連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第40回
「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」の第40回で紹介するのは、戦場から抜け出せなくなった特殊部隊を描くアクションホラー映画『ドント・ゴー・ダウン』。
様々なプロットが登場する映画の世界。同じ時間を繰り返すタイムリープ物も、人気のジャンルの1つとして定着しました。
そのSF的設定タイムリープに、戦場アクションが合体!さらにホラー映画要素もプラス!という大胆なジャンルミックス映画が誕生しました。
1粒で幾つもの味が楽しめるこの映画、果たしてどんな結末を迎えるのか…。
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CONTENTS
映画『ドント・ゴー・ダウン』の作品情報
【日本公開】
2020年(イギリス映画)
【原題】
Stairs / The Ascent / Black Ops
【監督・脚本】
トム・パットン
【キャスト】
レイチェル・ワーレン、サイモン・ミーコック、サマンサ・シュニッツラー、ベントレー・カル、トビー・オズモンド、シェイン・ワード
【作品概要】
戦場で行った行為が原因だったのか、繰り返す時間の輪に囚われ、戦い続ける特殊部隊の隊員たちを描いたSFホラー・アクション映画。『Pandorica』 (2016)、『Redwood 』(2017)、『Black Site 』(2018)と、SF・ホラー・アクションといったジャンル映画を立て続けに発表している、イギリスのトム・パットン監督の作品です。
主演はニューカレドニア生まれで、キックボクシングなどの武術家でもあり、『ジャスティス・リーグ』(2017)ではスタントを務めたサマンサ・シュニッツラー。トム・パットン監督の『Black Site 』に引き続いての出演です。
映画『ドント・ゴー・ダウン』のあらすじとネタバレ
とある東ヨーロッパの紛争地帯の戦場。傭兵の特殊部隊、”Hell’s Bastards”の男女6名は、敵武装勢力の野営地に近づきます。部下に展開を命じる隊長のスタントン(シェイン・ワード)。
相手はこちらに気付いていません。近くで何か動きがありましたが、黒人のギャレット(ベントレー・カル)が様子を見たところ、敵ではないようです。部隊は狙撃に続き襲撃を開始します。
彼らの任務は敵を全て排除し、機密書類を奪うことでした。凄腕の傭兵、キア・クラーク(サマンサ・シュニッツラー)は敵の軍用車両から、目的の書類を入手しました。
彼らが突入して敵を殺害したテントの中に、1人の民間人の女が捕らえられていました。怯えて興奮状態の女は、カーターの指に噛みつきます。
敵の死体を引きずって片付ていたギャレットは、仲間に引き出されたこの女が何者かと訊ねます。誰にも正体は判らず、現地の言葉で何か呟いている女。言葉の判る者に訊ねると、その女は”ドント・ゴー・ダウン”、決して降りるなと言っていました。
命令は野営地にいる全ての敵の排除と、機密書類を持ち帰ることでした。民間人の救出は任務外で、敵地からの脱出の足手まといになるだけです。キアに女の殺害を命じるスタントン。
キアは指示に反発しますが、野営地にいた者は皆殺しにしろと命令に、頑なまでに忠実なスタントンの指示に従わざるをえず、ついにキアは彼女を射殺しました。
脱出する部隊はその経路で、車両が集結した敵基地を通過します。そこで武装勢力に捕えられた、女(サイモン・ミーコック)とその家族が殺されますが、任務を優先する彼らはそれに構わず、ひたすら先を急ぎます。
回収地点の到着すると、仲間のヘリコプターが待っていました。彼らはヘリに乗り込むと、味方の基地へと引き上げます。
ヘリで待機していた仲間を含め、”Hell’s Bastards”の全員は本部の建物に到着しました。司令部に奪った書類を提出しようと、上階に向かいますがエレベーターが故障しています。やむなく階段で上がることにした傭兵たち。
彼らは不満を口にしながら階段を上ります。しかし不審なことに、どれだけ上っても到着することができません。理解に苦しみ、疲れ果てた彼らは階段で止まりました。
突然階段にサイレンが鳴り響きます。何かの警報のようですが、彼らが動き出すとと鳴り止みました。状況を確認しようと仲間の1人が階段を降りましたが、下から悲鳴が聞こえてきます。何かに襲われたのか、傷付いた彼は仲間に下は危険だ、逃げろと言い残して絶命します。
どうやら階段を上り続けるしかないようです。これは彼らが聞いたことのある、捕えた捕虜に延々と階段を上らせる、拷問と同じようなものでしょうか。
ようやく階段の終わりに到着しましたが、ドアを開けるとそこは建物の屋上ではなく荒野で、襲撃した敵の野営地に近い場所に思えます。状況が呑み込めず。彼らはドアを閉じました。
外はありえない場所で、下からは何か危険なものが迫ってくる。この状況から逃れるため、階段を降りることを望む者もいます。
