果実和菓子に魅せられた女性のハートフルな奮闘記『しあわせのマスカット』
岡山県の和菓子メーカーに就職した女性がさまざまな壁を乗り越えながら奮闘する姿を描いた『しあわせのマスカット』。
『思い、思われ、ふり、ふられ』の福本莉子が映画単独初主演を果たしました。
病気の祖母が喜んで食べてくれたマスカット和菓子に魅せられたヒロインが、「自分で新しい菓子を作りたい」という夢を追いかける姿を爽やかに綴ります。
つらい過去を持つブドウ農家の主人や、さまざまな思いを抱く周囲の人々と、果たして彼女は良い関係を結んでいけるのでしょうか。
『インターン!』の吉田秋生監督によるヒューマンドラマ『しあわせのマスカット』を、ネタバレ有りでご紹介します。
CONTENTS
映画『しあわせのマスカット』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【脚本】
清水有生
【監督】
吉田秋生
【編集】
平野一樹
【出演】
福本莉子、中河内雅貴、本仮屋ユイカ、土居裕子、長谷川初範、竹中直人
【作品概要】
フルーツ王国・岡山県で国内生産No.1を誇る高級ぶどう“マスカット・オブ・アレキサンドリア”。
映画『しあわせのマスカット』は、アレキサンドリアを包んだ和菓子に出会った女子高生が、自分のデザインした和菓子を作る夢を叶えるために和菓子会社に入って奮闘する感動のドラマです。
2018年の西日本豪雨で被害を受けた岡山県を元気にするために、岡山市、倉敷市、総社市でのオールロケを敢行して作られました。
第8回東宝「シンデレラ」オーディションでグランプリを受賞した福本莉子がヒロイン・春奈役で映画単独初主演を飾ります。
共演には、春奈と対峙するぶどう園主を演じる『カツベン!』の竹中直人をはじめ、『アルカナ ARCANA』の中河内雅貴、土居裕子、長谷川初範ら演技派が顔を揃えました。
監督を『インターン!』の吉田秋生、脚本を『コスメティックウォーズ』の清水有生が手がけます。
映画『しあわせのマスカット』のあらすじとネタバレ
北海道から修学旅行で岡山を訪れた相馬春奈は、落した財布を探して駆け回っていました。
財布はみつからず、病気の祖母が食べたがっていた、ブドウの女王「マスカット・オブ・アレキサンドリア」を買えずに春奈は肩を落とします。
しかし、源吉兆庵のアレキサンドリアを包んだ和菓子「陸乃宝珠」を偶然みつけた彼女は喜んで購入。
病室で手渡された美しい和菓子に祖母は喜び、「幸せだ」と言っておいしそうに食べるのでした。
数年後。源吉兆庵の就職面接を受けるために再び北海道から岡山へとやってきた春奈。困っている人を見過ごせない彼女は、道に迷っていたおばあさんを助けてあげたために面接に遅刻してしまいます。
なんとかすべりこみで面接をしてもらえた彼女は、祖母が亡くなる三日前においしそうに吉兆庵の「陸乃宝珠」を食べたことを話します。
「食べた人をしあわせにする和菓子を作る会社で働きたい」という彼女の熱い思いを聞いた社長は涙を流し、春奈の採用を即決しました。周囲の人々を和ませる春奈の笑顔を高く評価したのです。
実際彼女の笑顔は素晴らしく、無表情だった守衛も彼女につられて思わず笑顔になるのでした。
入社後、面接に遅刻したことを同期にからかわれても、それを誉められたと勘違いする天然な春奈に周囲は驚きます。
研修が始まると春奈はミスを連発し、店頭販売、工場作業、商品開発全てでドジを踏んでは周囲を困らせます。配属先を考えあぐねた上層部は、彼女を仕事のきつい商品部に送りこむことに。
先任の担当者がすぐに逃げ出したというほど、気難しいブドウ農家の秋吉伸介を訪ねた春奈は、門前払いされてしまいます。
