連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第42回
「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」の第42回で紹介するのは、第2次世界大戦の激戦地、レニングラードで活躍した、女性鉄道兵たちを描いた戦争映画『脱走特急』。
1941年、ソビエトに攻め込んだナチス・ドイツ軍。その主要な目標の1つがレニングラードでした。長らくロシア帝国の首都であった、現在のサンクトペテルブルクです。
当時はロシア革命の父、レーニンの名を冠したソビエトの聖地であり、工業と物流の拠点となる、厖大な人口を抱えた港湾都市として、戦争の行方を左右する場所でした。ドイツ軍はこの都市を包囲しますが、ソビエト側も必死に抵抗しました。
そのレニングラードに物資を補給する役目を担ったのが、女性市民たちも動員した鉄道輸送隊でした。その物語が今、映画化されたのです。
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CONTENTS
映画『脱走特急』の作品情報
【日本公開】
2020年(ロシア映画)
【原題】
Коридор бессмертия / Convoy 48
【監督・脚本】
フェドール・ポポフ
【キャスト】
アルテム・アレクシフ、アナスタシア・ツィビゾワ、スヴェトラーナ・カツァガジヴェヴァ、スミルノヴァ・ イゴール・ヤスロビッチ、アルテム・ミリニチャク、アレクサンダー・ヤツェンコ
【作品概要】
包囲されたレニングラード市民を救うべく、戦火の中活躍した第48鉄道隊の人々を描いた大作戦争映画。ロシア映画界で長らく監督・製作を務めるフェドール・ポポフの手掛けた作品です。
「未体験ゾーンの映画たち 2014」で上映された『ホワイトタイガー ナチス極秘戦車・宿命の砲火』(2012)のアルテム・アレクシフや、ロシアのTVドラマなどで活躍するアナスタシア・ツィビゾワ、『ダイアモンド・アーム』(1969)など60年代から活躍するベテラン、イゴール・ヤスロビッチらが出演しています。
映画『脱走特急』のあらすじとネタバレ
1943年1月18日。長らくドイツ軍の包囲下にあったレニングラード市内に、ソビエト軍がついに包囲網を破った、との放送が流れ市民たちは歓喜の声を上げます。
とはいえ実体はラドガ湖沿岸の、幅4~8㎞の回廊を切り開いたに過ぎず、レニングラードが解放された訳ではありません。多くの市民に必要な物資を運び込むには不十分なものでした。
列車1本は大型トラック100台分に勝る物資の輸送が可能で、泥炭湿地である回廊には、まともな道路もありません。レニングラードの最高指導者、軍事評議員のジダーノフ中将は、今もドイツ軍の攻撃に晒されるこの回廊に、鉄道を敷設することを決定します。
その頃レニングラード市内では、女学生のマーシャ(アナスタシア・ツィビゾワ)とソーニャ(スヴェトラーナ・カツァガジヴェヴァ)が徴用されていました。音楽を学ぶ2人は楽団に入ることを希望しますが、第48鉄道隊への配属を命じられました。
こうして彼女たちの鉄道隊での生活が始まります。しかしまず2人に与えられた仕事は、他の徴用された市民と共に、鉄道の建設に従事することでした。工事現場まで列車で運ばれ、貨車から降りるとドイツ軍の砲弾が降り注ぎ、逃げまどう市民たち。
それでもマーシャとソーニャは、市民たちと共に森に入ると木を切り倒し、野宿して作業を続け、鉄道のルートを切り開いてゆきます。
こうした市民の力に支えられ、鉄道隊はわずか17日で33㎞の線路を敷設し、レニングラードと外部を結ぶ鉄道の開通に成功しました。
