映画『ホテルニュームーン』は2020年10月24日(土)より名古屋シネマテーク、10月30日(金)よりテアトル梅田とアップリンク京都、以降も元町映画館ほかにて全国順次ロードショー!
10月31日(土)にはアップリンク京都、テアトル梅田にて筒井武文監督舞台挨拶を予定。
『孤独な惑星』などの作品で知られる筒井武文監督が、テヘランを舞台にイラン人母娘の愛と秘密を描いたイラン・日本合作映画『ホテルニュームーン』。
筒井監督が初めてイランを訪れた際に「ここで映画を撮りたい」という熱い思いに駆られたことから始まった本作。脚本を日本での滞在経験もあるイランの人気脚本家ナグメ・サミニが手がけ、イランの生活文化、日本とイランの歴史的関係を取り入れながら、謎に満ちたサスペンスドラマを書き上げました。
イランのトップ女優マーナズ・アフシャルが貫禄の演技を見せ、その娘役には新人女優のラレ・マルズバンが抜擢されました。日本からは永瀬正敏と小林綾子が出演し、円熟した演技を見せています。
日本での劇場公開を記念して、筒井武文監督にインタビューを敢行。映画『ホテルニュームーン』を制作するにいたった経緯や、イランの映画事情、作品に込められた思いなど、たっぷりとお話を伺いました。
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イランで映画を撮りたいと思った理由
──筒井監督は東京藝術大学・大学院映像研究科で教鞭をとられていて、大学のプロジェクトの一環でイランの首都テヘランに行かれた際に「ここで映画を撮りたい」と強く思われたとお聞きしました。その理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?
筒井武文監督(以下、筒井): 藝大のグローバルセンターにいらっしゃるイラン人のショーレ・ゴルパリアンさんは、アッバス・キアロスタミやアミール・ナデリのアシスタントなどを務めてこられた方なんですが、彼女の案内でテヘランに行き、映画学科がある大学や映画の撮影現場などを見学しました。
テヘランの街は非常に活気があって、本当に大都会なんです。イランという場所に抱いていたイメージが覆されたといいますか、凄くお洒落なカフェがあったり、女性はスカーフを付けなくてはいけないのですが、その付け方もとてもセンスがいいんです。日本で紹介されるイラン映画はどちらかといえば地方を舞台にした作品が多く、都市であるテヘランをストレートに描いた映画は非常に少ない。そのようにテヘランの風景に触れていく中で「今のイラン、テヘランの姿を伝えたい」と思ったのがひとつ。そして、そこで暮らす凄く魅力的な女性・男性を描いてみたいと感じられたのも理由のひとつです。
また、テヘランで見学した撮影現場には50人ほどのスタッフが参加していたんですが、実にクオリティーが高く「イランのスタッフと一緒に仕事をしてみたい」と強く思ったんです。国際的にはいまだに知られていませんが、イランは映画産業自体がとても盛んで、国内で大衆娯楽映画を撮る監督の層が凄く厚い。雑誌や新聞などでの映画に関する記事も日本よりはるかに多いんです。
柔軟さ・臨機応変さが特長のイランの現場
──『ホテルニュームーン』を通じて実際にイランでの映画制作の現場を経験された中で、日本のそれとの違いを感じられる瞬間はありましたか?
筒井:やはり一番違うのは、日本人とイラン人それぞれの気質にも深く関わっている、物事の対処の仕方ですね。日本の場合は脚本をとにかく練り上げ、実際の現場でもなるべく脚本の内容を尊重し撮っていきます。現場も統制が取れているし、個々のスタッフもその統制に従って自身の役割を全うしていくわけです。
イランの場合は、良く言えば融通が利き、悪く言えばいい加減。必ずしもスケジュール通りいかなくてもそこまで悩まないし、それがむしろイランの現場の特長でもあります。日本の場合、ロケ撮影を行う際は各場所で道路使用許可を申請しなくてはいけないので、ロケ撮影が多い際には制作部の書類準備などの仕事が大変なのですが、イランで屋外での撮影を行う場合、作品として一度許可を申請すれば、テヘランのどこで撮っても問題なくなるんです。当日車で通りかかって「この場所いいですね」とすぐに撮ることもできる。そのため、当日決めたロケ場所へ直行しその日の間に撮影を行なってしまう時もありました。
ただそうなると、脚本通りにいかない点も出てくる。台詞も変えなくてはいけないし、人物たちの動作も一から考え直さなくてはいけない。その場で臨機応変に対応していくことが必要でした。ですが役者さんも対応力が非常に高く、当日急遽書き上げた脚本でも30分ほど読み合わせをすればすぐに体へ入れてくれて、何の違和感もなく演じてくれました。
──臨機応変さを求められたイランの現場について、筒井監督ご自身はどのような思いを抱かれましたか?
