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Entry 2019/03/07
Update

映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』ネタバレ感想レビュー。現代美術作家は疾走と膨大な記録によって蘇る

  • Writer :
  • 吉田竜朗

映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』は、2019年3月2日(土)より、UPLINkほか全国順次公開。

“ヨーゼフ・ボイス”=”社会を彫刻する芸術家”

アンディ・ウォーホルと共に時代を代表する偉大なアーティストが、膨大な資料と記憶によって、スクリーンの中を疾走する。

ついに、伝説のアーティストが蘇るー。

今回はアンドレス・ファイエル監督のドキュメンタリー映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』のあらすじと感想をご紹介します。

映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』の作品情報

【公開】
2019年(ドイツ映画)

【原題】
Beuys

【監督】
アンドレス・ファイエル

【キャスト】
ヨーゼフ・ボイス、キャロライン・ティズダル、レア・トンゲス・ストリンガリス、フランツ・ヨーゼフ・バン・デル・グリンテン、ヨハネス・シュトゥットゲン、クラウス・シュテーク

【作品概要】
1960年代から数多くの若者を熱狂させ、スキャンダルを巻き起こしてきた稀代の芸術家ヨーゼフ・ボイスを扱ったドキュメンタリー映画。

今作の監督を務めたのはドイツで社会派ドキュメントを中心に制作してきたアンドレス・ファイエル。

監督自ら「21世紀で最も偉大な芸術家」と賞賛するヨーゼフ・ボイスの人生と思想が、膨大な記録によってついにあらわになります。

映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』のあらすじとネタバレ


(C)2017 zero one film, Terz Film

多くの聴衆に囲まれたフェルト帽の男。彼は壁に張り付いた脂肪を集め、頭に被る。

すると、ワーッと歓声が上がる。

筒から出る水を犬のようにガブガブ飲む。また、ワーっと歓声が上がる。

真剣に見つめる多くの若者は一斉に手を叩く。

まるでそこにいるオーディエンスはフェルト帽の男と共にパフォーマンスをしているかのように。

その帽子を被った男は「ヨーゼフ・ボイス」というドイツを代表する芸術家だった。

当時、多くの名声を浴び、現代アートのボス的存在だったアンディ・ウォーホルに変わって、彼は「世界で一番注目される芸術家」として世界各国から熱視線を浴びていた。


(C)2017 zero one film, Terz Film

1966年、ボイスは「グランドピアノのための等質浸潤」という作品をドイツで発表した。

赤十字のマークがあしらわれた灰色のフェルトがピアノを覆っている。さらにそのピアノの周りにはおびただしい量のホール状になったフェルトが置かれている。

部屋一体を支配する圧迫感…。それを見た市民からは極端な意見が寄せられた。

「わからん」「わかりやすい」。

ボイスはインタヴューでこう語る。

「あなたは芸術の伝統から離れていますか?」

「もちろん。伝統から距離をとり、別の意味で芸術を組み立てる。それはあらゆるシステムに拡張されるものになる」

一連のパフォマーンス、作品、発言に至るまで、多くの人からは好奇な目で見られていた。

「異端」「狂気」「不毛」、彼には様々なレッテルが貼られた。しかしそのような「不毛」なレッテル貼りは逆に彼を駆り立てた。

ボイスは進んで公の場におもむき、電波を借りて自分の主張を叫び続けた。

特にボイスを中心としたテレビの討論番組では批評家や教授たちと激しい舌戦を繰り広げた。

「あなたは”群れ”という作品でなぜソリを車の後ろに並べたのですか?なぜ乳母車ではないのですか?」。

「知るか!!そんなのあんたが勝手にやれば良いじゃないか!!」。

場は荒れた。しかし、そこは紋切り型の芸術論を語るお堅い討論番組ではなかった。

ボイスのエスプリの効いた発言は客席を沸かせた。

批評家や教授たちは討論の内容に思わず笑みをこぼした。そこにはどことなく暖かいムードがあった。

ボイスは満面の笑みで言う。

「くたばれだのなんだの、あの番組の後、色んな悪口が僕の電話に届く。でもそれは人々が活気づいている証拠だ。人は怒らせることで活気付くんだ」。

彼は自らの手で、そして芸術で、社会システムを転覆させるために人々を挑発し続けた。

以下、『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』ネタバレ・結末の記載がございます。『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。