しかし工事は簡単には進んだ訳ではありません。マーシャとソーニャの働く建設現場は、時に砲弾が落ち、ドイツ軍戦闘機が現れ機銃掃射を浴びせます。
ソビエト軍戦闘機が現れ、ドイツ軍機を撃ち落すと、皆が歓声を上げます。しかし脱出した操縦士を、一部の市民がシャベルを手に襲う姿を、黙って見つめるしかないマーシャたち。
人々の心が荒む中、マーシャは楽器のピッコロを取り出します。それを見た老人が、彼女に「スリコ」(ジョージア民謡で亡くなった恋人を偲ぶ歌。スターリン時代のソビエトで流行した曲)を
吹けるかと訊ねます。
マーシャが「スリコ」を演奏すると、皆が工事の手を止めて聴き入ります。演奏を終えたマーシャに老人は配給のパンを差し出します。断る彼女に、君は生きなさいと告げる老人。
決意を新たに作業に戻ろうとするマーシャとソーニャ。しかし建設現場にはまた、ドイツ軍の砲弾が落ちてきます。
北極圏に近い港湾都市、ムルマンスク。腕は良いが一癖ある機関士のフョードロフ(アルテム・アレクシフ)は、鉄道を運用する人員が不足している、レニングラードに行けと命じられます。
さもなければ囚人部隊行きだと告げられ、フョードロフは楽器のマンドリンを手に、同じように選ばれたソバーキンら仲間と共に、輸送機でレニングラードに向かいました。
鉄道の敷設工事が完了すると、マーシャとソーニャは老いた機関士である教官、ペドロヴィッチ(イゴール・ヤスロビッチ)から機関車の運転を学びます。素人であるマーシャたちの頼りない操作を、厳しく指導するペドロヴィッチ。
フョードロフたちが到着したレニングラードは、まだ時折ドイツ軍の砲弾が降ってくる状況です。彼は通りがかったをマーシャを、砲弾の爆発から身を挺してかばいました。
48鉄道隊本部に到着したフョードロフたちは、機関車を運行する鉄道隊の隊員たちが、経験の無い若者たちと知って驚きます。しかし火夫のバクダフスキー(アレクサンダー・ヤツェンコ)らと共に、任務を果たそうと決意します。
フョードロフの前に集まった、マーシャら女性を含む経験の浅い第48鉄道隊の隊員たち。指揮官はナチス・ドイツに勝利するため、そしてレニングラード市民のため列車走らせ物資を積み、必ず戻ってこいと激励しました。
彼らの列車は途中で蒸気機関用の水を補給し、ネヴァ河の鉄橋を渡ります。氷の上に敷かれた線路は冬の間しか使えません。氷がきしむ線路の上を、慎重に列車を走らせるフョードロフ。
森の中を進む列車に、ドイツ軍は砲撃を加えます。周囲に砲弾が落ちる中、列車は先を急ぎます。しかし保線要員から、前から下り坂を暴走する貨車が向かっていると警告を受けます。
フョードロフはスピードを落とし、慎重に機関車を操って、衝突した貨車との連結に成功します。バクダフスキーら火夫はボイラーの火を強め、マーシャとフョードロフは上り坂での車輪の空転を防ごうと、シャベルで線路上に土を撒きました。
彼らの努力で列車は前に進み始め、ドイツ軍の攻撃に晒される、危険なラドガ湖沿岸の”死の回廊”を通り抜けました。こうして列車は目的地のチャレポベツに到着します。
貨物を積む間、第48鉄道隊隊員たちは短い穏やかなを時間を過ごします。しかし物資を積んでレニングラードへ戻る復路は、厳しいものになることが確実でした。
そこで煙幕を発生させる発煙缶を集め、砲撃の着弾地点を観測する、ドイツ軍の目から列車を隠そうと決めたフョードロフ。
列車がレニングラードに向け”死の回廊”を通過する時、フョードロフは発煙缶を投げ列車を隠そうとします。しかし走りながら煙幕を張っても、先頭車両は敵の目に晒されます。
しかもドイツ軍は、並走して走る制圧下の鉄道に装甲列車を用意し、林の途切れた見晴らしの効く場所で、列車を直接狙い砲撃してきます。そこでフョードロフは機関車を貨車から切り離し、単独で運転して走らせながら、線路を煙幕で覆い隠そうと試みました。
