人をマインドコントロールする恐ろしい犯罪者を描き出す。
『愛のむきだし』(2008)や『ヒミズ』(2011)など、パワフルで容赦のない表現が、多くのファンを持つ園子温が手掛けた『愛なき森で叫べ DEEPCUT』。
これまで『冷たい熱帯魚』(2010)や『恋の罪』(2011)で、実際の事件をモデルにした作品を制作してきた園子温が、「北九州監禁連続殺人事件」をもとに、人をマインドコントロールする恐ろしい犯罪者、村田の恐怖を描きます。
独特の演出に賛否が大きく分かれると思われる『愛なき森で叫べ DEEPCUT』の魅力をご紹介します。
『愛なき森で叫べ DEEPCUT』の作品情報
【公開】
2020年公開(日本映画)
【監督・脚本】
園子温
【キャスト】
椎名桔平、満島真之介、日南響子、鎌滝えり、YOUNG DAIS、川村那月、中屋柚香、長谷川大、藤井千帆、山本月乃、木下愛華、木下美優、長島夕貴、佐野岳、池田良、信太昌之、九十九一、真飛聖、でんでん
【作品概要】
2019年にNETFLIXオリジナル映画として制作された『愛なき森で叫べ』に、過激な描写を追加し、7話のドラマに再編集した『愛なき森で叫べ DEEPCUT』。
多彩な話術で、人をマインドコントロールする村田を、椎名桔平が演じる他、村田に遭遇してしまう、メインの女性キャラクターを、約3,000人のオーディションから選ばれた、日南響子と鎌滝えりが熱演しています。
また、俳優としても活躍しているヒップホップミュージシャン、YOUNG DAISの他、若手実力派俳優の満島真之介、個性派のベテラン俳優でんでん、元宝塚歌劇団花組トップスターの真飛聖など、多彩な出演者が集結しています。
『愛なき森で叫べ DEEPCUT』のあらすじとネタバレ
1985年。
女子高に通う控えめな性格の尾沢美津子は、演劇部の中心人物であるエイコと、文化祭で「ロミオとジュリエット」を演じる事になりました。
演出は同じ演劇部の、水島妙子が担当する事になります。「ロミオとジュリエット」の稽古を通じて、美津子はエイコに恋愛感情を抱くように……。
ですが、美津子は教室で、妙子とエイコが下着姿でいる所を見てしまい、嫉妬心を抱きます。
文化祭前日、最後の稽古を終えた美津子は帰宅すると、厳格な父親の茂と、茂の言いなりになっている母親のアズミに、帰りが遅い事を怒られます。
そこへ妙子が現れ、美津子を連れ出します。
美津子が辿り着いた先には、交通事故に遭い、変わり果てた姿のエイコが亡くなっていました。中心人物だったエイコがいなくなり、希望を失った演劇部の部員達は、屋上から飛び降り集団自殺を図ります。
ですが、美津子はエイコの幻影に呼ばれ屋上に留まり、車の上に落下した妙子は片足に大きな怪我を負います。
1995年。
謎の連続銃撃殺人事件が発生し、世間を騒がせていました。
歌手を夢見て上京したシンは、路上で歌っていると、映画監督を夢見るジェイとフカミに誘われ、映画制作に参加する事になります。
ジェイとフカミは、シンがまだ女性経験が無い事を知り「誰とでも寝る女と会わせてやる」と、シンをある場所に連れて行きます。
シンの前に現れたのは、エイコを亡くして以降、変わってしまった妙子でした。妙子はシンを拒絶し、映画に出演する女優を探しているジェイに、美津子を紹介します。
美津子の家を訪ねたジェイ達。美津子もエイコを亡くして以降、エイコの幻影に取り憑かれ、部屋で引きこもった生活を送っていました。
シンは美津子を見て「この人は男を知らない」と言ってしまい、怒った美津子にジェイ達は追い返されます。
その直後、美津子へ村田丈という男から電話がかかってきます。
村田は「10年前に借りた50円を返したい」という理由で、美津子を公園に呼び出します。
不信感を抱いたまま美津子が公園に行くと、村田丈は赤い高級車に白いタキシードという出で立ちで現れ、リングケースに入れた50円玉をロマンチックに美津子へ渡します。
村田のペースに引きずり込まれた美津子は、公園で村田と時間を共にします。その様子を密かに撮影していたジェイ達は、面白がって妙子にその様子を見せます。
村田の姿を見た妙子は「こいつはヤバい」と呟きます。
『愛なき森で叫べ DEEPCUT』感想と評価
2019年秋にNetflix映画として配信された『愛なき森で叫べ』に追加シーンを加え、全7話のドラマ版として再編集された『愛なき森で叫べ DEEPCUT』。
椎名桔平が、巧みな話術で相手を洗脳する詐欺師・村田丈を怪演している本作は、恐ろしい事に実際の事件が元になっています。
モデルになった事件は、2002年に起きた「北九州監禁連続殺人事件」で、犯人が被害者家族をマインドコントロールし、お互いを監視させ、殺し合いをさせていたという、当時は報道規制もされていたほどのショッキングな事件です。
2016年の映画『クリーピー 偽りの隣人』でも、「北九州監禁連続殺人事件」は題材にされている他、事件をモデルにした、さまざまな漫画や小説が発表されており、中にはかなり事件の詳細に迫った作品もあります。
しかし『愛なき森で叫べ DEEPCUT』は、「北九州監禁連続殺人事件」の全容に迫った作品ではありません。
事件を彷彿とさせるのは、第6話の「狂った家族」のみとなっています。
『愛なき森で叫べ DEEPCUT』で、メインで描かれている内容は、村田丈に出会ってしまった為に、人生を破壊された若者の悲劇です。
本作の前半は、1985年の高校生の頃の妙子と美津子のエピソードと、1995年の映画制作を目指す若者、ジェイ達のエピソードが交互に展開されていきます。
ですが、おそらく多くの人が、前半の演出に違和感を覚えるのではないでしょうか?
