「オックスフォード英語大辞典」の編纂に挑んだジェームズ・マレーと、殺人を犯した罪の意識から、辞書の編纂をサポートする男、ウィリアム・チェスター・マイナー。
この2人が礎を築いた「オックスフォード英語大辞典」は、初版発行まで70年以上の歳月を費やし編纂された、世界最高峰の辞典として知られています。
マレーとマイナーの物語を通じて、「オックスフォード英語大辞典」誕生の実話を描いた映画『博士と狂人』。
生活の中で必須となっている「言葉」や「文字」の持つ素晴らしさを描いた人間ドラマである、本作の魅力をご紹介します。
映画『博士と狂人』の作品情報
【公開】
2019年公開(イギリス・アイルランド・フランス・アイスランド合作映画)
【原題】
The Professor and the Madman
【監督・脚本】
P・B・シェムラン
【共同脚本】
トッド・コマーニキ
【キャスト】
メル・ギブソン、ショーン・ペン、ナタリー・ドーマー、エディ・マーサン、ジェニファー・イーリー、ジェレミー・アーバイン、ヨアン・グリフィズ、スティーブン・ディレイン、スティーブ・クーガン
【作品概要】
「オックスフォード英語大辞典」誕生の裏に隠された実話を描いたヒューマンドラマ。
オックスフォード英語辞典の編纂に挑むマレーを演じるのは、俳優として高い評価を受けながら、監督としても『ブレイブハート』(1996年)『ハクソー・リッジ』(2017年)でアカデミー賞を受賞しているメル・ギブソン。
「オックスフォード英語大辞典」の編纂に協力するマイナーを、『ミスティック・リバー』(2004年)『ミルク』(2009年)で2度のアカデミー賞主演男優賞に輝いているショーン・ペンが演じています。
監督はテレビシリーズ『BOSS/ボス~権力の代償~』(2011~2012)で企画と脚本を手掛けた後、本作が長編デビュー作となるP・B・シェムランが脚本も担当しています。
映画『博士と狂人』のあらすじとネタバレ
19世紀のイギリス。
アメリカ人の元軍医である、ウィリアム・チェスター・マイナーは、戦時下のトラウマに苦しんでいました。
常に何者かに狙われている幻覚に苦しんでいたマイナーは、仕事帰りの男性を銃で撃ち、家族の前で絶命させます。
逮捕されたマイナーは、裁判にかけられますが、不安定な精神状態を考慮され、無罪となります。
マイナーは、精神病院に収監されました。
名門で知られる、オックスフォード大学で、オックスフォード英語辞典の編纂者を決める会議が行われていました。
編纂者を希望するジェームズ・マレーは、貧しい家庭に生まれながらも、独学で学者となった異色の経歴の持ち主ですが、博士号を持たない事が問題視されていました。
ですが、マレーは独学で得た、言語に関する圧倒的な知識を披露した事で、言語学者のフレデリック・ジェームス・ファーニヴァルの信頼を得て、編纂者に決まります。
オックスフォード英語辞典の編纂者に決まった事を喜び、家族に報告するマレー。
ですが、求められるのは「完璧な英語辞典」である事から、マレーはすぐに困難な壁にぶち当たりました。
そこで、マレーが考えた方法は、ボランティアにお願いして単語を収集する方法です。
マレーは、書店などに「ボランティア協力のお願い」が書かれたチラシを配布していきます。
精神病院に収監されたマイナーは、精神病院の院長であるブレインの診断を受けます。
診断を受ける中でマイナーは、自分が命を奪ってしまった男の家族に、罪滅ぼしの為に、軍の年金を渡すようにお願いします。
看守であるマンシーは、未亡人となったイライザに、マイナーの年金の話をしますが、イライザはマイナーに強い恨みを持っていた事から、この申し出を拒否します。
イライザに自身の申し出を断られたマイナーですが、精神病院内で事故が発生した際に、看守の命を助けた事で恩赦を受けるようになります。
マイナーは、広い部屋を与えられ、本を読む事を望みます。
そして、マンシーから受け取った本に、マレーが配布した「英和辞典作成に関しての、ボランティアのお願い」のチラシが入っていました。
一方、自宅に作業用の小屋を作り、作業に没頭していたマレーですが、辞書作成が難航しており「Art」に関する記述が見つかり苦しんでいました。
また、辞書編集の担当者ジェルから圧力を受け、マレーは精神的に疲弊していました。
そこへ、マイナーから「Art」に関する記述が送られてきます。
マイナーからの、英語辞典に関する情報提供はそれだけではなく、マレーはマイナーからの情報をもとに、英和辞典作成の作業が軌道に乗り始めます。
映画『博士と狂人』感想と評価
世界最高峰と称される「オックスフォード英語大辞典」の誕生にまつわる実話を描いた映画『博士と狂人』。
辞書作りを描いた映画と言えば2013年の日本映画『舟を編む』を連想する方も多いのではないでしょうか?
