20年を失い、15年を無駄にすごした。
映画『15年後のラブソング』が2020年6月12日(金)より、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町他にて全国公開されています。
『ハイ・フィデリティ』(2000)や『アバウト・ア・ボーイ』(2002)の原作、『17歳の肖像』(2009)の脚本などで知られるイギリスの人気作家ニック・ホーンビィの同名小説を映画化。
主演にローズ・バーン、イーサン・ホークを迎え、『我が家のおバカで愛しいアニキ』(2011)のジェシー・ブレッツが監督を務めました。
新しい人生に一歩を踏み出す、悩める大人たちへのラブソングです。
映画『15年後のラブソング』の作品情報
【日本公開】
2020年(アメリカ・イギリス合作映画)
【原題】
Juliet, Naked
【原作】
ニック・ホーンビィ
【監督】
ジェシー・ペレッツ
【キャスト】
ローズ・バーン、イーサン・ホーク、クリス・オダウド、アジー・ロバートソン、アユーラ・スマート、リリー・ブレイジャー、フィル・ディヴィス、デニーズ・ゴフ、リリー・ニューマーク
【作品概要】
イギリスを代表する人気作家ニック・ホーンビィの同名小説を実写映画化。
イギリスの港町サンドクリフに住む女性アニーには伝説のロックアーティスト、タッカー・クロウの熱烈なファンであるダンカンというパートナーがいます。何事にもタッカー・クロウを優先させるダンカンに愛想をつかしたアニーのもとに、タッカー・クロウからメールが届き…。
製作者にはジャド・アパトーが名を連ね、ジェシー・ペレッツが監督に指名されました。
映画『15年後のラブソング』あらすじとネタバレ
イギリスの港町サンドクリフ。亡くなった父のあとを継ぎ、博物館で働く30代後半の女性アニーには、長年一緒に暮らす恋人ダンカンがいます。
地元の大学で客員教授をしているダンカンは、90年代に一枚のアルバムだけを残し表舞台からこつ然と姿を消した伝説のロックスター、タッカー・クロウに夢中です。のめり込むあまり、アニーのことは二の次。アニーは子どもが欲しいと思っていますが、ダンカンは子供のいない気ままな暮しを望んでいました。
タッカー・クロウが残したアルバム「ジュリエット」は、人気モデル・ジュリーとの破局から生まれたアルバムなのだそうです。ダンカンはファンサイトを立ち上げ、世界中にちらばるタッカー・クロウファンと語らう毎日。
ある日、そのファンの一人からダンカンあてに送られてきた封筒をアニーは開けてしまいます。入っていたのは、「ジュリエット」のデモテープでした。アニーはふとした気まぐれでそのデモテープを聞き始めますが、そこにダンカンが帰ってきます。
自分よりも先にデモテープを聴いたことに腹をたてたダンカンは、さらにアニーが曲を評価していないと知り、激怒。「これを理解しない君とは一緒にいたくない」と自室にこもります。
ところが翌朝はそんなことを忘れたようにけろっと起きてきて、サイトに上げたデモテープにたくさんのコメントが寄せられているとアニーに嬉しそうに報告します。
アニーはスマホからサイトに酷評コメントを入れ、それを知ったダンカンはまた怒り出します。
そんなアニーのもとに一通のメールが届きました。「君の評価が正しい。ファンサイトの連中はイカれている。」メールを送ってきたのはタッカー・クロウ自身でした。アニーが返信したことで、奇妙なメールのやり取りが始まりました。
タッカーはアメリカ・ニュージャージー州の田舎町で5歳の息子、ジャクソンと2人で、元妻(ジャクソンの母親)の家の敷地のガレージを間借りし、暮らしているそうです。
何度も離婚を繰り返し、母親の違う子どもが5人いて、そのうちのひとりでロンドンに住む娘リジーが近々出産を予定しているといいます。
「20年を無駄にした」というタッカーの言葉に、アニーも「15年を無駄にしてきた」と返信しました。
ダンカンの態度は益々悪くなり、ついには新しく赴任してきた同僚の女性・ジーナのほうがタッカー・クロウの曲に理解があると浮気し始めました。堪忍袋の緒が切れたアニーはタッカーを家から追い出します。
そんな矢先、タッカーから連絡が入りました。リジーの出産に立ち会うためにロンドンに行くからロンドンで会わないかというものです。
「テートモダンで5時に会いましょう」と約束していそいそと出かけて行ったアニーですが、待てども待てども彼は現れません。
実は彼は娘が入院する病院に着いた途端、心臓発作で倒れて即入院していたのです。電話を受けて見舞いにやってきたアニーでしたが、病室は、無事に出産を終えたリジーから連絡を受けてやってきた彼の元妻や子どもたちでいっぱいでした。
「グレイスにも連絡しようか?」というリジーをとめるタッカー。複雑な彼の家族関係を目の当たりにしたアニーはそっと病院を後にしました。