1921年5月、ヨーゼフ・ボイスはドイツ北部のクレーフェルトという都市に生まれた。

父からは将来、油脂工場に勤めて出世することを期待されていて、母からは愛情を受けなかった。そんなボイス少年は両親との溝を感じ、草原に出て自然と戯れていた。

1942年、21歳になったボイス青年に今後の人生を決定づける災難が訪れる。


(C)2017 zero one film, Terz Film

ナチス政権時代、ボイスは空軍パイロットとして地獄の東部戦線に駆り出されていた。

相棒のパイロットとウクライナ上空を飛行中、彼らの機体は撃墜。堕ちゆく短い時間の中、彼らは「飛び降りようか」、と1つ言葉を交わした。しかし、彼らはそのまま機体ごと地面に落ちていった。

ボイスは気を失ったままタタール人に囲まれていた。相棒の体は消え去り、後にわずかな骨だけが見つかった。

ボイスの意識は12日後に戻った。彼は奇跡的にタタール人の看護によって助かった。

フェルトに覆われ、体には脂がまとわりついていた。

地獄から生還したボイスは戦後、デュッセルドルフ芸術アカデミーで芸術を学んでいた。

しかし、その時を知るフランツ・ヨーゼフ・ファン・デア・グリンテン(美術史学者)は1950年代後半からのボイスがいかに危ない状態だったかを語る。

「体も洗わず、服も着ない。多くを放棄し、芸術をも捨てていた」。

忌まわしい戦争のせいで、ボイスの体には大きな損傷が残っていた。頭蓋骨は折れ、顔が歪んだ。

彼はその頭を守るように常にフェルト帽を被り続けるようになった。

身体的傷、そして祖国の傷、二重の障害が彼にとって悲惨な精神状態へと誘っていった。

ボイスにとって既存の芸術は終わったものだった。

しかし、10年間の沈黙の後、彼は苦難を受け入れ、芸術の境界を破るためにとんでもない作品を発表するに至った。


(C)2017 zero one film, Terz Film

「死んだうさぎに絵を説明する方法」(1965年)

部屋に入ったボイスは顔を装飾し、文字通り死んだうさぎに絵を説明する。持ち上げたうさぎの死体をガラスの壁越しで観衆に見せたり、うさぎの耳を咥えてハイハイしたりした。

若者はその奇抜さに興味を示した。

彼は苦境から脱するために、終わった芸術の基礎を再び構築していったのだった。

デュッセルドルフ芸術アカデミーの教授職に着いていたボイスは、そこでも自らの理論を広げていった。

そして「彫刻」に既成の芸術を破るための意義を見出した。

「無規定」「運動要因」「規定」という3つの言葉を彫刻に当てはめる。それは普通動きがない彫刻に対して、変化と動きを与えようとする理論だった。

そしてその理論は芸術の枠を飛び出し、現代社会に変革をもたらすために応用されることになる。

その名も「社会彫刻」。基礎から社会を構築させようという企てだった。

ボイスは学校という場を使い、若者と、多くの議論をし、徐々に仲間を作っていった。


(C)2017 zero one film, Terz Film

彼は学校機関というルールにうるさい組織には自然と従わなくなり、徐々にアカデミー側と険悪な関係になっていった。

自分の教室で独自の教育法を実践するボイスは言った。

「10人。入学選抜試験で選ばれる生徒の数だ。とても許されることではない」。

教育の場において学びたいと思う人を選抜し、希望を断つ行為に憤怒したボイスは自分のクラスだけその制限を撤廃した。

「デュッセルドルフを世界の文化都市にする」。そんな目標を掲げたボイスの元に世界中の学生が集まった。

その数400人。もちろん、学校側や政府がその行為を許すはずがなかった。

両者言論での衝突が続く中、ボイスは行動に移す。事務室を生徒と占拠。

アカデミーは警察を呼び、沈静化を図る。抗議する生徒たち。ボイスは教授職を解かれた。

しかし彼は足を止めようとしなかった。

「ウィークエンドを知らない」。その言葉を胸にボイスは休む間も無く動いた。彼はアメリカに飛んだ。


(C)2017 zero one film, Terz Film

「コヨーテ-私はアメリカが好き、アメリカも私が好き」(1974年)

ニューヨークのギャラリーの中に解き放たれたコヨーテ。無造作に散らばったウォール・ストリート誌。そしてフェルトに包まれるボイス。この3つのいかにもまじ合いそうにない物体が一室に集まる。

