作を通じてカット袋や現場のさまざまなメモなどを生で見られたことは本当にうれしかったです。
また役者さんたちの力が、映画にとっていかに大きなものであるかも改めて知りました。映画のクライマックスでは、劇中に登場する制作スタッフが大集合します。無言の場面ですが、その場面の編集時に、改めてみなさんがどんなに役になりきって細やかなことまでやってくれていたのか、と気づかされました。そういった一つ一つが映画に熱と重みを生んでいくのだと感じています。
今この瞬間も、どこかでアニメーション作品が作られています。観客のみなさんには自分と同じように、瞳と一緒に普通は見られない制作現場の世界を旅していただきたいです。そして現場に携わる多くの人々に思いをはせつつ、今まで以上にアニメーション作品を楽しんでいただければと思います。
インタビュー/ほりきみき
吉野耕平監督プロフィール
1979年、大阪府出身。『夜の話』(2000)がPFFにて審査員特別賞を受賞、『日曜大工のすすめ』(2011)が第16回釜山国際映画祭ショートフィルムスペシャルメンション受賞。
CMプランナー・MVディレクターを経て、CGクリエイターとして『君の名は。』(2016)に参加した後『水曜日が消えた』(2020)で劇場長編監督デビュー。次世代を担う映像クリエイター選出プロジェクト「映像作家100人2019」にも選ばれている。
映画『ハケンアニメ!』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【原作】
辻村深月『ハケンアニメ!』(マガジンハウス刊)
【監督】
吉野耕平
【脚本】
政池洋佑
【キャスト】
吉岡里帆、中村倫也、工藤阿須加、小野花梨、高野麻里佳、六角精児、柄本佑、尾野真千子
【作品概要】
原作は辻村深月の同名人気小説。日本のアニメ業界を舞台に、最も成功したアニメの称号=「ハケン(覇権)」を手にすべく闘う者たちの姿を描く。
一世一代の大チャンスを掴んだ新人監督・斎藤瞳を吉岡里帆、彼女のライバルとなる天才ワガママ監督・王子千晴を中村倫也、瞳を振り回すつかみどころのない超クセ者プロデューサー・行城理を柄本 佑、王子の才能に人生を懸ける作品命のプロデューサー・有科香屋子を尾野真千子が演じる。
監督は、『水曜日が消えた』の吉野耕平。劇中アニメの制作にはProduction I.Gをはじめ、日本を代表するトップクリエイター陣が参加している。
映画『ハケンアニメ!』のあらすじ
連続アニメ『サウンドバック 奏の石』で夢の監督デビューが決定した斎藤瞳(吉岡里帆)。気合いが空振りして、制作現場には早くも暗雲が立ち込める。瞳を大抜擢してくれたはずのプロデューサー・行城理(柄本 佑)もビジネス最優先で、瞳にとって最大のストレスメーカーだった。それでも「日本中に最高のアニメを届けたい」という思いで奮闘する。
一方、天才・王子千晴(中村倫也)監督も『運命戦線リデルライト』で復帰を目指す。王子は過去に大ヒット作品を生み出したものの、過剰なほどのこだわりとわがままぶりが災いして降板が続いていた。王子の才能に人生を懸けるプロデューサーの有科香屋子(尾野真千子)はそんな王子を8年ぶりに監督復帰させるため大勝負に出たのだ。
果たして“ハケン=覇権”を取るのはどちらの監督作品なのか。
堀木三紀プロフィール
日本映画ペンクラブ会員。2016年より映画テレビ技術協会発行の月刊誌「映画テレビ技術」にて監督インタビューの担当となり、以降映画の世界に足を踏み入れる。
これまでにインタビューした監督は三池崇史、是枝裕和、白石和彌、篠原哲雄、本広克行など100人を超える。海外の作品に関してもジョン・ウー、ミカ・カウリスマキ、アグニェシュカ・ホランドなど多数。