しばらくして退院したタッカーから電話がかかって来ました。「明日会わないか?」彼はアニーに会いにジャクソンを連れてサンドクリフまでやって来ました。
海岸でジャクソンを遊ばせるタッカーとアニー。そこへダンカンがやって来ました。アニーがタッカー・クロウだと紹介してもダンカンは信じず、バカにされたと怒って帰っていきました。
その夜、アニーはタッカーと食事をとりながら、グレイスと何があったのかと尋ねました。最後になったピットクラブでのライブで、第一セットが終わった時、トイレに行ったんだとタッカーは話し出しました。
映画『15年後のラブソング』の感想と評価
ニック・ホーンビィの小説の映画化作品です。ニック・ホーンビィといえば、『ぼくのプレミアライフ フィーバーピッチ』(1997)や、『ハイ・フィデリティ』(2000)のように、サッカーや音楽といった好きなものにどっぷりとはまったオタク気質の男性を描いた作品や『アバウト・ア・ボーイ』(2002)のように大人になりきれない男性を描いた作品がすぐに思い出されます。
本作もまた、伝説のロッカーにはまり、ファン活動を続けているダンカンという男性が登場します。
ダンカンを演じているのは、クリス・オダウド。『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』(2011)の警察官や『天下無敵のジェシカ・ジェームズ』(2017)のバツイチのアプリ開発業の男など、心優しい男を演じてきた彼が、今回はなんとも嫌な奴を演じています。好きなものがあって、それに夢中になるのは幸せなことですが、あまりにものめり込み過ぎて、パートナーをないがしろにしているのはいがかなものでしょうか。
同じ様に共鳴してくれないからと怒り出すような男をジェシー・ペレッツ監督はいささか誇張を加えながらユーモラスに描いています。
ですが、本作の主人公は彼ではなく、その長年のパートナーであるアニーの方です。
アニーを演じているローズ・バーンは『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』では、「花嫁の親友」という立場をかけて主人公と激しいバトルを繰り返していましたが、本作では、感情をあまり表に出さず、どちらかといえば「やれやれ」と静かにため息をついているような女性を演じています。
ニック・ホーンビィは、ロネ・シェルフィグ監督の『17歳の肖像』(2009)や、ジャン=マルク・ヴァレ監督の『わたしに会うまでの1600キロ』(2014)、ジョン・クローリー監督の『ブルックリン』(2015)の脚本でも知られており、それらは全て困難な中で成長していく女性を主人公にしています。
本作はニック・ホーンビィの作品を特徴づける、駄目男系の要素と人生に立ち向かう女性系の要素を同時に味わうことができる作品といっても良いでしょうか。
そんな彼女が、自身のパートナーの崇拝者である元ミュージシャンと知り合い、なんとなくメールによる文通が始まっていきます。ミュージシャンを演じているのはイーサン・ホークです。
2人の関係がどうなっていくのかというラブロマンス的な面白さもさることながら、興味深いのは2人を結びつけるのが、「ある一定の期間を無駄に過ごしてしまった」という共通の想いであることです。
ある程度年齢を重ねてきた人なら、多かれ少なかれ、そういう気持ちがあるものではないでしょうか。「20年を無駄にした」、「15年を無駄にした」というと、若い方は、そんなに何年も?と驚かれるかもしれませんが、人生なんてある程度年齢を重ねると長い間同じ調子であっという間に通り過ぎていってしまうものなのです。
20年間、音楽活動を行わなかった後悔、間違ったパートナーと15年も過ごしてしまった後悔を持ちながら、それでもまだここから始めてもいいのではないかと不器用ながらも踏み出す2人のそれぞれの姿は、心地よい余韻を残します。
まとめ
若かりし頃のイーサン・ホークは眉間に鋭いシワの入った神経質そうな人物を演じていたものですが、最近は軽いコメディタッチの作品から重々しい作品まで幅広い活躍をみせています。俳優としての充実ぶりが感じられます。
2015年の作品『ブルーに生まれついて』では、トランペットを半年間猛特訓し、ジャズトランペット奏者・チェット・ベイカーを演じました。「マイ・ファニー・バレンタイン」など、歌声も披露しています。
『15年後のラブソング』では、劇中にかかるいくつかの楽曲でロックアーティスト、タッカー・クロウとして歌声を披露している他、ピアノを弾きながら、ザ・キンクスの楽曲を歌うシーンもあり、多才ぶりを遺憾なく発揮しています。
監督は、ポール・ラッド主演の『我が家のおバカで愛しいアニキ』(2011)のジェシー・ブレッツが務め、人生につまずいた不器用な大人たちをユーモラスに綴っています。