連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第21回
自身が監督した映画のプレミア上映から帰宅したマルコムと、恋人のマリーが繰り広げる、一夜の愛の物語を描いた映画『マルコム&マリー』。
登場人物は2人だけで、マルコムの邸宅を舞台に繰り広げられる会話劇は、何気ない恋人同士のすれ違いのように見えて、男女の人生観や、無償の愛、尊敬と感謝など、かなり深いテーマを盛り込んでいます。
モノクロ映像も印象的な、本作の魅力をご紹介します。
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映画『マルコム&マリー』の作品情報
【日本公開】
2021年公開(アメリカ映画)
【原題】
Malcolm & Marie
【監督・脚本】
サム・レビンソン
【キャスト】
ゼンデイヤ、ジョン・デビッド・ワシントン
【作品概要】
自身の作品が絶賛され、有頂天で帰宅したマルコム。人生最高の夜になるはずが、恋人マリーは何故か機嫌が悪く、何気ない2人のすれ違いは、やがてお互いの愛を試す事になっていく、異色のラブ・ロマンス作品。
マルコム役に、名優デンゼル・ワシントンを父親に持ち、自身も2020年に話題を呼んだ作品『TENET』で大ブレイクを果たしたジョン・デビッド・ワシントン。
マルコムの恋人マリーを『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(2019)でミシェルを演じ、一躍話題になったゼンデイヤが演じており、複雑なマリーの感情を、見事に表現しています。
監督は、2019年からアメリカで放映され、話題になっているテレビシリーズ『ユーフォリア/EUPHORIA』で原案と脚本を務めているサム・レビンソン。
映画『マルコム&マリー』のあらすじとネタバレ
映画のプレミア上映会から帰宅した、映画作家のマルコムと、その恋人マリー。
マルコムは、上映会での自身の映画の反応が非常に良かったことに気を良くし、帰宅後も興奮していました。
上映会での手応えと、自身の今後のキャリアの未来像について、興奮した状態で話すマルコムに対して、マリーは不機嫌な様子です。
一通り喋り終わった後に、マルコムはマリーが不機嫌な事にようやく気付きます。
マルコムは、マリーの機嫌が悪い理由を探ろうとしますが、マリーは明確に答えようとしません。
作品が評価された人生最高の夜に、何故か面倒な態度を取るマリーに、次第にマルコムは腹を立て始めます。
マルコムがマリーを「情緒が不安定」と罵倒し始めると、マリーが不機嫌な理由を話し始めます。
上映会のスピーチの際に、マルコムは両親とキャスト、スタッフへ感謝の気持ちを伝えましたが、マリーへの感謝の気持ちがありませんでした。
マリーは「自分がいなければ、あの映画はあそこまで評価されなかった」と、自分への感謝が無かった事を悲しみます。
マルコムはマリーに謝り、マリーは「あなたを怒れるのは私だけ、忘れないで」と伝えます。喧嘩は収まったように見え、マリーは寝室へ向かいます。
ですが、マルコムはマリーの言葉に納得のいかない部分があり、寝室へと怒鳴り込みます。
映画『マルコム&マリー』感想と評価
新作映画のプレミアが大成功し、人生最高の夜になるはずだったマルコムと、上映会でのマルコムの態度に不満を持ち、不機嫌な感情を見せる恋人マリーの、一夜の物語を描いた映画『マルコム&マリー』。
本作の登場人物は、マルコムとマリーの2人だけで、さらに物語が展開される場所も、マルコムの邸宅だけという、かなり異色の作品となっています。
本作はマルコムとマリーの口論で物語が展開される会話劇なのですが、その内容は、男女の何気ないすれ違いから、政治論、映画論、人種差別とさまざまです。
特に注目なのは、マルコムが制作した映画の内容について語られていることです。
映画の内容は、ドラッグ中毒になった女性が、立ち直るまでを描いた作品のようですが、これはマリーの実体験と重なります。
ですが、マルコムはその事を一切認めず、マリーがいなくても映画は作れた事を主張します。
反対に、マリーはただ純粋に自分への感謝の気持ちを、マルコムに求めていただけだったとラストで主張します。
マルコムがマリーに感謝の気持ちを伝えれば、すぐに終わる話だったのですが、マルコムは何故そうしなかったのでしょうか?