春奈は負けずに秋吉を訪ね続け、アレキサンドリアを減らさずに作り続けてほしいと頼みこむのでした。
冷たくはねつけられた春奈に、秋吉の妻・みよしはやさしくお茶を入れてやり、10年前にひとり息子で跡取りだった太郎を交通事故で失ったことを話します。
同じブドウ農家の屋敷達也に太郎のブドウハウスまで送ってもらった春奈は、ハウス内に誰かがいるような不思議な気配を感じます。達也は、ブドウは10年たったら終わりで、接木しなければ死んでしまうことを春奈に教えてやります。
春奈の亡くなった祖母がマスカットの和菓子を喜んだ話をみよしが夫に聞かせます。息子の太郎もまた、担任に贈ったマスカットが喜ばれたことをきっかけにブドウ作りを夢見るようになっていました。春奈に手伝わせてあげたらと、みよしは夫にやさしく勧めます。
翌日、春奈を助手席に乗せてハウスへと向かう秋吉の姿がありました。
自分が考えたお菓子を作るのが夢だと、春奈は秋吉に語ります。彼女のスケッチブックにあった、新製品「太郎さんのマスカット」という文字をじっとみつめる秋吉。
接木するようにと秋吉に頼み続ける春奈に、達也は「生き返ることのない息子を思い出させるのは残酷だ」と言います。「人の痛みがわからない人にはおいしいお菓子は作れないんじゃないか」という言葉に、春奈は何も言い返せません。
落ち込んでいた春奈を、カーリングで東日本優勝を果たした姉の雪絵が訪ねてきます。春奈も以前はカーリングの北海道代表選手でしたが、自転車で転んだ際に負ったケガが原因で選手への夢を絶たれていました。
倉敷をめぐる途中、近くにあったカーリング場を訪れ久しぶりにプレイを楽しむふたり。春奈の仕事がうまくいっていないことに気づいていた雪絵は、北海道に帰ってもう一度一緒にカーリングしようと妹を誘います。
ブドウの収穫を終えた秋吉からひと房のアレキサンドリアを渡され、「もう来なくていい」と告げられた春奈は、家でひとりマスカットを食べながら涙を流します。
「人の痛みがわからない自分にはお菓子を作る資格はない」と自分を責める春奈の頭の中で、姉の誘いの言葉がこだまします。
そんな中、岡山を襲ったひどい豪雨災害。被災状況の確認に会社が大わらわの中、春奈は慌てて秋吉家へ向かいます。
映画『しあわせのマスカット』の感想と評価
人は必ず「再生」できるという希望
本作『しあわせのマスカット』のテーマは「再生」です。
おいしい和菓子を作る夢をかなえたくて、老舗和菓子メーカーに就職したヒロインの春奈。
彼女が担当することとなった、偏屈で不愛想で取り付く島もないブドウ農家の男・秋吉は10年前に愛するひとり息子の太郎を事故で失った悲しみを抱えていました。
秋吉が太郎に与えたアレキサンドリアは、亡くなって10年の節目に寿命を終えようとしており、秋吉は思い出とともにそのままブドウを葬ろうとします。
「忘却」という道を選ぼうとする彼を、誰も責めることはできません。
しかし、春奈は「接木をして太郎のブドウを再生してほしい」と秋吉に懇願します。
春奈もまた、カーリング選手になる夢をケガで奪われるという大きな傷を心に負っていました。「アレキサンドリアでおいしいお菓子を作る」という新たな夢に希望を託さずにいられなかったのです。
がむしゃらに接木を勧めたもうひとつの理由には、彼女の持つ「若さ」がありました。痛みを和らげる道を模索するよりも、未来の夢へ突き進む道を選べるのは若者の特権です。
しかし、秋吉の姿を長年そばで見てきた達也は、春奈に「人の痛みがわかっていない」と厳しい言葉を投げかけます。