夢や目的に向かい、エネルギーに満ち溢れる若者の、勢いや輝きを強調しているのですが、全体的に過剰な印象を受けます。
正直「これが続くなら、ちょっとキツイな」と思ったほどです。
しかし、高校時代の妙子と美津子は、恋心さえ抱いていたエイコを失い、深い絶望を味わいます。さらに、妙子と美津子は、村田と出会ってしまった事で、人生そのものを壊されてしまいます。
また、ジェイ達は村田が映画制作に加わった事で、それまで映画制作を楽しんでいた仲間達が次々と離れていき、映画制作に絶望感を抱くようになります。
第3話で、ジェイ監督の映画撮影が進められていく様子が描かれているのですが、その内容は、かなり滅茶苦茶です。
ですが、撮影を進めていくジェイは、本当に楽しそうで、作品には、若者の勢いとパワーが込められていましたが、その全てを村田が破壊していきます。
第1話と第6話では、ジェイの表情が明らかに変わっており、村田にうんざりしている印象さえ受けます。
当の村田は映画撮影を1人だけ楽しそうに進めており、最後は過剰な演出でジェイは殺されてしまいます。
このエピソードまで進むと、前半で映画制作を楽しんでいた頃のジェイが懐かしく感じ、純粋な若者の全てを奪っていった、村田という男に憎悪を感じるようになります。
前半で過剰なほど、若者の勢いや輝きを強調していた演出は、村田に会ってしまった後半の絶望感を際立てる為だったと感じます。
本作は、第1話から第6話まで、全てが村田の思惑通りに進んでいくのですが、最終話の第7話で、全てが覆っていきます。
それまで正体を隠していたシンが、連続銃撃犯だった事が分かるうえ、村田に心身ともに支配されていたように見えた美津子が、逆に村田を掌で操っていた事が判明します。
これまで人心を掌握していた村田が、本当に危険な人間に出会った事で、今度は命を狙われる立場になるという、逆転の展開が起きるのですが、「犯罪者を追い詰めるのが、もっとヤバい犯罪者」という展開に、違和感を抱く方もいるでしょう。
そこで、大きな役割を果たすのがエイコの存在です。
後半のエピソードで、亡霊となったエイコが何度か登場するのですが、印象的なのは、湖に飛び込んだ妙子が、陸地に上がり、エイコと再会する場面です。
ロミオの衣装を着たエイコと再会した妙子は、お互いを求め合うのですが、セピア色のような色調になります。
その後、妙子が登場しない事を考えると、エイコと妙子が再会したのは、あの世という事になります。
そして、物語のラストで、シンと村田の前に現れたエイコは、おそらく2人の命を奪いに来たのでしょう。
エイコの最後のセリフ「ゴートゥーヘル」は、言葉通りの意味だと受け取れます。
妙子と美津子は、エイコを失って以降、エイコの幻影に取り憑かれていました。実際にエイコの亡霊は、2人を見守ってくれていたという事になります。
『愛なき森で叫べ DEEPCUT』は、実際の事件をもとに、人の恐ろしさを見せつけた作品です。
ですが、人間は悪い部分だけを持っている訳ではなく、悪人がいれば当然、善人もいるのです。
そして、最後は善人が悪人を裁くという、非常に気持ちの良い作品でした。
まとめ
『愛なき森で叫べ DEEPCUT』は、前述したように、前半と後半では作品の雰囲気が変わります。
前半は、コミカルな印象を受けますが、次第に暴力描写などが増えていき、第6話と第7話は、園子温監督の容赦のない残虐描写が展開され、特に死体を処理する場面は、かなり衝撃が強いです。
また、村田が茂を洗脳する場面は、茂の感情を巧みに揺さぶり、脅しや暴力で屈服させるという、マインドコントロールの一連の流れが詳細に描かれています。
ただ、その後の茂とアズミの変化が理解できない方もいるかもしれません。
このように、手加減抜きの残虐描写が人を選ぶ作品ではあるのですが、本作が向き合ったのは、良くも悪くも人間の内面です。
登場人物の心情は丁寧に描かれているので、あとは独特すぎる演出を、どう受け止めるかではないでしょうか?
おそらく、賛否が分かれる作品なので、園子温監督の『冷たい熱帯魚』などが好きな方には、是非お勧めしたい作品です。