2019年3月8日公開の映画『ウトヤ島、7月22日』
2011年にノルウェーで起きた凶悪テロ事件。
69人の命が奪われた銃撃事件を、72分間の驚異の長回しで描く衝撃の一作『ウトヤ島、7月22日』。
観客に恐怖の追体験をさせ、ヘビーな問題提起をぶつけてくる映画です。
CONTENTS
映画『ウトヤ島、7月22日』の作品情報
【日本公開】
2019年(ノルウェー映画)
【原題】
Utoya 22. juli
【監督】
エリック・ポッペ
【キャスト】
アンドレア・バーンツェン、エリ・リアノン・ミュラー・オズボーン、ジェニ・スベネビク、アレクサンデル・ホルメン、インゲボルグ・エネス、ソロシュ・サダット、ブレーデ・フリスタットアーダ・アイド
【作品概要】
2011年7月22日にノルウェーで起きた政府庁舎爆破テロと郊外のウトヤ島での銃乱射事件。
本作は69人の若者の命が奪われたウトヤ島での出来事にフォーカスを当て、銃撃が続いた72分間をワンカットで再現した衝撃作です。
監督は報道カメラマン出身のエリック・ポッペ。前作『ヒトラーに屈しなかった国王』(2016)に続き、極右思想によって起きた悲劇を描きます。
主演はオーディションで選ばれたアンドレア・バーンツェン。
死の恐怖に怯える彼女のリアルな演技にも注目です。
2018年第68回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門として出品されました。
映画『ウトヤ島、7月22日』のあらすじとネタバレ
2011年7月22日の15時、ノルウェーの首都オスロで政府庁舎を狙った爆破テロが起き、8人が死亡。
2時間後の17時、郊外の小島のウトヤ島では、ノルウェー最大の社会主義政党ノルウェー労働党の青年部の集会が行われており、10代の若者約700人がキャンプをしていました。
彼らはインターネットでオスロでのテロを知り、各々家族の安否を確認するなど不安に包まれた時間を過ごします。
参加者である女子高生のカヤは、母親に連絡して安否を確認した後、一緒に参加していた妹のエミリエと合流。
こんな時にも拘らず海水浴を楽しんできたエミリエをカヤは咎め、テントの中で姉妹げんかに発展してしまいます。
カヤがテントを飛び出すと、マグナスという青年が話しかけてきました。
軽口を叩く彼と話すうちに仲間たちと合流します。
テロの真相は何かと疑問を投げかけるカヤに、イスラム系のテロだと答える仲間。
しかし、彼女はそうとは限らないと言い返します。
そんな会話をしていると、ボン!ボン!という音と悲鳴が林の向こうから聞こえ、大勢の学生たちが全速力で逃げてきました。
「誰かが銃を撃ってる!」
皆はパニックになり、島で唯一の建物に逃げ込みます。
ドアを閉め息を殺していましたが、エミリエが外のテントの中にいたままだと気づいたカヤ。
飛び出そうとしたカヤは止められます。
外では銃声が定期的に鳴り響いていました。
「こっちに向かって来てる!」という誰かの声で、全員建物を脱出し、すぐそばの林の中に入って行きます。
銃声が立て続けに響く中、カヤは仲間たち数人と木の陰に伏せて隠れました。
仲間の1人が声を潜めながら警察に連絡。
カヤは妹エミリエに連絡をするもつながりません。
このままここに隠れているべきか、移動して逃げるべきか話し合っていると、血を浴びた青年が走ってきて「犯人は警官だ。複数いる!」と伝えました。
彼らは走って海岸に行くことに決めます。
しかし、カヤだけはエミリエの安否が気になり、キャンプ場に戻ってしまいました。
テントの間を隠れながらエミリエを探していると、あるテントの前に男の子が座っていました。
トビアスという名のその子は、兄を待っていましたが、カヤここは危険だからと林の中に逃すします。
彼女はエミリエがいたテントを見つけたものの、中にはおらず、携帯も起きっぱなし。
カヤは再び林の中に戻ります。
彼女は母親に電話をし、エミリエがいないが必ず見つける、着信音で犯人に見つかるから、かけて来ないで欲しいと泣きながら伝えて切ります。
林の中を進んでいくと、女の子が虫の息で倒れていました。
彼女は肩を撃たれており、カヤは応急処置をしますが、どんどん弱っていきます。
彼女は「私のママに会えたら愛してると伝えて」と言い、息を引き取りました。
その直後、女の子の携帯に彼女の母からの着信が入り、カヤは泣きながらそれを切ります。
カヤは林を抜けて海まで走ります。
崖の傾斜が緩やかな部分を降りて海岸に出ると、そこには崖下の岩の隙間などに隠れている若者たちがいました。
カヤはエミリエを探し、崖沿いを海に入りながら進んでいきます。
映画『ウトヤ島、7月22日』の感想と評価
悪夢のノルウェー連続テロ事件
2011年7月22日に起きた連続テロ事件は戦後ノルウェー最悪の事件と言われています。
政府庁舎爆破で8人、ウトヤ島での銃撃テロで69人、計77人が亡くなりました。
重傷者は99人、心的外傷を負った人は300人以上と言います。
特にこの事件が恐ろしいのは、ただの無差別テロではなく、政治思想の違う人間、しかも未成年者たちを狙った行為だという点です。
犯人は反社会主義、反フェミニズム、反移民受け入れを掲げる極右思想の持ち主のノルウェー人男性、アンネシュ・ブレイビク。
襲われた学生たちは、福祉国家の多い北欧の伝統に基づいた“寛容”を第一に掲げ、移民受け入れに賛成していた左派政党ノルウェー労働党の青年部の党員でした。