フョードロフに砲弾の破片が当たり、彼は意識を失います。しかし列車を守ろうと行動し、誤って炭水車に落ちていたソーニャが、危険をかえりみず機関車に乗り込みます。
彼女はフョードロフを目覚めさせると、彼の指示で機関車を操作し停車させると、今度は逆走させます。機関車を操って、無事切り離した貨車との連結に成功したソーニャ。
今度はソビエト軍の砲撃が開始されました。列車は味方の砲撃に援護され、煙幕を張った線路を進みます。
こうしてまだ包囲下にあるレニングラードに、仲間と列車で到着したマーシャとソーニャ。鉄道輸送隊の活躍で物資が運び込まれた市内に、2月22日より配給のパンを増量するとの放送が流れます。それを聞いた2人は、市民と共に歓声を上げました。
ところが2人の訪れた病院は焼け落ちていました。そこに家族が入院していたソーニャは、思わず泣き崩れます。
そこに現れた看護婦が、ソーニャの家族は鉄道隊の活躍で、包囲を抜けレニングラードから移された、と教えてくれました。その知らせを聞いて安堵する2人。
今だにレニングラードはドイツ軍の包囲下にありましたが、明るい兆しが見えてきました。
映画『脱走特急』の感想と評価
参考映像:『レニングラード 900日の大包囲戦』(2009)
第2次世界大戦で、最も凄惨な戦いと呼ばれる独ソ戦。しかし首都を巡るモスクワ攻防戦、戦争のターニングポイントとして、劇的な結果となったスターリングラード攻防戦に比べると、レニングラード攻防戦の日本での知名度は、やや劣っているかもしれません。
しかし900日近い長期に渡った、多くの住人を巻き込んだ壮絶な戦いは、今も世界の人々の記憶に残り、語り継がれています。
その全貌は旧ソビエトで、70㎜フィルムで撮影された大作戦争映画、『レニングラード攻防戦』(1974)と『レニングラード攻防戦Ⅱ 攻防900日』(1977)で、各前後編の計4部作というスケールで映画化されました。
今回の『脱走特急』は1943年1月以降の、回廊が切り開かれた後の物語。それ以前の包囲された初期の、飢餓状態に陥った都市を描いた映画には、ミラ・ソルヴィノとガブリエル・バーンが出演した『レニングラード 900日の大包囲戦』があります。
レニングラード戦の秘話を映画化
簡単にこの戦いの流れを解説した上で、映画の背景を見ていきましょう。
1941年6月22日、ナチス・ドイツはソビエトに侵攻を開始します。その大きな目標の1つがレニングラードであり、ドイツ軍は9月8日にラドガ湖畔まで進出、都市を包囲します。
一方のソビエト側も体制を立て直します。革命の聖地でありロシア帝国時代の首都、そして市内の軍需産業は、今も稼働し戦線に多くの兵器を供給していました。この都市を守るべく、激しい抵抗を続けました。
余りにも厳重な防御態勢に、ドイツ側は市内に突入を断念、9月17日には戦車部隊をモスクワ攻略に参加すべく移動を命じます。ヒトラーはレニングラードの早期占領を諦め、包囲して兵糧攻めにすると決定します。
その結果レニングラード市内は食料不足に陥り、配給食糧は激減し飢餓状態が発生、死者があふれ人肉食まで発生する、あまりにも凄惨な状況が生まれました。
しかし冬が到来し、11月にラドガ湖やネヴァ河が凍ると状況が変わります。氷の上の”命の道” と呼ばれるルートを通り物資が運び込まれ、50万以上の市民や重要産業設備が脱出します。
1942年4月になるとこの道は途絶え、防衛や産業活動の維持に多数の市民が残るレニングラードは、引き続き厳しい食料事情が続きます。しかし再開されたドイツ軍の攻撃に耐えて、また冬が訪れるとソビエト軍は反撃に転じました。
