誰もが発信者になれるSNS時代、一つのフェイクニュースが少女を追い詰めていく・・・。
全編定点視点のカメラワークはまるで人の私生活を覗き見するような不気味かつ危険な魅力に溢れています。
現代社会の警鐘、誰もが被害者にも加害者にもなりうる世界を容赦なく描いた問題作です。
78分間、頭をフル回転させて能動的に見ていく感覚がたまりません。
映画『飢えたライオン』の作品情報
【公開】
2018年(日本映画)
【監督】
緒方貴臣
【キャスト】
松林うらら、水石亜飛夢、筒井真理子、菅井知美、日高七海、加藤才紀子、上原実矩、菅原大吉、小木戸利光、遠藤祐美、品田誠、竹中直人
【作品概要】
ある高校で起きた教員と未成年の淫行事件。教員は捕まるも、その相手は誰か…。SNSで人気を得ていた美人女子高生瞳が疑いをかけられ自殺。マスコミはさらに彼女の人物像を勝手に作り、見世物にしていく。今の時代、どこでも起きそうな卑近で恐ろしい事件を描いた衝撃のサスペンス。
監督は『子宮に沈める』で児童遺棄問題を描き、観客に衝撃の問題提起をした気鋭の作家緒方貴臣。
2017年開催の第30回東京国際映画祭「日本映画スプラッシュ」部門にてエントリーした作品。
映画『飢えたライオン』のあらすじとネタバレ
とある冬の朝のHR。
担任の細野は出欠を取っています。
少し遅れて杉本瞳が教室に入ってきます。
瞳は遅刻理由を、遅延と答えて席に座ります。
呆れながら出欠の続きを取ろうとしたとき、細野は学年主任に急に呼び出され教室の外に出ていきます。
生徒たちは何があったのかとざわつき、そのうち細野が警察に連行されてしまったので、みんな窓に群がってその様子をスマホで撮ろうとします。
細野は未成年と淫行していた疑いがあり、連行されたのです。
校内や地元はその話題で持ちきりになっていました。
女子トイレで、友達の美咲や七海や萌と、細野の話題で盛り上がっていた瞳。
ひとしきり話した後、最近所属していたバスケ部を辞めた理由を聞かれた瞳は「もう来年高3だしさ」とはぐらかします。
「受験まで彼氏とイチャイチャしようってか~」とはやされて「違うよ」と笑う瞳でしたが、数時間後彼女は彼氏のヒロキとデートをしていました。
ヒロキに愛してると言うようにねだる瞳。恥ずかしがりながら「愛してるよ・・」というヒロキ。
瞳はそんなラブラブな様子を自撮りで撮影しSNSにアップしました。
瞳が家に帰ると、妹の明日香が母親の作り置きしていたチャーハンを食べていました。
杉本家は母子家庭でした。
担任が捕まった話をして妹と盛り上がる瞳。
翌日もヒロキとデートをしていた瞳。
レンタルビデオショップで見る映画を探していた2人ですが、ヒロキはふざけて瞳をアダルトコーナーに連れて行きます。
適当に物色をしていると、偶然ヒロキの先輩の西島と東川という男と出くわします。
「久しぶりだな。彼女?カワイイじゃん」と西島は茶化してきます。
ヒロキは瞳を先に外に出して、2人と話します。
西島に「もうヤッた?」と聞かれて「まあ」と笑うヒロキ。
東川は「いいなあ~あんな彼女欲しいわ~」と言います。
その後、瞳とヒロキはホテルに行きます。
行為を始める前に、2人はベッドの上でいちゃつきます。
ヒロキがシーツにくるまって恥ずかしがる瞳を、スマホで撮影します。
瞳は「やめてよ~」といいますが、ヒロキは携帯をベッド脇のティッシュボックスに立てかけてから行為を始めます。
しかし携帯は倒れて、ただ天井を映し続けます。
2人の喘ぎ声だけが響きます。
翌日瞳が学校に行くと、美咲たちが何やら携帯で動画を見て盛り上がっています。
どうやら細野と淫行していた女生徒を撮影した動画があるらしいのです。
美咲は「この子が瞳なんじゃないかって噂だよ」と言ってきます。
驚いて動画を見る瞳。
動画の女性徒は顔にモザイクをかけられていました。
「先生、撮ってるの?・・やだ・・濡れちゃう」
行為中に撮影された動画のようです。
しかし明らかに雰囲気も声も瞳とは違いました。
「私じゃないじゃん」と言うと美咲たちも「だよね~」と笑います。
しかし、その動画は拡散され、デマはどんどん広まっていっていました。
