ドキュメンタリー映画『地蔵とリビドー』は、やまなみ工房のアーティストを通して、障がいとは何かを問い、彼らのリビドー(衝動)の根源を探ります。
滋賀県にある障がい者施設「やまなみ工房」では、知的障がいや精神疾患を持つ通所生がアーティストとして活躍しています。
今回は、本作監督の笠谷圭見さんと、やまなみ工房施設長の山下完和さんに、やまなみ工房の魅力や、映画づくりについてお話を伺いました。
映画づくりの経緯
──本作の製作はどのようにスタートされたのでしょう?
笠谷圭見(以下、笠谷):まず初めに施設の方たちの作品に惹かれました。
やまなみ工房では普段の生活の中で本当に面白い事が起こっていたり、面白い人たちがたくさんいて、それを多くの人たちに伝えたくて、まずは写真集を作るところから始めたんですが、その流れで山下さんから写真集は2冊作ったし、次は映像をやりませんかと言って頂いたんです。
自分自身も映画を作れるなんて夢にも思ってなかったですし、本当に有難い経験をさせて頂きました。
──山下さんの発信で映画作りが始まったのですね。
山下完和(以下、山下):発信というよりは、そもそも笠谷さんの団体「PR-y」の活動に惹かれて、僕たちも一緒にいたいという思いがあったんですね。
単純に施設の写真集や映像をつくってくださいということではなくて、笠谷さんの目指すべきもの、大切にされているものに関わりたかったんです。
──笠谷監督が「PR-y」で目指しているものはなんでしょう?
笠谷:「PR-y」が取り上げているものに障がい者問題があります。
そこには色んな問題があって、障がい者というと大体ネガティブな事しかニュースや報道で取り上げられないことも一つの問題だと感じています。
ですけど、実は物凄い才能豊かな人たちがいて、そういう人たちがいるっていう事を伝えていきたいと考えているんです。
才能の有る無しって、障がい者であっても、健常者であってもあるわけで、もっと狭い世界でいうと、デザイナーでも才能がある人もいればない人もいるように、障がい者の中にも本当に才能を持っている人がいるのにフォーカスされる事がなかなか無い。それなら自分がそれをやろうという感じですね。
やまなみ工房について
──やまなみ工房に通ってる方たちの中で創作活動をやっている方たちは何人いらっしゃいますか?
山下:現在88人の利用者の方がいらっしゃって、88通りの表現がありますが、そんな彼らの表現の中でアートということで評価されている人は60人くらいですかね。
元々はアート表現をしてなかった人たちばっかりで、きっかけはひとりの落書きから始まったんですよね。
──ひとりの創作活動が周りの人にも影響を与えているということはありますか?
山下:あると思います。表現そのものの形ではないですけど。
例えば動物ばかりを描く人がいたら、みんな動物を描くっていうことではなくて、創作することによって何かに向かうというようなところは恐らく影響を与えてくださってるんだろうなと思いますね。
ただ、いつ始めるか、いつ終わるか、どこで完成か、何日かけるか、何分で終わるかっていうのは本当に分からないですけどね(笑)。
──笠谷監督は初めてやまなみ工房に訪れた時にはどういう印象を受けましたか?
笠谷:やまなみ工房に行く前に大阪市内にある、4~5人くらいアーティストさんがいる小さな他の施設に半年間通って、写真集を作ったことがあるんですが、僕はそこしか知らなかったんです。
その次がやまなみ工房だったんですが、規模もそうですけど、あまりにも環境や流れてる空気感が違って、時間の流れが実際の時間よりもゆっくり流れてる感じがしたんです。
言葉にするとチープになりますけど自由な場所だなって。本当の意味で自由をはじめて体感したのがやまなみ工房ですね。
──「やまなみ工房」という名前は元々ついていたのでしょうか?
山下:今から30年程前に、18歳以上の障がいのある方々が、就職出来ないので福祉的就労として「共同作業所」というのが全国いろんなところにできたんです。
その中で「やまなみ共同作業所」としてはじめたんですが、作業所って言うと本当に福祉っぽくなるので、ある時を境に「やまなみ工房」っていうネーミングに変えたんです。
──ある時の境というのは?
山下:無認可共同作業所から社会福祉法人化して、施設の運営形態が変わる時に名前を変えたんですけど、あんまり深い意味はなかったんですけどね(笑)。
──山下さんが、やまなみ工房を始めたきっかけはなんですか?
