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Entry 2022/01/20
Update

【梅村和史監督インタビュー】映画『静謐と夕暮』での“人が生きていた記憶”を作品化するという試み

  • Writer :
  • 咲田真菜

映画『静謐と夕暮』は池袋シネマ・ロサにて2022年1月8日(土)~14日(金)レイトショー上映後、大阪シアターセブンにて3月12日(土)〜18日(金)限定上映予定!

梅村和史監督の長編デビュー作となる映画『静謐と夕暮』。

梅村監督が2019年度京都造形芸術大学映画学科の卒業制作として手がけ、2020年・第44回サンパウロ国際映画祭でも上映された作品です。主人公のカゲ役は新人の山本真莉が演じ、キーパーソンとなる老人役を入江崇史が務めました。


(C)咲田真菜

このたびの劇場上映を記念し、梅村監督にインタビュー取材を敢行。

淡々と日常を綴る本作を手がけた経緯やご自身の想い、本作のタイトルに込められた意味について語ってくださいました。

先輩の死をきっかけに「人が生きていた記憶」を作品化

──本作は梅村監督が京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)映画学科の卒業制作として撮られたと聞いていますが、なぜこの作品を撮ろうと思われたのですか?

梅村和史監督(以下、梅村):大学の先輩が作った、とある卒業制作を観て、その作品に圧倒されました。大学へ入学して初めて話した映画学科の人がその作品の監督(以下:〈先輩〉)でした。

〈先輩〉から「いろいろ経験しなければいけないよ」とアドバイスをいただいて、僕の中で映画を撮らなければ……という気持ちになり、同級生の唯野(唯野浩平:『静謐と夕暮』プロデューサー)と短篇映画を企画したりして大学生活を過ごしました。

その後、〈先輩〉が、彼の監督作の撮影終了後に亡くなってしまったことを友人から伝え聞きました。最初は実感がわかなかったのですが、時間が経つにつれて「なぜ死んでしまったのだろう」と思うようになり、もやもやを抱えていました。

〈先輩〉が亡くなった時は「絶対に先輩のことを忘れないぞ」という気持ちで過ごしていましたが、卒業制作の企画を考えることになった時に、先輩のことが自分の中で過去の小さい記憶として風化していたことに気づきました。自分の中で大きな影響力を持っていた先輩だったのに、こんなにあっけなく小さくなっていってしまうのかと思ったのです。

それをきっかけに、「人が生きていた」とはどういうことなんだろうと考えるようになりました。学生時代の最後にしかできない作品を作るのであれば、素直に自分がもやもやしたことや、人が生きていたという記憶はどういうものなんだろうということを作品化できたら……と今回の作品を撮ることにしたのです。

──本作にはいろいろな人物が登場しますが、淡々と日常が描かれていきます。印象的だったのは、主人公のカゲをはじめとして登場する人の多くが表情に乏しく暗い印象を受ける点です。なぜそのように人物を描いたのでしょうか?

梅村:主人公の「カゲ」という名前の由来でもありますが、脚本執筆の段階からカゲを「人の形をしたもののカゲだったらいいな」という思いで書いていました。なぜかというと、カゲは知らない間に人に寄り添い、どんな局面でも近くにあるものだと思うからです。

この作品は日常における記憶の話なので、あくまで主人公であるカゲの話ではなくしたかったし、すべての日常がそこにあるように描こうと思いました。観客の皆さんにはカゲだけではなく、本作に登場している老人やカメラマン、カゲの父親、母親など、いろいろな人の視点から作品を観てもらいたいと考えました。

そして何より、僕自身が日常というものはそんなに劇的なものではないと考えているので、淡々と表情に乏しい人たちを描くことにしたのです。

「静謐」という言葉を用いた意味

──『静謐と夕暮』というタイトルに関して、「静謐」という言葉を用いたのはなぜですか?

