映画『ずぶぬれて犬ころ』は2019年6月1日(土)より、渋谷ユーロスペースを皮切りに順次ロードショー公開中!
若くしてこの世を去った俳人・住宅顕信(本名:春美、1961〜1987)の生涯と、彼の句に出会った現代の少年の成長を描いたヒューマンドラマ。
それが、本田孝義監督の映画『ずぶぬれて犬ころ』です。
2019年6月1日(土)からの劇場公開を記念して、本田孝義監督にインタビューを行いました。
監督初の劇映画となった本作への思いや俳人・住宅顕信のご遺族とのエピソードなど、貴重なお話を伺いました。
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心の内に蘇った句「ずぶぬれて犬ころ」
──本作を制作されたきっかけには、映画のタイトルにもなっている住宅顕信さんの句「ずぶぬれて犬ころ」が深く関わっているとお聞きしました。
本田孝義監督(以下、本田):これまで僕はドキュメンタリーを制作し続けてきたのですが、2014年頃、様々な事情により仕事が行き詰まってしまい精神的にも疲弊していました。ですが、そのような状況下の中で、かつて住宅顕信ブームが起きた2002年頃に読んだ「ずぶぬれて犬ころ」という句をなぜか思い出したんです。
自身の内に蘇ったその句を詠んだ住宅顕信という俳人は、一体どのような人物だったのか。それについて調べ始めたのが、本作の制作を開始した本当のきっかけです。
劇映画への再挑戦
──本作は本田監督にとって初の劇映画作品となりました。本作を劇映画として制作したその理由をお聞かせください。
本田:当初、本作はドキュメンタリーとして制作しようと考えていました。
しかしながら、顕信さんは32年前に亡くなっている方です。すでに亡くなっている方をドキュメンタリーで描く場合、どうしても生前の顕信さんを知る方への取材を中心に作らざるを得ない。しかし、それでは映画として面白くない。
顕信さんの生涯をどう映画にすべきかと考え続けるうちに、やがて「劇映画」という結論へと至ったんです。
実は10代から20代の頃には、おままごとレベルではあるものの劇映画を撮っていたんです。ですが、ある時から脚本が書けなくなってしまい、その挫折を経てからドキュメンタリーに興味を抱くようになっていったんです。
そういった経緯もあって、自身で脚本を書く自信がなかった。そこで「脚本の執筆は誰かに依頼しよう」と考えたのですが、誰にお願いすべきかと悩み始めましたわけです。そんな時に、僕がプロデューサーを務めたオムニバス映画『ヒカリエイガ』で知り合った脚本家・山口文子さんが、SNSで「歌集を出します」と投稿しているのを偶然見かけたんです。
無論、短歌と俳句は異なるものですが、丁度俳人を題材とした映画の制作を考えていた時であったため、僕は「興味を持ってもらえるかもしれない」と思って彼女のもとへ赴き、顕信さんの句集や伝記をお渡しつつも企画についてご相談したんです。
その結果、彼女も俳人・住宅顕信に興味を持ってくださり、最終的に脚本を描いていただくことになりました。
──一度挫折を経験した劇映画制作に再挑戦したいという思いは、本作の制作以前からありましたか。
本田:先ほど触れたオムニバス映画『ヒカリエイガ』には、8人の映画監督が参加し各々が映画を制作しました。そして、僕は同作のプロデューサーとして、各監督の撮影現場を全て巡りました。
その時、「やっぱり、劇映画は面白いな」と感じたんです。
それが、本作によって実現した「劇映画制作への再挑戦」のはじまりだったかもしれません。
劇映画制作によって実感させられた違い
──ドキュメンタリー制作と劇映画制作におけるギャップは本作の制作中に実感されましたか。
本田:本作を手がける前、僕は「ドキュメンタリーと劇映画の違いはなんですか」というありがちな質問に対し「ドキュメンタリーはマラソン。劇映画は短距離走」とよく答えていました。劇映画制作の経験がほぼないのにです(笑)。
ですが、今回実際に劇映画を制作したことで、先述の例えが間違いではないものの、まず何よりも「準備」が異なることを思い知らされました。劇映画の場合、「よーい、ドン」の前に周到な準備をしておかなければ、まず走り出すこともできずコケてしまう。そして、その準備がどれほど大変なのかを実感できました。
映画を制作する設計図として脚本が存在しますが、小道具や衣装やメイクなど、その脚本にも書かれていない事柄は無数に存在する。だからこそ、監督は仕事を担ってくれるスタッフたちに最終的な判断を常に出せるようにしなくてはならない。そこがドキュメンタリーとは明確に異なる点だと感じています。
現代の少年が読む住宅顕信
──本作は俳人・住宅顕信の生涯のみならず、彼の遺した句と生涯に惹かれてゆく現代の少年・明彦の成長も描かれています。
本田:「現代に生きる少年が俳人・住宅顕信の句と生涯に触れる」というプロットは、山口さんが提案したものです。
僕は俳人・住宅顕信の伝記映画として制作しようと考えていたため、初めて彼女の脚本を読んだ当初は「この物語で進めて良いのだろうか?」と二日ほど悩みました。
けれども、「顕信さんの句が現代ではどのように受け止められるのか?」を描くこともまた面白いと思い至り、彼女の提案したプロットにゴーサインを出しました。
──劇中には俳人・住宅顕信が遺した33の俳句が様々な形で登場しますが、それらは本田監督が指定されたのですか。
