同性愛の“矯正”治療を描いた問題作『Boy Erased(原題ボーイ・イレイスド)』
今回ご紹介するのは2019年度アカデミー賞有力候補、ラッセル・クロウ、ニコール・キッドマン、ルーカス・ヘッジズという豪華俳優たちが集結したある実話に基づく映画『ある少年の告白(原題:Boy Erased)』です。
本作が取り扱う問題と内包するテーマに沿って解説していきます。
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映画『ある少年の告白(原題:Boy Erased)』の作品情報
Watch Lucas Hedges, Nicole Kidman and @russellcrowe in the new trailer for #BoyErased. In theaters this November. pic.twitter.com/pLprNiLDYP
— Boy Erased (@BoyErased) 2018年7月17日
【公開】
2018年 アメリカ映画
【原題】
Boy Erased
【監督】
ジョエル・エガートン
【キャスト】
ルーカス・ヘッジズ、ニコール・キッドマン、ラッセル・クロウ、ジョエル・エドガートン、マデリン・クライン、 チェリー・ジョーンズ、フリー、 グザヴィエ・ドラン、トロン・シヴァン、 ジョー・アルウィン、エミリー・ヒンクラー、 ジェシー・ラトゥーレット、ジョセフ・クレイグ、セオドア・ペルラン、ブリットン・セアー、マット・バーク
【作品概要】
本作はガラルド・コンリーによる回顧録『Boy Erased: A Memoir』を原作とする作品。
主人公の青年役を務めるのは『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(2016)でアカデミー賞助演男優賞候補となり、『レディ・バード』(2017)に『スリー・ビルボード』(2017)と話題作に次々と出演している若手実力派俳優ルーカス・ヘッジズ。
主人公の母親役にはアカデミー賞やゴールデングローブ賞に何度もノミネートされ、『めぐりあう時間たち』(2002)でアカデミー賞主演女優賞を受賞しているニコール・キッドマン。
父親役には『グラディエーター』(2000)でアカデミー賞主演男優賞受賞、『ビューティフル・マインド』(2001)でゴールデングローブ賞、英国アカデミー賞ともに主演男優賞を受賞しているラッセル・クロウ。
演出は『ウォーリアー』(2011)や『華麗なるギャッツビー』(2013)に出演、『ザ・ギフト』(2015)では監督、脚本も担当しているジョエル・エガートン。
その他『わたしはロランス』(2012)や『たかが世界の終わり』(2016)でおなじみ、監督、俳優として活躍するグサヴィエ・ドランや歌手のトロイ・シヴァン、“レッド・ホット・チリ・ペッパーズ”のメンバーのフリーも出演しています。
映画『ある少年の告白(原題:Boy Erased)』のあらすじとネタバレ
Based on the unforgettable true story. #BoyErased #November pic.twitter.com/iSSCj9lZp9
— Boy Erased (@BoyErased) 2018年7月17日
19歳の青年ジャレッドは、自動車会社を営みながらバプティストの宣教師として活動する父親マーシャルと、美容師の母ナンシーの1人息子です。
ジャレッドが母ナンシーの車で送られ、同性愛矯正プログラムを行う施設に入ります。
受付で携帯や日記などを全て預け、母と別れたジャレッド。施設にはジャレッドと同年代の若者たちが集まっていました。
女性は必ずブラジャーをしなくてはいけない、男性同士肉体の接触があってはならない、スタッフの同伴なしにトイレに行ってはならない…。
他の青年たちと同様の白い服に着替えたジャレッドと若者たちに、チーフセラピストのヴィクター・サイクスは説教をします。
「同性愛が生まれつきというのは嘘だ。それは選んだものだ」ヴィクター自身もかつては同性愛者でしたが、このプログラムによって治ったというのです。
