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Entry 2020/03/28
Update

【レオン・リー監督インタビュー】映画『馬三家からの手紙』中国国家の実態に迫った“人間”としての精神力の物語

  • Writer :
  • 西川ちょり

衝撃のドキュメンタリー映画『馬三家からの手紙』は2020年3月21日(金)より新宿・K’s Cinemaほかにて全国順次公開中

オレゴン州に住む女性がハローウィンの飾り付けとして買った商品の箱の中から1枚の紙を発見します。それは「恐怖の城」と呼ばれる中国の馬三家(マサンジャ)労働教養所内で書かれたSOSを伝える手紙でした。


(C)Cinemarche

中国の人権侵害をテーマに作品を撮り続けているカナダ在住のレオン・リー監督は、手紙を書いた男性スン・イ(孫毅)さんとコンタクトを取ることに成功。中国共産党政府が行っている不当な迫害の実態を明らかにすべく、二人の共同作業によって映画『馬三家からの手紙』の制作を敢行しました。

このたび、本作が日本で劇場公開されるにあたって来日されたレオン・リー監督に、映画『馬三家からの手紙』を製作するにいたった経緯やスン・イさんとの共同作業、そして現在の中国に対する監督ご自身の思いなど、様々なお話を伺いました。

手紙の書き手を探して


2018 Flying Cloud Productions, Inc.

──手紙の存在が明らかになってからスン・イ(孫毅)さんを探されたわけですが、そうされた理由や経緯などを改めてお聞かせください。

レオン・リー監督(以下レオン): 「馬三家労働教養所」は悪名高いところとして知られており、その厳しい環境の中で一体誰が手紙を書いたのか、そしてどうやって身を隠したのかについて、この手紙が世界的に注目されたことで馬三家労働教養所が廃止されるに至ったという経緯もあり、その背景を深く知りたいと思いました。

ただ手がかりがほとんどなかったため、探し当てられるかどうかあまり自信はありませんでした。幸い、地下に潜っているジャーナリストや反政府活動に関わる人々によるネットワークとつながっていたので、「誰が書いたのか知りませんか?」と問い合わせたのですが、「この人だろう」という連絡が入った時にはすでに3年の月日が経過していました。

スン・イ(孫毅)さんとの共同作業


2018 Flying Cloud Productions, Inc.

──スン・イさんと初めてコンタクトをとられた時にはどのような印象を受けましたか?

レオン: 初めてスカイプで連絡を取り合い、彼の体験などを伺った際には本当に驚かされました。「外見だけでは弱々しい学者のように見える彼の内に、どうしてこれほどまでの力強さがあるのか」と。

映画制作に対しても私はスン・イさんの身の安全を懸念したのですが、スン・イさんご自身は「今まで反政府活動のチラシ作りを手伝っていた。映画を作るのを手伝うのも同じことだ」「同じリスクを背負うのなら効果的な方がいい。ぜひ映画を撮りたい」と答えてくださいました。

チラシ作りも、手紙による告発も、そして映画制作も、スン・イさんにとっては全て、迫害を止めること、中国の国内で人々が自由になること、人権を向上させることという目標のもとでの行動です。ですので、彼の意志は最後まで変わることはありませんでした。

──スン・イさんが動画を撮影、そのデータをレオン監督が受け取り編集していくという方法にも多くの困難があったと伺っています。

レオン:スン・イさんは映画制作に関しては素人でしたが、反政府活動においては経験豊かな方でした。 私の方から「これは危険だからやめたほうがいい」と言う場面も何度かありましたが、スン・イさんは「大丈夫だから」と答え、逆に私の焦りや不安を落ち着かせてくれました。

また撮影を開始した当初は、「この場面を撮ってください」とお願いすることもありましたが、セキュリティの事情によりどうしても撮影できる場面は限られてきます。そのため中国で撮影した映像はどんなものでも「ゴールド」として捉えようと方針を変更し、スン・イさんが中心となって映像を撮ってもらうことにしました。実は馬三家に戻る場面も、看守たちへのインタビューも彼のアイデアに基づいて撮影されたものなんです。

