連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第3回
映画ファンを正月明けから騒がせる、劇場発の映画祭「未体験ゾーンの映画たち2020」が、今年も1月3日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷で開催。2月7日(金)からはシネ・リーブル梅田でも実施、また一部上映作品は青山シアターで、期間限定でオンライン上映されます。
さて、前年の「未体験ゾーンの映画たち2019」の全58作品のすべてを見破し、紹介させて頂きました。
今年も完全制覇に挑戦する、「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第3回で紹介するのは、ベルギー発の脱出ホラー『エスケイプ・ゲーム』。
ベルギー出身のジャッカス・クルーガーは、パリの大学で学んだ後デジタル通信の世界に職を得て、web製作の世界で活躍する一方、映像制作会社を設立し、テレビドラマ『All Wrong』を製作します。その彼の初の長編映画監督作です。
勝者に高額の賞金が与えるリアル脱出ゲームが、命がけの危険なものへと変貌する。そして、驚くべき事実が隠されていた…。
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CONTENTS
映画『エスケイプ・ゲーム』の作品情報
【日本公開】
2020年(ベルギー映画)
【原題】
Play or Die
【監督】
ジャッカス・クルーガー
【キャスト】
チャーリー・パーマー・ロスウェル、ロクサーヌ・メスキダ
【作品概要】
謎の主催者が仕掛ける、勝者は賞金100万ユーロが獲得するリアル脱出ゲーム“パラノイア”。恐怖の殺人ゲームに挑む男女の姿を描く、新感覚ホラー映画。
天才的な頭脳と複雑な過去を持つ主人公を、「カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2019」で上映された、『ハロウィーン』に出演のチャーリー・パーマー・ロスウェルが、彼のパートナーとなる謎を秘めた女を、殺人タイヤ(!)が大暴れする映画『ラバー』、「未体験ゾーンの映画たち 2015」で上映された吸血鬼映画『美しき獣』のロクサーヌ・メスキダが演じます。
原作はフランスのベストセラー作家、フランク・ティリエの「PAZZLE」。彼の小説で翻訳・出版された「死者の部屋」は、メラニー・ロラン主演の『スマイル・コレクター』として映画化されています。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2020」上映作品。
映画『エスケイプ・ゲーム』のあらすじとネタバレ
森の中で、落ち葉の上に横たわる死体。一体何があったのだろうか…。
勤務先の店のカウンターで、接客よりゲームに夢中の男ルーカス(チャーリー・パーマー・ロスウェル)。彼はクロエ(ロクサーヌ・メスキダ)からのメッセージを無視します。
職場から帰宅中のルーカスがバイクを止めると、横に警察の護送車が停まります。彼が車に目をやると金網の付いた窓越しに、護送されるマスクをつけた男が見えました。思わず息を飲んだルーカスを残し、車は走り去ります。
帰宅しベットに横たわるルーカスですが、玄関のベルが鳴らされます。ドアを開けるとクロエがいました。彼女はルーカスを心配し、様子を見に来たと語ります。
彼女は本題を切り出します。脱出ゲーム“パラノイア”の最終章が開催されると。ゲームでここまで来たのはあなただけとクロエが告げるや、出ていけと言うルーカス。しかしクロエは彼に迫り、2人は愛を交わします。
かつて参加していた“パラノイア”を、最後までやり遂げ勝者となれば100万ユーロが手に入ります。クロエは共にゲームに参加する事を望んでいましたが、2人が別れる原因となったゲームに戻る事を、ルーカスは恐れていました。
かまわずクロエはルーカスに説明します。マンチェスターの動物園から2羽の黒鳥が消えた、との記事が出た。その動物園に元々黒鳥はいない。2羽の黒鳥は、“パラノイア”のエンブレムだと。
脱出ゲーム“パラノイア”に参加を望む者は、主催者の出した告知の隠された暗号を読み解き、自力でその会場を突き止めるしかありません。クロエが問い合わせると、「24に注意して下さい」との返事が送られてきました。
謎を与えられたルーカスは、興味を覚え解き始めます。2と4をアルファベットの順に当てはめるとBとD。アルファベット2つは、イギリスの郵便番号の頭2つです。「注意して下さい」(Be careful)の頭2つはBとC。今度はアルファベット順を数字に当てはめ2と3。
