映画『GREEN GRASS 生まれかわる命』は2023年9月22日(金)より池袋HUMAXシネマズ他で全国順次公開中!
日本・チリ修好120周年記念事業として製作が開始され《映画界史上初》の日本・チリ合作映画となった『GREEN GRASS 生まれかわる命』。
ニューヨーク在住の俳優・イシザキマサタカと、様々な作品に出演し続けるベテラン俳優・西岡德馬がW主演を務めた本作は、東日本大震災により死後の世界に旅立った青年と、青年を失ったその父親の2つの視点で物語を描き出します。
今回の劇場公開を記念し、本作を手がけられたイグナシオ・ルイス監督にインタビューを行いました。
言語を超えた不思議な“絆”との出会いから始まった本作の制作経緯や、「地震・津波の多発国」という日本・チリに共通する記憶と、もう1つの“共通の記憶”がもたらした本作の構想など、貴重なお話を伺えました。
CONTENTS
日本・チリが記憶する“遠い地の地震”
──はじめに、本作の制作経緯を改めてお教えください。
イグナシオ・ルイス監督(以下、ルイス):2010年にカンヌ国際映画祭という場所で初めて出会った時、イシザキさんとは言語という壁を超えた不思議な“絆”を感じ、自然と「一緒に映画を制作しよう」という言葉が出てきました。
そうした言語や物語を超えた人同士の“魂”のつながりは、誠が死後の世界で出会った人々と交わす対話にも見られるように、本作の根幹にあるものとして描かれています。
また日本とチリ、2つの国で映画を制作すると決めた時には、2つの国に共通する歴史や文化について考えながら企画・脚本を開発してきました。
ルイス:1960年にチリで大きな地震が起きた時、発生した津波は日本にまで到達し、死傷者を出すほどの被害を及ぼしました。その出来事は2つの国が共有してきた記憶であり、「私たちの生きる世界と死後の世界が、遠く離れているにも関わらず影響を与え合っている」という本作の設定をもたらしました。
そして2010年に本作の企画・脚本の開発を始めた1年後に3.11が起こり、その地震により発生した津波がチリへと至ったと聞かされた時、本作で描くべきものがより感覚的に、具体的に形作られていきました。
「父と息子」──もう1つの“共有できた記憶”
──日本・チリそれぞれの国では、どのように撮影を進められていったのでしょうか。
ルイス:撮影を進めていく上での言語の壁の克服にあたって、各場面の絵コンテを作成するなど、様々な方法で撮影前の準備を行いました。そこには、言語の壁を理由に撮影前のリハーサルを繰り返すことで、俳優の皆さんの演技に支障を来したくなかったという想いもありました。
それでも、清役の西岡さんは普段から英語で会話をされる方ではないので、各場面に対する意図や描きたいものを詳細に伝えるのが難しい時もありましたが、そうした場面では「芝居の相手役が演じている心情や、その個々の仕草やセリフの発し方をとにかく感じとってほしい」とお願いしていたのをよく覚えています。
また海外作品にも多く出演し、英語も堪能である小澤征悦さんも、私が考えているその場面での狙いを汲み取ってくださった上で西岡さんへ詳細に説明してくださり、本当に助けられました。
──ちなみに、物語の中心に立つ人物たちの関係性を「父と息子」に設定された理由は何なのでしょうか。
ルイス:私は実の父との関係が芳しくなく、父がこの世を去るまでの間に、どうしても克服することも和解することもできなかった“わだかまり”がありました。そしてイシザキさんとともに本作の企画・脚本の開発を始めてから、彼にも実の父との関係において葛藤があることを知りました。
日本とチリの間に「地震」という共通の記憶があるように、私とイシザキさんとの間にも「自身の人生における父との葛藤」という共通する記憶が存在していた。本作の制作は私とイシザキの不思議な絆から始まったことからも、両者が共有できた記憶を大事にしたいと考えたのです。
映像制作で目指す“物語を超え訴えかけるもの”
──映画ならびに映像制作において、ルイス監督が最も大切にされていることは何でしょうか。
ルイス:映像作品において人同士のつながりを描くためには、物語に依拠するのではなく、様々な優れた絵画と同じように“フレーム”の選択が重要だと感じています。
俳優たちの動作や反応といった演技によって生じる「そこにいる」という存在そのもの、その存在の周囲に漂う「そこにある」という空気を、どうフレームへ収めるのか。そこにはフィクションかノンフィクションか、実写かアニメーションかの境界は関係なく、自身が何をどのように描き伝えたいのかが問題なのです。
──ルイス監督のそうした映像制作の在り方は、どのようにして形作られていったのでしょうか。
ルイス:幼少期に、その物語や内容自体は深く理解できないものの、感情の根底に訴えかけられたことで「すごい」とひたすらに感じられる映画と出会えたのが大きいでしょうね。