労働教養所の過去を描くアニメーション


2018 Flying Cloud Productions, Inc.

──劇中、スン・イさんの過酷な体験はアニメーションによって描かれています。それに用いられている絵もスン・イさんご自身が描かれていたことには驚きを隠せません。

レオン:当初私は、スン・イさんの労働教養所での経験を映画で描くにあたって、どのように表現したらよいか頭を悩ませていました。そのことをスカイプで相談した時に、スン・イさんは「その時のことを絵としてスケッチしたものがある」と仰いました。どれも素晴らしい絵で、ラフスケッチだと思っていたこともあり大変驚きました。

彼は幼少期から中国の「連環画(Lianhuanhua)=通称・小人書(手のひらサイズの絵本)」のファンで、その絵を余白に書き写して練習していたそうです。また、スン・イさんはエンジニアという職業柄、設計図が書けるため、その2つの描写力が合わさってあのような絵が生まれたわけです。

彼は馬三家から釈放された際に「全てを忘れたい」と思ったそうですが、それでも「あの時のことは忘れてはいけないことだ」と考え直し、絵として残していたんです。それを知った瞬間、アニメーションという表現手法を用いたいと私は決断しました。

「人間」としての精神力の物語


2018 Flying Cloud Productions, Inc.

──先程触れられた看守たちへのインタビューですが、看守たちにとっても、カメラの前での証言は非常に勇気の要る行動だったのではないでしょうか?

レオン:スン・イさんに出会う前、看守たちは中国政府が掲げるプロパガンダを盲信し、「強制」は必要不可欠なことであり「拷問」も治安維持のためには非常に効果的であると考えていました。ですが彼と出会ってからは、「本当は収容されている人たちが一番まっとうな人たちなのではないか」と考えが変わっていったそうです。だからこそ「スン・イのためなら何でもする」とカメラの前に立ってくれたのです。

映像を受け取ってから私たちは看守たちに「本当にこの映像を映画に用いてもいいか」と確認を取りました。すると彼らは「人生で初めて真実を語った。恐れるものは何もない」と答えてくれました。

──その点を踏まえても、本作は馬三家労働教養所をはじめとする「全体的」な国家権力の恐怖が伝わってくるのと同時に、人間の「個」としての強さも感じられる作品といえます。

レオン:スン・イさんは20枚の手紙を書いて、そのうちの1枚がアメリカのジュディ・キースさんのもとに届き、彼女の努力によって世界に知られるようになりました。この作品は人権の問題にとどまらず、一人ひとりの人間としての精神力の物語だと感じています。

本作をご覧になった世界各地の方々の反応を観ると、この作品に、犠牲、愛情、忍耐などを読み取り、小さなことが実は大きな影響力があるんだということを発見してくれています。難しい問題を克服しようとするために必要な強さを感じ取ってもらっているように思います。

スン・イさんに会えたことは大変に光栄なことであり、ある種の特権だったように感じています。同時に、重大な責任も痛感しています。だからこそ彼が残したことを引き継いでいきたい。そして、いつか彼に会う機会があれば「できることはしましたよ」と言えるようになっていたいです。

巨大な流れに飲み込まれてしまう前に


(C)Cinemarche

──現在の中国はアメリカと拮抗し得る超大国へと化し「世界のリーダー」への君臨も視野に入れています。しかしその裏では「国家の繁栄と維持」のために多くの犠牲者を生み出している。そのような中国に対し、レオン監督ご自身はどのような思いを抱かれていますか?

レオン: 中国共産党政府にとって、民主主義の存在や人権を唱える者たちは脅威そのものです。そんな中国共産党政府が世界を支配したがっている。それが実現してしまった時、果たしてどのような世界になるのでしょうか!?

