連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第25回
様々なジャンルの映画を集めた劇場発の映画祭「未体験ゾーンの映画たち2020」は、今年もヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル梅田にて実施され、一部作品は青山シアターにて、期間限定でオンライン上映されます。
昨年は「未体験ゾーンの映画たち2019」にて、上映58作品を紹介いたしました。
今年も挑戦中の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」。第25回で紹介するのは、ディストピアを描いたアクション映画『ジェシカ』。
社会不適格者となった孤児が、人々を襲う近未来社会。同時にその世界は、そんな孤児たちを”はぐれ者””オーファン(孤児)”と呼び、弾圧するディストピアでした。
そんな”オーファン”たちをまとめ、彼らの生活に平穏を与えようとする女戦士が現れます。その名はジェシカ。彼女の闘いは、いかなる決着を迎えるのか。
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CONTENTS
映画『ジェシカ』の作品情報
【日本公開】
2020年(フランス映画)
【原題】
Jessica Forever
【監督・脚本】
キャロリーヌ・ポギ、ジョナタン・ヴィネル
【キャスト】
アオミ・ムヨック、セバスティアン・ウルゼンドヴスキー、オウギュスタン・ラグネ、ルカ・イオネスコ、ポール・アミ
【作品概要】
愛情を知らず育った孤児が、略奪や殺人を犯す未来社会。そこで孤児たちに愛情をそそぐ女戦士の姿を描いた、異色のSFアクション映画です。
監督は短編映画『Tant qu’il nous reste des fusils à pompe』で、2014年ベルリン映画祭短編部門金熊賞を受賞した、キャロリーヌ・ポギとジョナタン・ヴィネル。主演はギャスパー・ノエ監督の『LOVE 3D』(2015)主演したアオミ・ムヨック。『グッバイ・ファーストラブ』(2013)セバスティアン・ウルゼンドヴスキーら、若手男優陣が共演しています。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2020」上映作品。
映画『ジェシカ』のあらすじとネタバレ
閑静な住宅地の一軒の家のガラスをいきなり突き破り、屋内に飛び込んでいく1人の青年。
1人たたずんでいたジェシカ(アオミ・ムヨック)は、仲間の若い男たちと共に武器とプロテクターを身に付け、車に分乗し走り出します。住宅地に乗り込んだ彼らは慎重に、青年がガラスを破った家へと向かいます。
彼女らは慎重に屋内に入ります。そこには破ったガラスの破片の中に座る、青年の姿がありました。ジェシカがそっと彼に触れると、青年は顔を上げました。ジェシカは彼を車に乗せ、仲間と共に引き上げます。何も言わず青年に寄り添うジェシカ。
一同が引き上げた後、無数のドローンが窓を破られた住宅になだれ込みます。ドローンは屋内の状況を調査していました。その頃ジェシカは、仲間と共に連れ帰った青年の傷を手当てしていました。
この世界では愛情を知らず育ち、社会不適格者となった若者たち=”オーファン(孤児)”が、略奪や殺人を繰り返していました。当局は社会の秩序を守るため、ドローンを操りテロリストと化した”オーファン”を始末していました。
ジェシカは社会から忌み嫌われる”オーファン”と共に暮らし、彼らを当局の弾圧から守っていました。今日救出した”オーファン”の青年も、仲間として迎え入れようとしていました。名を名乗り、彼に万年筆を与えるジェシカ。青年も自らの名をケヴィンと名乗ります。
他のオーファンも自分の持ち物、貴重な物から些細な物…を青年に与え名乗ります。それは彼を仲間に加える一種の儀式でした。トレゾール、サシャ、ディミトリ、マキシム、ライデン(ポール・アミ)から、様々な物を渡されるケヴィン。
レオパルト、ミカエル(セバスティアン・ウルゼンドヴスキー)、マジック、ルカ(オウギュスタン・ラグネ)、ジュリアン(ルカ・イオネスコ)の10名の若い男たちが、ジェシカと共にケヴィンを仲間に迎え入れます。