梅村:実はこの作品は、編集の段階まで『(未定)』というタイトルだったんです。やがてまわりから「未定ってあまりよくないんじゃない?」と言われ、改めてタイトルを考えた時に「静謐」という言葉を知りました。意味を調べたら、静かでかつ穏やかな状態ということで、こんな言葉があるんだなと思いました。

ただ「静謐」だけだと少し違うと感じました。なぜなら静謐は穏やかだけど少し閉塞感を感じる言葉ですから。タイトルは静かだけれど緑が生い茂り、そよ風が吹いているような生命の躍動が感じられるものにしたかった。

そこで思いついたのが「夕暮」という言葉です。夕暮れ時は、晩御飯の支度をしたりして生活に動きが感じられる一方で「一回休むか」という雰囲気があるように僕は感じます。「何もやりたくない」と思っている人が、この作品を観て「ゆっくりした時間もいいかもしれない」「一回休みながらやってみるか」という気持ちになってもらえたら……という想いを込めました。

──現代を描いている作品なのに、スマートフォンを触っている人が一人も出てこないところが面白いと思いました。それも狙いがあったのですか?

梅村:大学の授業で、その時代で特徴的なものを映画で描くと、次世代では意味合いが変わってきてしまうとおっしゃっていた先生がいました。例えば10年前の映画でガラケーが出てきたら、その当時では「今時の女子高生」と認識されますが、10年後は「当時の女子高生」と認識されてしまいます。

それはそれでいいと思うけれど、この作品で記憶や日常を描く以上、どの時代にも一貫していること、20年後この作品を観ても、現在観てくれている人と同じ土俵に立って議論してもらいたいと考えました。

僕がこの作品で描きたかった「ある男がいて、その人が生きていたということをみんなが見ている」ということと「僕たちは、その人が生きていたことを記憶に残して、これからも生きていく」ということは、どの時代でも変わらないことだということにしたかったのです。

──物語の中では、たびたび大阪の淀川が出てきます。当初から淀川をイメージしていたのですか?

梅村:この作品は、最初から川ありきで考えた作品です。登場人物の一人、自転車の男が働いているところが川の向こうにあって自転車で通勤していたけれど、少しずつ川の向こうに行けなくなってしまう話にしたかったのです。

東京で撮影したいとも思いましたし、大学がある京都にも鴨川があります。ただ川を挟んで、自分がいる側と向こう側の景色が違うものにしたかったのです。そういう意味で淀川は、川の向こう岸にビル群や街が見えるのでイメージにぴったりでした。

『博士の異常な愛情』を超えたい一心で映画の道へ


(C)咲田真菜

──なぜ大学の映画学科へ進学したのでしょうか?

梅村:小さい時から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『ネバー・エンディングストーリー』などの映画を観て、かっこいいなと思っていました。

ある時、スタンリー・キューブリックの『博士の異常な愛情』を観て衝撃を受けました。映画というものは映像や映り方でこんなに違うものなのか、こんなにビビッとくるものなのかと思い、それと同時に「この作品を超えるものを作ってみたい」と思うようになりました。

1年浪人をして映画を学べる大学への進学を目指したのですが、僕は当初、映画を作ることイコール監督なのかなと思っていました。

でも進学した京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)には、監督だけではなくいろいろなことを学べるコースがあったので、まずそれに驚き、映画学科の制作コースへ進学したのです。

観る視点によってストーリーが変わる自由度の高い作品

──本作をどんな人に観てもらいたいですか?