山下:実は僕が創設者ではなくて、僕の父親が始めたんです。僕が始めたのは福祉の仕事をしたいというよりも、あの人たちと一緒にいたいと思ってしまったからなんでしょうね。
──どこに惹かれたのでしょう?
山下:まず、僕を受け入れてくれたことですね。
それと、始めたのが22歳くらいだったんですが、人の目とか出で立ちばっかり気にしてた頃に、彼らはそういったことをあんまり気にせずにひたすら自分のしたいことしていて、何か本当に人間的な部分に触れられて、そこに惹かれたんでしょうね。
撮影の時もカメラに動じないで黙々と作業してたりね(笑)。
笠谷:意識する方もいらっしゃいますけど、重度な障がいを抱えている方ほどカメラを意識しないですね。
これはたまたまかも知れませんけど、作る作品も重度な人の方が僕は惹かれることが多いですね。
撮影について
──笠谷監督はどのくらいの期間、撮影に通われましたか?
笠谷:週に1回行く時期もあったし、ひと月に1回、ふた月に1回行ったりというスパンで1年半かけて撮影しました。その後編集など半年かかっているので、2年間かかりました。
──撮影に訪れるたびに施設の方たちの変化もありましたか?
笠谷:基本的には変わらないですね。変わらないところがあの人たちの魅力だなと僕は感じてます。
どんな環境であろうがしたい事だけするっていう、本当にカッコイイなって。
──笠谷監督はモテたんじゃないですか?
山下:そうですね。全部持ってかれましたね。来ると喜びましたね(笑)。
笠谷:喜んでくれる人もいますし、そうじゃない人もいますけどね。「また来てるわ」って(笑)。
──撮影での皆さんの様子はいかがでしたか?
山下:彼らから聞いたことではないので想像になってしまいますが、常に否定をされてきたというか、カメラを向けられることもなければ「凄いなあ」「イイなあ」とか言ってもらえる機会が無かった人たちなので、笠谷さんたちが出入りして側にいることによって、自分のことを肯定してくれてるっていう事は伝わってるんだろうなと感じています。
イヤなら直ぐに飛び出ていく人たちが多いですからね。
あと僕の側だと、映画を観て、今まで見たことのないような彼らの表情を発見できたりして、この人はこういう人だと、ざっくりとしか捉えてないのかなと反省しましたね。
僕たちの日頃の見落としを、笠谷さんが捉えてくださった視点から考え直すことは多かったですね。
──映画の中では山下さんの存在も大きかったですね。
笠谷:その通りですね。
今回のきっかけも山下さんに惹かれたからこそです。
山下さんと初めてお会いしたのは、いくつかの施設の施設長が登壇してお話を聞く機会があった時なんですが、見た目もそうですけど、仰ってる内容がいわゆる福祉の枠に収まってなくて、利用者と対等な姿が見えて、山下さんがどういう施設を運営されているのかとても興味が湧きました。
実際に行ってみると、本当に対等な関係があって、福祉の中で支える人、支えられる人といった関係性が見えないぐらい、職員さんの皆さんも、良い意味でサポートしているという感じがしないんですね。それは山下さんのご指導の賜物なんだと思います。
仲間で今日一日を楽しく過ごそう、穏やかに過ごそうっていう精神が職員さんにも伝わっていて、ある意味で独特の施設だなあと感じました。
──山下さんと利用者の方たちが喧嘩をすることもあるのでしょうか?
山下:不思議とないんですよ。例えば一日の過ごし方で、毎日同じことを繰り返して、この時間からこの時間まではちゃんとしなさい、しなきゃ駄目でしょっていう中だと起こり得るんだと思うんです。
でも、ひとりひとりの時間の作り方を尊重して、それぞれが独立して自分の世界を築くことによって、逆に他者を受け入れる力とか、認める力とかがついて、そういったストレスがないのかなあって感じたりもしますね。
──映画に出てくる皆さんは本当にカッコよく見えました。
山下:僕は横で見ていて、世間一般に見たらカッコイイ人たちではないですが、生き方そのものは面白いなあと感じています。
笠谷さんの表現によって彼らが生まれ変わった部分もあるし、ストレートに彼らを見つめることも出来たんですね。だからカッコイイのは笠谷さんだと僕は思っています。
映画の力
──この先、やまなみ工房で考えていることはありますか?