欧米の人たちも、日本のみなさんも、民主主義が大切だと思うのなら、今、中国政府が密かに行っている排斥や迫害という状況に対して見て見ぬふりをすることはできないはずです。

現在、ビジネス関係のみならず医療関係、エンタメ関係や教育関係などあらゆる分野において中国は積極的に世界へと進出しています。中国の流れに逆らわないでいたら、多くのものはその流れに飲み込まれてしまいます。今日、明日のうちにそうなってしまうというわけではありませんが、それらはSFの物語ではありません。ここにある現実の問題なのです。

インタビュー・撮影/西川ちょり
通訳/鶴田ゆかり

レオン・リー監督のプロフィール

中国生まれ。中国での人権侵害をテーマに、作品を撮り続けているカナダの映画製作者。カナダのブリティッシュ・コロンビア大学で心理学とビジネスを学び、その後コーネル大学でビジネスの修士課程を修得。2006年に中国を出て、カナダのバンクーバーを拠点として活動しています。

デビュー作『ヒューマン・ハーベスト(人狩り)』は制作に8年をかけ、中国の違法臓器売買という暗部に迫りました。世界で数百万人が鑑賞し、ピーボディー賞、国際放送協会の調査ジャーナリズム賞を獲得。2016年の作品『脱出の道』(原題:AVENUES OF ESCAPE)も4つの賞に輝きました。

『馬三家からの手紙』は2018年、北米最大のドキュメンタリー映画祭「Hot Docs」にてTOP20作品に選ばれプレミア上映され、以来、英国・ケンブリッジ映画祭、ブダペスト国際ドキュメンタリー映画祭、メキシコ・シティー国際ドキュメンタリー映画祭など世界の映画祭で数々の賞を獲得しています。

言語と文化を越えて共鳴する個人的な真実の話にスポットライトを当て、声なき人々が声を上げる機会をもたらすことを映画製作者としての目標に掲げています。現在、最新作『BREAKING』を制作中です。

映画『馬三家からの手紙』の作品情報

【日本公開】
2020年(カナダ映画)

【原題】
Letter from Masanjia

【監督】
レオン・リー

【出演】
スン・イ(孫毅)、ジュリー・キース、フ・ニン(付寧)

【作品概要】
「恐怖の城」と呼ばれる中国の馬三家(マサンジャ)労働教養所の中で書かれたSOSの手紙をオレゴン州に住む女性がハローウィンの飾り付けとして買った商品の箱の中から発見。マスコミに大きく取り上げられ、中国政府は馬三家労働教養所を閉じることとなります。

カナダ在住のレオン・リー監督が手紙を書いた男性を見つけ出し、彼とともに馬三家とそのあとにも形を変えて続く中国政府による不当な迫害の実態を暴くドキュメンタリー映画。

映画『馬三家からの手紙』のあらすじ


2018 Flying Cloud Productions, Inc.

米・オレゴン州に住む女性ジュリー・キースは、スーパーで購入した中国製のハロウィーンの飾りの箱に、一通の手紙が入っているのを見つけます。手紙は恐怖の城と言われた中国の馬三家(マサンジャ)労働教養所に収監された人間が書いたもので、人権を無視した施設の現状を暴きSOSを求めたものでした。

ジェリー・キースは、この箱を購入したスーパーに問い合わせますが、まともに取り合ってもらえません。それでもあきらめなかった彼女の努力が実り、アメリカのマスコミが取り上げたことで、大きな反響を巻き起こします。批判が高まる中、ついに中国は労働教養所制度を閉鎖することとなりました。しかし、問題はこれで終わったわけではありませんでした……。

「一体この手紙を書いたのは誰なのか?」カナダ在住の映画製作者レオン・リー監督が、3年かけて手紙を書いた男性を探し当て、彼との共同作業で、中国における労働教養所制度の悪しき実態を浮き上がらせていきます。

映画『馬三家からの手紙』劇場上映情報

【2020年4月25日(土)〜】
名古屋シネマテーク(愛知)
▶︎名古屋シネマテーク公式HP

桜坂劇場(沖縄)
▶︎桜坂劇場公式HP

【2020年5月1日(金)〜】
シネマ・クレール(岡山)
▶︎シネマ・クレール公式HP

【2020年5月2日(土)〜】
シネ・ヌーヴォ(大阪)
▶︎シネ・ヌーヴォ公式HP

京都シネマ(京都)
▶︎京都シネマ公式HP

【近日上映】
元町映画館(神戸)
▶︎元町映画館公式HP

映画『馬三家からの手紙』は2020年3月21日(金)より新宿・K’s Cinemaほかにて全国順次公開中

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