彼らは人目を忍び、とある家で共同生活をしていました。訓練で体を鍛え、ギターを弾くなどして過ごす”オーファン”たち。ジェシカの愛が彼らを仲間として結び付け、彼らの衝動的な暴力性を静めていました。
彼らを怪物の様に恐れる社会と、脅威として抹殺しようとする当局から守り、穏やかな共同生活を営ませるジェシカ。彼女の存在は愛情を与えられずに育った、年若い”オーファン”にとって、奇跡のように思えました。
新たな生活を受け入れたケヴィンに、身を守る防弾チョッキが与えられます。こうしてケヴィンを共に闘い生きる一員として、正式に仲間に加えられます。
ケヴィンを含め、12人全員で記念写真を撮る一同。日本刀を操るライデンは、数ある武器からケヴィンに、自分に合った銃とナイフを選ばせます。
彼らの共同生活のルールの1つが、訓練と昼寝の時間を守ること。なぜ一緒に昼寝をするのかとケヴィンは仲間に訊ねますが、昼寝は戦士に必要、そして共に寝る事で仲間が理解し合えると説明されます。同じ部屋で子供のように眠りにつく”オーファン”たち。
自らの暴力性を抑えようとするケヴィン。しかし衝動に駆られ自らの体を傷付けて暴れ、仲間によって取り押さえられます。そこにジェシカが現れ、彼に触れて落ち着いて呼吸するよう言いなだめます。
ケヴィンも訓練を通じ、また”オーファン”の1人、ジュリアンに心を許したことで、自らをコントロールする術を身に付けました。こうして戦士の一員となったケヴィン。
ある日”オーファン”たちは、ジェシカの誕生日を祝おうと彼女に内緒で、一般人を装い街にケーキを買いに出ます。しかしその帰り道、突如現れたドローンの襲撃を受けます。
ドローンの銃撃で倒れたケヴィン。仲間の反撃で次々ドローンは撃ち落とされますが、ケヴィンは帰らぬ人となりました。
もはやこのアジトも危険になったと悟ったジェシカたちは、とある島にミカエルとルカを偵察に送り込みます。海から密かに島に潜入した2人は、人里離れた地に建つ、住む者のいない豪華な邸宅を見つけます。
そこが安全だと確認すると、2人は一般人を装って、ショッピングモールに買い出しに出かけます。そこでミカエルは女の子に声をかけますが、その行動をルカに見とがめられます。こうして仲間のために、大量に買い込んだ品々を持ち帰った2人。
邸宅にジェシカと仲間の”オーファン”が、パラシュートで降下してきました。彼らは2人との再会を喜び、ミカエルは子供のようにジェシカに飛びつきます。
ジェシカたちはここを、新たな隠れ家に選んだのです。次々荷物が運び込まれますが、中には開けないよう書かれた、悪い思い出につながる品を入れた箱もありました。
ジェシカは寝りについた、10人の”オーファン”の名を呼び、彼らにおやすみと伝えます。たとえ逃れた自分たちに、ついに死が追い付いたとしても、彼女は彼らと共に生きる道を選んだことを、決して後悔することは無いと実感していました。
映画『ジェシカ』の感想と評価
ビデオゲームの映像から影響を受けたビジュアル
スタイリッシュで派手なアクションを期待した人は、映画の思わぬスタイルにビックリすること、間違いありません。
監督はキャロリーヌ・ポギとジョナタン・ヴィネルの男女コンビ。この映画はビデオゲームから、大きな影響を受けて製作したとインタビューに答えています。
参考映像:「Quiet But Not Silent – MGSV: THE PHANTOM PAIN(公式:日本語音声版)」
この作品は2人がプレイしていたゲーム、『メタルギアソリッドV』から大きな影響を受けています。映画のタイトルにもなった主人公、ジェシカはゲームに登場するキャラクター、”クワイエット”からインスパイアされたと語っています。
見た目の姿だけでなく、劇中で多くを語らないジェシカのキャラクターにも、”クワイエット”の影響が色濃く現れています。
とはいえ本作はビデオゲームの、アクションシーンを再現した訳ではありません。画面にデジタル的な、カメラの持つシャープな表現を極限まで追求し、ゲーム的な映像で表現することに、並々ならぬこだわりを見せているのです。