家に帰ると、妹からは動画が原因で学校で馬鹿にされたと文句を言われ、母親からも「本当に何もないの?」と心配され疑われてしまいます。
ヒロキとデートした時も「あの動画本当に違うの?」と言われてしまい、瞳は疑われたことに怒ります。
不機嫌なままの帰り道で、西島と東川の運転する車がやってきます。
「偶然だね、瞳ちゃん送ってこうか?」という西島。
瞳は「ありがたいですけど」と断ろうとしたとき、ヒロキが「送っていってもらいなよ」と言います。
車の中で瞳は西島と東川に相談をします。
西島と東川も動画のことは知っていましたが、疑ってないと言い「ヒロキは真面目だからな」とフォローします。
翌日以降も瞳のデマはどんどん広まっていました。
瞳は好奇の目で見られるのがいやで、授業をサボって体育館でバスケのフリースローをしていました。
しかし彼女の球はほとんどリングに入りません。
ヒロキと一緒に帰ろうとすると予定があると断られ、1人で帰ろうと下駄箱に行くと、精液が入ったコンドームが靴に入れられていました。
ショックを受けつつ帰ろうとすると、外に西島の車がありました。
車の中で「最近ヒロキが全然会ってくれない」と愚痴る瞳。
浮気しているんじゃないかとも言いましたが、西島は「こんな可愛い彼女いて浮気するわけねーじゃん」と笑って励まします。
西島は「なんかあったらいつでも相談して」と言い、瞳を家まで送り届けました。
瞳への嫌がらせはエスカレートしていき、登校すると彼女の机の中に振動するローターが入れられていたりと、耐え難いものになって行きます。
おまけに道端で知らない男性から「杉本瞳さんですよね」と声をかけられる恐ろしい体験まで。
とうとう学年主任に呼び出され「君を疑っているわけではないが、ほとぼりが冷めるまで休学したほうがいい」と言われてしまいます。
瞳は「あれは私じゃありません!」と怒ります。
教室に戻ると机に罵詈雑言が書かれていました。
消そうとするも油性で書かれていて全然消えてくれません。
そこに七海がやってきて、一緒に消そうとしてくれます。
クリスマスの夜も、ヒロキは会ってくれませんでした。
瞳の家では、母親の交際相手の近藤も呼んで、食事会が行われていました。
なるべく瞳の件には触れないように会話をしていましたが、食事中に家のインターホンが鳴ります。
頼んでもいないピザが何枚も宅配されていました。
ネット民が、動画がきっかけで瞳のプロフィールを調べ上げ、自宅まで特定したが故のイタズラでした。
明日香は「これお姉ちゃんのせいじゃん!」と怒鳴り、母親も「本当に大丈夫?もう学校も休んだら?」といいますが、瞳は「こんなときだけ母親面しないで!」と怒鳴り家を飛び出します。
そして瞳は、西島と東川に連絡して来てもらいます。
ヒロキと会えていないことを相談すると「あれ、こないだ女といたけど、あれ瞳ちゃんじゃなかったんだ?」と言い出す西島たち。
そして西島は「クリスマスだしあんなやつのこと忘れてパーッとしようよ」と隣に座ってきます。
西島は「瞳ちゃんほんと肌きれいだよね」といいながらボディタッチを増やしていきます。
最初、瞳は「ちょっとやめてくださいよ」と笑いながら受け流そうとしましたが、西島は彼女に覆いかぶさってきます。
結局、瞳は西島たちに車内でレイプされてしまいます。
西島たちは瞳を家の近くまで送り届けます。
死んだ顔で車を降りる瞳。
ちょうどそこにヒロキが立っていました。
ヒロキは瞳を少しの間見つめていましたが、西島たちに「お、ヒロキじゃん。乗れよ」といわれ、車に乗って去ってしまいます。
瞳は家に朝帰りしますが母親はおらず、妹に「昨日どこで遊んでたの?」と冷たく言われるだけで、心配などしてもらえません。
妹は瞳に向かって「ほんと不潔・・」と吐き捨てます。
その後、瞳は浴室でシャワーを浴びながらうずくまっていました。
そして瞳はその日、最寄り駅のホームから電車に飛び込み自殺してしまいました。
映画『飢えたライオン』の感想と評価
本当に恐ろしすぎる映画でした。
緒方監督は「フェイクニュースの怖さを伝えたかった」とおっしゃっていましたが、それを超えた怖さを感じる映画です。