BD23はスキップトン市の郵便番号だと、瞬く間に解き明かしてゆくルーカス。この調子でネットを検索し、“パラノイア”参加への入口となるレイブ(特定の場所で1回限り開かれる音楽イベント)を突き止めます。
既にルーカスもゲームの虜になっていました。クロエの言う通りゲームに勝ち残るには、彼の天才的な頭脳が必要でした。レイブは今夜実施されます。ルーカスは母親の部屋に行くと、クロエとドライブに行くと伝えます。彼女が僕を傷つける事を、心配してくれるのは判るけど。
そうルーカスが語りかける母のベットには、誰の姿もありませんでした。
車を走らせ、レイブの会場に向かった2人。ルーカスは車にあった資料から、彼女が心を病み精神病院に入院ていたと知ります。
目的の場所は、黒鳥のマークが掲げられた廃屋でした。2人は中に入りますが、この音楽イベントの場が、脱出ゲームの会場とは思えません。しかしこの場所で今まで“パラノイア”を勝ち残った参加者、ナオミの姿を見つけます。
2人はやはりこの場所が、ゲーム会場への入口だと確信します。会場の大音量で響くテクノ音楽に紛れ、「白鳥の湖」の曲が流れていることに気付いたルーカス。
その音色を頼りに奥へと進む2人。そこにはジョイスティックが1つだけの、古い格闘アーケードゲームがありました。コンピューターと対戦しルーカスは破れますが、クロエが勝つと“パラノイア”会場のGPS座標が表示されました。2人は会場へと車を走らせます。
脱出ゲーム“パラノイア”の会場は、廃墟と化したホワイトロック精神病院でした。車を降りた2人は、現れた看護婦の後について会場に入ります。
廃病院にはゲームを監視する、無数のカメラが設置されていました。案内された部屋にプレイヤーが待機していました。レイとマキシン、ナオミとジャブロウスキ、そしてクロエとルーカス。3組の男女がゲームの参加者です。
“パラノイア”へようこそ、とメッセージが流れます。数千人の参加者から勝ち残った者も、ここで自分の弱さに直面するだろうと言葉が続きます。
病院全体がゲーム場であり、プレイヤーは部屋で与えられた謎を解くと、次の部屋へと進む事ができます。各部屋の謎を解き脱出し、勝者となった者が賞金を獲得します。
ゲームから抜ける最後のチャンスでしたが、誰も退場しません。そしてルーカスが目覚めた時、彼は部屋で1人、手錠でパイプとつながれていました。
全員が別々の部屋にいました。メッセージはゲーム開始を宣言し、続行するにはまずパートナーを見つける必要があると伝えます。
声を出し合ったルーカスとクロエは、隣室に監禁されていると知ります。2つの部屋はダクトでつながっていました。部屋に隠された鍵を探し出し、相手が使える鍵はダクトを通じて渡す事で、ようやく2人は脱出に成功します。
2人には7号室を探せとの、メッセージが与えられていました。7号室に入ると扉が閉まり監禁されます。次の部屋に移動するには、ドアを開けるコードを入力するしかありません。
またベットに横になり、体をベルトで縛りつけろとのメッセージもあります。ルーカスは嫌な予感を覚えますが、クロエはかまわずベットに横たわります。
すると2分の制限時間で、上からベットに刃物が降りてきます。これを止めるには、壁に貼られた黒鳥の絵のパズルを完成させるしかありません。
焦りながらパズルに挑むルーカス。クロエは彼の能力を信じ励ましますが、刃物の裏に何か数字が書いてあると気付きます。ギリギリまで刃物が降りた段階でルーカスはパズルを完成させ、顔が傷付くのも構わず数字を読み取るクロエ。
記された数字の1行目は5、30、6。2行目は3、( )、7。5×6は30で3×7は21。よって欠落部分は21。ルーカスが入力するコードを解読し、2人は部屋から脱出します。
次は11号室に向かえとの指示です。クロエが死んでいたかもしれない状況に異常性を覚え、ルーカスはゲームの続行をためらいますが、彼女は構わず先に進みます。会場では助けてくれと叫ぶ、マキシンの声が響いていました。
11号室に向かった2人ですが、先にナオミとジャブロウスキの組が入り扉は閉じられます。ならば別の部屋を探そうと考えた2人に、ピアノの音色が響いてきます。
その音を手掛かりに進むと、男がピアノを演奏している部屋がありました。そこにはダイヤル式の南京錠と、3段の本棚に入った数々の楽譜、そしてエドガー・アラン・ポーの小説「盗まれた手紙」がありました。