しかしまたサイレンが鳴り響き、下に向かった者の前にゾンビの様な姿の女が現われます。それはキアが射殺した女が、この世にあらざる者になった姿でしょうか。この怪物を倒すことは叶わず、犠牲になってゆく隊員たち。
やむなく残された6名はドアから外に出ます。やはりそこは、敵の野営地に近い場所でした。しかも不可解なことに、これから敵を襲撃しようとする、自分たちの姿があるのです。彼らは時間をさかのぼり、あの現場を目撃しているのでしょうか。
何かヒントがないかと、キアは奪った書類に目を通します。すると書類にはあの女を殺すな、と書かれていました。あの女の正体は”カルカース”(ギリシア神話に登場する預言者)、すなわち死の預言者だというのです。
隊長のスタントンは部下を散会させ、襲撃前にあの女を救い出せないか試みます。キアは女隊員のノーランと組んで行動を開始します。
しかし野営地の敵はおろか、あの時の自分たちにあの女も、彼らを敵として攻撃してきます。仲間の女隊員エマを失い、捕虜の女は同じように射殺されました。
彼らが戻ると、元の階段の一番下にいました。階段を上らねば、あの怪物が下から迫ってくるのです。これはあの女の呪いでしょうか。女を射殺した自分たちの行動を変えなけば、この繰り返しから抜け出せないと気付かされた隊員たち。
仮に任務を時間に戻れても、当時の自分たちの判断を変えることは出来ないでしょう。ためらわずキアに、民間人殺害を命じたスタントン隊長は、自分は命令に従っただけだと言い放ちます。
“Hell’s Bastards”の隊員たちは、彼が弟を失って以来、心を閉ざし任務に忠実なだけの、良心が欠けた人間に変貌したと知っていました。
苦労して階段を上りきり、またしても戦場に現れた隊員たち。今度はあの時の自分たちと闘うはめになり、スタントンは傷付きました。今回も自分たちの行為は変えられず、彼らは引き上げるしかありません。
誰もが疲労していましたが、過去を変えれば自分たちの未来は変わるはずだと信じ、もう一度階段を上ります。しかしタイムリープを繰り返しても、死んだ者は戻らず負った傷はそのままで、仲間は5人に減っていました。
しかし先の試みで負傷したスタントンは、ついに動けなくなると部下たちを先に進ませ、下から迫ってきた怪物の前で自殺します。
残るのはキアとノーラン、カーターとギャレットの4名。2度の過去を正す試みは失敗しました。階段を上りきって外に出る彼らの前には、先程と同じ戦場が広がっていました。
映画『ドント・ゴー・ダウン』の感想と評価
参考映像:『BLACK SITE』(2018)
戦場バトルとSFとホラーが融合!闘うおネエさんの雄姿に、並ぶ軍用車両の雄姿!ジャンル映画を立て続けに発表するトム・パットン監督、実にイイ趣味をしておられます。
監督の前作『BLACK SITE』も同様の作品で、おネエさんが日本刀を振り回す姿に、ジャンル映画ファンなら間違いなくグッとくるはず。
『BLACK SITE』で活躍したのが、アクションをこなせる女優サマンサ・シュニッツラー。前作に引き続いて監督が起用し、主役を演じさせたのも納得できますね。
趣味に忠実にスケールの大きな作品を目指す
8歳の頃に『ジュラシック・パーク』(1993)を見て大きな影響を受け、その後『死霊のはらわた』(1981)や『ロストボーイ』(1987)といった、80年代の映画に出会い、映画への興味を高めていったトム・パットン監督。
若い頃にはコミックを描いた時期もあったが、自分には向いていないと感じた、と当時を振り返る監督。大学に行かず海外で働いていた時に、映像制作の世界に飛び込みました。
自分は強大な敵に対して、籠城やサバイバルを試みるアクション映画が大好きで、軍人のようなキャラクターを自作に登場させると、満足いく作品に出来たと実感している、と監督はインタビューに答えています。
アクションにホラーやSFといったジャンルを合体させた作品が、時に人から欲張り過ぎで失敗していると、批判されることを彼は自覚しています。また戦争映画の要素が加わえると、予算が数百万ポンド規模に膨れ上がるリスクも、充分承知していると語る監督。
しかし安全なものは作りたくない。リスクを承知の上で、他のインディーズ映画と異なる作品を作りたい、と監督は言葉を続けています。
独特の味わいを持つ作品を生む工夫
参考映像:『ドント・ゴー・ダウン』メイキング映像
本作はイギリスで有名なオーディション番組「Xファクター」で、グランプリを獲得し歌手デビューした、シェイン・ワードの出演で話題になっています。
一方本作のメイキング映像でも確認できますが、出演者には彼の映画の常連や、スタッフとして参加した人物もいます。決して大きな規模で撮影された作品ではないのです。
この映画の、もう1つ主役と言うべき”階段”の正体は、実はロンドンのショッピングセンターのもの。映像に独特の色彩を与えることを好む監督は、この場所にLEDライトを並べて、効果的な照明を用意しました。
監督の色彩へのこだわりは全編から感じられますが、階段でLED照明を使用した理由は、通常のライトを使用すると大きな電力を消費するだけなく、狭い空間に大型の照明の設置が困難であり、しかも俳優やスタッフを高温に晒すリスクを避けるためでもあります。