梅村:「自分の居場所がない」と感じている人にぜひ観てもらいたいです。日々の雑踏に疲れた人や普通に生活するのが嫌だなと思った人が、フラッと劇場に来て、あわよくばこの作品にハマってくれたらいいなあと。

僕にとって〈先輩〉が生きていたことを忘れないようにとできたこの映画が存在すること自体、意味のあることだと考えています。


(C)咲田真菜

──改めて作品の見どころをお願いいたします。

梅村:主人公はカゲですが、お客さん自身が他のどの出演者の視点で観ようかと選べる作品だと思っています。「この人物の視点で観ていこう」と決めた時点で見え方が変わってきます。

ですから、一緒に観た人と「こういう意味があるんじゃないか」とネタにしてもらいやすい作品なのではと思っています。

作品の場面はどこまでが記憶なのか、観た人の切り取り方で変わってきます。もちろん僕の中に一つの答えはあるのですが、観客の皆さんに宿ったストーリーも答えだと思うので、自由度の高い作品なのではないでしょうか。

今後メディア化する予定はまだないので、ぜひ劇場で観てほしいですし、あえて引きで撮影している場面が多いので、大きいスクリーンだからこそ気付くことが多い作品だと思っています。

インタビュー・撮影/咲田真菜

梅村和史プロフィール

1996年岐阜県生まれ。京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)映画学科卒業。卒業後、バイトをしながら映画制作に細々と関わる。

映画製作として『つたにこいする』(監督・脚本)、『忘れてくけど』(撮影・音楽)、『ROLL』(音楽)などに関わり、監督作としての次作の準備もしている。

映画『静謐と夕暮』の作品情報

【公開】
2022年(日本映画)

【監督・脚本】
梅村和史

【プロデューサー】
唯野浩平

【キャスト】
山本真莉、延岡圭悟、入江崇史、石田武久、長谷川千紗、梶原一真、仲街よみ、野間清史、ゆもとちえみ、栗原翔、和田昂士、岡本大地、石田健太、福岡芳穂、赤松陽生、吉田鼓太良、南野佳嗣、鈴木一博、中山慎悟

【作品概要】
短編映画『つたにこいする』(2018)で監督デビューした梅村和史監督の長編初監督作である本作は、第44回サンパウロ国際映画祭・新人監督コンペティションにノミネートされました。

主人公カゲ役の山本真莉、写真屋役の延岡圭悟はともに京都芸術大学とのコラボ作品である福岡芳穂監督映画『CHAIN/チェイン』に出演しており、その福岡芳穂監督が“市場のおじさん役”でカメオ出演しています。

川辺の老人役は、商業、インディーズを問わず広く映像の分野で活躍する入江崇史が務め、自転車の男役には俳優だけではなく映像系などマルチに活動中の石田武久が務めます。

映画『静謐と夕暮』のあらすじ

写真家の男が川辺を歩いていると、そこで生活しているとみられる老人に、原稿用紙の束を渡す若い女性の姿を目にします。老人は激しく咳きこみ衰弱しているように見えます。

翌日、再び男がその場所に行くと、その原稿を読んでいる女性がいてそこには、昨夜の女性が書き溜めたと思われる、この川辺の街での日常がしたためられていました。原稿では自分のことを“カゲ”と称しています。

ある日、カゲがいつものように川辺にやってくると、そこには黄色い自転車が止めてあり、川辺には見知らぬ男が座っています。

そして数日後、カゲの住んでいるアパートの隣室に、黄色い自転車の男が引っ越してきます。彼は夜な夜なピアノを弾き、カゲはその音色に幼い頃の記憶を夢にみます。

翌朝、部屋の戸に手紙が挟まり、焼き菓子の入った箱があります。カゲは焼き菓子の礼なのか返事を書いて、男の家の戸に挟みます。

すると次の日にその返事が……次第に男のことが気になりはじめたカゲは、黄色の自転車で出かける彼の後をつけていくことにしますが……。

執筆者:咲田真菜プロフィール

愛知県名古屋市出身。大学で法律を学び、国家公務員・一般企業で20年近く勤務後フリーライターとなる。高校時代に観た映画『コーラスライン』でミュージカルにはまり、映画鑑賞・舞台観劇が生きがいに。ミュージカル映画、韓国映画をこよなく愛し、目標は字幕なしで韓国映画の鑑賞(@writickt24)。

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