絶望の中、彼女がくだす決断とは──。
世界三大映画祭で映画賞を受賞したファティ・アキン監督と、『イングロリアス・バスターズ』や『戦場のアリア』に出演した女優ダイアン・クルーガーがタッグを組んだ映画『女は二度決断する』。
極右組織によってドイツ各地で起こったトルコ系移民に対する殺人・テロ事件を背景に、理不尽にも愛する家族を失った女性の苦難と絶望を描き出します。
女優ダイアンの演技を深く堪能できる映画であり、第70回カンヌ国際映画祭・女優賞を受賞した『女は二度決断する』を紹介します。
映画『女は二度決断する』の作品情報
【公開】
2018年(ドイツ映画)
【原題】
Aus dem Nichts
【脚本・監督】
ファティ・アキン
【キャスト】
ダイアン・クルーガー、デニス・モシット、ヨハネス・クリシュ、サミア・シャンクラン、ヌーマン・アチャル、ヘニング・ペカー、ウルリッヒ・トゥクール、ラファエル・サンタナ、ハンナ・ヒルスドルフ、ウルリッヒ・ブラントホフ、ハルトムート・ロート、ヤニス・エコノミデス、カリン・ノイハウザー、ウーベ・ローデ、アシム・デミレル、アイセル・イシジャン
【作品概要】
監督は、『愛より強く』『そして、私たちは愛に帰る』『ソウル・キッチン』で世界三大映画祭(カンヌ、ヴェネチア、ベルリン)にて賞を獲得したファティ・アキン。
主演にダイアン・クルーガーを迎え、突如として愛する家族を奪われた女性が辿り着く“絶望の決断”を描いた本作も、2017年に第70回カンヌ国際映画祭で女優賞を受賞しました。
映画『女は二度決断する』のあらすじとネタバレ
第Ⅰ部「家族」
ドイツ、ハンブルク。ドイツ人のカティヤとトルコ系移民のヌーリは、カティヤが学生の頃に出会います。
かつてヌーリは麻薬売買の罪を犯していましたが、刑務所で罪を償ったのちにカティヤと結婚。
その後、ヌーリは愛息ロッコが産まれると子煩悩になり、トルコ人街で在住外国人を商売相手としたコンサルタント会社を始めます。カティヤも会社の経理を務め、3人の家族は細やかながらも幸せな日々を送っていました。
ある日、カティヤは親友とスパに出かけるため、ヌーリの事務所に息子ロッコを預けます。
変わらぬに日常の中、夫と息子に別れを告げ、事務所から出たカティヤ。すると、鍵もかけずに新品の自転車をその場に置いて去ろうとする、若い女性を見かけます。
カティヤは「鍵をかけないと盗まれちゃうわよ」と声をかけましたが、若い女性は「すぐ戻るの」と立ち去っていきました。
ゆったりとスパでくつろぐカティヤは、親友に新しく脇腹に入れた“侍”のタトゥーを見せながら「これを入れるのが最後だ」と言い、ヌーリがそれを嫌がっていることを説明します。
夕方、スパでのリフレッシュを終えて、息子ロッコの待つヌーリの事務所に向かうカティヤ。ところが、事務所の前になぜか人だかりができているほか、規制線が引かれ、複数のパトカーも止まっていました。
嫌な予感にカティヤの鼓動が早まります。野次馬たちや警察官を掻き分けながらも「何があったの」と尋ねると、誰かが「爆発事故だ」と答えました。
思わず駆け出したカティヤの目に入ったのは、焼け焦げたヌーリの事務所と瓦礫の山。
ヌーリとロッコの安否に不安を抱くカティヤですが、警察に案内されるがまま、爆破事件に巻き込まれた人たちがいる救護所へと案内されます。しかし、どこにも夫と息子の姿は見つからず、「男性と子どもが1名ずつ死亡しており、身元確認を進めている」とだけ伝えられます。
爆破事件の捜査をする刑事とともに、カティヤは自宅へと帰宅。洗面所にあったヌーリと息子ロッコの歯ブラシを、例の遺体のDNA鑑定のために刑事へ預けます。
DNA鑑定の結果、発見された遺体はヌーリとロッコであると判明。刑事からその報告を受けたカティヤは泣き崩れ、心配して駆けつけた家族や友人の前も嗚咽を漏らします。
突然の状況に何も考えられないカティヤですが、事件の真相を突き止めようとする刑事に促され、手がかりになる情報を見つけるための聴取を受けること。