集まった青年たちはまず一家の家系図を作り、誰かアルコールやドラッグ中毒者はいるか、問題を抱えている人はいるかどうか思い起こし、書き記すよう指示されます。
彼ら自身が同性愛者である直接的な理由を探れというのです。
ジャレッドは叔父がアルコール中毒かもしれないと思いますが、しかしそれ以外に“問題”を抱えている血縁者はいないように思います。
彼はなぜ自分がゲイであると思うようになったのか、自身の記憶を振り返ります。
ジャレッドは高校時代バスケットボールの選手、ガールフレンドもいました。彼女とは大学進学時に別れたものの、彼は不自由なく幸せな生活を送っていました。
しかし大学生活の始まり、ジャレッドが寮に入居した時。
ルームメイトのハンサムな青年ヘンリーは、ジャレッドに好意的に接しますが、夜に彼をレイプしようとしました。
ヘンリーはその時ジャレッドに泣いて謝罪をしますが、のちに学校のカウンセラーになりすまし、ジャレッドの両親に同性愛をほのめかすような電話をかけます。
家に帰ることを余儀なくされたジャレッドは、怒る父と混乱する母に電話の男はカウンセラーではなく、自分を強姦しようとした男だと伝えます。
しかし少し時間が経ち、ジャレッドは「自分はゲイだと思う」と両親に認めます。
父マーシャルは他の牧師と相談し、ジャレッドの同性愛を治すために治療施設に送ることを決め、ジャレッドは今に至るのです。
映画『ある少年の告白(原題:Boy Erased)』の感想と評価
冒頭から「同性愛は選択だ。変態的な嗜好だ」と耳を疑うような台詞から始まる『Boy Erased(原題ボーイ・イレイスド)』。
個人の性的志向を強制してしまおう、自我を否定して“普通”の状態になろう、そして“普通”ではない人は罪であり憎むべきであり罰するべきだ。そのような恐ろしい出来事を取り扱っている作品です。
それは罪ではなく、“治す”というものではないのに関わらず、無理矢理に矯正しようとする、その行為は取り返しのつかない悲劇、自死を招いてしまいます。
しかし、本作で描かれる問題は過去の出来事ではありません。
エンドロールで述べられている通り、まだ多くの州では映画で描かれるコンバージョン・セラピー(性的志向を返還する治療)は合法であり、ドナルド・トランプ大統領の片腕と知られるマイク・ペンスはこのセラピーを支援しているという、今日に悲しくも根強く残る大きな社会問題です。
本作では「その言葉は、自分自身の言葉で口にしているか」というテーマが問われます。
何回も挟まれるシークエンスが、主人公ジャレッドが車の窓から手を出し空気をなでるような仕草をする、それに対して運転する母ナンシーが「危ないからやめて」と言います。
ジャレッドが「本当にこれで事故にあった人を見たことがある?」と聞くとナンシーは「ないけれど、危ないわ」と濁すのです。
施設では“神の意志”と銘打って、自分たちの自我を文字通り“Erase”消そうとされ、してもいないことを罪を背負うために嘘をつかされるのです。
ジャレッドは自分の周りを取り巻く偽られた既存の考え、信仰に疑問を持ち、閉鎖された環境を飛び出し自分ありのままに生きることを決めます。
信仰や夫の言葉に沿って生きてきた母ナンシーもまた、息子への施設の仕打ちを見て“自分は息子に対してどう接するべきか”を知ります。
ヴィクター・サイクスに向かい「Shame on you!Shame on me(恥を知りなさい!私自身も)」と叫ぶ場面は、それまで穏やかに振る舞っていたニコール・キッドマン演じるナンシーの気迫が震えるほど伝わってきます。
全編を通して閉鎖的かつ物悲しい印象を与える寒食に覆われた本作。
存在を塗り替えるとばかりに着せられた白い衣服にネズミ色の施設、陰鬱な世界の中で唯一暖かい色で満たされるのがジャレッドがグサヴィエと過ごす場面。
冷え切った世界の中で唯一穏やかな光で照らされるからこそ、より印象深く胸を締め付ける美しい描写になっています。
まとめ
でっち上げの“正しい事”や“普通”に強制され、ありのままの姿を消してしまう。
存在しない罪を背負わされ、暴力と憎しみの標的にされてしまう。
その言葉は、本当に自分自身の正義に沿った言葉でしょうか。
豪華な俳優陣の圧巻の演技と共に人と社会、生じる様々な問題に通ずるテーマを投げかける『Boy Erased』、ぜひご覧ください。