筒井:うまく馴染めたと思っています。これはイランでも日本でも同じですが、初めての監督と組む際に、スタッフは「この監督はどの程度の実力だろう」と探りますよね。ですから、撮影初日と二日目が監督にとっての「勝負」なんです。そこでいいものを撮れるかどうかが作品の出来に直結します。やりたいことを事前に十分に伝えて的確に指導できるか、明確にOKを出せるかが問われます。
そこで信頼を勝ち得たら、その後の作業も非常に楽になります。今回は初日がうまくいき、スタッフからも拍手してもらえるものが撮れたのが大きかったです。母と娘が話し合いをするカフェでの場面を一番最初に撮ったのですが、二人の女優のお芝居が素晴らしく、おかげで良いシーンになりました。
「最先端」のイランと「古典的」な日本
──作中で描かれている女性の姿からは、これまでに日本で紹介されてきたイラン映画で多く見受けられる「抑圧され不自由を強いられる女性」というイメージとは全く異なる印象を抱きました。
筒井:それがテヘランに行って驚いた点の一つなんです。私自身もそれまで、「社会的・宗教的な問題によって女性たちがある種の抑圧を受けている」というイメージも持っていたのですが、実際のテヘランへ行くと非常に自由で華やかで、若い人たちが生き生きと暮らしているんです。もちろん、見えない部分では様々な苦労もされていることは否定できませんが。
テヘランの表通りに面していない裏通りに入った道には、欧米圏にある最先端のカフェにも引けを取らないお洒落なカフェがあり、警察の目が届いていない場所では、女性がスカーフをほとんど下ろして髪の毛を見せていたりもします。
イランのパートに関しては「外国人の監督が来て撮った、文化を誤解した少しおかしな映画」と思われるようなものにはしたくなかったんです。脚本もイランで活躍するナグメ・サミニさんにお願いし、細かな描写もスタッフと討議を重ねてお互い納得のいくように決めていったので、イランにおける描写ではそのこだわりも感じ取ってもらえると嬉しいです。
──現代のイランの最先端が描かれている一方で、日本のパートでは古風で伝統的な美しさが描かれています。そこにはどのような思いが込められているのでしょう。
筒井:日本のパートは、イランのパートとトーンが似てしまってはいけないと考えました。本作における日本の光景は、20年前の過去、永瀬正敏さん扮する田中がモナに伝える話の中で登場します。ただモナは日本に行ったことがないので、実際の日本の光景を知らないわけです。回想の場面でもあるため色も少し抜き、ある種「ステレオタイプ化された日本の光景」をイメージし、現実とは異なる想像上の世界として描こうと意識しました。
「180度の切り返し」が意味するもの
──母と娘はほとんど同一画面に収まるよう撮られていたのですが、永瀬正敏さん演じる田中が初めて登場した時に、切り返しの映像になるのが非常に印象的でした。
筒井:永瀬さんが初めて登場するホテルのロビーの場面では、それまで描いてきた映画のリズムに変化をもたらしたかったんです。20年経って再会し、その間の二人の変化を互いに探り合っている場面ですから、それまで通りテンポ良く撮るわけにはいきません。「180度の切り返し」は小津安二郎が好んで用いていた特殊な撮り方ですけれど、ここは日本語の会話に切り替わる場面でもあるんです。そういったことも含め、映画のスタイルそのものを変化させたいという狙いでした。
──小津安二郎という名前をお聞きし、あの場面から現れ始める「日本」をより一層イメージさせられました。また映像の演出で言えば、モナと恋人が二人で戯れている様子を「影」で表現している場面も、とても美しく感じられました。
筒井:あの場面は「モナと恋人の二人の場面をもう少し増やした方がいいんじゃないか」と考え、急遽生み出されたものなんです。現場に行った際、そこで見た影が非常にきれいで、「これを映画にも活用しよう」となったわけです。
イラン映画では、男女の接触を描くことは禁止されています。そのためイランの監督はガラスに映る影や物音などで、ラブシーンを暗示する形で描く。検閲をくぐり抜けるべく、如何に間接的に表現するかということをイランの映画人は常に考えています。あの場面は直接的なラブシーンではないのですが、二人が戯れている様子を影を撮ることで表現するというイラン映画の文法として提案してもらったものです。
二つの存在に込められたもの
──最後にもう一つお聞かせください。母と娘には、今住んでいる家があって、引っ越し予定の新居があります。また、ホテルも田中の泊まっているホテルと「ホテルニュームーン」が登場します。どちらも二つ存在していることに何か意味があるのでしょうか。
