自分は脱北者でありゲイ……「二重のマイノリティ」を生きる若者の出会いと葛藤を描くヒューマンドラマ
北朝鮮から脱北したゲイの青年チョルジュン。脱北者同士のコミュニティに支えられながらも、自らがゲイであることは隠し、孤独を抱えていました。
ある日、韓国・ソウルのゲイコミュニティに足を踏み入れたチョルジュンは、ヨンジュンと出会い、少しずつ世界が広がっていきますが……。
短編映画や演劇の舞台で活動してきたチョ・ユヒョンは、本作が長編映画の初主演作。また監督を務めたパク・ジュンホも、本作で長編監督デビューを果たしました。
ヨンジュン役には、『私たちは天国には行けないけど、愛することはできる』(2025)のキム・ヒョンモクが演じました。
サンフランシスコ国際映画祭2025でワールドプレミアを迎えた本作は、全州国際映画祭にて四冠を受賞や2026年・第62回百想芸術大賞映画部門で新人監督賞など国内外で19の賞に輝きました。
日本でも第5回アジアンクィア映画祭で上映され、大きな反響を呼びました。
映画『3670』の作品情報

(C)Orot Film
【公開】
2026年公開(韓国映画)
【監督、脚本、編集】
パク・ジュンホ
【キャスト】
チョ・ユヒョン、キム・ヒョンモク、チョ・デヒ、ペ・ハンソル、イム・ジヒョン、チョン・ドゥシク、ハ・スンウ、ユン・ソル、ハン・サンジョ、チャ・ミギョン、キム・ジンイ
【作品概要】
監督を務めたのは、本作が初長編作となるパク・ジュンホ。大学生の頃、脱北した若者たちへの支援ボランティアをした経験から着想を得たと言います。
脱北者、そしてゲイという「二重のマイノリティ」であるチョルジュンを通して、韓国の若者やゲイコミニティのありのままを映し出した本作は、全州国際映画祭にて四冠を受賞や2026年・第62回百想芸術大賞映画部門で新人監督賞など国内外で19の賞に輝きました。
チョルジュン役のチョ・ユヒョンは、短編映画と演劇の舞台を中心に活動し、本作が長編映画初主演となりました。ドラマ『京城クリーチャー』(2024)などに出演。
ヨンジュン役には、『私たちは天国には行けないけど、愛することはできる』(2025)のキム・ヒョンモクが務めました。
映画『3670』のあらすじとネタバレ

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北朝鮮から脱北したゲイの青年チョルジュン。
脱北者同士の強い絆に支えられながら、コンビニでバイトをし、脱北者の特別枠で大学への進学を目指していました。
チョルジュンは、ゲイであることを脱北者の仲間には隠し、どこか孤独を抱えていました。
ある日、チョルジュンは、韓国・ソウルのゲイコミュニティのオフ会に参加しますが、うまく打ち解けることができず、二次会に参加せず帰ります。
しかし、そのオフ会にいたヨンジュンがチョルジュンが働くコンビニにやってきて、近くに住んでいることが判明します。
人懐っこいヨンジュンは、チョルジュンをゲイのコミュニティに誘い、不器用ながらも少しずつチョルジュンはゲイのコミュニィに打ち解けていきます。
「3670」のメッセージの意味が分からないチョルジュンに、ヨンジュンは「鍾路3街駅、6番出口、午後7時」という意味だと説明します。
その後の文字は、参加できる人数を足していくのだと言います。
初めて隠していた自分を隠さなくてもいい場所に出会えたチョルジュンは、ヨンジュンに教わってメイクや髪型、ファッションなど新たな世界がどんどん広がっていきます。
一方で、そんなチョルジュンは脱北者のコミュニティに後ろめたさや複雑な気持ちを抱き始めるようになります。
そんななか、両親を韓国に脱北させようとしている友人にお金を貸してほしいと頼まれ、チョルジュンはお金を渡します。
映画『3670』の感想と評価

