映画『DOOR デジタルリマスター版』は2023年2月25日(土)より新宿K’s cinemaにて独占ロードショー中!
『夜明けまでバス停で』の高橋伴明監督が1988年に製作した映画『DOOR』。平凡な主婦がストーカー化したセールスマンに襲われる恐怖を描いたバイオレンス・スリラーです。
今回上映されるデジタルリマスター版は、オリジナルのスーパー16ミリのネガをスキャンし、本作の撮影監督・佐々木原保志による監修のもと制作されました。
このたびの劇場公開を記念し、本作の主演を務め、伴明監督の公私のパートナーでもある女優・高橋惠子さんにインタビューを行いました。
デジタルリマスター版として改めて映画をご覧になられてのご感想、これまで続けてきた女優業への想いやその仕事の面白さなど、貴重なお話を伺うことができました。
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タイムカプセルの中身を見たような気分
──このたびのデジタルリマスター版を通じて映画を改めてご覧になられた際には、どのようなご感想を抱かれたのでしょうか。
高橋惠子(以下、高橋):女優業というものをやっていなければ、なかなか何十年も前の自分の姿を改めて見るということはないかと思うんですが、「あの時の自分はもう、この世のどこにもいないんだな」とは感じましたね。タイムカプセルの中身を見たような気分です。
やはり「その時にしか出せないもの」というものはあって、映画の中に映っているのが、今の自分と同一人物とは到底思えない。ただ、撮影当時の記憶や感じとったものは今の自分にも残っている。本当に不思議な感覚ですね。
また何十年も前の映画ですから、ストーカーに対する社会の認識の違いはもちろん、時代を感じさせる部分はいくつもあるかと思います。ただそれとは別に、作品の持つ力、観客に訴えようとしているもの自体は、時代という隔たりを超えて何かを感じとってもらえるとも考えています。
「辞めたい」と思っても続けられた理由
──これまで女優業を続けることができた理由、あるいは原動力とは何なのでしょうか。
高橋:「家族に背中を押された」というのが正直なところです。
昔、幼稚園に通っていた頃の上の娘に「仕事、辞めようかな」と言ったことがあるんですが、喜んでくれるかと思いきや「え、辞められるわけないでしょ」と返され、むしろ全く喜んでくれなかったんです。
夫の映画監督という仕事は“いつも”あるわけじゃないということを、もう上の娘は幼いながらも察していたんだと当時は考えましたが、それだけでなく「自分の母親にとって、女優という仕事は一生涯のものなんだ」ということも感じていたのかもしれません。
たまたま近所の写真屋さんでスカウトされて大映に入り、そこから女優業が始まった。ただ、今では女優が天職といいますか、与えられた仕事だったんだと感じていますが、若い頃は何度も「自分には向いてないから、この仕事を辞めたい」と思うことがありました。
それでも、今までこの仕事を続けさせてもらえたのは、人や作品との出会いに恵まれたからだと思います。
──当初は“引退作”となるはずだった『遊び』(1971)、そして同作を手がけた増村保造監督との出会いもまた、その一つなのでしょうか。
高橋:15歳でデビューした当時は「3年やってみて、ダメだったら普通の生活に戻ろう」という気持ちで女優業を始めたんですが、ありがたいことに多くの仕事をいただくことができました。
ただ、あまりに多忙なせいで、自分の時間がなくなってしまい「色々な成長が生じる大事な時期に、演技ばかりしている自分はおかしくならないかな」とさえ感じた。「『遊び』はもう製作発表をしたから、これを最後の作品にしてもらえないか」と大映の方と約束していたほど、本気で辞めるつもりでした。
そうした経緯から「これを最後にしよう」と思いながら撮影に入ったんですが、そこで女優という仕事の面白さに目覚めたんです。「やっぱりやりがいのある仕事だし、これからも続けよう」と辞めることを辞められた。私にとって、本当に大きな出会いのあった映画です。
“完成のない仕事”の面白さ、映画作りの面白さ
──『遊び』への出演を経て目覚められた女優という仕事の面白さとは、どのようなものだったのでしょうか。
高橋:たとえば一つのセリフに対して、それをどう演技として表現するかの選択肢は無限にあって、そのどれが正しいのかは決まってないということがよく分かったといいますか、表現することの面白さを教えてもらえたんです。