筒井:計算している部分と成り行きの部分があるのですが、「二つの空間」という意味では、まず「家」と「ホテル」という対立が存在します。次に「引越し前の家」と「引っ越し後の家」という対立が、ホテルについても「大きなホテル」と「小さなホテル」という対立があります。それが本作の隠し味と言えるところなんです。
母娘が今住んでいる家の位置は、テヘランの中心からやや南のところにあって、新居の方は北の方に位置しています。テヘランの地形はだいたい平坦なのですが、北側に山があり、山を越えるとそこにはカスピ海があるんです。そのため北側の方に裕福な人々が多く住んでいて、南の方は一般庶民、地方から出稼ぎに来た人々、貧困層の人々の居住地になっています。同じようにホテルも、田中が泊まっている高級ホテルは北側に位置していて、ホテルニュームーンは南側の安ホテルです。このように対比して描くことで北と南の格差という地域性を表しています。
そういった部分も含め、これまであまり知られていなかったイラン・テヘランの風景や人や街角を観ていただき、映画を楽しんでいただければ嬉しいです。
インタビュー/西川ちょり
筒井武文監督プロフィール
1957年生まれ、三重県出身。1982年に長編第1作『レディメイド』を手がけたのち、フリーの助監督、フィルム編集者を経て独立。自主制作映画『ゆめこの大冒険』(1986)を3年がかりで完成させ劇場公開する。その他に劇団「遊◉機械/全自動シアター」の世界を映像化した『学習図鑑』(1987)、3D作品『アリス イン ワンダーランド』(1988)がある。篠崎誠監督『おかえり』(1996)では製作と編集、塩田明彦監督『どこまでもいこう』(1999)では編集を担当。2004年には監督作『オーバードライヴ』が公開。その他の監督作に『孤独な惑星』(2010)、『自由なファンシィ』(2015)、『映像の発見=松本俊夫の時代』5部作(2015)などがある。
イメージフォーラム、映画美学校、東京藝術大学大学院映像研究科などで教鞭をとる他、映画批評、海外映画人へのインタビューなども多数手がけている。
映画『ホテルニュームーン』の作品情報
【日本公開】
2020年(イラン・日本合作映画)
【プロデューサー】
ジャワド・ノルズベイギ、ショーレ・ゴルパリアン、桝井省志
【監督】
筒井武文
【脚本】
ナグメ・サメニ、川崎純
【撮影】
柳島克己
【キャスト】
ラレ・マルズバン、マーナズ・アフシャル、永瀬正敏、アリ・シャドマン、ナシム・アダビ、小林綾子、マルヤム・ブーバニ
【作品概要】
『孤独な惑星』(2011)の筒井武文監督が、現代のテヘランを舞台に、一組の母と娘の関係を緊張感たっぷりに描いた日本・イラン合作映画。劇映画や演劇作品などで多数の劇作を手がけるイラン出身の人気脚本家・ナグメ・サミニが脚本を担当した。
イランの国民的女優マーナズ・アフシャルが母ヌシン、新人女優ラレ・マルズバンが娘モナを演じ、日本からは永瀬正敏、小林綾子が参加。ちなみに小林綾子はイランで最も人気のある日本人女優で知られており、イラン側プロデューサーの要望により出演が決まったという。
映画『ホテルニュームーン』のあらすじ
大学生のモナは、母ヌシンと二人暮らし。父親はモナが生まれる前、山の中で登山家の友人を助けようとして事故に遭い、命を落としたと聞かされていました。
友達のように仲のいい親子でしたが、交友関係に厳しく目を光らせ、門限にもうるさい母にモナは次第に不満を抱き始めます。同じ大学に通う恋人サハンドの存在もいまだに打ち明けられずにいました。
サハンドと共にカナダに留学することを密かに計画しているモナは、母がパスポートをどこにしまったのか探しているうちに、見知らぬ日本人男性と母、そして幼児期の自分が写った一枚の写真を発見します。
一方、ヌシンはある電話を受け、落ち着きをなくしていました。夜こっそり家を抜け出し、ホテルのロビーで田中という男と会ったヌシンは、封筒に入った金を渡し「お金は返すからモナには絶対に会わないでほしい」と頼み込み、逃げるようにその場を去りました。
ヌシンの後をつけその様子を見ていたモナは、田中が写真に写っていた日本人だと気づきます。思い切って田中に声をかけ、母とはどういう関係なのか尋ねますが、彼は何も言おうとはしませんでした。
モナは自分の出生にまつわる秘密を感じ取り、自力で調べようと決意します。母は一体どのような秘密を持ち、何を隠そうとしているのでしょうか……。