1943年1月18日、ラドガ湖沿いに本土との回廊が切り開かれます。それ以降の物語を描いたのが『脱走特急』です。直後の2月2日にはスターリングラードで包囲されたドイツ軍が降伏、独ソ戦は大きな転換点を迎えます。
この切り開かれた、”死の回廊”で活躍したのが鉄道隊でした。映画はフィクションを交えて描いていますが、本作の脚本には両親はレニングラードの封鎖を生き延び、父親が第48鉄道隊の一員として列車を運行している、ディミトリー・カラリスが参加しています。
そして本作のアドバイザーとして、レニングラード戦に参加し、後に著名な作家・脚本家となったダニエル・グラニンが参加し、包囲下で暮らす人々のリアルな姿の再現に協力しています。
ロシア文芸戦争映画の伝統
ロシア人でも知る人が少ない、歴史的秘話を描いた意義ある作品と評された本作。全体的に地味な印象は拭えませんが、戦争映画ファンのための見所を紹介しましょう。
冒頭でメッサーシュミットBf109戦闘機を撃ち落としたのは、ソビエトのラヴォーチキンLa-5戦闘機でしょうか。また偵察機としてフォッケウルフFw189が登場。絶望的な気分になるソビエトの戦争映画、『炎628』(1985)に登場した飛行機と言えば、お判りの方もいるでしょう。
なんといっても珍しいのがドイツ軍の装甲列車の登場。遠景での登場で細かいディテイールが判明しないのが残念ですが、『天空の城ラピュタ』(1986)に登場する装甲列車の、デザインの元ネタとも言われる車両も登場するので、目を皿にして注目して下さい。
ですが本作の戦闘シーンは基本的に地味。実質的にドイツ兵が姿を現さない、ドラマ重視の映画です。『この世界の片隅に』(2016)風に、小市民を描く視点が興味深いです。
しかしメロドラマに歌のシーン、群像劇というより、実質主人公が移っていくような展開は、ソビエトの『静かなるドン』(1958)『戦争と平和』(1967)といった作品の、文芸戦争映画的なゆったりとした展開を思わせます。
裏切り者がいるスパイ映画要素に、核開発秘話はどうも付け足しに思えて、本当に必要なの?という気がしますが、サービス要素なんでしょう。
装甲列車と対決する絶対不利なクライマックス、登場人物の位置関係がおかしいような気もしますが、世界で公開しているのは125分版、今回日本で公開されたのは140分版。まったりとした展開を含め、この違いに謎を解くカギがあるのでしょうか。
まとめ
ソビエト=ロシアの文芸映画の香りがする、勝利しても物悲しいムード漂う『脱走特急』。独ソ戦に興味のある、戦争映画ファンには無論お薦めですが、もう1つの主役、機関車の描写が微に入り細に入ってます。鉄道映画ファンこそ、実に見逃せない作品です。
映画をツッコミつつ紹介しましたが、このレニングラード戦では、ソビエト側の公式発表でも60万以上とされる餓死者が発生、市民の総犠牲者数については70万から150万までの間の、様々な説が存在しています。
この状況は包囲下のレニングラードを生き、映画より早い1942年8月に脱出、1944年に亡くなった、ターニャ・サヴィチェワという少女が日記に残しています。これは「ターニャの日記」として日本でも出版されています。
『脱走特急』も充分重い映画ですが、それでも更に凄惨だった時期を乗り越えてからの、希望が見いだせ始めた頃の物語だと意識して見ると、印象も変わってくるでしょう。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」は…
次回の第43回は突如太陽が消滅した世界を描くSFディザスター映画『ラスト・サンライズ』を紹介いたします。お楽しみに。
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