人の弱みにつけ込む“奴ら”の怖さ。
そしてこの映画の、全編隠し撮りをしているかのような、定点の視点で撮られた映像を楽しんでしまう自分達の怖さ。
ちなみにほとんど固定カメラで定点撮影なんですが、数カ所だけカメラが動くシーンがあります。
それがどんなシーンか注目するとより興味深いものがあります。
カメラワークだけではなく、登場人物たちの会話の自然さも、この覗き見感覚に寄与している部分でしょう。
劇映画としての体は保ちつつも、本当に人の生活を覗き見しているようです。
基本的にワンシーンワンカットが多いので、相当リハーサルしたのではと思われる部分も多く、作り手のこだわりが感じられます。
そしてこの映画は説明台詞ゼロで、映像や会話の端々で状況や人物説明をするのが本当に上手いです。
細かすぎてあらすじでは割愛した部分ですが、母子家庭であることの説明に作り置きのチャーハンや、“おじさん”と呼ばれながら同じ食卓を囲む人を入れてきて描写したり、
主人公がバスケ部を辞めた理由を、最初は本人にはぐらかさせておいて一人でシュート遊びしてる時の下手さで説明したり、
彼氏の先輩に車中でレイプされてるのを、隣に停まった車から降りた酔っ払い連中の反応で示唆したりと、過剰な説明も描写もしないのにこのえげつない話をしっかり描ききっています。
また、瞳の自殺シーンの直後の全校集会で、竹中直人さん演じる校長の話す内容が、主人公が死に至るはめになった理由に対して完全に的外れな警鐘を鳴らしており、とても皮肉です。
彼女は一人で抱え込んだのではなく、周りに助けを求めたのに助けてもらえず、一部の人間には弱みにつけこまれたのです。
また、マスコミのニュースが流れるシーンの中には、女子高生の死を見世物にしている様子の合間に、若さを売りにしているグループアイドルたちのニュースが少しながら挟み込まれており、若い女性が性を消費させられている日本の現状を皮肉ってもいます。
本作はなぜ覗き見するような視点で撮られたのでしょうか。
よく言われることではありますが、人は誰かに見られることで主体的な物じゃなく客体化してしまう。
人に見られることで自分の身体や人生が自分だけの物ではなくなってしまう。
これは報道、現代に普及したスマホカメラやSNS、そして映画というメディアが抱える暴力性にも繋がります。
本作のタイトルの『飢えたライオン』というのは20世紀初頭の画家アンリ・ルソーの有名な絵画の名前です。
正式な名称は『飢えたライオンは身を投げ出してカモシカに襲いかかる』
飢えたライオンがカモシカを食い殺し、周りにいるヒョウや鳥達が食べ残しのおこぼれを狙っている様をとらえた名画です。
フェイクを流した主犯(誰かはわかりませんが)やレイプ犯達がライオンで、それを好奇心の目で捉えたマスコミや大衆が周りにいるおこぼれを狙う動物たち。
カモシカはこんな社会で弱みを見せてしまった個人。
そして我々観客も飢えたライオンによるおこぼれを楽しんだ共犯だと言わんばかりに、ラストシーンで瞳が劇中唯一のカメラ目線でこちらを見つめて映画は終わります。
映画というのは、基本的に観客が登場人物たちを一方的に見て楽しむものですが、その中で映画の中からこちらを見つめ返されるというのは非常にスリリングです。
主人公の名前が瞳というのも“見る見られる”がテーマの話としては示唆的ですね。
能動的に見ると本当に掘り下げがいがある映画です。
まとめ
この映画を見て、我々観客は瞳に同情しますが、実際にこんな事件が起きた場合にはどんな反応をしてしまうでしょうか。
「疑われるということは何かあったんじゃないか」
「自分が蒔いた種で自業自得だ」
そういう人も一定数いるでしょうし、それを話題にしてSNSなどで発信すること、彼女のことを見てしまうこと、それ自体が被害者への加害になってしまうかもしれません。
監督は問題提起をしていますが、はっきりと答えは出していません。
見た人が一人一人考えて行くことが大事でしょう。
わずか78分で濃密かつ後味の悪いヘビーなパンチを食らわせてくる一作です。