2人は演奏する男を無視して、楽譜や作曲家名をヒントに南京錠を解く数字を導き出そうとします。しかしどれも異なります。いつの間にか男は姿を消し、部屋は炎に包まれ始めます。焦るルーカスを、あなたは神童と呼ばれた天才だ、と励ますクロエ。
何かを悟ったルーカスはピアノに向かいます。ポーの小説「盗まれた手紙」は、“隠したいものを、あえて隠さない”ことをトリックにした物語。怪しげで人目を引くピアノこそ脱出の鍵。2人は炎の中から間一髪逃れます。
次に与えられたメッセージは「人はその前で平等」。それは死だと考えたルーカスは、解剖室に向かいます。解剖台にはシーツをかけられたものが横たわっていました。
クロエがシーツを取ると、それはピエロの人形でした。そして部屋にはキーパットとトランプが。トランプに隠された符号を、キーパットに入力すれば脱出できるはずです。
謎に挑むルーカス。ところが部屋にプレイヤーの1人、レイの死体があると気付きます。そして部屋のドアを何者かが叩く音が。ルーカスは慌てて解剖台でドアを塞ぎます。
もはや間違いなく、ゲームの主催者はプレイヤーの命を奪っています。ルーカスはトランプの全てのカードを正しく重ねて、横から見るとアルファベットと数字が記してあると気付きます。それを読もうとした時、騒ぎでカードが崩れました。
記憶を頼りに何とかクロエに符号を伝えたルーカス。2人は部屋から逃れますが離れてしまい、ルーカスは何者かに捕えられ意識を失います…。
映画『エスケイプ・ゲーム』の感想と評価
謎が解ける訳だよ、この脱出ゲーム!
主人公の天才的な閃きが、次々謎を解く脱出ゲーム。早すぎてどうやって解いたか、一度見ただけでは理解できないでしょう。それを頑張ってあらすじで紹介しましたが、実はネタバレに書いた事情があったと知ると…そりゃどんな謎でも解けるよな、と空しくなりました。
『ソウ』のような、ソリッド・シチュエーションスリラーを期待した方は、あれっ、と拍子抜けしたかもしれません。しかし主人公が別の意味の迷宮に閉じ込められた、その迷宮の名が“パラノイア”であると受け取れば、実に見事なサイコホラーではないでしょうか。
上映時間が短く展開が早いので、少々理解しにくい難はありますが、メタフィクション的な映画が好きな方は、きっと気に入るでしょう。
そして仕掛けを知った後、登場した各ゲームを振り返ると…。電気椅子に座ってのゲームは、将にサイコな犯人が誕生する過程の再現。原作小説によるものかもしれませんが、見事な描写です。
サイコな犯人を生んだ環境が胸に刺さる
映画に登場する多くのサイコ犯に、取って付けた様な設定が与えられている事を思うと、本作の犯人は“毒親”に心を壊され誕生したと説明されています。親の影響の程度はさておき、その描写がなぜか身に染みる方もいるかと思います。
この“毒親”の存在を踏まえて映画を振り返ると、脱出すべき対象、そして主人公が対決した相手の正体も、改めて深い意味を持ち始めます。
とはいえ本作の真犯人を生んだ環境は、前半で多少匂わせているものの、最後に後出しで紹介した感もあり、不親切な印象も否めません。
通常“脱出ホラー”は、リアルタイムで過程を楽しみ、脱出できて良かったね、脱出できずにバットエンド、として終わるものです。しかし本作は鑑賞中に登場人物と共に、リアルタイムで謎を解く映画ではなく、むしろ鑑賞後に振り返って楽しむ映画です。
『エスケイプ・ゲーム』を“脱出ホラー”と思って見た人は、このギャップにも違和感を覚えるでしょう。しかし“サイコホラー”として振り返れば、見事な仕掛けを持つ作品です。
まとめ
本作の最後に登場するゲームの鍵は、旧約聖書に登場する“ヤコブの梯子”。天国につながる梯子を意味します。
主人公は脱出ゲーム“パラノイア”から逃れるために、“ヤコブの梯子”を登ります。その行為の意味、そしてその登った先の出来事を考えると、また物語の内容が深まってきます。
ところで“ヤコブの梯子”の、別の呼び名が“ジェイコブズ・ラダー”。「未体験ゾーンの映画たち2020」では、かの有名なサイコホラー映画のリメイク作である、『ジェイコブズ・ラダー』が上映されます。
2本の映画の、偶然にしても奇遇な組み合わせ。いずれにせよ“ジェイコブズ・ラダー”が映画に限らず、キリスト教圏での文学や音楽に、様々な形で登場している証です。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」は…
次回の第4回は銃乱射事件の犯人を巡り繰り広げられる、心理戦を描いたクライムスリラー映画『スパロークリーク 野良犬たちの長い夜』を紹介いたします。
お楽しみに。