山下:社会を変えるとか世界を変えるとかそんな大きい話ではないですが、笠谷さんとの出会いとか、様々な事業によって、今まで無関心だったり、彼らのことを蔑んで見ていたいうような気持ちを考え直すきっかけになったり、こういう人もありだなと、お互い認め合うような、そんな変化が起こってくれると嬉しいなあとは思っています。
大阪での上映で驚いたのは、今まで展覧会を開いたり、グッズを販売したりすると、福祉の関係者だったり、福祉にに興味がある人たちが集まってきてたんですね。
でもこの映画では、僕の知り合いとか、やまなみ工房の関係者とかは数えるほどしかいなくて、殆どが初めて出会うような、普段なら会わないであろう、行ってみれば障がい者のこととか施設のことなんか、全く興味がないだろなあっていう人たちで埋め尽くされていたんです。
凄いアウェー感があったんですけども、そのアウェー感が凄く嬉しかったし、言ってみれば福祉と無縁な人たちが、この映画を観て涙を流す人がいたり、よかったって言ってくれたりして、映画のもつ力って凄いなあって感じましたね。
障がい者の映画を観に行こうっていう人は僕らの世界では多いんです。
でもこの映画に来てくれた人たちは、純粋に映画を観に来てた人たちが多くて、その人たちがサッポロ一番を持っている人がいるのを不思議に思わない、恐らく障がい者の映画を観たって感覚ではないのではって感じています。
──山下さんが施設で大切にしていることはなんでしょう?
山下:基本的に彼らが喜びで満たされているかどうかということが常に大事にしてる部分です。
それと、「もっとちゃんと働きなさい」とか、「絵とか描いてないで仕事しなさい」とか、本来ならそう言われることを僕たちは誰がなんと言おうと言わない。それは守り続けるぞといった感じでやり続けてきています。
それが映画になって、今まで否定的な周りの見方が変わってきてるっていうのは凄いなあと感じています。
それは僕たちではなし得ないことですから。
具体的に言うと「サッポロ一番(インスタント食品)を持ってばかりいてあの人は困ったねぇ」といったことも、それが映画でピックアップされることによって、「なんか面白いね」とか「こんな人いるよね」だとか「じゃあ自分の生き方ってどうなんだろう」とか、そうやって考えてくれる人が多いことに驚いています。
──そのシーンでサッポロ一番を持つ彼女に山下さんが言葉はなくてもずっと側にいるのが印象的でした。
山下:普段はああいうことは滅多にしないんですけど(笑)、映画の撮影ということで僕は彼女と向き合うきっかけを貰えて、ああいう風に彼女を見つめることが出来たんです。
創作物とかアートを発信しようとする中で、彼女を笠谷さんが捉えてくださったのは驚きでした。
あれを撮って映画にして、観た人は何を感じるんだろう、これは伝わるのかなあみたいにも考えたんですよね。
でも映画を観るとちゃんと本編の中に存在していて、本当に凄いなあって思いましたね。
地蔵とリビドー
──インスタント食品のラーメン袋を見つめる様子は強い衝動(リビドー)を感じました。
笠谷:本当にそうですね。
あと(施設利用者の)山際さんは特にそうだったんですけど、お地蔵さんの作品自体が面白いんじゃなくて、お地蔵さんだけを毎日、20年も同じものを作り続けていることが凄いですよね。あの物量とか。
その作っている時の山際さんの立ち居振る舞いはコミカルに見えるけど、あの集中力とか誠実さみたいなもの、あれは僕には絶対に真似出来ないですよ。
その辺りがやっぱり本当の衝動、リビドーなんじゃないかなと感じますね。
アート作品におけるプロセスにはそんなに興味はなかったんですけど、彼らによって創作のプロセスに興味を持つようになって、アウトサイダーアートっていうのはそういうものなのかなという、自分なりの理解が深まったのも、やまなみ工房の人たちと出会ってからですね。
──東京での上映について何か想うところはありますか?