『舟を編む』では、新しい辞書「大渡海(だいとかい)」の編纂を任された主人公の馬締の奮闘が描かれていましたが、作中で、辞書編集部はお荷物のような存在となっており、誰も新しい辞書に期待をしていないという場面がありました。
『博士と狂人』の主人公マレーは、逆に名門「オックスフォード大学」の名を背負い、「名門に失敗は許されない」というプレッシャーを抱えての編纂となります。
さらに、戦争のトラウマから殺人を犯してしまい、精神病院に収容されたマイナーが絡む事で、物語の独自性が高まります。
本作で強く主張されている事は「言葉の持つ力や素晴らしさ」です。
作品の序盤で、マレーがマイナーと初めて会う場面があるのですが、「言葉の持つ力や素晴らしさ」を印象付ける場面となっています。
「オックスフォード英語大辞典」の編纂に苦しんでいたマレーは、手紙で言葉に関する膨大な情報を提供してくれるマイナーを、当初は精神病院の院長だと思っていました。
その為、マイナーが殺人を犯し精神病院に収容された犯罪者である事に、マレーは最初は驚いた様子を見せます。
また、アメリカの名門出身のマレーも、スコットランド人のマレーを最初は差別的な発言で迎えます。
ですが、お互いの文学に関する高い教養を交換する内に、2人の間に友情が芽生えるようになります。
2人のやりとりは「言葉を交わす」という行為を、まるでエンターテイメントのように楽しんでいる印象があります。
仕立て屋の貧しい家柄出身のマレーと、名門のエリート階級出身のマイナー、家柄も人種も違い、普通なら会う事すらなかったであろう、2人を結びつけたのが「言葉の力」なのです。
また、作品中盤の、マイナーがメレットに言葉を教える展開も「言葉の力」を印象付けます。
当初メレットは、自分の夫の命を奪ったマイナーの事を憎んでいました。
マイナーも、その事を心から後悔しており、メレットに自分の全てを捧げるつもりで謝罪をしますが、メレットは全く受け付けません。
ですが、メレットが文字を読めない事に気付いたマイナーは、メレットに文字を教える事で、次第にお互いの心が通じ合うようになります。
そして、文学に触れたメレットは、これまで自身の生活の事だけで頭がいっぱいでしたが、新たな価値観に触れるようになります。
本作では、普段何気なく使っている「言葉」や「文字」が、人間という動物に与えられた素晴らしい能力である事を、さまざまな登場人物のエピソードから語られます。
物語の後半で、マイナーは、精神病院の院長ブレインにより人格を破壊され、まともに言葉が話せなくなります。
マレーは、マイナーを精神病院から出す為に、いろいろと模索をしますが、この展開には自由に言葉を話す事こそ、人間らしくいられる証であり、それこそが自由であるという主張が込められています。
映画『博士と狂人』は、言葉にまつわる人間ドラマが展開されますが、「オックスフォード英語大辞典」の編纂に関する重圧や、周囲の圧力に悩むマレーと、自身が犯した罪と、残された家族に向き合うマイナー、2つの物語に主軸を置いています。
そして、この2つが絡み合って迎えるラストは「人間らしさ」をテーマにした、とても感動的な展開となっていますよ。
まとめ
映画『博士と狂人』の注目点として、メル・ギブソンとショーン・ペンの初共演という部分でしょう。
ショーン・ペンは罪の意識に悩み、心の病に苦しむマイナーを、感情剥き出しの演技で表現しています。
これとは対照的に、マレーを演じたメル・ギブソンは、常に冷静を装いながらも重圧に苦しむマレーの内面を、静かな演技で表現しています。
この2人の演技により、映画『博士と狂人』は重厚で見応えのある作品となっています。
「オックスフォード英語大辞典」の誕生にまつわる実話というと、少し難しいイメージを抱くかもしれません。
ですが、本作は練りこまれた脚本と、アカデミー賞俳優による演技合戦が楽しめる、言ってしまえば王道のエンターテイメント作品なのです。
「言葉の大切さ」というテーマは、『舟を編む』でも「気持ちを伝える言葉が見つからない」という部分では同じでした。
国は違えど、辞書をテーマにした作品が、同じテーマで着地するというのも、なかなか面白いですね。