マルコムがマリーに求めているのは、自分への尊敬だからです。
マルコムは、自身が脚本と監督を務めた作品が大絶賛され、かなり有頂天になっています。
そしてこの作品を、マリーの実体験は全く関係なく、自分の才能のみで作り上げたことにしたいのです。
そうすることで、マリーより優位な立場になり「君の恋人は凄いんだ」と思わせたいのでしょう、作中のマルコムは「自分のお陰で今がある」と、遠回しにマリーへ感謝させようとしている台詞が多いです。
しかし、マルコムは自分が思っている程、完璧な男ではありません。
自分の作品の批評を読もうと、スマホの記事をクレジットカードで購入しようとするのですが、やり方が分からずパニックになります。
パニックになった様子のマルコムを、マリーは冷静に見守り、記事購入の手続きをサポートします。
マリーの態度から、マルコムがパニックになるのは、日常茶飯事である事が分かります。
作中でマリーがマルコムへ伝える台詞「あなたは、仕事以外のトラブルを片付けられない」が、マルコムという人間を的確に表現しているのではないでしょうか。
自分の作品が評価されているのに、怒鳴り始めるマルコムは、今後劇場公開された時のことを考えて不安になっている様子を見せており、かなり小心者なのでしょうね。
そのマルコムを、支え続けてきたのがマリーで、マリーがいたからこそ、マルコムは作品を完成させる事ができたのです。
なのに、プレミアム上映会で自身に感謝の言葉が無かったので、マリーは怒っているのです。マルコムとマリーは、終始口論していますが、絶対に別れ話を口にしません。
お互いが愛し合っており、そしてお互いが必要である事を認めているのでしょう。だからこそ、マルコムはマリーに「尊敬」を求め、マリーはマルコムに「感謝」を求めていたのです。
このすれ違いは、男女の人生観の違いから生じているような気がして、決して他人事だとは思えませんでした。
最終的にマルコムへの尊敬と感謝の気持ちを伝え、マルコムから感謝の気持ちを引き出した、マリーが何枚も上手に見えましたが、結局男女の勝負として見ているところが、男性目線なのでしょう。
男性と女性では捉え方が変わる作品だと思いますので、鑑賞後に恋人や異性の友人と作品について語り合う事で、違う見方がいろいろ見つかりそうです。
まとめ
本作は106分の作品なのですが、大半がマルコムとマリーの口論となっています。ですが、視覚的に飽きさせない工夫もかなりされています。
例えば序盤では、プレミア上映会が成功し、興奮しているマルコムの演説のような話と、それを聞かされてうんざりしている様子のマリーを長回しで見せます。
その後に、手際よく夜食を作るマリーと、その時になって初めてマリーが不機嫌な事に気付き、焦るマルコムの様子を、今度は細かいカット割りで見せていき、作品に抑揚を生んでいます。
また、マルコムとマリーは終始口論している訳ではなく、一度落ち着いた様子を見せますが、些細な事でまた口論が始まるという、少しコメディタッチの雰囲気もあります。
さらに、マルコムとマリーは、お互いが口論の主導権を握ろうとするのですが、いわゆるマウントの取り合いを見せており、かなりスリリングです。
映画『マルコム&マリー』は、マルコムの邸宅を舞台にした、マルコムとマリーの会話劇です。
だからこそ、視覚的な部分などに細かい工夫がされた、映像ならではの面白さが詰まった作品でもあります。
ハリウッドの、古典的なラブ・ロマンスへのオマージュも込められており、モノクロ映像や家具の配置など、芸術的な美しさを感じる場面も多いです。