笠谷:人が集まるかどうか、正直不安でしょうがないですね。(笑)
ただ、日本国内でいうと東京で多くの人に観てもらわないとその先は何も起こらないので、どうしても東京で上映したかったです。
──フィラデルフィア・アジアン・アメリカン映画祭2018での上映も決まりましたね。
山下:違う国の人が、あのサッポロ一番のシーンとか、「目、目、鼻、口」しか言わない人とかどう感じるんでしょうね。
今後どんな拡がりを見せるかわからないですけど、この映画の下に集まった人たちが、笠谷さんの向かっている、示している方向性や考えに対して賛同してくれたり何かを感じる人が増えていくと嬉しいですね。
映画『地蔵とリビドー』の作品情報
【公開】
2018年(日本映画)
【監督】
笠谷圭見
【キャスト】
やまなみ工房のアーティストたち、小出由紀子、エドワード M. ゴメズ、向井秀徳、ロジャー・マクドナルド、 中津川浩章、 丸山昌彦
【作品概要】
滋賀県にある「やまなみ工房」の通所するアーティスト88人の中から、数名により強くスポットを当てたドキュメンタリー映画。
「こんなんでも施設長です!」と語る「やまなみ工房」の施設長である山下完和をリーダーに、魅力溢れるアーティストの創作活動の様子と、その周囲にいる見識者たちのインタビューを交えた映像作品。
なかでも捜索活動を行うアーティストたちの様子は、彼らの創るということへの衝動の強さを物語っています。
映画『地蔵とリビドー』あらすじ
滋賀県にある障がい者施設「やまなみ工房」では、知的障がいや精神疾患を持つ通所生がアーティストとして活躍しています。
彼らアーティストは、一般的に芸術家と呼ばれる職業を行う人と同様に、日々創作活動を行っていました。
阪神タイガースのファンの吉川秀昭は、「め、め、はな、くち…」と呟きながら、一心不乱に長い時間に渡って、粘土に割り箸を突き刺して行きます。
また、ダンボール集めの仕事に余念がない山際正己。彼は短時間の創作活動にも「ヤーマーギーワくんは、今日もガンバリマシタ!」と、独自のスタイルで孤軍奮闘しています。
そのほかにも寝転びながら片肘を付き、墨絵を描く岡元俊雄。
施設長の山下完和に恋心を抱きつつ、粘土造形で妄想を見せてくれる鎌江一美。
お気に入りのインスタントラーメンの「サッポロ一番」の袋をずっと見つめ、手でシワをつけていく酒井美穂子など、彼らの特殊なアート創作の活躍を見せていきます。
彼らを広く一般的に“アウトサイダー・アーティスト”と呼ぶジャーナリストや、その周辺にいる美術関係者のインタビューも交えて紹介しています。
何より「やまなみ工房」に通う彼らアーティストたちのユニークな創作スタイルや日常と創作の表現欲求の根源とは…。
まとめ
思慮深く常に静かに語ってくれた笠谷圭見監督。
朗らかでありながら厳しさも同居する山下完和やまなみ工房施設長。
おふたりの共通点は、障がいを抱えた人たちへの誠実さに溢れた真摯な眼差しでした。そして等身大であること。
純粋にアウトサイダーアートに惹かれ、彼らを紹介したいという想いを持って活動を続ける笠谷監督と、飾らずに彼らと向き合って共に生きていく山下さんは、“障がい”というものを特別視せずに、彼らの人間性を尊重し当たり前に接していました。
今日の障がい者に対する偏見や固定概念を取り払うことはまだ時間がかかる事なのかも知れません。
しかし「映画」の発信力を使って、お互いの活動に敬意を表しながら共に向かっていく姿勢は、どこか頼もしくもあり、力強く見えました。
映画のチャプター9「若き芸術家たちの肖像」では、そんなおふたりの闘志に近い想いと、やまなみ工房のアーティストたちの輝きが詰まっています。
笠谷監督、山下施設長、そしてやまなみ工房のアーティストたちのリビドーを、ぜひ、映画館でご覧ください!
インタビュー/大窪晶
写真/出町光識
映画『地蔵とリビドー』上映スケジュール
2018年11月10日(土)〜
シアター・イメージフォーラム(東京)
2018年11月13日(火)
Fleisher Art Memorial(PAAFF映画祭)(アメリカ)
2018年12月1日(土)~
京都シネマ(京都)
2018年12月8日(土)~
シアターセブン(大阪)
2019年1月30日(水)
Harvard University(アメリカ)