“行き場のない二人は家族になった”
映画『名前』の原案は、直木賞作家の道尾秀介が書き、キャストは名バイプレイヤーとして人気の高い津田寛治と、若手女優の駒井蓮の共演で描いた人間ドラマ。
中村正男が経営していた会社は倒産に追い込まれ、茨城の地に流れ着きます。周囲にさまざまな偽名を使いながら、自堕落な暮らしを過ごしています。
そんな全てを失った男の偽りの日常に、一筋の光が差し込む拠り所を求めた少女の存在…。
哀しくも温かな絆を描く珠玉の物語です。
映画『名前』の作品情報
【公開】
2018年(日本映画)
【原案】
道尾秀介
【監督】
戸田彬弘
【キャスト】
津田寛治、駒井蓮、勧修寺保都、松井穂香、内田理央、池田良、木嶋のりこ、金澤美穂、波岡一喜、川瀬陽太、田村泰二郎、西山繭子、筒井真理子
【作品概要】
『月と蟹』で直木賞受賞の作家道尾秀介が書き下ろしたオリジナル原案を映画化。現代の親子の在り方や思春期の心の揺れ動きを繊細に描き出したヒューマンドラマ。
嘘を重ねて生きる主人公の正男を演じるのは、北野武監督『ソナチネ』で映画デビューを果たし、数多くの映画で活躍する名優津田寛治。
ミステリアスな女子高校生笑子には、『心に吹く風』で鮮烈な印象を残す期待の新星駒井蓮。監督は『THE VOICE』等の舞台演出家、脚本家としても活躍中の『ねこにみかん』の戸田彬弘。
戸田監督が培ってきた演劇も取り入れた斬新な演出が光ります。
映画『名前』のあらすじとネタバレ
冒頭、飲み屋街店の前で佇む一人の男。
田舎の一軒家、若い女性が怒って出て行く途中でした。
「ゴミついでに捨てていって」と冒頭と同じ男が視線も合わずに伝えます。
「本当に出て行くから」女性は振り返らずゴミを持って出ていきます。
再び飲み屋で、飲み仲間と談笑している男正男は、明日大きな取引で外国に出張することを話し、店を後にします。
「吉川さんはすごいやり手のエリートなのね」と飲み仲間同士話が盛り上がります。
不動産会社で家を探している家族、その家族の子どもに微笑みながら正男は物件を探しています。
「お家をお探しですか。ご家族は何人ですか?」
書類に名前を書き込む正男。
鈴木は、「しかし久保さん、僕尊敬しているんですよ。奥さんが入院しているからって、会社の仕事にバレないようにここの工場で朝早くバイトにきてるなんて…」と言いました。
ペットボトルリサイクル工場で若い同僚に話しかけられる正男は、黙々とコンベアーペットボトルをチェックしています。
正男は妻と別れた後経営している会社が倒産し、茨木の片田舎に身を寄せ、自分の名前を偽って自堕落の生活を送っていました。
いつものようにペットボトル工場へ行くと、工場長に呼び出されます。正男の妻が入院している同じ病院に勤めている工員の友人がいることを告げられます。
妻の入院という嘘がバレそうになった時に、正男を「お父さん」と呼ぶ見知らぬ女子高生が現れ、「お母さんが転院していること言わなかったの?」と正男を助けます。
急いで病院に行くふりをして、二人は正男の家に帰ります。
「一体どういうことか説明してくれ。」
「お前は誰なんだ?」
「何が目的なんだ?」
難を逃れながらも正男は、彼女に詰め寄りますがはぐらかされるばかりでした。
また会いに来るという彼女は自分の名前を笑子だと明かし、正男も本当の名前を告げます。
「中村正男だ。」
笑子が訪ねて来るたびに、何かを言いたそうにしながらも隠している態度に、正男はもどかしさを感じていました。
ある日、正男は笑子の携帯電話に登録されている自分の連絡先が、「お父さん」と表示されているのを見てしまいます。
しかし、毎日のように笑子と過ごす時間が、本当の親子のように思えて、笑子に聞くことができずに過ごしていました。
「1つずつ秘密を交換しよう。」と正男は話を持ちかけます。
「実は出べそなんだ。」と笑って見せる正男。楽しい会話の中で恵美子が口を開きます。
「お母さんは水商売をしてるから、夕食はいつも一人で食べる。私の家探しに来る?」
高校で友達と話している時に、演劇部の公園に誘われる笑子。
恵美子は幽霊部員として入部していましたが、練習に参加することに決めました。
友達がそんな笑子に不満な様子で、特に親友の里帆は遊べなくなるとふくれっ面。
里帆の彼氏翔矢も大人っぽく見える笑子に心が惹かれていきます。
演劇の練習中、笑子は何度やっても部長に自分の演技が「本当の自分をもっと芝居で出さないと、嘘っぽい」と言われ、口論になります。
そして里帆に彼氏のことで「最低」と吐き捨てられ、雨の中、正男の家にやってきました。
ーずぶ濡れの笑子から告げられた言葉に、正男は…。
映画『名前』の感想と評価
初めから津田寛治扮する正男が、場面が変わるたびに名前も違っているので、展開がどうなっていくのかとミステリーのような世界に引き込まれます。
少しずつ正男の背負っている過去、会社を倒産させ、妻を傷つけて離婚。
そんな海外を飛び回るエリートサラリーマンを演じ、妻の入院をダシにして同情バイト等が分かってくるのですが、これだけ嘘を重ねていると、いつかどこかで綻びが出てくるのに大丈夫?
そんな心配をしながら、正男の味方になって寄り添ってしまう。
なぜ、こんなダメ男に“女心”は魅かれるのでしょうか。
正男は世間にひっそりと隠れながらも、違う自分を演じて虚飾の世界に生きつつも、静かに少しずつこれで自分はいいのかと、時々自問している姿が垣間見えるからです。
矢印を人に話向けず、自分にいつも向けていることが正男の表情に感じられます。
笑子が家にやってくる日々は、本当に正男が嬉しそうに笑っています。
この幸福な時間誰も奪わないでとつい観ているものが応援したくなります。
自分が本当の父でないことを告げた瞬間に、笑子との幸せな時間が失われることを正男が一番わかって過ごしている後半。
きっと笑子も感じ取っているのだと思いますが、ラストの二人で夜明けまで歩く儚くも珠玉のひと時、父娘を越える絆が愛しいシークエンスになっています。
まとめ
人は“誰でも日常に演技をしている”時があるのではないでしょうか。
それと同時に本当の自分が分からなく瞬間も感じるときもあります。
そんなとき一度立ち止まり自分を見つめることの大切さを、躊躇いながらも正男と恵美子が少しずつ伝えてくれる映画です。
この夏この映画を観た後、風の通る木陰に立ち止まり、ふと自分を見つめてみませんか。