日本では考えにくいことですが、ノルウェーでは国民の積極参加型の政治活動が頻繁に行われており、ウトヤ島のような場所での若者の政治集会も伝統的に行われていました。
親が労働党の党員だからと参加する若者も多く、政治意識が高い国ノルウェーの次世代を担う有望な若者たちをブレイビクは狙ったのです。
ノルウェー社会全体の希望を挫くような事件でした。
彼の両親も労働党でしたが、あまり愛を与えられずに育ったため反発して極右思想に染まっていったようです。
またこの事件では、オスロでの爆破の混乱もあって警察の指揮系統が乱れ、初動対応が遅れてしまったことも、ブレイビクの銃撃が72分も続いてしまった原因となりました。
ざっと事件の概要を書きましたが、ここまで述べてきた情報は、本作を鑑賞して得られるものではありません。
ちなみに2018年11月から同じ事件を扱ったNetflix制作の映画『7月22日』が配信されています。
『7月22日』の監督は『ユナイテッド93』(2006)『キャプテン・フィリップス』(2013)など実際の事件を臨場感たっぷりに描く手腕で知られるポール・グリーングラス。
こちらは前半で犯人ブレイビクが犯行に及んで逮捕されるまでを、後半ではその後の裁判とノルウェー社会の反応、そして生き残りながらも後遺症を負ってしまった少年が必死に立ち直ろうとする姿を俯瞰的にドキュメンタリータッチで丁寧に描いています。
よりこの事件の恐ろしさや残虐さが分かるので、ぜひこの『7月22日』もご覧になることをおススメします。
参考映像:映画『7月22日』予告編
被害者の恐怖を追体験する映画
本作『ウトヤ島、7月22日』はあくまでウトヤ島での銃撃が続いた悪夢の72分間を被害者の視点でワンカットで描いた作品であり、この映画だけ見ても事件の原因や背景はわかりません。
なぜなら被害にあった若者たちも何故自分たちが狙われているのか全く理解していなかったからです。
犯人が単独の事件を、複数人いると勘違いしてしまう描写があるのも当時の混乱が伝わってきます。
平和な人生が今後も続くと考えていた若者たちが、一瞬にして死と隣り合わせの環境に叩き込まれる様子を徹底的に描いた本作。
被害者たち同様に、観客もひたすら怯え、早く終わってくれと願ってしまいます。
監督のエリック・ポッペによると、本作のカメラワークに関しては「被害者の近くにいて助けてあげたいけど何もできない存在のように撮ってほしい」と注文したとのこと。
5日間しかない撮影期間の中、一日一回ずつ小細工抜きで本当に72分間ワンカット長回しを撮り、4回目のテイクが採用されました。
犯人の姿はチラッとしか映らず、カメラは誰に襲われているのか分からないまま逃げ回るしかない主人公カヤと一緒に行動し、観客は事件の恐怖を追体験させられます。
BGMは一切なし、人間ドラマも最小限にとどめ、まるで記録フィルムを見ているかのようなリアリティです。
会話などで空気が弛緩したところで銃声が鳴り響くなどの意表を突いた演出も恐ろしく、地獄のような時間が続きます。
ちなみにカヤおよび劇中に出てくる若者たちは実際の被害者を再現したわけではなく、生き残った被害者や遺族から証言を聞いたうえで作り上げた架空の人物たちです。
まだ事件の記憶も生々しい中、遺族の方々が「これはうちの子供のことか?」と考えてしまわないように最大限配慮をした結果です。
また、移民に対しても寛容な考えを見せ、将来は首相になりたいというカヤは、高い政治意識とリベラル思想を持った労働党の青年たちの姿を集約した象徴的存在と言えます。
単に面白く作ることは絶対に許されないセンシティブな題材に対し、作り手たちは真摯に向き合って映画を製作しました。
見終わった後は本当にぐったりして、トラウマが残りますが、それこそが監督の狙いです。
ウトヤ島での悲劇について何も知らなかった人々が本作を見れば、この事件を忘れられなくなり、何が原因でこんなことが起きたのか調べるでしょう。
冒頭、母親と電話をしているカヤがカメラに目を向けて「全て分かるわけがない」と言う場面があります。
劇中では、娘を心配し状況を聞いている母親に対してカヤが言うセリフですが、これは明らかに監督のメッセージです。
本作はあくまで事件理解の最初の入り口であり、被害者の恐怖を観客に追体験させ、問題提起をするためのもの。
そこからこの事件の背景や、こんなことが起きないためにはどうすればいいのかを考えるのは、本作を観た観客ひとりひとりの仕事です。
まとめ
エリック・ポッペ監督の前作『ヒトラーに屈しなかった国王』では、ナチスドイツの侵攻に抗ったノルウェー国王ホーコン7世や、彼と一緒に戦った人々の姿が描かれていました。
どちらの作品も敵は排外主義の極右思想。
先ほど述べたNetflix映画『7月22日』でもブレイビクが裁判中にナチス式の敬礼をする場面があり、ウトヤ島での事件とナチス的な思想は深く関係していると分かります。
ポッペ監督の作品では、どんなひどい状況でも希望を捨てない人々の姿が一貫して描かれています。
『ウトヤ島、7月22日』も極限状態でお互いを思いやって助け合い、未来を語る若者たちの姿が心に残りました。
残念なことに、2001年当時よりも、排外的な極右思想を唱える人が増えている傾向にあります。
ノルウェーでも「この事件の被害者は移民受け入れを促進しようとした国民の敵だった」と酷い意見を言ってブレイビクを支持する層もいます。
排外主義に陥る原因の一つとして挙げられるのは、他者への想像力の欠如。
本作を観て事件を追体験し、被害者たちの心情に想像力を働かせれば、少なからずそういう思想は減っていくのではないでしょうか。