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脱北者でありゲイであるという「二重のマイノリティ」を生きる若者の出会いと葛藤を描くヒューマンドラマ『3670』。
チョルジュンは、脱北者のコミュニティで友人もいますが、ゲイであることを隠し、どこか孤独を抱えています。
勇気を出して行ったオフ会もうまく打ち解けず、一人で帰ります。しかし、その場でチョルジュンを気になっていたのが、ヨンジュンでした。
ヨンジュンとチョルジュンは、オフ会の罰ゲームでラブショットという、腕をクロスさせてお酒を飲みましたが、チョルジュンはヨンジュンの知り合いの別のゲイが気になっていました。
人懐っこく、チョルジュンにとっては世界を広げてくれた、ヨンジュンとの出会いがなければ変わらなかったと思うほどの存在ですが、ヨンジュンは「自分はモテない」「誰かの代用品だ」と常に嘆いていました。
ヨンジュンにとってチョルジュンはかつての自分を重ねるような存在であり、自分とは違うチョルジュンに好意も抱いていました。
チョルジュンよりソウルのゲイコミュニティについて知っているヨンジュンは、いつかチョルジュンが自分から離れていくことを恐れ、自分が馴染めない場所に馴染んでいくチョルジュンに嫉妬もしていました。
チョルジュンとヨンジュンは共に、どこか孤独を抱え、馴染めない感覚を抱いていたのです。そして、互いが互いを眩しくも思っていました。
チョルジュンの「一歩」を通して世界が広がる高揚感やうまくいかないもどかしさ、そして思いをうまく伝えらず衝突してしまう姿は青春映画らしいみずみずしさと苦しさがありありと描かれています。
ヨンジュンが言うように、互いに恋心を抱いていてもうまくいくとは限らないし、その関係が永遠でもありません。
脱北者、ゲイ、若者の就職難など韓国の現代を生きる若者の等身大の姿を描く本作は、それぞれの問題が絡み合い、さまざまなグラデーションがあることを感じさせます。
それは、韓国だけではなく現代の日本を生きる若者たちを取り巻いているもののそう変わらないかもしれません。
無口でうまく馴染めずにいたチョルジュンにゲイの仲間から「皆勇気出してここに来ている。自分から積極的に絡まないと相手にされない」と忠告される場面があります。
最初は歓迎されても、そのコミュニティに自分の居場所を作るのは自分自身の力だということです。待っていても自分の居場所は見つけられません。自分で出会いに行き、人と対話をすることは、確かに大事です。
しかし、本作はコミュニティに属することの良い面だけではない部分もしっかりと映し出します。ゲイのコミュニティでも、脱北者のコミュニティでも、仲良い存在が自分を置いていくことに不安を感じたり、噂話が飛び交っていたり……。
様々な人がいるからこそ、問題も起きますし、すれ違いもおきます。それでもぶつかっていく、それが社会で生きることなのかもしれません。
チョルジュンやヨンジュンの息苦しさや葛藤は、今を生きる若者にも通じるような包括的な描き方をしている一方で、本作はゲイコミュニティのありのままの姿もきちんと映し出しています。
若者らしい流行り言葉がポンポン飛び交い、直接的な偏見や差別は描かれないものの、「週5で普通のフリをしている」など北朝鮮に比べて、ゲイが自由に生きやすい社会とはいえ、寛容とは言い難い現状も浮き彫りにしています。
まとめ

(C)Orot Film
脱北者でゲイという「二重のマイノリティ」である若者チョルジュンを通して、現代を生きる若者の生きづらさや、ゲイコミュニティのありのままを映し出した映画『3670』。
タイトルになっている「3670」とは、「鍾路3街駅、6番出口に7時に集合」という意味のメッセージでした。
ゲイのコミュニティは、深く聞いたりすることはなく、ふらっと来て仲良くなっても急に来なくなることもあると話している場面もあり、居心地の良い空間であると同時にどこか深追いはしない、距離感が保たれているのかもしれません。
その背景には、まだまだ堂々と同性同士で手を繋いで歩いたり、堂々と付き合っていると公言したりすることが難しく、オープンにできない関係という側面もあるのではないでしょうか。
また、チョルジュンやヨンジュンの年齢を27歳にしたのは、兵役などを経験してちょうど大学を卒業し、就活をしている年齢であり、周りと自分の差に焦る年齢というのも意識していると言います。
競争社会が加速しているという現代韓国の若者を取り巻く息苦しさの一つは、就職に関するプレッシャーと言えるでしょう。
チョルジュンも、大学に進学できる脱北者の特別枠は1つであり、選ばれる人間であることを証明しなければならないと言われます。
韓国の若者が抱える息苦しさは社会の様々な要因によって若者に降りかかっています。それぞれの息苦しさにはグラデーションがあり、生きづらさや孤独を埋めるためにコミュニティのような居場所や、自分の気持ちを曝け出せる相手を求めているのです。
SNSが普及し、繋がりやすくなった一方で、その繋がりの希薄さや心のうちをさらけ出しにくくなった側面もあります。
それでも前に進もうとするチョルジュンの一歩は、この映画をみて勇気づけられた誰かの一歩に繋がるかもしれません。






