「夫は熱心なイスラム教徒だったか」「夫はクルド人か」「政治的な活動はしていなかったか」「敵はいなかったか」……聴取での質問はいずれも、ヌーリ自身に事件を引き起こした原因があるかのような内容でした。
「ヌーリには麻薬売買の前科がある」という情報をすでに得ていた刑事は、「ヌーリは闇社会とつながっていて、今回の事件は彼が闇社会の人間との抗争の中で起きたもの」と見立てた上で捜査を進めていたのです。
人種と過去への偏見に基づく刑事の聴取に嫌気が差すカティヤは、愛する2人の命を奪ったのは、排外主義に基づいて移民へのヘイト・クライムを続けるネオナチではないかと推測します。
そして彼女は、事件発生の少し前に遭遇した若い女性のことを思い出し、彼女が置いていった自転車の荷台には「箱」が載っていたことを伝えましたが、刑事はその言葉を聞き流しました。
翌日、知人の弁護士ダニーロの事務所を訪ねたカティヤは「夫ヌーリは闇社会の人間に恨みを持たれていたのではなく、息子ロッコとともに、ネオナチによるテロ事件に巻き込まれたのだ」と主張します。ダニーロは協力を約束した上で、「少しでも悲しみが癒せれば」とカティヤに薬物を渡しました。
いつまでも深い悲しみのように降りしきる雨の中、自宅に戻ったカティヤ。そして、最愛の夫ヌーリと息子ロッコが奪われた悲しみを紛れるかもしれないと、薬物を服用してしまいます。
すると突然、捜査令状を持った刑事たちがカティヤの自宅に入ってきます。それは「死亡したヌーリが、出所後も麻薬売買を続けていた」という証拠を見つけるための家宅捜索であり、やがて刑事たちはカティヤが服用していた薬物を発見しました。
カティヤは物的証拠となる薬物は、ヌーリのものではなく自分のものだと自供。その様子を心配そうに見守っていたカティヤの母親は「ヌーリのだと言えばよかったのに」と言いますが、カティヤはそれに不満を見せます。
ヌーリとロッコの葬式では、ヌーリの両親から「あなたがスパに行かなければ、ロッコだけは死ななくて済んだのに」と責められたカティヤ。
最愛の家族を失った悲しみ、そしてヌーリの両親、ヌーリの人種や過去への偏見に満ちた刑事たちと自身の母からの心ない言葉を浴び続けたカティヤは、自宅の温かいバスタブへと浸かります。自殺のために切った手首から流れる鮮血は、湯に混ざり続けていました。
すると、スマホに連絡が。それは、爆破事件の容疑者が逮捕されたという報せでした。
映画『女は二度決断する』の感想と評価
ダイアン・クルーガーの演技力と俳優たち
映画『女は二度決断する』の見どころは、やはり俳優たちの演技力の高さ。主演を務めた女優ダイアン・クルーガーは、本作で第70回カンヌ国際映画祭・女優賞を受賞しました。
2002年にダイアンはデニス・ホッパー主演作『ザ・ターゲット』で映画デビューを果たし、2004年のハリウッド映画『トロイ』でアメリカに進出。また、同年公開された『ナショナル・トレジャー』の公文書館の才媛アビゲイル役で広く知られるようになりました。
参考映像:『ナショナル・トレジャー』
そんなダイアンはハリウッド作品にも出演する一方で、『戦場のアリア』(2005)などのヨーロッパ映画界でも活躍し、英語・フランス語・ドイツ語が達者な女優でもあります。
今回の『女は二度決断する』ではドイツ北部出身の女性カティヤを演じ、映画としては“初挑戦”となったドイツ語での演技で、カンヌ映画祭の女優賞に輝いたダイアン。彼女の愛する家族を奪われ、心が荒んでいく様子や苦悩に満ちた血の通った表情は、必見に値するものです。
また2017年のドラマ『プリズン・ブレイク』第5シーズンでアブ・ラマール役を務めたヌーマン・アチャルが演じたヌーリは、生き生きとしたトルコ系移民を演じていました。
さらには、容疑者側の弁護士ハーバーベック役を演じたオーストリア出身の俳優ヨハネス・クリシュ。彼の厳つい顔を生かした憎々しい演技も忘れがたいです。
他にも、『善き人のためのソナタ』や『白いリボン』などで知られるドイツを代表する俳優ウルリッヒ・トゥクールが演じた容疑者の父ユルゲンの、取り返しのつかない深い罪悪感を背負った謝罪の姿など、出演するどのような俳優にも演技の“見どころ”があります。