本田:劇中に登場する33の俳句は、あくまで山口さんが脚本執筆の際に自身で選ばれたものです。歌人である山口さんのセンスを信頼しての判断でした。
そして、完成した脚本を読んだ際には「ここ、こういう形で、この句を持ってくるのか!」と驚かされました。その時、「やはり歌人でもある彼女にお願いして良かった」と改めて確信しました。
遺族を裏切らないために
──本作の制作前、住宅顕信さん、或いは住宅春美さんのご遺族のもとを訪ねられたとお聞きしました。
本田:顕信さんを演じられた木口健太さんと僕は、俳人・住宅顕信ファンをがっかりさせないために、何よりも顕信さんのご遺族をがっかりさせないためにも、本作は誠実に撮らなくてはならないと話しました。
映画の完成後、ご遺族の方々にも本作を観ていただきましたが、感想をお聞きすることはできませんでした。
そして、人伝てでその後のご様子をお聞きした際に、やはり顕信さんを亡くされた時のことを思い出されたのだろうと感じました。
ご遺族からすれば、「夭逝の俳人」と呼ばれることよりも、生き続けてほしいと願っていたはずです。それを、映画によって追体験してしまった。それがとてもつらかったのだと僕は思っています。
現時点でも感想はお聞きできていないのですが、岡山県での先行上映会をはじめ、本作の上映イベントがあるごとに来てくださっていることはとても感謝しています。
また撮影時には、万年筆やラジカセ、作務衣や法衣など、顕信さんが愛用していた遺品を使用させていただいたんです。
特に法衣については、木口さんとともにご遺族の方々にお会いした際に試着させてもらったんですが、木口さんの体にぴったりの寸法だったんです。その時には本当に驚かされました。
ご遺族の方々がご協力してくださったからこそ、本作は完成を迎えることができました。
監督にとっての住宅顕信
──本田監督にとって、俳人・住宅顕信、或いは住宅顕信さんとはどのような人物なのでしょうか。
本田:顕信さんの句は闘病生活の中で書かれたものが多いため、やはり淋しさや悲しみに満ちた、「つらさ」を切り取ったような句が多いです。しかしながら、そのような句を詠み続けた一方で、彼の心には「俳句を詠み続けたい」という情熱が溢れていました。
顕信さんを演じた木口さんともお話ししたんですが、僕は住宅顕信という人の両面を描くために本作を制作しました。
彼の抱えている淋しさと悲しさ。そして、情熱。それが彼の心の内で揺れ動き続ける様を描きたかったんです。
それを映画を観て感じ取ってもらえたら一番嬉しいです。
本田孝義監督のプロフィール
1968年生まれ、岡山市出身。法政大学文学部日本文学科卒業。
大学在学中から自主映画の製作・上映を開始。大学卒業後には「小川紳介と小川プロダクション」の上映に携わります。
テレビ番組の製作補などを経験したのち、再び自主製作を開始。ドキュメンタリー映画の製作と並行して現代美術展でも映像作品を発表。
主な作品に『科学者として』(1999)『ニュータウン物語』(2003)『船、山にのぼる』(2007)『モバイルハウスのつくりかた』(2011)『山陽西小学校ロック教室』(2013・劇場未公開)があります。
2019年に公開される本作『ずぶぬれて犬ころ』が監督初の劇映画となります。
インタビュー/河合のび
撮影/出町光識
映画『ずぶぬれて犬ころ』の作品情報
【公開】
2019年6月1日(日本映画)
【原作】
横田賢一
【監督】
本田孝義
【脚本】
山口文子
【撮影】
鈴木昭彦
【音楽】
池永正二
【キャスト】
木口健太、森安奏太、仁科貴、八木景子、原田夏帆、田中美里(特別出演)
【作品概要】
25歳でこの世を去った俳人・住宅顕信の情熱と苦悩の生涯、そして「生きづらさ」に悩む中で顕信の句に出会った現代の少年の重なり合う物語を描いたヒューマンドラマ。ドキュメンタリー作品で知られる本田孝義監督にとって、本作は劇場用公開作としては初の劇映画作品にあたります。
俳人・住宅顕信を演じたのは、『おんなのこきらい』『疑惑とダンス』の木口健太。
また、亡き俳人の俳句に励まされる中学生・明彦を演じたのは、顕信と同じく岡山県出身の新鋭・森安奏太。
さらに、仁科貴や特別出演の田中美里をはじめ、実力派キャスト陣が脇を固めます。
そして、撮影には『人のセックスを笑うな』『ニシノユキヒコの恋と冒険』の鈴木昭彦。音楽には「あらかじめ決められた恋人たちへ」のリーダーであり、近年では映画『モヒカン故郷に帰る』『武曲 MUKOKU』やドラマ『宮本から君へ』などの音楽を手がけてきた池永正二が務めました。
映画『ずぶぬれて犬ころ』のあらすじ
2017年、中学校に通う小堀明彦は同級生からいじめに受けていました。
ある日、掃除用具に閉じ込められていた明彦を、放課後の見回りをしていた教頭・諸岡は偶然見つけます。
諸岡は、教室の張り紙に書かれている言葉は、住宅春美という、かつて諸岡が関わった生徒が書いたものであると明彦に明かします。
やがて、諸岡は住宅春美の生涯を語り始めました。
1980年前後、春美が働いていた食堂で彼女を紹介されたこと。のちに商店街で再会したこと。得度によって「顕信」という法名を授かったこと。「無量寿庵」という仏間を作ったこと。そして、25歳の若さでこの世を去ったこと。
明彦は諸岡から借りた住宅顕信の句集『未完成』を読み始め、その俳句と住宅顕信の生涯に徐々にのめり込んでいきます。
住宅の句と生き方に感銘を受け、明彦は少しずつ変わっていきます……。