そして、「演じる」ということの可能性を感じられる完成のない仕事、常に「まだ、もっとできるんじゃないか」と思える仕事が女優なんだと感じられました。
また、当時の増村監督はとても恐れられていて、増村組での仕事はキャストもスタッフもみな緊張していると聞かされていたんですが、増村監督は当時16歳だった私のことを非常に尊重してくれました。
「関根さんはこの場面をどう演じたいか、君の感性をもとに教えてほしい」と問われ、「じゃあ、こういうのはどうですか」と自分でアイディアを出す。人間として、表現者として認めてくれた上でのやりとりが本当にうれしかったですし、楽しかったんです。
また女優という仕事を通じて、表現の面白さだけでなく、「一緒に作り上げていく」という映画の面白さにも気づくことができました。
映画は、まずカメラがなければ撮影できないですが、カメラがあったとしても照明や録音、メイクや衣装など、その役を担う誰かが一人でも欠けていたら成り立たない。だからこそ、みんながそれぞれに誇りをもって映画を作っているんです。
大映にいた頃、撮影準備を待つ間にスタッフさんたちの顔を見ていると「この人たちの姿を映したい」と思うことがよくありました。誇りをもって、情熱をもって映画を作っているその顔が、とても美しかったんです。
その後、残念ながら大映は倒産してしまいましたが、映画の全盛期を知る方たちと一緒にお仕事をさせてもらえて、その人たちの仕事ぶりに触れられたことは、私の大切な財産ですね。
その時代の人々の心を伝える役目
──2023年現在、人間として、女優という表現者として、どのような活動をされていきたいとお考えなのでしょうか。
高橋:68歳を迎えた現在、これからも映画を作ること、女優の仕事をすることの情熱を持ち続けることはもちろん、そうした多くの表現も自然の中の営みの一つであり、自然に生かされているからこそ人は表現と向き合えていることを、より多くの方に伝えられたらと感じています。
自然という、物事の循環の摂理は確かに存在する。けれども、人間の欲のせいで色々なものが摂られ過ぎたり、循環そのものを壊されたりしてしまう現状もある。私はもう孫もいますので、孫たちがこれからも健やかに生き続けてほしいという想いからも、表現と自然の関係性をより考えていきたいんです。
若い頃は「女優って、何だろう」といつも考えていました。ただその中で「女優にはみんなの意識、みんなの気持ちを代表する役目があるんじゃないか」「その時代のみんなの気持ちを伝える、象徴のような役割があるんじゃないか」と思ったことがあるんです。
その想いはきっと、これからも変わらないんだと感じています。
インタビュー/河合のび
撮影/藤咲千明
高橋惠子プロフィール
1955年生まれ、北海道出身。旧名は関根恵子。
『高校生ブルース』(1970)で映画主演デビュー。また同年には『おさな妻』(1970)でゴールデンアロー賞新人賞を受賞した。
主な出演作に映画『遊び』(1971)、『赤い玉、』(2015)、舞台「マイ・フェア・レディ』(2016)、テレビドラマ『太陽にほえろ!』(1972)など。
映画『DOOR デジタルリマスター版』の作品情報
【初公開】
1988年(日本映画)
【監督】
高橋伴明
【脚本】
及川中、高橋伴明
【撮影】
佐々木原保志(J.S.C.)
【キャスト】
高橋惠子、堤大二郎、下元史朗、米津拓人
【作品概要】
平凡な主婦がストーカー化したセールスマンに襲われる恐怖を描いたバイオレンス・スリラー。『夜明けまでバス停で』など精力的に作品を発表し続ける高橋伴明監督が1988年に製作した。
主人公である主婦役を演じたのは、ドラマ『太陽にほえろ!』や『TATTOO<刺青>あり』で知られ、伴明監督の公私のパートナーでもある高橋惠子。またストーカー化したセールスマン役を堤大二郎が演じる。
今回上映されるデジタルリマスター版は、オリジナルのスーパー16ミリのネガをスキャンし、本作の撮影監督・佐々木原保志による監修のもと制作された。
映画『DOOR デジタルリマスター版』のあらすじ
夫や息子と3人で都会の高層マンションに暮らす靖子。
いたずら電話やセールスマンの勧誘に神経質になっていた彼女は、ドアチェーンの間から強引にパンフレットを差し込もうとしたセールスマンの指を挟んでしまう。
その翌日から、ドアに卑猥な文字を書かれるなど嫌がらせが続くようになり……。
ライター:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。