そこには、俳優たちそれぞれに演じる役柄を十分に理解してもらった上で、のびのびと自由に演技に挑戦してもらう環境を作ることに長けた、ファティ・アキン監督の手腕も垣間見られます。
そしてカティヤ役を演じたダイアンは、本作での演技について次のように語っています。
撮影に入る前に約6ヶ月かけて30家族ほどのテロや殺人事件の犠牲者となった方々に話を聞いて、とてつもない苦しみや哀しみや重みを引き受けなければいけないと感じました。
この経験は私の人生を完全に変えました。撮影中、何度も自分が演技をしているのではないような感覚になったんです。自分の目の前で起きていることに反応しているような…。
今も私の中にカティヤはいます。
本作は、女優賞を獲得したダイアンをはじめ、映像に映し出される俳優の演技という、彼らが作品を通じて現実と向き合った結果を見つめられる映画ともいえます。
カティヤの流す血の数々
本作を観ていて記憶に残るのは「水分」あるいは「水気」です。
カティヤが愛する夫ヌーリと息子ロッコを失う原因は、親友と出かけたスパ。また事件後、カティヤが苦悩の重圧を受けている最中の場面では、涙や鼻水とともに長雨が降っています。
映画のラスト・ショットに映し出されるのが「海」なのも、悲しみの「水」が溜まりに溜まった果てに生まれたものとして「海」を描きたかったからなのかもしれません。
本作に登場する「水」でもう一つ特筆すべきなのは、カティヤの流す「血液」です。
義理の母が亡き夫と息子の遺体をトルコに持ち帰りたいと告げた際に、感情の興奮によって流した鼻血。バスタブの中で自殺を図った際に、両手首から上がる血煙。
「裁判に強い思いのもと挑みたい」と考えたためか、ヌーリの嫌がっていたタトゥーを再度入れた際に、彫り進めてゆく中で滲んだ血。そして、事件以降の極度のストレスにより生理不順になっていたが、生理が戻ってきた際に手のひらで確認した血。
生きようとする感情、死に向かう感情が行き来する場面において、血は象徴的に描写されています。そして、生と死の2つの気持ちが混じり合い、極限状態の感情が生じた果てにカティヤが選んだのが「自爆」でした。
本作のラストをどう受け取るのかを、ファティ監督は観客に委ねています。
映画では自爆の前日、カティヤがスマホの撮影動画を通じて、かつて息子ロッコがバカンスに出かけた際に「ママもおいで」と母を海に誘う姿を見つめる場面描かれていました。
カティヤが流した悲しみの水も血も、全ての水は混ざり合い、彼女は水の果てに見えた、息子たちの元に行きたいと考えたのでしょうか。それとも、生と死の感情が混ざり合い極限状態の感情が生じたことで、全ての水は蒸発し、カティヤの心が渇き切ってしまったたからこそ、彼女は自爆を選んでしまったのでしょうか。
あなたは本作のラストに、何を感じますか?
まとめ
本作でダイアン・クルーガーはカンヌ国際映画祭主演・女優賞を受賞。彼女の演技は申し分のないものだったと思うし、脇役の俳優との演技と共鳴し合うことで、それはより素晴らしいものになっていたといえます。
また本作のラストを「衝撃のラスト」と評することは簡単ですが、脚本の展開はちゃんと10分先までを見せていますし、「どんでん返し」もありません。むしろ、良くない方向へと常に物語が進行し続けることを理解できてしまうからこそ、ダイアンの演技は観客の心に沁みてしまうといえるでしょう。
女優ダイアンの見せる表情や様子は、喪失、絶望、悲しみ、不安、憎しみ、怒り、恐怖、孤独、嫉妬など、心を確実にビジュアル化しています。
一点気になるのは、カティヤ自身の体に彫った「侍」のタトゥー。侍の精神(サムライ・スピリット)の「死ぬことと見つけたり」は決して「ハラキリ」「カミカゼ」と同義ではないため、カティヤが選んだ自爆と結びつけるような演出は流石にいただけません。
ただカティヤがマルキスから逃げた後に火を点けたのが「アメリカン・スピリット」という煙草であるという時点で、それは仕方ないのかもしれませんが……。
もしかするとそれらの演出には、カティヤもまた異なる形で「人種や民族に対する偏見」を抱いていたというメッセージが込められていたのかもしれませんね。