1人のポップスターの壮絶な人生から学ぶネット社会の恐怖
カリスマポップスターとして、スターの階段を駆け上がるセレステの、壮絶な人生を描いた映画『ポップスター』。
2000年と2017年の2部構成で展開される、かなり実験的な作風である本作の魅力をご紹介します。
監督と脚本は、2015年の『シークレット・オブ・モンスター』で長編映画監督デビューを果たしたブラディ・コーベット。アカデミー主演女優賞を受賞したナタリー・ポートマンが主演を務めます。14歳のセレステとセレステの娘・アルビーの1人2役のラフィー・キャシディの演技も見ものです。
映画『ポップスター』の作品情報
【日本公開】
2020年公開(アメリカ映画)
【原題】
Vox Lux
【監督・脚本】
ブラディ・コーベット
【ナレーション】
ウィレム・デフォー
【キャスト】
ナタリー・ポートマン、ジュード・ロウ、ラフィー・キャシディ、ステイシー・マーティン、ジェニファー・イーリー
【作品概要】
2000年に銃乱射事件の被害者となり、一躍世間から注目された少女セレステが、スターとしての栄光と挫折を味わう、波乱万丈な人生に迫った人間ドラマ。
主演に『レオン』(1995)で壮絶なデビューを飾り、『ブラック・スワン』(2011)でアカデミー主演女優賞を受賞したナタリー・ポートマン。
共演は『リプリー』(1999)でアカデミー助演男優賞後、数々の話題作に出演しているジュード・ロウに加え、ディズニーのSF大作『トゥモローランド』(2015)で、世界的に注目されたラフィー・キャシディが、14歳のセレステと、セレステの娘、アルビーの1人2役で出演しています。
監督と脚本は、2015年の『シークレット・オブ・モンスター』で長編映画監督デビューを果たしたブラディ・コーベット。
映画『ポップスター』のあらすじとネタバレ
2000年、アメリカのある学校で銃乱射事件が発生します。
当時14歳だったセレステは、銃撃により、生死の境を彷徨う重症を負いますが、奇跡的に生還します。
事件の犠牲者を追悼する集会で、セレステは姉のエリーと2人で作った追悼曲を歌い、その様子が全米でテレビ中継された為、レコード化され大ヒットします。
その事をキッカケに、セレステはマネージャーと出会い、本格的に歌手デビューすることになります。
セレステは姉のエリーに見守られながら、レコーディングやダンスレッスンをこなし、発売した2つの曲はヒットします。
曲のヒットを受けて、セレステはヨーロッパでのレコーディング、LAでのミュージックビデオ撮影など、徐々にスターの階段を駆け上り始めますが、出会ったばかりのミュージシャンと一夜を共にするなど、清純さを失い始めていました。
そして、信頼していたマネージャーとエリーが、裏で愛し合っていたことを知り、セレステは心に大きな傷を受けます。
次第に、エリーとの信頼関係にも亀裂が入り始めたセレステは、もう純粋無垢な少女ではありませんでした。
映画『ポップスター』感想と評価
頂点を極めたカリスマポップスターの生き様を描いた、映画『ポップスター』。
音楽業界を舞台にした作品といえば、近年では大ヒットした『ボヘミアン・ラプソディ』(2018)や、2019年のアカデミー賞にノミネートされた『アリー/スター誕生』等がありますが、こういった作品と比較すると『ポップスター』は、かなり異質の作品といえます。
何故かというと、主人公であるセレステが、アーティストとして成功した瞬間から絶頂期を描いていないからです。
本作は2000年から始まり、そこで銃乱射事件の犠牲者となったセレステが、追悼曲を歌い全米から注目される場面から始まります。
その後、レコーディングやダンスレッスンを受けている場面などありますが、発売した曲がヒットしたらしいという情報は、セレステとマネージャーの何気ない会話で終わります。
その後、新曲のミュージックビデオの撮影の為、LAに行き、セレステが少し危険な世界を知った後、唐突にセレステの新曲『ホログラム』のミュージックビデオと、35mmフィルムカメラで撮影された、『ホログラム』のメイキング映像が流れます。
そして、いきなり2017年に時間が流れ、次の場面ではセレステはスターの座から転落しています。
「えっ!いきなり?」という感じです。
何故このような変わった構成の作品になったのでしょうか?
監督のブラディ・コーベットは、ネットのニュース配信が、悲劇のニュースをポップカルチャーの話題と同様に扱われていることに驚き、本作の構想を得たと語っています。
つまり、本作で描かれているのはスターの生涯ではなく、情報化社会の異常さなのです。
本作の印象的なエピソードとして、2000年の銃乱射事件では、アメリカ国民は驚き犠牲者を追悼する集会を開きます。
ですが2017年の、クロアチアのビーチで発生した銃乱射事件では、銃乱射事件という事実より、犯人がセレステのミュージックビデオに登場したマスクを被っていた事に話題が集中します。
つまり17年の間に、世間の感覚が麻痺してきていて、銃乱射事件だけではインパクトが足りず、関心を示さなくなったということです。
日常では暴力や信じられないような事件が溢れており、ネット配信により常に情報が提供され、我々の感覚は確かに麻痺しているかもしれません。
そんなネット社会の恐ろしい側面を、セレステという架空のポップスターを通して描いた作品、それが映画『ポップスター』なのです。
まとめ
本作の主人公セレステは、作品の第2部にあたる2017年では、周囲に八つ当たりをし、ドラッグで動けなくなり、本番直前に泣きじゃくるという、かなり情緒不安定で面倒くさい存在となっています。
ですが、新人歌手に挨拶された際には、カリスマポップスターとして対応し、ラストのライブでは、ファンの前で圧巻のパフォーマンスを披露します。
本作でセレステがライブパフォーマンスを見せるのは、ラストシーンのみとなり、それまで面倒くさい部分しか見ていない映画の観客は、そのギャップに驚かされるでしょう。
ですが、これはセレステに染み付いたカリスマポップスターとしての生き方で、悲しい事に、もうこの生き方しか彼女に選択肢はありません。
どんなに世の中が異常になり、ネットでの誹謗中傷が増えても、セレステはカリスマポップスターを演じ続けるしかないのです。
本作は、変わった構成である事は前述しましたが、エンドロールの流れ方も変わっており、2000年に14歳のセレステが銃撃され、救急車で運ばれる場面で、1度目のエンドロールが流れます。
それも、鎮魂歌のような暗い音楽に合わせてなので、かなり精神的に重くなります。
そして、映画のラストでセレステが曲を歌い終わり、派手に火柱が上がった所で、突如画面が真っ暗になり2回目のエンドロールが流れます。
エンドロールは黒いステージ衣装のアップみたいな映像をバックに、無音で流れ続けます。
当初は、音楽をテーマにした映画でエンドロールが無音なことに驚きましたが、本作で描かれているのは、情報社会の危うさで、この無音のエンドロールは、派手なライブを成功させたセレステの、偶像としての虚しさを表現しているのではないでしょうか?
ただ、このエンドロール、本当に怖くて見ていて不安な気持ちになるので、この実験的な作風も込めて是非体験してみて下さい。