アメリカの原住民にとって神聖な存在であるコヨーテは、フェルトを噛みちぎり、ウォール・ストリート誌を踏みつける。
それはまるで原住民が現代社会を切り刻むように。

ボイスはアメリカの文化を退行させ、全てを却下した。

彼は部屋で電話を取る。いつものように、「…ボイス」とだけ返事をする。

ヨーゼフ・ボイスの本格的な政治参入が近づいていた。

誰しもが参加し、社会を作っていこうとする理念の「社会彫刻」を成し遂げるため、彼は政治の世界に踏み込んだ。

「芸術と政治」という公開討論で、政治の世界に入ろうとするボイスは、専門家から理想家の印を押され、猛烈な批判を浴びる。

しかし、事実彼の元には多くの人間が集まった。元ナチ、マルクス主義者…本当なら合間見えない人間もいた。

「非政党的な政党」、そんな自由な集合体をボイスは統率していた。


(C)2017 zero one film, Terz Film

彼は選挙活動のためあちこちを回るが、体は正直だった。彼は病に倒れた。

さらに衰弱していく体に追い打ちをかける出来事が起こる。

党内からの批判だった。

理想よりも現実に重きを向けつつある政党にとって、選挙に勝つことがなにより重要だった。徐々に硬直しだした政党は、理想家を邪魔な存在とみなした。

彼は支持されなくなった。

しかし、「ウィークエンド」を知らない彼にとって、止まることは許されなかった。

彼は別の形で「社会彫刻」を成し遂げようとしていた。

「7000本の樫の木プロジェクト」(1982年)


(C)2017 zero one film, Terz Film

ボイスの死の4年前、その巨大な計画は始まった。不動の石と育つ木という対極な資材を使って時間の中で関係が変化していくことを図った。

ボイスはドイツのカッセルに巨大な土地を用意した。そして、ボイスと彼を取り囲む支持者たちが一緒になって、石を並べ、カシの木を植えた。

まさに「社会彫刻」そのものだった。

ボイスの死後、彼の息子が最後の樫の木を植えた。これからも残り続けるカシの木、彼の挑発はいまだに終わっていない。

映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』の感想と評価


(C)2017 zero one film, Terz Film

「異端のアーティスト」
「トリックスター」
「不毛」
「狂気」

これらは当時、ヨーゼフ・ボイスに付けられた異名です。

さらに自宅の電話で「くたばれ!」と過激派からのメッセージを受け取ることもしばしば。

それでも彼はメディアやアンチに進んで言葉をかけ、対話を促し、行動し続けました。

しかし、生まれながらにして、または学生時代からそういった社会派の芸術家だったというわけではありませんでした。

彼は2つの大きな「傷」によってドン底に叩きつけられた経験を持っています。

重いうつ病を患っていた青年期のボイスは内にこもり、自らの内面に視線を注ぎ続けます。

しかし、同時にその苦しい体験は、その後の進歩的な芸術スタンスを確立し、外に、社会に視線を送る彼の姿勢を作ったキッカケにもなりました。


(C)2017 zero one film, Terz Film

この映画で面白いのが、芸術家ボイスが作品を作っている風景よりも熱く議論をし、話しをしている場面の方が何倍も多く映っている事実です。まるで政治家のようですが、ボイスのスタンスを上手く物語っていると思います。

彼は学生向けの講演の中で、「彫刻」に関するある理論を提示します。

いままで「静的(動かないもの)」として捉えられていた彫刻に「動的(動くもの/変化のあるもの)」な要素を加えるというものでした。

ボイスは「運動要因」を彫刻に加えることにより、常識を吹っ飛ばそうとします。

そして、それは同時に外へ、社会へ応用されます。

社会や政治に運動要因を加え、変化を加えようという試み。

進歩的で、革新的な芸術家は、時代にも味方され、若者からの絶大な支持を得ます。

彼は自らも「動的(動くもの/変化のあるもの)」なものとして促し、過去の「静的(動かないもの)」を否定し、疾走し続け、自ら止まることを拒絶しました。


(C)2017 zero one film, Terz Film

今作は、そんな道程をたどるヨーゼフ・ボイスを巡った膨大な記録映像と写真が、流れるようにバシバシと100分間の中を駆け巡ります。

「疾走」する記録イメージの暴走。

情報量の多さのおかげで若干の疲れを感じながらも、このドキュメンタリー映画がアクション映画であるかのような「疾走感」を持っていることに気付かされます。

映画を駆け巡る「疾走感」

これはまさにボイスの「運動要因」という概念を映画内に良く消化させているために起こるものです。

『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』はヨーゼフ・ボイス入門としての格好の入り口となるだけでなく、作り手のボイスへの愛情と尊敬の念がしっかりと詰まった良作ドキュメンタリー映画です。

まとめ


(C)2017 zero one film, Terz Film

今作はあくまで、ヨーゼフ・ボイスの人生や哲学を巡る自伝的映画になっています。

音楽家坂本龍一氏も賞賛するシンプルなサウンドトラック(エンディング曲がとても力強く美しい)や最低限の証言者数など、演出のどれも主張すぎることなく、映画の疾走感を途切れさせません。

さあ、危険な香りがするヨーゼフ・ボイスに迫ってみてはどうでしょうか。

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