作品のSF的ミソとなるループシーンは、ストーリー製作の段階では各シーンをカードに書き、並べて検討して構築しました。
その撮影は同じ場所で繰り返し行われるため、どのシーンを撮影しているかを慎重に確認し、シーンに合わせたカメラや照明を用意する作業が、撮影スタッフを悩ませ続けました。
とはいえ、低予算なものですから…
様々な工夫で撮影された本作は、SFXで空を駆けるミサイル(ロケット弾?)を描くなどして、戦場のスケール感を描いています。その一方でループものの宿命とはいえ、ロケ地に同じ場所を繰り返し使用する、お手軽感も否めません。
監督こだわりの軍用車両の数々も、動くことなく並べて画面に登場させただけと、あり物の背景として登場したようにしか見えません。
俗に言う映画の”goof”シーン、指摘したくなるヘマなシーンは、余り気にしない主義ですが、登場した重機関銃、発砲するときに弾帯は動かず薬莢も飛ばず。これは役者さんが振り回した機関銃に、発砲炎を合成しただけですね、というB級映画にありがちな手法もありました。
限られた予算の中で、戦争映画的スケールの作品を作っていると承知しています。それでもお金のかける場所を間違ったのか、そもそもそこまで欲張って撮るシーンではなかったのでは、という感想が様々な場面で拭えません。
そして繰り返し登場する階段と戦場。どうにも単調な展開で、繰り返されるうちに戦場で何が起きどう変わったのか、徐々に判らなくなってきました。これを延々と、100分も繰り返されては堪らない、誰もがそう思うでしょう。
そして下から上がってくる化け物。上がってきて接触したらアウトの、鬼ごっこというか、スーパーマリオみたいに触れたら死ぬゲーム系というか…。これも何度も繰り返される結果、見る者に緊張感よりマンネリ感を与える結果になっています。
そもそも階段自体が、実に単調な絵面しか生みません。もっとおっかないモンスターが登場するとか、襲われたらド派手な流血シーンを見せるとか、何か方法はあったはず。
色んな所でお金と労力のかけ方を間違った気がする、そんな映画でもあります。だからこそ、本作のB級映画感と、それでも伝わってくる監督のこだわりが溜まらないのです。
まとめ
B級映画やジャンル映画が大好き、ジャンルミックス映画はなお好き、戦うおネエさんはさらに大好き!という方におすすめの『ドント・ゴー・ダウン』。
実はこの映画、完成後も迷走しているようです。映画の原題と邦題が違うのは常識ですし、最近は非英語圏の映画には、母国語の原題の他に国際セールス用の、英語タイトルを別に付ける事例も増加しています。
しかし本作は原題そのものが、『Stairs』『The Ascent』と変遷し、『Black Ops』というタイトルまで登場したようです。昔はB級、あるいはポルノ映画などの過去の作品に、新たなタイトルを付け新作に見せかけて公開する、トンデモない手法がありました。
むろん本作はそうではありません。『Black Ops』は国際的に人気のゲーム「コール オブ デューティ ブラックオプス」をイメージさせるタイトル。邪推すると、少しでも売れるタイトルにしようと、商売上の判断であれこれ変更した結果でしょう。
何とも色々な面でB級感が漂う本作。ループ描写に対し厳しいことを書かせて頂きましたが、この作品の評判は、酷評と高評価に2極化している感があります。
高評価を与える人はSF要素を重視する方と、そして本作が戦場が与えたトラウマと、それからの浄化と解放のテーマを秘めた作品である、と受け取った方です。
おそらく戦場で家族を亡くした経験から、心を閉ざしたスタントン隊長。その彼の命令で、心ならずも民間人を射殺したことを悔やむキア。その記憶がもたらす戦場のPTSDに苦しむ兵士が、階段を上り詰めることで、平穏を得る寓話でもあるのです。
この階段が旧約聖書に描かれた天国に続く階段、ヤコブの梯子=”ジェイコブス・ラダー”を象徴していることは言うまでもありません。
「未体験ゾーンの映画たち2020」には、そのものずばりタイトルで、やはり帰還兵のPTSDを扱った映画『ジェイコブス・ラダー』と、サイコホラーの物語の中で、ヤコブの梯子をモチーフとして登場させた作品、『エスケイプ・ゲーム』が上映されました。
ヤコブの梯子の物語を知り、アメリカ同様数多くの紛争地に兵士を派遣し、心に傷を負った帰還兵を抱えるイギリスでは、架空の戦場を舞台に描かれた、本作の秘められたテーマが心に突き刺さる人も多いのでしょう。
登場人物が延々とタイムリープに囚われたのも、魂を浄化する苦行であった訳ですから、必要な描写だったのです。見る方にも結構苦行でしたが、決して無意味では無かったのです。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」は…
次回の第41回はストリートで悪を討つ覆面ヒーローを描くクライム・アクション映画『エル・チカーノ レジェンド・オブ・ストリート・ヒーロー』を紹介いたします。お楽しみに。
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