デジタルカメラで撮影した多くの映画が、フィルム的な画質を求め粒子を追加し、あえて画面を荒らす作業を行っています。しかし本作では逆の作業を行い、可能なまで鮮明な画像を求めた、とヴィネル監督は語っています。
近未来を描いた作品ですが、SF的アイテムはドローンくらいしか登場しません。それでも未来を感じさせ、”オーファン”たちの心情と重なる、どこか空虚さを感じさせる本作には、作り手が意図した映像表現が、大きな役割を果たしています。
男女監督コンビの世界観が光る作品
アクション映画的設定ながら、殆ど暴力描写の無い本作。これは監督コンビが選んだ物語でした。ヴィネル監督は暴力を見せない事が重要だった、と語っています。
本作は暴力に溺れた過去を持つ登場人物が、変化して正しい者になれるかという命題を、それを信じるジェシカを通して描いた作品です。
2人の監督はアクションや暴力そのものではなく、その間に起きる出来事、長い待期期間の過ごし方や、結果として起きた死が残された者に、どのような影響を与えるかを描くことに興味があったとも話しています。
暴力は傷のようなもので、我々がジェシカの様に探し求めているのは、暴力行為そのものを癒してくれる何かだ、と語るポギ監督。当初ジェシカは、ギャング映画の女リーダーとして創造したキャラクターでした。
しかし映画が具体的に構想される中で彼女は、少年たちを導く超然とした、魅力的な人物に成長していきます。
ヴィネル監督は劇中で殆どしゃべらないジェシカが、劇中の”オーファン”たちと同様に、観客にも彼女が映っていない時も存在感を感じさせる、天使のような存在でなくてはならないと考えました。彼女の印象に残る姿も、計算の上で作られたものです。
一方で女性であるポギ監督は、男らしさという概念の境界を越えた先に、美しさがあると語っています。彼女の出身地のコルシカ島では、親しい男性同士は互いを抱きよせ首筋にキスをする習慣があり、それは官能的で美しいと監督は表現しています。
そのような視点で、ジェシカを母の様に慕い、仲間とは子供の友情のような絆を持つ姿で描かれた”オーファン”たち。なるほど、男性がジェシカを見つめる視点と、女性が”オーファン”を見つめる視点が、2人の監督を通しそれぞれ描かれている訳です。
まとめ
近未来に君臨する、孤高の女戦士の姿を描いた『ジェシカ』。しかし映画「バイオハザード」シリーズのミラ・ジョヴォヴィッチのような、華麗なアクションを期待した方には……相当ガックリきてしまうでしょう。
若い男たち、”オーファン”に母のごとく接するジェシカ。その姿に何かカルト集団的な危うさを感じる方もいるでしょう。また全体的に説明を削ぎ落した構成は、説明不足の印象を与えているのも事実です。
しかし凶暴なテロ事件を恐れ、テロリスト=更生より排除、という風潮に流された現代社会へのアンチテーゼ、と受け取るべき意欲作でもあります。
同時に2人の監督の映像や、暴力シーンを描かない設定に込めた狙い、創作したキャラクターの姿に注目すると、新たな視点で本作を見つめ直す事が可能になります。
以前の作品では、知った俳優を起用していたポギ監督とヴィネル監督。しかし今回”オーファン”を演じる男優を集めるために、6ヶ月に渡るキャスティング作業を行いました。
こうして集められた俳優たちと、撮影以外の時間も共に過ごして親しい関係を築き、一体感を得て撮影に臨んだ成果は、映画からも伝わってきます。
男目線だとカッコいいジェシカを、仰ぎ見る形になる本作ですが、女性が見ると”オーファン”たちが、いかにも愛おしく見えるのでしょうか。ここは一つ、本作をご覧になった女性観客から、正直な感想を伺いたいものです。
どうです? ”オーファン”の誰が一番、イケてましたか?ジェシカのようにみんな、愛い奴として世話したいですか?
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」は…
次回の第26回はラジオ番組が占拠され起きた事件を描くサスペンススリラー『フィードバック』を紹介いたします。
お楽しみに。
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