たとえばポーランドのクシシュトフ・キェシロフスキ監督の作品のように、初めて観た当時は映像内で描かれる象徴や隠喩の意味も分かりませんでしたが、物語という範疇を超えて、観客である私に訴えようとする作品の意志だけは強烈に感じられた。
そして「自分もこんな作品を作りたい」という想いが、私が映像制作を始めるきっかけであり、現在の「人に訴えかける作品を作る」という映像制作の在り方の源流となりました。
映画もまた“再生”の一部
誠役:イシザキマサタカさんとルイス監督
──本作のタイトルにも冠されている「GREEN GRASS」には、どのような意味が込められているのでしょうか。
ルイス:地震や津波などの災害によって1度は崩壊してしまったとしても、その地には必ず草木が芽吹き“再生”が始まります。また再生によって芽吹く「草木」には、傷ついた人々が再び歩みだそうとする意志も含まれています。
そして、1本の映画として制作された本作も、かつて起こった災害による悲劇を直接伝えるのではなく、その出来事を通じて何を伝えられるのかに重きを置いており、崩壊ののちに訪れる“再生”の一部でもあるのです。
2010年から開始した本作の制作は非常に大変でしたし、完成を諦めようと思ったことさえありました。それでも最後までやり遂げられたのは、自分自身の成長であり、多くの人々から愛や信頼を得られたからこそ実現できたのだと感じています。
また13年という制作期間もあって、映画には私たち自身の人生と深くリンクしている部分もあります。それは父のつながりについて考える誠の姿かもしれないし、彼が困難を乗り越えることで成長する姿かもしれない。そうした意味でも、非常に感慨深い作品といえるでしょう。
インタビュー/河合のび
撮影/出町光識
イグナシオ・ルイス監督プロフィール
(C)Cinemarche
映画監督、大学教授。制作会社ニエブラプロダクションの創設者の一人でもある。
チリ・バルパライソの映画学校で学び、Brother Advertisingでイラストを描き、Talents Buenos AiresとEAVE OnDemandに参加。2011年にはチリ業界からペドロ・シエナ賞を受賞し、2016年・2017年にもノミネートされた。
2015年には短編映画『マンサナス・アマリラス』がグアダラハラ国際映画祭でプレミア上映を迎えたのち、クルタシネマ映画祭、サンフィック映画祭、ヴァルディビア映画祭、UNCIPAR、キノアルテといった様々な映画祭で上映。
今回監督した『GREEN GRASS 生まれかわる命』はバルディビア映画祭「CineChileno del Futuro」やウーディネ・ファーイースト映画祭「Work In Progress」に選出された他、FicViña Industryで本企画が受賞され、2020年の「ACFMEAVE Ties That Bind-シネマチリ」の研究事例にも取り上げられた。
映画『GREEN GRASS 生まれかわる命』の作品情報
【日本公開】
2023年(日本・チリ合作映画)
【監督・脚本】
イグナシオ・ルイス
【キャスト】
イシザキマサタカ、西岡德馬、小澤征悦、ヒメナ・リバス、ダニエル・カンディア
【作品概要】
日本・チリ修好120周年記念事業として製作が開始され《映画界史上初》となった日本・チリ合作映画。東日本大震災で死後の世界に旅立った青年と、青年を失ったその父親の2つの視点のもと、死後の世界での人々との出会いを通じて青年が成長していく姿と、父親の亡き息子への悼みの姿を描く。
自らも監督として活動するニューヨーク在住の俳優・イシザキマサタカと、ドラマ・映画・舞台など様々な作品に出演し続ける名優・西岡德馬が父子役としてW主演を務めた。また清の秘書・福永役を国内外で活躍する小澤征悦が演じる。
監督・脚本は、アニメーターとしても作品を数多く手がけ、本作で第32回シネセアラー映画祭・コンペ部門で撮影賞を受賞したイグナシオ・ルイス。またサンダンス映画祭でワールドシネマ審査員賞を受賞した経歴を持つダニエル・カンディア、チリの代表的な女優ヒメナ・リバスなど世界的に有名な俳優も共演。
映画『GREEN GRASS 生まれかわる命』のあらすじ
見知らぬ土地で目覚めた近藤誠は、死後の世界にいることに気づいていない。
経営をしている会社のことを気にかけて早く帰国したいと願う誠だが、誰も自分がどこにいるかを教えてくれない。
一方、息子である誠を失った近藤清は、生前の誠に何もしてあげられなかったことを悔やみ、息子と幼少時代にともに過ごした町に戻り、弔うように思い出を辿り始める。
彷徨い続ける2つの想いは、あの世とこの世を交錯しながら、再びめぐり会えるのだろうか?
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。