初めてしっかり立ち止まり、本当に正しい道とは何なのかを見つめ直す春奈。しかしその直後、岡山は西日本豪雨による大災害に見舞われます。
災害というのは、残酷なまでに全てを押し流してしまいます。これまでの生活も真剣な悩みまでもその全てを。
不思議な声に導かれた春奈は、ただ無心にひたすら荒れ果てた太郎のハウスの土を掘り、とうとう太郎のブドウの枝を探し当てます。
これまで頭で考え、心で悩んできた春奈でしたが、ここにきて本能のままにブドウの「再生」の道を選び取ったのです。
カーリングに背を向け、新しいお菓子を作る夢から目をそらしてきた自分。そんなこれまでの弱い自分を乗り越え、もう一度自身を再生させるために、今度こそは逃げないという固い誓いのもと春奈は自らの手で接木作業を進めます。
春奈が太郎の声に導かれて行動を起こしたことを悟り、逃げることをやめて、自らのブドウの枝を太郎の枝に接木する秋吉。
息子を忘れる道ではなく、息子の命をつなぐ「再生」の道を選んだのです。
大災害からの「再生」というのは決して簡単なことではありません。しかし、少しでも被災地を元気にしたいという思いが詰まったこの作品は、きっとその一助となる力を持っているのではないでしょうか。
光り輝く“笑顔”という最高の魔法
「東宝シンデレラ」とは沢口靖子を皮切りに、長澤まさみ、上白石萌音・萌歌姉妹、浜辺美波ら錚錚たる正統派スターを輩出してきた有名な女優オーディションです。
福本自身の持つ天性のきらめきが、いつも笑顔に満ちた春奈の天真爛漫なキャラクターにぴったりとマッチした一作となっています。
ドジっ子の春奈は、冒頭から財布を忘れたり、面接に遅刻したりとミスを連発。しかし、春奈の光輝く笑顔は社長の心を射抜き、「笑顔の素晴らしさ」を買われて入社を果たします。
カーリング選手という春奈の経歴が、北京オリンピック日本代表のカーリング娘たちの輝く笑顔に重なります。カー娘たちの笑顔が多くの人々の心を癒し励まし、愛されたことは記憶に新しいですよね。
春奈もまた、周囲にいる人々を明るい気持ちにさせ、勇気を与えてくれる特別な力を持っています。
息子を失ってから時が止まり、かたくなだった秋吉の心も、北風と太陽の童話のように春奈のとびきりの笑顔の前では帽子を脱ぐしかありませんでした。
秋吉に息子のブドウの命を引き継ぐことを決意させたのは、春奈の笑顔という最強の魔法だったのです。
春奈の魔法にかかったのは秋吉だけではありません。彼女の力になりたいと願った秋吉の妻のみよし、同じブドウ農家の達也、春奈のもとにスコップを手に片付け作業に集まってきた会社の同僚たち。
販売店頭に立っていた春奈が、一緒にお見舞い用の花を選んであげたおばあさんも、後日ふたたび彼女に会うために訪れます。
彼女の笑顔には優しさとともに強さがありました。人々はそこに自然と引き寄せられたのです。
頬を上げただけで、脳は「笑っている」と思い込むそうです。
「辛い時ほど笑顔を。あなたの微笑みにつられて笑顔になった人にはきっとしあわせが訪れます。」春奈がそう教えてくれているように思えてきます。
まとめ
西日本豪雨で大きな被害を受けた岡山県に元気を届けたいという思いから生まれた映画『しあわせのマスカット』。
東宝シンデレラ出身の福本莉子が、きらめく笑顔の主人公・春奈を体当たりで爽やかに演じ、彼女と次第に心通わせていく頑固なブドウ農家の主人を怪優・竹中直人が演じます。
周囲の人々を微笑みをもたらしながら夢に向かって突き進む主人公からたくさんのしあわせをもらえる素敵な映画です。
ヒロインの輝く微笑みから、明日への活力を与えてくれる明るい笑顔の大切さに改めて気づかされるに違いありません。